罪深く愛してよ［５］


ガウリイは、「目立たない」という理由で購入させられた、グレイのトヨタの車を、「竜の隷族」のアジトの側に止めた。アジトは、白々と夜の明ける中、明々とあかりがついている。出ていく車も、入ってくる車もない。ガウリイは、あくびをかみ殺した。一台のバイクが、真っ直ぐアジトに向かってきた。大きなバイクに、小さなライダー。アジトの前に急停車すると、ライダーはヘルメットを外した。長い髪がこぼれ落ちた。
（……『リナ』！）
少女は、バイクのエンジンをかけっぱなしにして、アジトの中へ入っていった。ガウリイは、そっと車から降り、バイクのエンジンを切り、キーをポケットに仕舞った。

「なんだ、何をしに来たんだ、お前は！？」
「あんたたちを全滅させるために来たのよ」
リナは、手近な男に銃を向け、容赦なく弾丸を放った。心臓を貫かれた男は、血を飛び散らせて倒れる。
「こ、この……撃て！撃て！」
マフィアの男たちが、一斉に銃をリナに向けた。弾丸はリナの身体に突き刺さる。そして、ぽろぽろと落ちる。
「あたしに銃は効かないわ。おとなしく滅びなさい」
リナの銃撃に、男たちは次々に倒れていく。やがて、リナのオートマチックの拳銃の弾丸は尽きた。リナが弾を込める間に、ナイフを持った男が飛びかかってくる。リナは、その刃をかわし、男の手からナイフをたたき落とした。そして、銃で額の真ん中を撃ち抜く。
「別に、ナイフで刺されたって、死なないんだけどね」
リナは玄関に向かう。二人の男が、先を争って逃げようとしていた。リナは、二人の背中に銃撃を浴びせる。
「これで全員かしら？」
アジトの家の中を、一部屋ずつ見て回った。血の匂いが立ちこめたアジトの中に、生きているものの姿は無い。リナは、改めて玄関に向かった。
「し…死ねえ！」
突然、声が上がった。リナが振り返る暇もなく、一人の傷ついた男が、散弾銃をリナに向けて続けざまに発射した。リナは、背中に数十発の弾丸を受けた。
「ぐ……うっ！」
リナは、よろけて倒れ込みそうになったが、ヒールのないパンプスの足で踏みとどまった。振り返って、散弾銃の男に銃撃しようとしたが、拳銃はカチッと音を立てるだけだった。
「もらったあ！」
男は声を上げ、もう一度リナに散弾銃を向ける。リナは数メートルの距離を跳び、男の腹を思い切り蹴り上げた。男は、うずくまってしばらくもがいていたが、リナに頭を力任せに蹴られ、動かなくなった。
「終わった……のね」
リナは改めて痛みを感じた。背中が、灼けるように熱い。
「こんなの…ゼロスだったら、すぐに治してくれる。帰らなきゃ…帰ら……」
バイクにすがりつく。エンジンをかけておいたはずなのに、キーが抜き取られている。
「誰が……誰が一体」
その時、車のエンジン音が聞こえた。リナは、よろけながら走ると、下水道の蓋を開け、飛び込んだ。


