罪深く愛してよ［２］

「さて、今日は一つ大仕事があるんでしたね。手早く片づけてしまいましょう」
ゼロスとリナは実験体室に戻る。そして、ある試験管型水槽のライトを入れる。そこには、一人の裸の黒髪の少女が眠っていた。体中に管が差し込まれている。
「まず、培養液を抜きます。リナさん、彼女の身体はそれに耐えられそうですか？」
「今のところ、問題ないわ」
ごぼごぼ……と音がして、黒髪の少女を浸していた液体が抜けていく。少女は、意識のない裸のまま、ぺたりと水槽の底に座り込む。
「リナさん、彼女は自発呼吸できますか？」
「ＯＫよ」
彼女の鼻と喉から、管が抜かれる。少女は大きく咳き込んだ後、やすらかな呼吸を始めた。
「栄養チューブを抜きます」
「リナさん、気をつけて」
肩の血管から差し込まれていた栄養チューブを、静かに抜いてゆく。
「じゃあ、彼女を外気に当てましょう」
ごおん、と音がして、水槽の壁が上がってゆく。冷たい外気に当たって、黒髪の少女はゆっくりと目を開く。
「ここは……」
黒髪を肩で切りそろえた白衣の男性と、紅い瞳が印象的な長い髪の少女が、少女の目の前に立っている。
「あなたの名前を教えて下さい」
男性がそう言う。黒髪の少女は、軽く頭を振って、答える。
「アメリア。アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーン」
「ここは病院です。なぜあなたがここにいるか分かりますか？」
「私……父さんとお食事をしていて……突然何かが爆発して……」
「記憶の方も大丈夫のようですね」
「ここは、病院？なぜ私は裸でびしょぬれなんですか？あ、血が……」
肩の、栄養チューブを差し込んでいた血管から、血が流れ出している。
「ちょっと縫わなくちゃいけませんね。リナさん、針と糸、お願いします」
「はい、博士」
手際よく渡される道具。
「ちょっと痛みますよ」
ゼロスは、アメリアの肩の血管の周りを強くつまむと、素早く縫った。アメリアは、痛みに顔をしかめる。
「もう大丈夫です」
ゼロスは、糸を切り、リナに指示を出した。
「バスタオルとこのお姫様の着替えを」
「ええ」
アメリアは、培養液で濡れた髪と身体を拭いた。桃色のドレスを着付けている間に、リナがアメリアの髪をドライヤーで乾かした。
「あの……ご親切に、ありがとうございます」
「どういたしまして」
アメリアが髪にティアラをつけると、大きなヘリコプターの爆音が上空から近づいてきた。音はすぐそばで止まる。入り口のブザーが鳴った。部屋のカメラに、中年の男性が映る。
「父さん……！」
何重にもロックされた研究所の扉が開き、中年の男性は玄関ホールに導かれた。ドレスをまとったアメリアが、リナに導かれてホールに姿を現す。
「アメリア！」
「父さん！」
「おお、アメリア、この手に再びお前を抱ける日が来るとは……」
「良く覚えていないのです。私は、そんなにひどいケガだったのですか？」
「アメリア、今のお前はこうしてここにいる。それだけでも充分ではないか」
「……ええ、父さん」
アメリアの父のフィリオネルは、ゼロスに歩み寄ってきて固く握手を交わした。
「素晴らしいぞ、ゼロスくん。君の手腕を世界中に誇れないのが悔しいくらいだ」
「僕は、世界的な名声など求めてはいませんよ。お嬢さんが無事回復されて何よりです」
「回復！おお、回復……アメリアは、爆発で首がちぎれ跳んだのだ。胴体の方も、爆弾の破片でずたずただった。それを、君が蘇らせてくれたのだ……君はまさに天の御使いだ」
「天の御使いと違って、僕は報酬を要求しますよ」
「ああ、そうだったな。アメリアの命に代えれば安いものだ。２０億だったな」
「念のために聞いておきますが、危ないお金ではないでしょうね？」
「正真正銘、我がセイルーン王国の国庫から出た金だ。心配はいらない」
「アメリアさんの回復力は素晴らしかった。内臓と皮膚の一部を人工のものに代えましたが、今まで通りの生活が可能ですよ」
「感謝しておるよ。君と、君の美しいパートナーに。それでは、行こうか、アメリア。ヘリコプターを待たせてある」
「さよなら、アメリア」
リナはにっこり微笑んで言った。
「さよなら、えーっと……」
「リナよ」
「リナさん、お世話になりました」
ドレスの裾を揺らしながら、アメリアは去っていった。

