罪深く愛してよ[1]


「ひまわり あなたはなぜそんなに・・・
そんなにいつもボクを うっ、とさせてくれるの?
まだまだまだまだ欲しいよ。」


その言葉で体が宙に浮いてこまるの



「いらっしゃいませ」
そう言われて銀行に入ってきたのは、14、5歳の可愛らしい少女だった。大きなトランクを提げ、淡い紫のミニのワンピースを着ている。紅茶色の長い髪。ATMの列を通り越し、真っ直ぐカウンターへ向かう。
「口座をお作りいたしま……」
少女は、スカートを少したくし上げると、太ももにベルトで止められていた銃を、店内に向けた。
「動かないで!」
そう言う声も、あどけない少女のもの。店内の客も、一瞬何が起きたか分からない、というように呆然としている。少女は、一人の短い金髪のサラリーマン風の男に近づくと、彼の頭に銃口を当てた。
「人質を殺されたくなかったら、」
少女はつま先で自分の提げてきたトランクを蹴る。
「このトランク一杯にお金を詰めなさい」
女性行員が、机の下の警察呼び出しボタンを押そうとする。少女は、一瞬銃口を反らし、女性行員の手元を撃った。ガラスが飛び散り、客の間からも悲鳴が上がる。
「殺されたくなければ、警察を呼ぶのは止めることね」
自動防犯装置が働き、カウンターの内側を防弾ガラスが覆っていく。少女は、いらいらしたこげ茶色の瞳でそれを見ていた。女性行員が、改めて警察呼び出しボタンを押した。
「……ええいっ」
少女は、男を脇に抱えたまま、カウンターの上に跳んだ。そして、銃を持ち変えると、右手の裏拳で思いっきり防弾ガラスを殴った。ビシィッと音がして、蜘蛛の巣のようなヒビがガラスにはいる。
「馬鹿な……あれは硬化ガラス二枚に、特殊フィルムを挟んだ物だぞ。割れるわけがない」
もう一撃。少女の小さな拳が通るほどの穴が、ガラスに開いた。少女は、その穴から手を突っ込んで、特殊フィルムごとガラスを「破いた」。
「さあ、くだらないお遊びはお終いよ。トランクにお金を詰めなさい」
そう言って、金髪の男にごりっと銃の先を押しつける。行員たちはにわかにあわただしく動き始めた。店の奥から、札束が次々に運び出されてくる。それを行員たちが開いたトランクに詰める。たちまちトランクは一杯になった。
「2億、ってとこかしら」
少女はトランクを閉め、男を小脇に抱えたまま、銀行を出た。銀行の前は、赤いパトライトで埋め尽くされている。
「犯人に告ぐ。お前は、完全に包囲されている。人質を解放して、おとなしく投降しろ」
銀髪の刑事がマイクで叫んでいる。少女は、それが聞こえないかのように、排気量の多そうなごついバイクに、まず人質を乗せる。そして、トランクを片手に提げたまま、片手でエンジンをかけた。クラッチを思い切り蹴飛ばす。
「止まれ!」
警察の制止は当然無視される。パトカーの間を縫うようにして、少女はバイクを巧みに操り、銀行の前から走り去った。警官たちが銃を取り出す。
「待て!人質がいるんだぞ」
「しかし、グレイワーズ警部補……このままでは、逃げられてしまいます。大失態です」
「俺に考えがある。無線をよこせ」
ゼルガディス=グレイワーズ刑事は、銀行前を延びる国道を通行止めにするように指示した。そして、巨大な警察のキャリア・トラックをそこに横付けにさせる。
「脇道に入り込まないように、パトカーでふさげ。ぐずぐずするな」
少女は、いつしか静かになった国道を、バイクで飛ばしていた。やがて目の前に、横向きに道路を遮るように停車された警察のトラックが現れる。少女は、急ブレーキをかけ、止まった。後ろから、パトカーが列をなして追いかけてきていた。
「そこまでだ!人質を解放しろ!この距離なら、お前にだけ銃弾を当てることもできるぞ」
「ふふっ」
少女は笑った。こんな時でなければ、何人もの男を魅了したであろう美しい微笑み。
「何がおかしい!」
銀髪の刑事が叫ぶと、少女は片手に人質の男とトランクを、もう片手にバイクのハンドルを提げた。
「……何をする気だ」
少女は宙に舞った。巨大な警察のトラックの屋根の上に、大荷物と共に柔らかく着地する。そして、もう一度宙に舞う。トラックの向こう側に、バイク、人質の男、トランク、全て無傷で降り立つ。
「人間じゃ……ない……」
横付けにされたトラックが壁になって、警察車両もその先へは進めない。作戦は、完全に裏をかかれた。少女は、人質を後ろに乗せ、ずっしりと重いトランクを片手に提げたまま、運転を再開した。脇道から脇道へ。警察がトラックをどかせ、パトカーや白バイで追跡を始めた頃、少女は既に遠くに逃げ去っていた。