銃撃戦の音が止み、アジトの周辺は再び静まり返った。ガウリイは、防弾ガラスの張られた車の中で、ため息をついた。
「本来は、警察官として、あの中に飛び込まなきゃいけないんだろうな」
でも、まだ死にたくはない。ガウリイは、アジトの玄関先に目を凝らした。生きていれば、『リナ』が出てくるはずだ。果たして、『リナ』は現れた。暁の光の中で、体中に返り血を浴び、背中にじわじわと拡がる血痕をつけて。彼女は、バイクが動かないことを知ると、歩き出した。ガウリイは、車のエンジンをかける。しかしリナは、数メートル歩くと、下水道の蓋を開け、飛び込んだ。ガウリイは、慌ててキーを抜き、車から降りて、下水道に走った。
「たまんねーな……」
下水の臭いが濃く立ちこめる。ガウリイは、腰の懐中電灯を点け、下を照らしながら、鉄の梯子を降りた。思ったより、穴は深かった。次第に下の地面が見えてくると、ガウリイはほっとした。残り十段ばかりを、一気に駆け下りる。周りを照らすと、倒れている少女が見えた。
「……！」
ガウリイは、少女に駆け寄った。
「おい、大丈夫か」
少女は動かない。
「しっかりしろ、リナ！」
名前を呼ばれて、少女はびくんと震えた。そして、両手をついて、ふらふらと起きあがった。
「あんた……誰。どうしてあたしの名前を知ってるの」
ガウリイは、とっさに手錠を取り出し、リナの細い手首に一方をかけ、自分の手首とつないだ。
「俺は、警察官だ。お前を殺人の容疑で現行犯逮捕する」
「ふうん……」
リナは、手錠のかかっていない方の手で、手錠の鎖を握りしめ、引っ張った。鎖は、粉々に砕けた。緩慢な動きで、リナは自分の手に残った手錠を外し、下水に投げ込んだ。
「すげえな、お前」
ガウリイは、動きを悟られないようにポケットからスタンガンを取り出し、スイッチを入れ、リナの手首に押し当てた。火花が走ったが、リナは平気な顔をしてスタンガンを奪い、スイッチを切った。
「目盛り……最弱に合わせてある。これで、あたしを捕まえるつもりだったの？」
スタンガンも下水に投げ込まれる。
「まあ、スタンガン、最強にしたって、あたしは平気なんだけど。博士が、あたしの身体を絶縁体でコーティングしてくれたから」
「ゼロス＝メタリオム博士か？」
リナは、深紅の瞳を見開いた。
「なんで……なんで、博士の名前を……」
「安心しろ。警察が知ってるのはそこまでだ。彼の居場所はお前に教えてもらうつもりだったが、どうやら俺はお前を逮捕できそうにないな。しかし、お前もそのケガでは動けないだろう。お前がここにいる限り、俺もここから動けない。どうだ、しばらく話でもしないか」
「上手いこと言って、あたしから博士の居場所を聞き出そうって言うんでしょ。あんたに話すことなんか何もないわ」
リナは、スカートのポケットを探った。ガウリイは身構えたが、リナが取り出したのはプラスチックの小さな注射器だった。それを、リナは自分の手の甲に突き刺す。
「おい、何やってんだ。やばい薬じゃないだろうな」
「なんでこの状況で『やばい薬』なんか打たなきゃいけないのよ」
「それもそうか」
ガウリイは、ハンカチを取り出した。
「お前、顔、拭けよ。顔のそっち半分、血塗れだぞ。美少女が台無しだ」
「あたし、美少女？」
「まあな。俺はそう思う」
「ふふっ」
リナはハンカチで顔を拭きながら微笑む。
「当たり前でしょ。この顔を作ったのも、博士なんだから」
「さっき、『竜の隷族』のアジトでやらかしたことも、博士の命令か？」
「そうよ。あたし、博士を守るためだったら何でもするわ」
「そんなひどい傷を負ってもか？」
「こんな傷、なんでもないわ」
「可哀想にな」
リナは、ガウリイを睨む。
「あたし、可哀想なんかじゃないわ。何でそんな言葉が出てくるの」
「お前はゼロス＝メタリオムに創られて、何でも博士の言うとおりに動くわけだ。銀行強盗もすれば、正義の味方もする。そして、さっきみたいに人も殺す」
「それは全部あたしの意志よ。あたしは博士を愛してるわ。だから、博士の望みを叶えてあげたいの」
「その『愛』とやらも、ゼロスがお前に植え付けた、偽りの感情だったとしたら？」
リナは、ゆっくりと腕を上げた。そして、ガウリイの頬を平手で打った。ぱあんという高い音が、下水道の中に響いた。
「……ほんとだったら、今のであんたの頭は吹っ飛んでいたはずよ。あたしが怪我してて良かったと思いなさい」
「ってー……確かに。野郎に拳骨で殴られたよりも痛いぜ」
リナは、ガウリイの目を覗き込む。
「あたしの愛は、偽りなんかじゃない。あんたも、人を愛したことくらいあるでしょ？その時、その感情に疑問を持ったりした？」
「持たなかったな、たぶん。でも、ゼロス＝メタリオムはお前を愛しているのか？俺だったら、好きな女にこういうことはさせない」
リナは、壁に背中をもたせかけ、ゆっくりと喋った。
「あたしは、博士を愛してる。博士があたしを愛しているかは分からない……でも、それでもいいの。あの人は、あたしを抱きしめてくれる。受け入れてくれる。あたしは、誰に憎まれても、化け物扱いされてもいい。博士だけが、あたしを分かってくれる」
「分かったよ」
ガウリイは、小さく手をあげた。
「降参だ。本当に、お前はゼロスさんとやらを愛しているんだな。生身の人間でも、そこまで人を愛せるかは分からないぜ」
「ねえ、あんたの名前、教えてよ」
「ガウリイ＝ガブリエフだ」
「ガウリイ。あんた、悪い人じゃなさそうね」
「当たり前だ。警察官だからな」
「ふふっ。あんたと話してると、何だかどんどん喋ってしまいそう。だから、あたし、もう行くわね」
「お前、怪我は……」
「さっき注射を打ったでしょ。あれは細胞再生促進剤。背中の傷は、もうほとんど塞がったはずよ。じゃあね、ガウリイ」
「おい、ちょっと待て……」
リナは、ひらりと身を翻すと、下水堂脇の通路を走りだした。ガウリイはしばらく追ったが、リナは分かれ道を何度も通り過ぎ、ガウリイから離れていった。
「逃げられたか。まあ、仕方ないな」
ガウリイは携帯電話を取り出し、ゼルガディスに連絡を取ろうとして気づいた。
「ここじゃ、電波は入んねーか」
近くの梯子をさがし、昇る。重い鉄の蓋を押し上げて地上に出ると、風景はすっかり朝のものに変わっていた。通り過ぎる人たちが、汚れた私服で下水の臭いをぷんぷんさせたガウリイを、奇異の目で見た。

