罪深く愛してよ［４］


拘置所の裏の、狭い路地に車が止まっている。中でゼロスとリナが最後の打ち合わせをしている。
「ここの３０３号室に、彼はいます。どうしても警備室の前を通らざるを得なくなりますから、警備員は殺してしまって構いません。もっとも、リナさんがそうしたくないなら、気を失わせるだけでもいいでしょう。ここの塀は、５メートルある上に、高圧電流を流しています。リナさんなら問題なく飛び越えられますが、一応気をつけて下さい。それでは、幸運を祈ります」
「まかせて。ボスさんを連れて、すぐに戻ってくるわ」
リナは、桃色のワンピース姿で微笑んだ。

ゼルガディスとガウリイは、拘置所内の取調室で煙草を吸っていた。まもなく、３０３号室の被疑者が現れる手はずになっている。しかし、時間を過ぎても、被疑者は姿を見せなかった。拘置所の奥からざわざわと人声が響いてきた。ゼルガディスは立ち上がった。
「ガウリイ、俺たちも奥へ行くぞ」
「俺たちにそんな権限があるか？」
「様子がおかしい。とにかく行ってみよう」
取調室を出て、奥へ進む。警備員の野太い悲鳴が聞こえてきた。
「あの女だ！『リナ』が３０３号室に！」
転がり出るようにして逃げてきた警備員が、二人にそう言った。
「ガウリイ、お前は外へ行ってくれ。『リナ』が逃亡するところをねらえるかもしれん。俺は奥へ行く」
「分かった」
ガウリイは、拘置所の外へ走った。

「ええい、お前は何者だ？」
「あなたを助けに来たの。おとなしく、あたしに従って」
「信頼できるものか！」
「めんどくさい奴ね」
リナは、男の首に軽く手刀をたたき込んだ。男は意識を失ってリナの腕の中に倒れ込む。リナは、蝶番が外れた鉄のドアから、男を連れて飛び出す。銃声が響いた。リナの背中に、銃弾がめり込み、落ちた。
「おとなしくその男を離すんだ。さもないと……」
「あ、銀行強盗の時の刑事さん」
リナはにっこりと微笑んだ。
「『さもないと』何なのかしら？」
ゼルガディスは、さらに二発、弾丸を放った。ひゅっと空気を斬る音がして、弾丸は二発ともリナの掌からこぼれ落ちた。
「くそっ！」
突進してくるゼルガディスをかわして、リナは拘置所に入ってくるときに開けた穴から外に出、男を引っぱり出した。男を小脇に抱え、塀の上へと跳躍する。その時、男が目を覚ました。
「ひいっ」
自分の置かれた状況が分からない男は、全力でもがいたが、リナの腕は緩まない。男は、手を伸ばしてリナの胸を鷲掴みにした。空中で、わずかにリナの体勢が崩れた。ヒールのないパンプスの、つま先が塀の上の針金に触れた。
「ああっ…うあああっ」
リナの身体に、電撃が走る。抱えられた男は、一瞬で絶命した。リナは、力を失って塀の向こう側に落ちる。
「ああ……」
体内を走った衝撃に耐えきれず、リナは地面にうつぶせになり、もがく。胃液を吐く。
「リナさんっ！」
止まっていた車から、ゼロスが降りてくる。リナを抱き上げようとするが、苦痛にあえぐリナを上手く持ち上げることが出来ない。長い金髪の警官が、角から姿を現した。
「リナさん、しっかりして下さい、リナさん！」
「ゼ…ロス」
ゼロスは、リナを引きずるようにして車内に連れ込む。
「リナさん、すぐに治してあげますからね。追手が来ています。一時退却です」
金髪の警官は、何発か銃を発射した。その間、左手に小さな何かを持って、ゼロスの車に向けていた。防弾ガラスで覆われたゼロスの車は、銃にひるむことなく急発進した。みるみる警官が遠ざかる。リナは、不規則な呼吸でぐったりとしている。
「対電撃のことを考えていなかった。僕のミスです。リナさん、しばらく眠っていて下さい」
片手で運転しながら、片手で車内の引き出しを探り、小さな注射器を取り出す。リナの腕に針を刺すと、リナは完全に意識を失って崩れ落ちた。

「ガウリイ！奴らはどうした！」
「逃げられた……が、こっちにも収穫はある」
ガウリイは、掌の中の携帯電話を見せる。
「これは……？」
「最近買い換えたばかりでな。かなり鮮明な画像と音声が取れるんだ。ズームも付いてる。『リナ』の共犯者の男の顔、はっきり撮れたと思うぞ」
「正直、映像よりも捕まえて欲しかったんだが」
「俺一人でか？無茶言うな。それより、早いとこ署に戻って、映像と音声を確認しようぜ」
ゼルガディスは、ガウリイの肩に手を置き、ため息を付いた。