少女の腰にしがみついている金髪の男が、片手でかつらをむしり取る。かつらの下から、さらりとした肩までの黒髪が流れ落ちる。
「ふう、やっぱりかつらってのは、つけておくとうっとおしいものですねえ」
「だから、あたしが一人で行くって言ったのに」
「僕の最高傑作の、記念すべきお披露目の日です。僕が行かないでどうするんですか」
「博士、あたし、上手くやれた?」
「もちろんです、リナさん。あなたは最高ですよ」
リナと呼ばれた少女は、頬を赤く染めた。
「帰ったら、身体の検査をしなくてはなりませんね。しばらくは水槽に浸かっていてもらいますよ」
「えー、また水槽?やだなあ」
「貴女がこの先も元気に飛び回れるかどうかを決める、大事な検査です。手を抜くわけにはいきません」
「それって、博士があたしを大事に思ってくれてるってこと?」
「もちろんですよ、リナさん」
「嬉しい!大好きよ、ゼロス博士」
「分かりましたから、前を向いて運転して下さい」
バイクは、山の方へ向かっていった。別荘地を抜け、ペンション村を抜け、深い山の奥へ入っていく。
「人体科学総合研究所───関係者外の立ち入りを禁ず」
リナは、バイクから降りる。幾重にも張られた鎖を、丁寧に外す。バイクに緑色のシートをかけ、森の中に隠す。トランクを提げたゼロスとリナは、連れだって敷地の中に入っていった。


「とりあえず、2億、ですか。初めての仕事にしては上出来です」
「でも、あたし、指名手配犯になっちゃったわ」
「貴女の能力があれば、指名手配になろうがどうしようが関係ありませんよ。さて、この2億、通し番号ですね。このまま使うわけには行きません。バハマあたりでロンダリングするとしますか。さあ、リナさん、水槽に入って下さい」
水槽は、変わった形状をしている。床から天井へと続く、直径1.5メートルほどの管だ。リナは、軽く飛び上がり、天井の蓋をはずす。服を全て脱ぎ捨て、茶色のコンタクトレンズを外した。深紅の瞳が現れる。管の中に滑り込む。透明な液体から、わずかに気泡が上がる。
ピピ───ピ───……
光の帯が走り、リナの全身がスキャンされる。柔らかな髪が、水中で揺らぐ。今日、あれだけの大立ち回りを演じたとは思えないほど、華奢な身体。未成熟な、小さな胸。
「やはり、腕と足首にわずかですが過負荷がかかったようですね。薬を注入しておきましょう。それにしても手は素晴らしい。防弾ガラスを引き裂いて、何のダメージも負っていない」
リナは、液体の中で静かに目を閉じている。呼吸にも問題はないようだ。
「リナさん、今晩はこの中で過ごして下さい。明日の朝には、ダメージも回復します」
「えっ、博士と一緒に寝られないの?つまらないわ」
「明日になったら、何時間でも添い寝してあげますよ。お休みなさい」
そして、実験体室の電気をぱちんと切る。
「お休みなさい、博士」
「ゆっくりお休みなさい、僕の大事なリナさん」