あぁ、そして 約束しようよ
二人 罪深く愛しあう・・・

「リナさん、お帰りなさい」
「ゼロス……だめ、服、汚れちゃうよ」
ゼロスはリナを固く抱きしめた。
「僕のために、また貴女をひどい目に遭わせてしまった。僕は、その罪を、貴女を愛することで償いたい」
リナは、そっと目を閉じて、ゼロスの言葉をかみしめる。この人を愛して良かった。ここに無事に帰ってこられて良かった。
「さあ、身体を検査しましょう。水槽に入って下さい」
リナは、ワンピースを脱ごうとして、しばらく手間取る。背中の血が、固まって服に張りついている。
「リナさん！背中にひどい傷跡が……」
「ああ、これ？何でもないわ。博士の持たせてくれた細胞再生促進剤も打ったし。もう、塞がってるでしょ？」
「リナさん」
ゼロスは、リナの瞳を見つめていった。その紫の瞳は、わずかに潤んでいた。
「貴女に、二度とこんな無茶はさせません。僕は貴女を、一生かけて守ります。僕を信じて下さい」
「もちろん信じるわ、博士」
リナは、ゼロスの瞳を見つめ返した。
「でも、本当に、こんな傷、何でもないのよ。博士のためなら」

リナが培養液から出られるようになるまで、今度は幾分時間がかかった。散弾銃で負わされた背中の傷がなめらかになるまでには、数日を要した。ゼロスは、熱心に作業を続けた。全ての傷が跡形もなくなると、リナの水槽に覚醒液が流し込まれた。リナは目を開いた。
「リナさん、しばらくは、何でも言うことを聞きますよ。僕にできることならなんでも」
「えへへ……嬉しいな。じゃあ、デートして！」
「デート、ですか」
「いままで、博士と街を歩いたこと、なかったでしょう？あたし、デートしてみたい。映画観たり、お茶飲んだり、買い物したり」
「そんなことでいいんですか？」
「そんなことがいいのよ！」
「じゃあ、明日にでもデートしましょう。どこに行きますか？」
「ゼフィール・シティ！」
「決まりですね」
その夜、リナはゼロスの隣で眠れない夜を過ごした。何度も寝返りを打った。
（何着て行こう。何をしよう。ああ、楽しみだよう！）
リナが眠りに落ちたのは、明け方だった。


愛が迷いを創らせる だから
慎しみ深い心を持って生きろ！
というけれど・・・

まてない私 わがままな恋でしょうか？
不思議な力で こんなに膨らむ


「あたし、博士の白衣も好きだけど……私服の博士、すっごくかっこいいわ！改めて、好きになっちゃいそう」
「リナさんも、可愛いですよ」
リナは、薄紫のワンピース。ゼロスは、ベージュのジャケット。肩までの髪は後ろで一つに括られている。二人は、敷地内の駐車場に行き、ダークブルーのセダンに乗り込んだ。
「今日は博士が運転するのね」
「今日のリナさんは、僕の最高のお客様ですからね」
リナは嬉しそうに頬を染めた。
「映画、何を観ようかなあ」
車を街の有料駐車場に止め、二人は繁華街に出た。街角に並ぶ映画のポスターを見て、リナはラブロマンスを選んだ。暗い映画館に入る。リナが片手を肘掛けの上に載せると、ゼロスはその上から温かな手でリナの手を覆った。リナは闇の中で赤くなる。やがて、広告がひとしきり流れた後、悲劇の恋を扱った映画が始まった。ゼロスはリナの手を離さなかった。
「リナさん？」
ふとリナを見ると、彼女は眠っていた。映画の音楽が盛り上がり、客席からすすり泣きの声が聞こえても、リナは目を覚まさなかった。
「リナさん、よく眠れましたか？」
「……あ」
リナは、明るくなった場内で、目を覚ます。
「ひどい、博士。なんで起こしてくれなかったの」
「あんな可愛い寝顔を見ては、起こしちゃ悪いって気持ちになります」
「あーあ。映画、最初の方しか観られなかった」
「なんなら、もう一回観ますか？」
「ううん。時間がもったいないもん。次行こう、次」
「次は何ですか？」
「うーん……お昼ご飯」
「いいですね。僕の知っている、とっておきの店にご案内しますよ」
「博士、この街に詳しいの？」
「大学時代を、ずっとここで過ごしましたから」
「大学って、ゼフィーリア大学？」
「そうですよ。もっとも、あまりいい思い出は無いですが」
リナは慌てる。
「ご、ごめんなさい。嫌なこと、思い出させちゃった？」
「いえ、いいんですよ。この街は、好きでしたから」




この話を書き始めるときに、一番最初に浮かんだのが「下水道の中で話すリナちゃんとガウリイ」だったので、そのシーンが書けて嬉しいです。残り一話、ゼロスとリナちゃんがどういう運命をたどるのか……あまり期待せずにお待ち下さい。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。物語を作り始めるとき、一番最初に浮かんできた光景って、私にとっては結構大事なものです。


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