罪深く愛してよ［６］


ゼロスは、シティホテルの最上階にある眺めのいいレストランにリナを導いた。
「ここは、パスタが美味しいんですよ」
窓の側の席に案内される。
「お飲物から、ご注文を」
「僕には、白ワインを。彼女には、何かソフトドリンクを」
「ラズベリージュースでよろしいですか？」
「お願いします」
リナは、頬を膨らませる。
「あたしも、お酒飲みたい」
「すみません、リナさん。アルコールを分解できる肝臓を造るのは、本当に難しいんですよ」
飲み物が運ばれてきた。ゼロスとリナは、食べ物のメニューを真剣に読んでいた。
「僕には、ほうれん草のフェットチーネを」
「あたしは、このメニューの、ここから、ここまで。全部持ってきて」
呆気にとられた店員がメニューを持って去っていく。
「リナさん、全部食べられるんですか？」
「だってお腹空いてるんだもの。博士が取り替えてくれた胃と腸をもってすれば、何てことないわよ。あ、そうだ。お金は、足りそう？」
「もちろん、大丈夫ですよ」
やがて料理が次々に運ばれてきた。リナは、豪快にそれらをたいらげた。ゼロスは、自分の皿をゆっくりと片づけながら、リナを見守った。
「ふー、食べた食べた」
小さなカップの、濃いコーヒーが運ばれてくる。リナは、それを飲みながら、ゼロスにふと尋ねた。
「ねえ、博士。どうして、あたしを創ったの？」
「最初の理由は、僕の立てた理論が、実際に実現できるかどうか、試したかったからです」
「……」
「でも、本当は、寂しかったからかも知れませんね」
「寂しい？」
「僕は、両親を早くに亡くしました。学校では、天才扱いはされたけど、友達も恋人もできなかった。僕は、僕を受け入れ、愛してくれる人が欲しかったんです」
「博士……もう、寂しくない？」
「ええ。貴女がいるから、ぜんぜん寂しくありませんよ」
「ねえ。もう、あたしに危険な仕事をさせないなら、あたしの命の維持費はどうやって稼ぐの？」
「貴女と同じ性能の人造人間を、創って、売ります」
「あたしは売らないの？」
「もちろんです。貴女は、僕の恋人でしょう？」
「うん。あたし、ゼロスの恋人よ」
リナは、誇らしげにそう言った。

君から小さくてもいいから
愛してよ・・・愛してよ・・・

「次は何をしますか？」
「うーん、何かデートらしいこと……そうだ、あそこにビリヤードのお店があるわ。博士、やったことある？」
「昔に、何度か」
「あたし、やってみたい。ルール、教えてくれる？」
「いいですよ、行きましょう」
二人は、ビルの二階のビリヤード場に入っていった。
「ふふ、楽勝」
最初の一ゲームは、ゼロスが取ったが、その後の３ゲームは、リナが立て続けに取った。
「ビリヤードって、思ったより簡単ね」
「リナさん、ずるいですよ。貴女には、ボールを打つ力、クッションの跳ね返り具合、全て計算できる脳があるんですから」
「それを造ったのは博士でしょ」
「僕は、もともとスポーツは苦手なんです」
「ビリヤードって、スポーツかしら？」
レジの前に立つと、年輩の女性が、リナに微笑みかけた。
「お嬢さん、いい筋してるね」
「ありがとう」
リナは、にっこりと微笑み返した。

「お客様、良くお似合いですよ。こちらのストールとも、色が良く合います。お靴との相性もぴったりですね」
「それじゃ、それを全部頂きます。このまま着ていきますね、リナさん？」
「ええ。でも博士、お金、足りるの？」
ゼロスは、紙幣の詰まった財布を、そっとリナに見せた。
「じゃあ、タグだけ取らせていただきます」
ブティックの女性店員が、リナの花柄のスカートのタグを、丁寧に取り除く。
「ありがとうございました」
リナとゼロスは、アーケード街に出た。リナは、羽根のように軽い水色のストールを、ふわふわ揺らしながら歩いた。ゼロスは、視線を街行く女性たちに、ちらちらと走らせる。リナはそれに気づいて、ゼロスの袖をひっぱった。
「どうして他の女の人ばっかり見るのよ」
「いえ。ここには、沢山の女性がいますが、リナさんが一番綺麗だなと思って。それに、気づいてますか？すれ違う男の人は、みんなリナさんを見ていきますよ」
「え……そ、そう？」
ゼロスはリナの肩に手を回して引き寄せた。
「この街で一番綺麗な女の子を独り占めできる僕は幸せ者です」
「ゼロスも、この街で一番かっこいいよ」
リナはゼロスを見上げて、そう言った。


