罪深く愛してよ［３］


それから二件、少女が時効間近の凶悪犯を警察に突き出すという事件が起こった。少女の髪型・眼鏡が全く同じことから、同一人物と警察は推測した。マスコミは、お下げで眼鏡のスーパーヒロイン登場に湧いた。警察署の固定ビデオカメラに残された彼女のわずかな映像を素に、世間の人々は彼女の人となりを想像し、無敵の美少女の妄想を膨らませた。
『リナ、と名乗っているそうですね。本名でしょうか』
『身長は１４８センチ程度、かなり小柄な少女のようですね。本当に彼女が犯人を捕らえたのでしょうか？』
『共謀者がいる、と言う説もありますが、警察の発表に寄れば、犯人たちは彼女に捕まった、と供述しているそうですね』
『まさに、無敵の少女、というわけですか。ぜひともマスコミの前に姿を見せて欲しいものですね』
ゼルガディスは、黙ってテレビの画面を睨み付けていた。ガウリイが通りかかる。
「ゼルガディス、珍しいな。お前がワイドショーを熱心に見るなんて」
「この少女…あの事件の少女なんじゃあるまいな、と思って」
「あの事件？」
「銀行強盗だ」
「ああ。あれも、１５歳くらいの女の子のやったことだったな。でも、何で２億も奪っていった犯人が、今度は犯罪者を警察に突き出しに来るんだ？報奨金も受け取っていないんだろう？」
「銀行強盗も、犯罪者を捕まえるのも、金目当てじゃないとしたら？」
「……？どういうことだ？」
「あの銀行強盗の少女は、人間じゃなかったな、間違いなく」
「ああ」
「となれば、別の動機が必然的に浮かび上がる」
「別の動機？」
「デモンストレーションだ」
「……」
「あの少女を『創り出した』人物……もしくは組織が裏にいる。そいつ、もしくはそいつらは、あの少女に注ぎ込まれた技術力を売りつけたい。マフィアか、警察か、あるいはどこかの軍にでもいい」
「なるほど。強盗も、正義の味方もお手の物のマルチ人間の開発か」
「捕まった逃亡犯の供述を読んだ。彼女には、銃も刃物も歯が立たなかったそうだ。これだけの技術力をもつ人物が、彼女の後ろにいるってことだ」
「それが、あの銀行強盗の時の共犯者……かもしれないな」
「ああ。少女が『創り出された』ものなら、あの少女の見た目を云々するのは無意味だ。見た目なんて、簡単に変えられるだろうからな。むしろ、あの金髪の人質。彼の方が重要人物なんじゃないか」
「でも、あいつが振り向いたのは一瞬のことだからな」
「何も手がかりがないよりましだ。……っと」
ゼルガディスの携帯が鳴り出した。
「はい。こちらグレイワーズ警部補。……ああ、分かった。今からそっちに行く」
「誰からだ？」
「解析課からだ。ガウリイ、お前もつきあえ」

コンピューターの画面に、一人の少女の顔が浮かび上がっている。長い紅茶色の髪、紅い瞳。控えめにいっても、かなりの美少女だ。
「これは……？」
「銀行強盗の時の少女と、逃亡犯を警察に突きだした少女の映像を重ね合わせたものです。ほとんど、ずれはありません。同一人物と考えていいとおもいます」
「瞳の色は何だ？銀行強盗の瞳の色は茶色だろう」
「最近の３件の逃亡犯突き出しの少女の瞳は紅いんです。茶色の瞳の上に紅いコンタクトをかぶせるより、紅い瞳に茶のコンタクトをかぶせた方が簡単に色を変えられる。彼女の素の瞳の色は赤と見るべきでしょう」
「しかし……なんだ、その、ガキっぽいけど可愛い顔だな」
ガウリイが照れくさそうにいう。
「ええ、百人が百人、可愛いと認めるでしょうね。美しさも、彼女の武器なのかも知れません」
「なるほどな。まさか、こんな少女が防弾ガラスを叩き割ったり、何メートルも跳躍するとは思わないだろうからな。ところで、頼んで置いたもう一件はどうなった」
「ああ、あの人質の男ですか。この少女ほど明晰にではないですけど、一応ＣＧは作ってみました」
画面に浮かび上がる、金髪の微笑んだ男の顔。
「これを、全国の警察に回してくれ。指名手配にまですることはないが、こいつと似た顔の男がいれば、事情聴取ぐらいのことはできるようにしてくれ」
「分かりました」
ゼルガディスと解析係の会話の横で、画面を見つめながら、ガウリイはしきりに首をひねっていた。
「行くぞ、ガウリイ」
「あ、ああ」
ガウリイは、部屋を出る前に、ちらりともう一度男の顔を眺めた。


