鳥の詩［２］





子供たちは夏の線路歩く　吹く風に素足をさらして
遠くには幼かった日々を　両手には飛び立つ希望を


「リナちゃん、指名でオール、入ったよ」
「やりい！それじゃ、早速行って来ます。場所は？」
「プリンセスホテル。メインダイニングの前で待ち合わせだそうだ」
「と、いうことはご飯つきか。あそこのフォアグラ、美味しいのよねー」
「リナちゃんは、色気より食い気、だな」
「それって、あたしには色気はないってこと？」
「いやいや。リナちゃんには充分可愛い色気があるよ。お客様を待たせないように行っておいで」
「はーい」
リナは、紺色のワンピースで、タクシーに乗り込み、待ち合わせ場所に向かった。

「よく来たな、リナ」
「ガウリイ……！」
「今日は逃がさないぞ。なんたってメシつきだからな」
「受けて立つわよ。後でレシート見て後悔しないことね」
二人は、戦闘態勢でメインダイニングに入っていった。
「お飲物を」
「ベリーニで」
「俺はシャンパン」
二人は、メニューを見て、不敵に微笑みあった。
「お食事の、ご注文を」
「俺はア・ラ・カルトのここから、ここまで。全部だ」
「あたしは、シェフのきまぐれコース、３人前」
「あの……かなりのボリュームになりますが……」
「いいから持ってきて！」
二人の食事は、まさに戦場だった。
「あーっ、ガウリイ、あたしの小鳩肉、取った！よーし、こっちは……」
「おい！その仔牛肉のトリュフソースがけ、俺がとっといた奴だぞ！」
「あんたはお金持ちなんだから、けちけちしないの！」
「お前こそ年頃の女だろ！もっとレディらしく食べたらどうだ！」
「おあいにく様ね。あたしはもともとレディなんかじゃないのよ」
積み上がった皿が空になる。二人は、ようやく落ち着いた顔で、ナプキンで口の端を拭っていた。
「お腹がいっぱいになると、平和な気持ちになるわね」
「その平和な気持ちのままで、どうだ、俺の嫁さんにならないか」
「何よ。食べ物でつる気？」
「お前が俺の嫁さんになってくれたら、毎日これだけの食事を出したっていい」
「ふふ、魅力的ね。でも、あたしはあんたのお嫁さんにはならないわ」
いつの間にか日が暮れて、窓の外は美しい夜景で覆われていた。
「綺麗……」
「俺の部屋に来いよ。もっと綺麗だぜ」
「うん、行く」
ガウリイは、レジで食事代を部屋番号につけさせた。二人はエレベーターで、最上階に昇る。
「ここって……」
「インペリアル・スイート。このホテルで最高の部屋だ」
「３度目だわ」
「なんだ、ちょっとお前を驚かしてやろうと思ったのにな」
「残念だったわね。それで、あたしをオールナイトで買い取ったってことは、やっとあたしに手を出す気になったのかしら？」
「いや、そういうわけじゃない」
ガウリイは、夜景の見渡せるソファに腰掛ける。冷えたシャンパンが用意されている。
「こっち、来いよ」
「ええ」
「俺は、確かに親の財産を食いつぶすしか能のない、情けない男だよ。だけど、親の事業を真剣に継いで、やっていこうって気はあるんだ。お前がこんな仕事をしていたことだって、誰にも何も言わせねえよ。マスコミくらい、ひねりつぶしてやるさ」
ガウリイは、リナの肩に手を回した。
「俺のものに、なってくれ」
「……できないわ」
「なぜ……！」
「あたしが、ガウリイを愛していないからよ」
「ずいぶん、ズバッと言ってくれるな」
「本当のことよ」
「でも、今日は朝までいてくれるんだろう？」
「契約だから、ね。シャワー浴びていい？」
「ああ」
「ほんとに、何もしなくていいの？」
ガウリイは、立ち上がって夜景を眺めた。
「お前が俺のものになってくれるっていうまでは、何にもしねーよ」

「広いね、このベッド」
「そりゃ、本来は新婚さん用の部屋だろうからな。なあ、側に行ってもいいか」
「もちろん」
ガウリイは、リナの側に寄ると、ぎゅっとリナを抱きしめた。
「こんな、細っこい身体で、一人っきりで生きてるのか、お前は」
「そう。あたしは一人。でも、寂しくなんてないわ。家族の思い出が、あたしを温めてくれる」
「お前を見てると、こっちが辛くなるよ、リナ」
「その辛さを、あたしに対する愛情と勘違いしてるのよ、ガウリイは」
「馬鹿。俺はそんなことしてねえよ」
リナは、ガウリイの腕の中で眠った。その安らかな寝顔を見ながら、ガウリイはつぶやいた。
「なあ、お前は無理してんだよ。分からないのか？」