手術台の上に、青ざめたリナが裸で横たわっている。左足から右肩へ、電流の走った痕がついている。
「リナさん……！」
ゼロスは、メスを持った手のふるえを押さえて、丁寧にリナの身体を切り開いた。電撃で用をなさなくなったいくつかの臓器を取り替える。
「しばらくは、人工生命体用の流動食に逆戻りですね」
三箇所切り開いたところを縫い閉じ、ゼロスはスチールの椅子にぐったりと腰掛けた。
「高圧電流のことを知っていながら、リナさんの身体に何の防備もしていなかった。僕は、リナさんに何てことを……！」
リナの人工血液に濡れた手袋をはぎ取って、ゼロスは親指の爪を噛んだ。


『リナさん、しっかりして下さい、リナさん！』
『ゼ…ロス』
肩までの黒髪を切りそろえた男が、『リナ』を車に引っ張り込む。車にナンバーは付いていない。銃弾をはじき返した車が走り去る。ゼルガディスはカチカチとマウスをクリックして、『リナ』の声をもう一度聴く。
「ゼロス、か……」
画面をネットのブラウザに切り替え、「zeros」「zelos」と、いくつかの単語を打ち込んでみる。これと言った検索結果は出ない。ガウリイが、ふとつぶやいた。
「X、e、l、l、o、s、s……」
「何だ？ガウリイ」
「いいから、俺の言ったとおりに打ち込んでみてくれ」
ゼルガディスは、その単語を打ち込んだ。
「……これは！」
『ゼロス＝メタリオム───ゼフィーリア大学、人工臓器研究室所属───』
『ゼロス＝メタリオム・卒業論文「完全な人造人間の可能性について」ゼフィーリア大学図書館収録目録』
「ガウリイ、なぜスペルを知っていたんだ？」
「俺、こいつと大学で同期生だぜ」
「……お前、大卒だったのか？」
「おい、ひでーな。俺は体育学部トップの成績だったんだぜ」
「で、なんでこいつの名前を知っていた？」
「ゼロス＝メタリオム。学部こそ違ったが、桁外れの天才と言われていたこいつの噂は響いてきたもんだった。顔も何度か見たことがある。金髪の映像を見たときにはぴんとこなかったが、この黒髪の映像は間違いなくあいつだ」
「……おかしいな」
「何が」
「こいつ……大学院時までの記録はネットにさんざん残っているが……」
「それ以降の記録がない？」
「ああ。企業に入ったとか、大学の研究員になったとか、そういう記録がないんだ。歳にして２４歳以降のこいつの足取りは途絶えている」
「意図的に、消えた、のか」
「そのようだな。しかし、こいつの大学での研究テーマを見るに……」
「『リナ』を創り出したと見て、おかしくはない、か」
ゼルガディスは立ち上がった。
「そうと分かった以上、足でこいつの居場所を探すぞ。まずはゼフィーリア大学から、だ」

あぁ、 そうさ ここにおいでよ
そして 罪深く愛してよ

リナは、培養液の中でゆっくりと目を開いた。
（生きてる……）
「リナさん」
「ゼロス博士」
ゼロスは、深く椅子に腰掛けなおした。そして、水槽の中のリナを見た。彼は、涙を流していた。
「博士……！」
「リナさん、良かった、目を覚ましてくれて……僕は、貴女を失ったかと思うと、怖くて、怖くて……」
「博士、あたし、生きてる。だから、泣かないで」
「生きてると分かったから、涙が出て来るんです。安心しました。そして、すみませんでした」
「何を謝るの？博士」
「貴女の身体が電撃に耐えられないのに、あんな仕事を受けてしまった。許して下さい、リナさん」
「博士」
リナは微笑んだ。培養液の中で紅茶色の髪が揺らめいた。
「あたしを創り出したのは博士でしょ。そしてこうして治療してくれたのも博士。許して、なんて言わないで」
培養液が抜かれ、水槽のガラスが持ち上がる。びしょぬれのリナを、ゼロスは服が濡れるのも構わず抱きしめた。