「人体科学総合研究所」に、黒いリムジンが静かに入っていった。帽子を深くかぶり、サングラスをかけた男が敷地内に降り立つ。ゼロスが、研究所の外に立ち、彼を出迎えた。
「いらっしゃいませ、大統領閣下」
「ここは、その……本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ。この国の警察にも、この場所は単なる移植用臓器の研究所としてしか届け出ていません。あなたがここに今日いることは、誰にも分からないはずです」
「パスポートを偽造してまでこの国に入り込んだんだ。それなりのものは見せてくれるんだろうな」
「お任せ下さい。でも、その前に夕食など、いかがですか？」
「そうだな」
「リナさん」
メイド服に身を包んだ少女が、大統領を案内し、食堂へと導く。真っ白なクロスのかかったテーブルにつかせ、白ワインをつぐ。そして厨房の方へ引っ込んだかと思うと、次々に湯気の立つ料理を運んできた。しなやかな手つき。伏し目がちな深紅の瞳。大統領は、好色な目で彼女を見た。料理が運ばれている間に、ゼロスは白いスクリーンをおろし、マスコミで流されたリナの勇姿を翻訳しながら説明していった。
「……と、このように、彼女はこの国ではいっぱしのヒロインとして名を馳せています」
「ああ、これらの映像は、我が国のニュースでも少し流れたことがある。それで、彼女はどこに仕舞ってあるんだね」
「彼女を仕舞っておくなんてもったいないこと、僕はしませんよ」
「何？」
「リナさん、大統領閣下にご挨拶を」
メイド服の少女が、大統領の前に深々と頭を下げた。
「リナでございます。お見知り置きを」
「な……！この少女が、先ほどのニュースの少女だというのか」
「ええ。リナさんは、僕の唯一にして最高の傑作です」
「触れても構わないか」
「どうぞ」
大統領はリナの腕を掴んだ。細く、柔らかく、温かい。薄く血管が透けている。
「信じられん。この腕が、防弾ガラスを破り、コンクリートを打ち砕いたというのか」
「先ほどの映像をご覧になったとおりです。なんなら、今ここで、なにか彼女の力を証明するようなことをさせても構いませんよ」
「む、そうか。ならば……そうだな。このスプーンを、ねじ曲げてみてくれ」
「超能力者に対する依頼みたいですね。リナさん、言われたとおりに」
リナは、大統領の手から銀のスプーンを受け取ると、表情一つ変えずにそれをくるりとねじ切った。
「すごいな。それで、私はこれをもらい受けることが出来るのかね」
「それはお断りします」
「……！なんだと……」
「彼女とほぼ同性能の人造人間を、一ヶ月もあれば仕上げてご覧に入れます。閣下におわたしするのはそちらの方に……」
「冗談ではない。私は、今も我が国で暗殺の脅威にさらされているのだぞ。こいつを渡してもらおう。それが、君のためにもなる」
「おっと、脅迫ですか？」
「私は、そうせざるを得ないくらいせっぱ詰まっているのでね。彼女を今すぐ私のボディーガードとして雇いたい」
「今のままの彼女では、あなたに従いませんよ」
「そこは君が何とかしたまえ。私に忠誠を誓わせることもできるのだろう？」
「できなくはありませんが……」
「ならそうしてもらおう。期限は、明日の朝までだ」
「ゼロス博士……」
リナは不安げな目でゼロスを見た。
「分かりました。明日の朝までに、彼女の脳に直接アクセスして、あなたを命を賭けても守るように作り替えます」
「ゼロス……」
リナは震えた。
「この子は、嫌がっているのではないのかね？」
「人造人間に温情をかけることはありませんよ」
ゼロスは平然と言って、白ワインを喉に流し込んだ。