（今日という今日は非番だぜ）
ガウリイは、ゼフィール・シティの人混みに紛れて、のんびりと歩いていた。
（さて、何か喰うかな。といっても、俺の財布じゃ、ファーストフードってとこか？）
ハンバーガーショップに入ろうとしたとき、目の端にちらりと紅茶色の髪がよぎった。
（なっ……！）
くるりと方向転換して、髪の色を追う。
（あれは、間違いなくリナだ。ということは、一緒の男は……）
早足で歩き、リナたちを追い越す。不自然にならないように、その辺の店に入ると見せかけて、振り返った。
（ゼロス＝メタリオム！）
ガウリイは、二人から一定の距離を取った。そして、携帯電話を取り出す。
「はい。こちらゼフィーリア警察署」
「ゼルか。俺だ。新市街で、ゼロス＝メタリオムと『リナ』を見つけた。今追跡中だ」
「何っ…分かった。すぐにパトカーを向かわせる。見失うなよ」
「ああ。三度目の正直だ。捕まえてみせるさ」
ガウリイは、人混みをかき分けるようにして、二人を追った。リナが、時折ゼロスを見上げる。眩しいほど、幸せそうな笑顔だ。
『あたしは、博士を愛してる。』
リナの言葉が思い出された。
（こいつらが、この幸せそうなカップルが、銀行を襲い、マフィアを滅ぼしたのか？）
人の肩にぶつかりながら、ガウリイはそんなことを考えていた。

リナの細い肩を抱いたまま、ゼロスは人波の中を歩いた。サングラスをかけた男が、どん、とゼロスにぶつかった。
「失礼……」
男は動かない。ゼロスの脇腹に刺さったナイフが、ぐりっ、と捻られた。ゼロスは後からやってきた痛みに目を見開く。そして、ぐらりとよろめき、地面に崩れ落ちた。
「博士？……ゼロス！」
リナは、ゼロスの身体から鮮血が吹き出すのを見た。ナイフを抜き、去ろうとする男の腕を掴み、ねじりあげる。顔をはたき、サングラスを落とした。見覚えがあった。「竜の隷族」の、リナに散弾銃を放った男。
「生きてた…のね」
リナは男の首を両手で掴み、骨を砕いた。男は、今度こそ、絶命した。
「博士……ゼロス博士！」
血の海の中のゼロスは、蒼白い顔で横たわっている。人々が、遠巻きにゼロスとリナを見ていた。
「救急車だ！あと、警察も呼べ！」
（警察……）
「け、警察は呼ばないで！」
「何を言っているんだ、怪我人が二人もいるじゃないか。君も血塗れだぞ」
「駄目……駄目！」
その時、人波をかき分けてガウリイが現れた。
「警察だ！通してくれ！」
「ガウリイ……なぜここに」
リナは、ゼロスを抱き上げた。
「どいて！」
血を流し続けるゼロスをかかえたリナを、人々はとっさに避けた。リナは、アーケード街を走り抜ける。車道に出て、走ってくる車の前に立ちはだかる。一台の車が、急ブレーキをかけて止まった。
「ばかやろう、死にてえのか！」
「降りなさい」
「なっ……」
「降りなさい！」
ロックのかかった扉を、リナの手がこじ開ける。運転していた男は、道路に引きずり出された。リナはゼロスを助手席に座らせ、自分は運転席に座った。ドアを閉め、アクセルを踏み込む。
（どこに行く？人間の病院？駄目。そんなところに行ったら、警察に博士を突き出すのも同じだわ）
「ゼロス、絶対に助けてあげるからね！」
リナは、「人体科学総合研究所」へ向けて、ハンドルを切った。

ガウリイは、息を切らせてタクシーに乗り込む。
「今走っていった、あの車を追ってくれ」
「何ですか、お客さん。困りますよ、もめ事は」
「警察だ」
ポケットに入れていた警察手帳を取り出す。運転手は息を飲み、車を急発進させた。
リナの車は、あちこちで接触事故を起こしながら、街を走り抜ける。信号を無視し、方向指示ランプを出さずに角を曲がる。前をふさぐ車に、警笛を激しく鳴らす。ゼロスの血は止まらない。車の中に、強い死の匂いが立ちこめる。
「リ…ナ……さん」
「ゼロス、喋らないで！」
「愛して……います」
「ゼロス！しっかりしてね、すぐあたしたちの家に帰るからね。あたしが、ゼロスを助けるわ。だから、いまは喋らないで！」
ゼロスは、それ以上何も話さなかった。静かな車内で、リナはクラッチを切った。

「駄目だ、離される！もっとスピードをあげてくれ！」
「お客さん…いえ、お巡りさん。これ以上は無理です。あの車、無茶苦茶ですよ」
「分かった、一旦止めてくれ！俺が運転する」
タクシーは路肩に止まり、運転手は飛び出した。ガウリイが、運転席に乗り込む。
「車の代金は、警察が保証する。後で連絡してくれ。ここまで、すまなかったな」
運転手の返答を聞かずに、ガウリイは発車した。あちこちで、車がフロントをへこませ、止まっている。リナの車が走っていった跡だ。ガウリイは、車が悲鳴を上げるほどアクセルを踏み、山道に入っていった。