「さて、すぐに使えるお金が２０億です。僕がこれを何に使うと思いますか？」
「……？分からないわ」
「リナさんの内臓をいじって、人間と同じものを食べられるようにしてあげたいと思います」
「ほんと？ゼロス」
「ええ。５億もかからないでしょう」
「ゼロス」
リナはゼロスの首に抱きつく。
「好きよ」
「僕も、リナさんのことが大好きですよ」
そして、二人は口づけを交わす。
リナが、不安げに言葉を紡ぐ。
「ねえ、ゼロスの『大好き』って、ゼロスが初めて成功した人造人間として？それとも、女の子として？」
「両方ですよ」
ゼロスは、紫の瞳を開いて、リナを見つめた。
「リナさんは、」
そして、顔を、胸を、脚を、指さしていく。
「ここも、ここも、ここも僕の理想の女の子に作り上げてあります。僕は、理想の女性と暮らしている。こんな嬉しいことはありません」
「でも、今朝のテレビで、あたしのこと、化け物だって言ってた」
「リナさんが、それだけ優れているということですよ」
「化け物みたいな女の子。嫌いにならない？」
「リナさんを作ったのは僕です。嫌いになるわけないでしょう？」
リナは、ようやく安心した顔をする。
「それじゃ、ゼロス、早速あたしの内臓を取り替えて。人間と同じものが食べられるように」

手術台の上に、リナが横たわっている。長い紅茶色の髪は、束ねられてビニールのシートにくるまれている。ゼロスは、液体の中に浮かんだ人工臓器を台の上に置いた。
「一つ、２億の胃です」
そして、もう一つ。
「２億の小腸。これで、リナさんは人間と同じものが食べられるようになる」
極薄のゴム手袋をはめ、メスを手に取る。身体の中心にそって、一気にリナを切り裂く。人工血液が溢れる。繊維で造られた、人間のものとよく似た胃が、姿を現す。
「お役御免ですよ、お疲れさまでした」
幽門と噴門を縛り、人工胃を切って取り出す。そして、素晴らしい指さばきで新しい胃をリナの身体に埋め込んでいく。溢れる血液が床の溝を流れ、排水溝へと導かれていく。
「胃はこれでよし、と……」
ゼロスは、自分で汗を拭うと、腸に取りかかった。胃よりも幾分手間がかかったが、ゼロスは休むことなく指を動かし続けた。
「後は、縫合、ですね……」
リナの切り裂かれた身体が、再び縫い合わされてゆく。糸を切ると、最後に、傷を覆うように、人工皮膚を張り付けた。１０センチ四方で、５千万はする、特製のものだ。どんな衝撃にも耐え、銃も刃も通用しない。それでいて、見た目は人間の、しかも年若い少女の皮膚と何の変わりもない。
「これを開発するのは、結構骨が折れましたね……」
人工皮膚は縫いつける必要がない。三日ほど患部に張り付けておくと、自然に周りの皮膚にとけ込む。この皮膚の開発がなければ、リナは全身傷跡だらけになったことだろう。
「僕のリナさんは、美しくなくてはいけませんからね」
全ての術式を終え、輸血の準備をすますと、ゼロスはリナの白い頬に、軽くキスをした。


リナが目を覚ますと、そこは水槽の中だった。ゼロスが、ガラス越しに微笑んでいる。
「ゼロス博士」
「リナさん、気分はどうですか」
「最高よ。これであたし、博士と同じものを食べられるんでしょ？」
「そうですよ」
「嬉しい！じゃ、最初の食事は何？」
「お粥、です」
「えーっ？ステーキとか、そういうのがいいなあ」
「いきなり消化に悪いものを食べさせるわけにはいきません」
「そのお粥、博士が作るの？」
「ええ」
「えへへ……それなら、食べてあげても、いいかなあ」
培養液が抜かれ、水槽の蓋が開く。リナは、自分の身体と髪をバスタオルで拭うと、水色のゆったりしたワンピースを着た。ゼロスが、湯気の立つお粥を運んでくる。
「博士、料理なんて出来るの？」
「いえ……大抵はレトルトばかりで。でも、リナさんが食べる初めての人間の食べ物ですから、これは、台所で、僕が作りました」
「博士、大好き！」
「おっと、飛びつかれると、せっかくのお粥がこぼれてしまいますよ」
リナは、テーブルに付くと、熱々のお粥を、冷ますことなく食べ始めた。リナの人工皮膚は、炎の熱にも耐えられるように作られている。お粥など、冷ます必要はない。
（こういうところを見ると、人間とは違うんだな、って思いますね）
「博士、すっごくおいしい！何で出来てるの？これ」
「お米と、ツバメの巣と、フカヒレですよ」
「え？ツバメの巣とか、フカヒレとかって、すごく高いんじゃなかったっけ」
「言ったでしょう。リナさんが食べる初めての人間の食べ物って。特別なものにしたかったんです。作り方も、知り合いの中華レストランのコックさんに教わってきました」
「ゼロス博士……」
リナは、深紅の瞳を潤ませた。
「あたし、すっごくすっごく幸せよ」