『と、いうわけで、この少女は警察の包囲網をくぐり抜けて逃走したわけですが、どう思われますか?』
『今回の場合は、警察の失態と言えることはないでしょう。この少女の恐るべき肉体能力は、人間どころか、現在ある人間型ロボットの全てを凌駕しています───』
「くっ」
ゼルガディス・グレイワーズ警部補は、いまいましげにテレビのスイッチを切った。
「あれ、今日のニュース、見ないのか?」
ガブリエフ巡査部長が、署内の閲覧室で、ゼルガディスに尋ねる。
「あの少女がどういう化け物であろうが、今日のことは俺のミスだ。ガウリイ、ちょっと解析室までつきあってくれ」
「ああ、いいけど……」
二人は、解析室に入る。中にいた刑事が、立ち上がって二人に敬礼する。
「ああ、礼はいい。今日の事件のビデオ、見せてもらえないか」
「わかりました」
銀行の店内にあったビデオ。少女が男を人質に取り、防弾ガラスを破る。
「何度見てもすごいな」
「このあとは、パトカーから取った、追跡のビデオになります」
「流してくれ」
バイクが、パトカーを振り切るようにして走っていく。当然ながら、ナンバープレートは付いていない。人質が、一瞬振り返る。
「今のところ、止めてくれ」
「え?」
「もう一度、流してくれ、スローで」
「はい」
人質は、ゆっくりと振り返る。ガウリイにもはっきり分かった。人質は───微笑んでいた。
「共犯者、ということか」
「そのようだな。おい、こいつの写真もCG班に回してくれ。少女と同様に、指名手配用のグラフィックを作らせる」
「この一瞬じゃ、かなり難しいですよ」
「そこを何とかするのが俺たちの仕事だ。頼んだぞ」
ゼルガディスとガウリイは、解析室を出た。
「でも、人質が実は共犯者だったって分かったところで、何の手がかりにもならないぜ」
「何もわからないよりはましだ。それに、今日、犯罪を成功させた奴らのことだ、近いうちにまた何か仕掛けてくるだろう」
「近いうちに?だって奴らは2億も奪ったんだぜ。今頃は外国の空の下じゃ……」
「現在最高基準の人間型ロボットの一日の稼働費用が分かるか」
「あ……約、一千万、だ」
「仮にあの少女がロボットだと仮定しても、2億なんてすぐ底をつく。第二、第三の犯行はあり得ると言っていいだろう」
「あの少女はロボットなのか?」
「いや……俺が見た感じでは、非常に人間に近かった……でも、人間ではなかった。これは確かに言える」
「それじゃ、あの少女を創り出す費用はどうやって捻出したんだろう?犯人は」
「それは、わからん。しかし、あれだけの性能を持つモノを創り出すんだから、裏で金が動いているとしてもおかしくはないな。今日の犯罪の根本がマフィアのものだったのかも知れん。この事件は、あらゆる可能性から捜査して行かなくてはいかんだろうな」
ゼルガディスは苦々しげに言った。


「博士、何見てるの?」
「昨日の銀行強盗のニュースをまとめて録って置いたんです。一緒に見ましょう、リナさん」
まずは銀行内の映像。リナが銃を持ち出したとき、あわてふためく行員と客の姿。その中で、金髪のかつらをかぶったゼロスだけが、静かに座っている。
「うーん、これはまずかったかも知れませんね。僕も驚いてるふりくらいはしたほうが良かった」
そして、バイクを追跡するパトカーからの映像。歪んで、ぼやけた映像だが、ゼロスが振り返るのがはっきりと分かる。その表情も、見るものが見れば分かってしまうだろう。微笑んでいる、と。
無機質な紅い瞳にモニターの光を反射させたリナが言う。
「博士、これ、まずいです」
「分かってますよリナさん。僕としたことが、つい、油断してしまいました」
『犯人の少女は人間型ロボットであると仮定していい、と……?』
『人間で、あれだけの高さが跳べますか?しかも、大の男と金の詰まったトランクと、一トン近いバイクを抱えて』
『しかし、現在のロボット市場を見るに、あのような自然な外見の人間型ロボットは、それだけ性能が劣ることになりますが?しかも犯人は大きさも人間の少女と何ら変わるところはなかったのでしょう?』
『こればっかりは、今の私の知識では、お答えできませんな。まさに化け物です、この少女は』
ゼロスは、テレビのモニターを切り、ビデオを止めた。
「とりあえずは、大成功ですよ、リナさん。さあ、ビデオはこのくらいにして、祝杯を挙げましょう」
ゼロスは、自分のグラスにシャンパンを注ぐ。リナは、液状の人工生命体用フードの入ったボトルを掲げる。
「乾杯」
リナは、ボトルに付いたストローから、冷たいバニラ味のフードを喉に流し込んだ。
「ねえゼロス、あたしも、それ、飲みたい」
「ダメです。アルコールは、リナさんの人工臓器に大きな負担をかけるんです」
「じゃあ、せめてゼロスみたいに、お食事したい。あたしの舌は、おいしさがちゃんと分かるのよ」
「液状フード、バニラ味とストロベリー味だけでは不満ですか?」
「不満。あたしも、お肉やお魚、食べたい」
「そうですね……今度の人工臓器の付け替えの時に試してみましょうか」
「お願いね」
リナは、ゼロスの頬にかるくキスをした。バニラの匂いが漂う。





「罪深く愛してよ」はCHARAさんの曲です。「Happy Toy」というアルバムに入っています。CHARAさんの歌。はっきりいってファンなのです。これから二人がどんな罪を重ねていくのか……それは秘密です(ゼロス風)。あと、薄紫のワンピースで強盗っていうのは、映画『パルプ・フィクション』からです。
それでは、これからもよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。自分で言うのも何ですが、この作品は結構気に入っています。起承転結が上手くいったというか……でもまだまだですが。


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