ゼルガディスとガウリイは、ゼフィーリア大の研究室のソファに座っていた。年老いた教授が秘書を手招きし、お茶を持ってこさせる。
「ゼロス＝メタリオムくんですか。彼のことは良く覚えていますよ」
教授は枯れ木のような手で、眼鏡に触れた。
「彼は、まさしく天才でした。大学、そして院に在籍している間に、数々の研究成果を打ち立てました。現在、一般に医療に使われている人工臓器の中には、彼がここにいる間に開発したものもあります」
そして教授は、紅茶をすする。
「しかし、彼はあまりにも……能力がありすぎた。全身を人工物で作り上げた、人造人間を作る計画を立案した。それは、クローン技術と同じ、禁断の科学です。彼は、それを卒業論文にした。私は、彼を諫めました。決してそれを実現させてはならないと。すると、彼は私たちの前から姿を消しました。私は、私なりに彼を捜しました。しかし、彼の両親は既に亡くなっていて、兄弟も友人も見つからない。私は、彼のことは忘れることにしました。でも、あなた方が来て、彼のことを思い出させてくれた」
「教授。彼が……さっき映像でご覧頂いた少女を、人工物で作り上げた可能性はあると思いますか？」
「可能性。可能性は大いにある……彼は、その少女を操ることによって、彼を否定した私たちに復讐しているのかもしれませんな」
「それで、ゼロス＝メタリオムの行方は、まだ掴めていないのですね？」
「ええ。お役に立てなくて、すみませんな」
「いえ、こちらこそ。わざわざお時間を取っていただいて、ありがとうございました」
ゼルガディスとガウリイは、教授に頭を下げると、研究室を出た。暗い研究棟から出ると、太陽が眩しい。ラクロスの道具を持った女学生たちが、笑いながら通り過ぎてゆく。
「結局、やっこさんの行方は掴めず、か」
「いや、ゼロス＝メタリオムが『リナ』を開発した可能性があると分かっただけでも、収穫だと思う。しかし、どうやって奴の居場所を特定したものか……『リナ』が再び現れたときに、追跡するしかないのか」
「『リナ』が現れれば、また人死にが出る可能性もあるぞ」
「今のところ、『リナ』は能動的に人を殺してはいない。高圧電流に触れたときに、マフィア『竜の隷族』のボスを死なせはしたが」
彼らは、リナが一国の大統領を殺したことは知らない。
「『竜の隷族』に張りついていれば、奴らがゼロスに連絡を取る可能性もあるぞ」
「なるほどな。署に戻ったら、さっそく計画を練り直してみよう」


「よくも、我々のボスを殺してくれたな。絶対確実に拘置所から脱走できると断言したのはお前だぞ」
「僕は、最善を尽くしました。あなた方のボスが亡くなったのは、彼の自業自得による事故です」
「いけしゃあしゃあと、よくそんな言葉が口から出るものだ。とにかく、お前も、お前の手下の女も、長く生きていられるとは思うなよ」
「それはそれは。怖いお言葉ですね」
「覚悟しておくんだな。ゼロス＝メタリオム」
電話は切れた。ゼロスは、受話器を握りしめ、そしてテーブルの上に放り出した。
「博士……」
「リナさん。どうやら貴女に、今までで一番辛い仕事をやってもらうことになりそうです」
「博士のためだったら、あたしどんな仕事でも辛くないわ」

『覚悟しておくんだな。ゼロス＝メタリオム』
「竜の隷族」のアジトから発せられる携帯電話の会話を、うつらうつらしながら聞いていたゼルガディスは、その一言で一瞬のうちに目を覚ました。そして、机の上の電話を引き寄せ、受話器を取り上げる。
「ガウリイ。すまんな、こんな遅い時間に」
「遅いって…明け方の４時じゃないか。それに、俺ぁ明日は非番なんだぞ。勘弁してくれよ」
「ゼロス＝メタリオムについて情報が入った」
「何？」
ガウリイも、受話器の向こうで目を覚ましたらしい。ゼルガディスは続ける。
「今から、車で『竜の隷族』のアジトに向かってくれ。出ていく車があれば、それを追跡しろ。あるいは、『リナ』が現れるかも知れん。その時は、彼女を追跡してくれ。俺も、ゼロス＝メタリオムの逮捕状が出来たらすぐに向かう」
「分かった」
「それと、スタンガンを持っていけ。『リナ』に電撃は効くはずだ」
ゼルガディスは、電話を切ると、慌ただしく立ち上がった。




きな臭い匂いが立ちこめてきたゼロスとリナの周辺ですが、無敵のリナは果たしてどういう運命をたどるのか？ゼロスの名前のスペルについては、ありえねーと思っています。あと、リナちゃんをひどい目に（また）合わせてしまってすみません。それでは、今後もよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ゼフィーリア大学の老教授は結構お気に入りのオリキャラです。この人も、「パトレイバー」に影響を受けて造ったキャラなのですが。


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