「さて、リナさん……貴女は指名手配犯になったわけですが、しばらくは、正義の味方として働いてもらいます」
「せいぎの……みかた？」
「これを見て下さい」
ゼロスは、テーブルの上に何枚かの手配書を取り出す。
「これって…全部、この半年の間に時効が成立する事件の犯人ばかり……」
「僕の情報網を使って、居場所はほとんど割り出してあります。まあ、マフィアにかばわれている奴らばかりです。一般人はもちろんのこと、警察でも居場所はつかんでいても手が出せないでしょうね」
「でも、あたしなら捕まえられる」
「そういうことです。やってくれますね？」
「ゼロス博士の命令とあれば」
リナはくすくすと笑った。

「なっ…なんだ、てめえは！？」
突然、コンクリートの天井を破って飛び込んできたリナを、チンピラたちは呆然と見る。
「正義の味方、よ」
リナは、麻雀卓の上に立ち、周りの男たちを次々とキックで片づける。そして、部屋の隅にうずくまっている男に近づく。
「手配写真と顔が違うわね。整形した？でもね、あたしの瞳なら骨格からあんただって分かるの。せっかくいい男になったのに、残念だったわね」
「く、くそっ！」
男が、短銃を取り出す。リナに向けて、立て続けに６発、発射した。リナは、くす…と笑う。前に突きだした拳を開く。ぺちゃんこに潰れた弾丸が、ばらばらと落ちた。
「ば…化け物！」
「博士は、気にすることないって言ってたけど」
リナは、男に当て身を食らわせ、意識を失わせる。
「やっぱり、言われて気持ちのいいもんじゃないわね」
男を片手に抱えると、リナは自分の開けた穴から飛び上がり、マフィアのアジトの真上に出る。
「撃て！あいつにあたってもかまわん。とにかく、あの女を警察まで行かせるな！」
リナは、銃撃をかわすこともしない。ただ、連れている男は守った。死んだ犯人を連れていっても仕方がない。
「うっとおしいわね！一気に行くわよ」
リナは、ビルの屋上から大ジャンプした。向いのビルの屋上に着地する。
「警察まで、あと少しよ。１４年も逃げ回って、ご苦労さんでした」
リナは、地面に降り立つと、気を失ったままの男を下に寝かせ、髪の毛を三つ編みに編んだ。分厚いレンズの眼鏡をかける。最後に、懐から指名手配書を取り出す。男の襟首を掴んで、ずるずると引きずるように、警察署へ入っていった。
「お嬢ちゃん、何の用だね？そっちの男性は？けが人かい？」
「この人、この写真の人でしょ？」
「何を言ってるんだ。顔が全然違うじゃないか。彼は、気を失ってるのか？」
「信用できないなら、指紋でも採ってみることね。それじゃ、あたしはこれで」
「ちょ、ちょっと待った。本当に君が、この男を捕まえたのかね？」
「そうよ」
「じゃ、君のほうもちょっと身元を確認する必要があるよ。帰ってもらっちゃこまるね」
「あたしはリナよ」
「名字は？」
「ないの」
「あ、待ってくれ、君……」
リナは警察署の外へ出た。そしてひゅっと風を切って人混みに紛れ込んだ。

「上等ですよ、リナさん」
ゼロスの運転する車の中で、リナは過ぎゆく景色を見ながら、うつらうつらしていた。
「疲れましたか？」
「ううん、全然。ただ、ゼロスの側にいると、安心して眠くなっちゃうの」
「もうお下げをほどいてもいいですよ。もっとも、お下げのリナさんも女学生みたいで可愛いですけどね」
「じゃ、もう少しこうしておく……」
ゼロスは、くすりと笑って、車載テレビをつけた。
「１４年９ヶ月の逃亡の末、殺人犯捕まる！！」
ワイドショーは、さっそくその話題で持ちきりだった。
『つまり、指紋が一致したのが決め手になったと』
『警察では、犯人を突きだした少女の行方も追っています。こちらがその少女の似顔絵です』
『お下げに眼鏡、ですか……完全に変装していますね、これは』
『マフィアの仲間割れ、ということは考えられませんか』
『でも、縛られてもいない犯人を、１５歳前後の女の子が連れてくる、と言うのはかなりおかしな話ですね』
『……』
「リナさん？」
リナは、安らかな寝息をたてて、眠っていた。小さな胸が、呼吸に合わせて上下する。ゼロスはテレビのスイッチを切った。




白衣ゼロスって、すごく似合うと思ってるんですけど……それにしても、小さな胸が好きなゼロスはやっぱりロリコンなんでしょうか？それでは、これからもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。アメリアの出番はこれだけですが、結構気に入っています。初出時は、「お父様」とフィリオネルさんのことを呼ばせていましたが、今回は原作に準拠しました。


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