「ホテルの朝御飯って好き。何か、今日の一日が新しいものになる予感をくれるから」
「おい、卵料理、何取る？」
「あ、スクランブル・エッグをお願い」
冷たいブラッド・オレンジジュースを飲みながら、リナはガウリイに微笑みかけた。
「ありがとう。ガウリイみたいにいいお客さんなんて、いないわ」
「それはどういたしまして」
「今日はこれから？」
「親父の仕事の見習いだ。まあ、また暇が出来たらお前を呼ぶよ」
「それじゃ、悪いみたいだけど、お支払い、お願いね」
ガウリイは、財布から紙幣を引っぱり出して、リナに渡した。
「お前の方から俺を呼んでくれてもいいんだぜ。これ、俺の携帯番号」
「……そんなことは、無いと思うけど。まあ、もらって置くわ」
リナは、ブランド物の華奢な財布に、そのメモをしまった。


「どうしても、載せていただけませんか」
「わるいねえ、メタリオムくん。こっちとしても、有望な新人の君の原稿を載せてあげたいのはやまやまなんだが……うちも慈善事業でやってるわけじゃないからねえ」
「とりあえず、原稿のコピーだけ置いていきます。載せて頂けそうなら、連絡して下さい」
「ああ、預かっとくよ」
ゼロスは出版社の小さなビルを出た。
「参りましたねえ……」
足は、いつもの公園に向いていた。噴水の前のベンチに、ぐったりと腰掛ける。もう２日、何も食べていない。
「載せていただけない、となると原稿料の前借りもできませんしね……」
夕暮れの空を見ていると、不意にその目が覆われた。
「……リナさんですか」
「はい、正解。どうしたの、元気ないわね」
「何でもないですよ」
「何でもないってことはないでしょう。目の下に、そんなに隈作って」
その時、ゼロスのお腹が鳴った。
「いやあ、晩ご飯時ですね、あはは」
「ゼロス。しょーじきに言いなさい。今、食事するお金持ってるの？」
「…………」
リナの携帯が鳴りだした。
「ああもう、こんな時に。ゼロス、そっから動くんじゃないわよ。はい、リナです。はい、はい……」
リナは、明るい顔で携帯を切った。
「ゼロス！あたしについてきて。お腹いっぱい食べさせてあげる」

「…………」
「…………」
「何よ、男二人で見つめ合っちゃって。恋にでも落ちた？」
「リナ、こいつは何なんだ」
「何って……友達よ。ゼロス＝メタリオム。作家よ」
「聞いたことねえな」
「これからいくらでも聞くことになるわよ。ゼロス、こっちはガウリイ＝ガブリエフ。実業家……の、どら息子」
「おい、そりゃないだろ？」
「ガブリエフというと、あの……」
「ガブリエフ財閥の御曹司、よ。さ、こんなところで喋ってないで、ご飯にしましょう」
「おいリナ、俺がこいつの分まで払うのか？」
「なあに、今日は貧乏なの？」
「あの……僕、帰りましょうか」
「当たり前だ。俺が、リナを買ってるんだからな」
「あ、だめだめゼロス。帰らないで。ねえガウリイ、あたしのこと、好きなのよね？」
「あ、ああ」
「じゃあ、あたしの大事な友達にも、晩ご飯奢ってくれるわよね？」
「あのなあ、リナ」
「話が決まったところで、レストランへれっつごー！」
リナはゼロスの腕を引いて、ホテルの最上階のレストランへ入っていった。
「しょーがねえな……」
ガウリイが後を追う。