その日の深夜。
「大統領……」
豪華な寝室のドアが開き、少女が滑り込んできた。
「おお、リナか。私を守る気になったのか？」
「あたしは、そのためにここにいるのです。あなたを、守ることを誓います。それと、お嫌でなければ、あなたの夜のお供もいたします」
大統領は満足げに笑った。
「あのゼロスとかいう科学者も、ずいぶんとサービス精神旺盛だな。良かろう。服を脱いで私の隣に入れ」
リナは、するりとメイド服を脱いだ。下着姿になり、ベッドに潜り込む。
「もっと良く、お前の美しい顔を見せてくれ……」
リナは、大統領の身体の上に乗った。差し込む月光に浮かび上がるリナの顔は、透明な美しさを放っていた。
「リナ」
大統領が、リナの身体に手を伸ばす。その時だった。リナの手が素早く動き、大統領の太い首を締め付けた。
「うっ……！」
声を上げようとするが、喉は万力で締め付けられたように動かない。ドアが開いた。ゼロスが入ってきた。
（貴様っ……！）
「お気の毒に。声も出せないようですね。あなたにはここで死んでいただきます。あなたの抵抗勢力側から、それなりのお金を頂きましたからね」
もはや、大統領の耳にゼロスの声は届いていない。
「あなたのような、忌まわしい独裁者に、僕の大事なリナさんをあげるわけがないでしょう？」
リナの手にいっそうの力がこもった。大統領は、恐怖と混乱の中で、息を引き取った。リナは、大統領の身体を片手で持ち上げた。
「博士、これ、どうするの」
「明日の朝、抵抗勢力の首領さんが死体を確認にここへ来ます。その時まで、ベッドに寝かせておいてあげてください」
リナは、つまらなそうに大統領の身体を離す。ベッドが弾んで、大統領の死体は再びベッドに横たわった。
「ゼロス博士……」
リナは、音もなくベッドから飛び降りると、ゼロスに近づいた。
「あたし、こんな人の前で、こんな格好しちゃった。恥ずかしいわ」
「ごめんなさい、リナさん。僕の責任ですね」
「博士、抱いて」
「ええ。僕の部屋に来て下さい」
月明かりの下、二人は抱き合った。リナの、なめらかな肌に指を滑らせながら、ゼロスは囁いた。
「リナさん、今日はいつもより激しいですね。初めて人を殺してしまって、興奮しているんですか？」
「こわいの。ゼロス、こわいの。あたし、どんどん化け物になっていく……」
「安心して下さい。貴女は、僕が守ります。一人で、怖がることはないんです」
「ゼロス……もっと強く抱いて」
リナは、抱かれながら涙を流した。その機能を付けたのはゼロスだが、涙を流すリナを見たのは初めてだった。
「リナさん、綺麗ですよ」
ゼロスは長い指の先でリナの涙をそっと拭った。


あなたのことを“ボクの物”なんて
偉そうにいってしまってゴメンネ


愛しいあなたのすべてを
わたしが欲しいと想う気持ちは 罪ですか？


「次の仕事ですが、ちょっと厄介なものになりそうですよ」
ゼロスは、一枚の建物の平面図を拡げた。リナは逆さまに覗き込む。
「拘置所…？」
「ええ。ここに、あるマフィアのボスが賭博罪で拘留されています。ただ、その罪は彼を捕らえておくための言い訳みたいなもので」
「本当の罪は他にある？」
「そうです。彼と彼の手下の犯した殺人や暴行を数え上げれば、きりがないでしょうね。裁判に持ち込まれれば、死罪は免れえないでしょう」
「ふうん……」
「そのボスを、リナさん、貴女が助け出すんです」
「今度は、正義の味方じゃないんだ」
「リナさんは、正義の味方の仕事の方がお好みですか？」
「ううん。ゼロス博士に言われたことなら、何だって同じ。なんでもやるわ」
「嬉しいですね」
ゼロスは、リナの前髪をかき上げ、おでこにキスをする。
「この拘置所は、場所が場所だけに、リナさんの能力をもってしてもそのボスを連れだし、逃がすことは容易ではないでしょう。僕も手伝います」
「平気よ、あたし一人で」
「リナさん」
ゼロスは、少し強い口調で言った。
「貴女は強い。でも、万能ではない。神ならざる僕が作ったのだから。今回の仕事は貴女一人では無理だと、僕が判断したんです。僕の言うことが信頼できませんか？」
「……でも、ゼロス博士を危険な目に遭わせたくないの」
「僕がやるのはただの運転手ですよ。主に危険な目に遭うのは、リナさん、貴女の方です」
「それならいいんだけど……」
「僕と貴女なら、やり遂げられる仕事です。さあ、拘置所の地図をしっかり頭に入れて下さい」
「ねえ、ゼロス」
「何ですか？リナさん」
「どうして、あたしみたいな人造人間をもっとたくさん作らないの？そうすれば、今回みたいな時も、人造人間だけで片づけられるのに」
「理由の一つは、正直、お金がないことですよ。僕は死んだ両親から受け継いだ財産を、貴女を生み出すのにすべてそそぎ込んでしまった。貴女の維持費だけでも、結構かかるんです。でも、もう一つの理由は」
ゼロスは闇紫の瞳を上げる。
「僕が、貴女に恋をしているからかもしれませんね。貴女以外の人造人間を作ったとしても、貴女と同じに愛してあげられるか分からない。それくらいなら、貴女一人に全てのお金を注ぎ込んだ方がいいんです、僕としては」
「博士」
紅い瞳を潤ませたリナが言う。
「あたしも、博士に、恋してるわ」




正直言ってしまいますが、この小説は漫画版「機動警察パトレイバー」の影響を受けて書きました。ゼロス＝内海と言うわけですね。リナは、グリフォン兼バド兼黒崎くん。あと、ゼルガディスとガウリイの階級が違うのにタメ口をきいていますが、あまり気にしないで下さい。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。「パトレイバー」の内海とゼロスは、「いつもニコ目」「目を開くとちょっと悪」「腹黒」という点で似ていますね。私はそう言うタイプのキャラに弱いようです。


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