「人体科学総合研究所」に、白い車が滑り込んだ。急ブレーキをかけ、リナは、車を降りる。助手席側に回り、ゼロスの身体をかかえあげる。
（冷たい……）
リナは、鍵のかかっていた表のドアを力任せにこじ開ける。手術室に急ぐ。手術台にゼロスを寝かせ、呼吸と脈拍を計るコンピュータを起動する。オシログラフを取り付ける。
『呼吸、脈拍、ともにありません』
コンピュータの人工音声が、無感情に診察結果を告げる。ゼロスの顔色は、紙のように白い。オシログラフの画面にも、一本の平らな線が映し出されるだけだ。
「博士！ゼロス、しっかりして！」
リナの視界が、涙で歪む。それを手で拭って、リナは心臓マッサージを始めた。
『呼吸、脈拍、ともにありません』
「嘘よ！博士は死なないわ！そうだ、輸血を……」
人間の全ての血液型に馴染む、人工血液のパックをリナは取り出す。ゼロスの腕に針を差し込み、輸血を始める。
『呼吸、脈拍……』
「うるさい！」
リナは、コンピュータを打ち砕いた。動かないオシログラフも、ついでにたたき壊す。耳をゼロスの胸につける。鼓動は聞こえない。腕を取る。すでに、死後硬直が始まっていた。脈はもちろん無い。
「博士！いやあ、嫌よ！目を覚まして！あたしを置いていかないで！」
その時、表に騒がしい音が立った。パトカーのサイレンだ。十台近いパトカーの鳴らすその音が、静かな山間を覆った。リナは、ふらふらと立ち上がった。
「ゼロス博士……あたし、あなたがいないと生きていけないわ」
『人工生命体覚醒液』の瓶を取り出し、中身を流し台に捨てる。瓶を、水で洗い流す。
「あたしも……あたしも一緒に行くからね」
『人工生命体活動停止液』を取り出し、注射器で中身を吸い上げる。冷たいゼロスの唇に唇を重ねると、リナはベッドに寄り添い、自分の腕に注射器を突き刺した。研究所に踏み込んでくる警官たちの足音を聞きながら、リナの意識は遠のいていった。
「警察だ！ゼロス＝メタリオム、『リナ』、殺人、強盗、その他の容疑で逮捕する！」
ガウリイとゼルガディスが先頭に立って、手術室に踏み込んだ。そこに生命の気配はなかった。

彼の愛が小声で・・・
すごく うっ、とさせてあげるよ
あぁ、そして 約束しようよ
二人 罪深く愛しあう・・・


昼間でもほの暗く涼しい、警察病院の廊下を、ガウリイとゼルガディスは歩く。
「それで、お姫さまは未だに目を覚まさないのか？」
「ああ」
「研究所には、人工生命体覚醒液の瓶もあったんだろう？」
「中身は空で、瓶は洗い流されていた」
ガウリイは、重ねてゼルガディスに尋ねる。
「色んな薬の化学式も押収されたんだろう？その中に、覚醒液のものはないのか？」
「書類に書いてあるのは化学式だけでな。どの式が何の薬なのかは、ゼロス＝メタリオムの……」
ゼルガディスは、自分の頭を指さす。
「ここだけに、しまわれていたみたいだな」
ドアを開く。カーテンから細くこぼれる光が、幾分痩せたリナのあどけない寝顔を照らしている。
「生きてるのか？」
「呼吸も、脈拍も、非常に低下しているが、生きてはいる。一種の、冬眠状態だな」
ガウリイは、ベッドに近づく。そして囁く。
「なあリナ、俺はもう一度お前と話がしたいぜ」
「おい、ガウリイ。もう行くぞ」
「ああ」
（どんな夢を見てるんだろう？）
ゼルガディスが先に病室を出る。ガウリイは、部屋を出る前に、もう一度リナの方を振り返った。
「おやすみ、リナ」
ガウリイは、そっとドアを閉めた。





というわけで、私のいつもの悲劇になってしまいました。ここまで読んで下さった方、すみません。ガウリイが「おやすみ、リナ」というシーンは、この話を考え出してから２番目に思いついたシーンです。この時点で、悲劇確定ってとこですか。でも、ゼロスとリナちゃんは本当に愛し合ってたんだと思います。いいわけめいて聞こえますが。あと、レストランでリナちゃんが飲んだラズベリージュースにはモデルがあります。「Takara」の「ラズベリーダイエット」っていうジュースです。コンビニなどに売っていると思うので、良かったら飲んでみて下さい。美味しいし、リナちゃんの瞳の色ですよ。それでは、別の作品でお会いしましょう。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。最後にゼロスが「刺される」というのも、「パトレイバー」からヒントをいただきました。でも、一途なラブストーリーになったかな、と自負しております。あと、ビリヤードのシーンは、村上春樹さんの「ノルウェイの森」の影響を受けています。


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