「…………」
「…………」
「くーらーいっ！ご飯は、もっと明るく食べるものよ。最高級の料理も、これじゃ台無しだわ」
「……あー、メタリオムさん？」
「ゼロスで結構です」
「ゼロス、お前さんは有名な作家なのか？俺はあまり本を読まないんで、そっちの方面にはうといんだが」
「雑誌に２作、作品が載っただけです。ほんの駆け出しですよ」
「そんなお前が、リナの客なのか？」
「僕は、リナさんの単なる知り合いです。お客になったことはありませんよ」
「知り合い、ねえ。どうやって知り合ったんだ。ナンパでもしたのか？」
「いえ、公園で、リナさんが僕の小説を読んでるところを偶然見つけたんです」
「それで思わず声をかけた、と」
「ええ」
「…………」
「…………」
「暗いって言ってるでしょう。もっと話を盛り上げて」
「リナ。俺は、お前と二人きりになりたくて、金を払ってるんだ。何で見ず知らずの男にメシを奢らなきゃいけないんだ」
「リナさん。僕は、自分の分は、ここの代金はお支払いしますよ。ガウリイさんに迷惑はかけられません」
リナは、黙ってゼロスのズボンの後ろポケットから財布を抜いた。
「あ、いつの間に……」
「お札、入ってないじゃない。どうやって、ここの会計すますつもりなのよ。いいのよ、ガウリイはお金持ちなんだから、こういうときに利用してやらなくっちゃ」
「リナ、お前なあ……！」
「ガウリイは、そんなけちじゃないわよね？」
「分かった分かった。今日の食事は全部俺が持つよ。ただ、こんなことは今回限りだからな」
「よっしゃー！それでこそガウリイよ。よっ、お大尽！」
ガウリイはリナを引き寄せる。
「その代わり、今夜は、俺の部屋で過ごしてもらうからな」
「もちろんよ」
「ゼロス。俺は親の金で贅沢してる駄目な男だから偉そうなことは言えないが」
蒼い瞳が紫の瞳を見た。
「こういうのって、すごく男のプライドが傷つかないか？」
「ええ。ずたずたですね、はっきりいって」
「リナ。男には、腹が減るより辛いことってあるんだよ。まあ、そう言うことの分からないお前の無邪気さも、お前の魅力ではあるんだが」
「……もしかして、あたし、ゼロスに、すごく悪いことした？」
「いえ、お腹は膨れましたし、言うことありませんよ」
三人は、食後のコーヒーを飲んだ。
「じゃ、今日は、ご馳走になります」
「サラスヴァティ賞でも取ったら、奢り返してくれ」
「ええ。絶対に」
ガウリイは、部屋の鍵を手に取った。
「じゃあ、リナは俺が連れていく。ここでお別れだな」
「ええ。本当にご迷惑をかけました」
下りのエレベーターの途中で、リナとガウリイは降りた。ゼロスは、ホテルの一階まで降りると、自分のアパートへと歩き出した。

「リナ。お前、あのゼロスとか言う奴のこと、好きなのか」
「へ？何言ってんのよ。大事な友達だって言ったでしょ」
「俺は？俺は、お前の何なんだ」
「大事なお客様」
「……誰が、お前の心に入れるんだろうな」
「ガウリイ」
リナは、背中からガウリイの首に飛びつく。
「あたしは、こんなにお金を払ってくれて、何にもしない。そんなガウリイのこと、大好きよ」
「お前、ほんとに胸ちっちゃいな」
すぱーん。ホテルの柔らかいスリッパが、鋭く炸裂する。
「大好きって言ったの、取り消そうか？」
「はは、悪かった。ところでな、リナ」
ガウリイは、リナの方へ向き直った。
「ゼロスは、今頃俺とお前が何をしてると思ってると思う？」
「あ……」
リナは耳まで赤くなる。
「そのこと、言うの忘れてた。今度会ったら、ちゃんと言っておかなくちゃ」
「俺は、言わないで欲しいんだけどな」
「へ？なんで」
「嫌な予感がするんだ」
「やだ。もしかして、やきもち？」
「悪いか」
「心配ないって。ゼロスは、友達。それだけ」
そして、深紅の瞳を上げる。
「ガウリイ、あたしにやきもちなんて妬かないで。あたしが相手をする、すべてのお客さんに妬かなくちゃいけなくなるじゃない」
「お前の客に、心配なんかしねえよ」
リナの小さな身体を抱きしめる。
「お前が友達なんて言葉を使ったのは、あいつが初めてだ。だから、不安なんだ」
「不安が消えるまで、抱きしめてていいんだよ」
リナは優しく言った。
「もっと、別のこともしてあげられる。そうしようか？」
「いや、俺はこれで充分だ」
「特別サービス」
リナは、ガウリイの頬にキスをした。
「馬鹿」
ガウリイは、抱きしめる腕を強くした。
「今でも、理性総動員してるんだからな」

「すみません、このサンドイッチと、このフライド・ポテト、このスクランブルエッグで、お弁当作ってもらえませんか？」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」
「おいリナ、何やってんだ？」
「それは秘密です。それじゃあ、ガウリイ、お会計お願いします」
「へいへい。指名料２万にオールナイトで８万。合計１０万」
「ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
「夕べのようなのは、もう勘弁してくれよ」
「はいはい」




小説の中でリナちゃんが言ってますが、私はホテルの朝ご飯が好きです。時々、泊まりにも行ってないのに朝ご飯だけ食べたりしてます。それにしても、私の小説のガウリイは、相変わらず気の毒ですね。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。清純なる娼婦・リナちゃんの今後の運命は。


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