遠い光…２

遠い光［２］

やがて戦争は、リナの言ったとおり、双方の話し合いで終わった。めでたいことなのかも知れないが、あの泥の中の行軍や、川を下って命からがら砂浜に這い上がった、あの体験が無意味なものになるのは耐え難かった。
リナは、毎日ガウリイの見舞いに行っているようだった。俺が行ったときには、必ずいた。果物を剥いたり、新聞を読み上げてやったり、かいがいしかった。俺は、リナを少し見直している自分に気づいた。所詮お金持ちのお嬢さんで、社交界無しでは生きていけないタイプだろうと思っていた。しかしリナは、帰ってきた兵のためのパーティにも参加しないで、ガウリイの面倒を見続けた。
ゼロスも、しょっちゅう顔を出した。
「リナさん、よく続きますね」
「約束だもの」
「それだけですか？」
ゼロスの問いに、リナは僅かに頬を染めた。
「それだけ」
ゼロスは、それ以上何も聞かなかった。

ガウリイが全快すると、俺たちの部隊でささやかなパーティをやった。リナも、もちろん招かれていた。
「会場を明るくするため」
アメリアも、何故か招かれていた。
乾杯の音頭はリナがとった。
「皆さんの頼れる部隊長、ガウリイ＝ガブリエフの全快と、婚約のお祝いをかねて、乾杯！」
「かんぱ……い？」
皆はとまどった。
「えーと、この際に発表しちゃいますけど、あたし、リナ＝インバースは、このガウリイと婚約しました。みんな、祝福してくれるわよね？」
俺はゼロスを見た。ゼロスは、いつもの感情の読めない笑みを浮かべて、じっとリナを見つめていた。
「じゃあ、改めて乾杯！」
「乾杯！」
男たちが声を合わせた。ガウリイは、兵士たちにもみくちゃにされた。
「うらやましいぞ、美人の嫁さんもらって」
「ただの美人じゃないぜ。三州一の美少女だ」
「なんだ、看病してるうちに、情が湧いちゃったのか、リナちゃん？」
リナは顔を紅く染めた。
「そういうわけじゃないんだけど……戦争の話を聞いているうちに、人柄に惹かれていったというか……」
「おい、リナちゃん。俺だって戦争では活躍したんだぜ。俺の話を聞いてくれれば、俺のものになったってのか」
「ガウリイさんは僕たちの誇れる部隊長ですよ」
ゼロスが立ち上がり、リナとガウリイの方へ近づいていった。
「ガウリイさんは、僕たちを命を賭けて守ってくれた。リナさんを手に入れるのは、当然の結果です。おめでとうございます」
そう言って、リナの頬に軽くキスをした。
「おいゼロス。リナはもう俺のものだからな。そういうことをするときは、俺に許可を取ってくれ」
「これはこれは。では、事後承諾になりますが、リナさんに祝福のキスをしてかまいませんね？」
「ああ。かまわないぜ」
ゼロスは席に戻った。俺は、ゼロスの袖を引っ張った。
「おい、お前はこれでいいのか？」
「いいわけないでしょう」
ゼロスは、闇の紫の瞳を見せて、幸せそうなリナとガウリイを見た。
「いいわけないって……まさか、二人を引き裂くつもりか？」
「僕はいつでも彼女の幸せを願っていますよ。今は、ガウリイさんに預けます。僕は、いつの日か必ずリナさんを手に入れてみせる」
唇に指を当てる。
「どんな形であってもね」

リナとガウリイの結婚披露宴は、盛大にいとなまれた。高級なヴェールに覆われたリナの美しさは、参列者を魅了した。特大のウェディングケーキに二人がナイフを入れると、眩しいほどのシャッターが切られた。
「三州一の美少女、とうとう誰かのものになるのか」
「まあ、ガウリイなら、家柄もしっかりしてるし、部隊長まで務めたから金もあるしな。リナが不幸せになることはないだろう」
「それにしても、羨ましいぜガウリイ」
「ゼルガディスさん」
黒の礼服の胸に蘭の花を付けたゼロスが、シャンパンを片手に立っていた。
「ゼロス……お前は、平気なのか？」
「ええ。前にも言ったとおり、ガウリイさんに一時預けるだけです」
「ガウリイは、いい夫になるぞ。そのことは、旦那の下で戦争した俺たちが、一番分かることだろう」
「ええ、そうでしょうね……」
ゼロスは、遠い目をした。
「それでも、僕はあきらめません。彼女は僕のたった一人の女の子なんだから」

リナとガウリイは、それぞれの実家から援助をもらって、Ｃの字をした形の湾の片一方の岬を買った。そこに、白く瀟洒な家を建てた。庭は広く、植木は見事に刈り込まれていた。俺とアメリアとゼロスは、家の落成記念のホームパーティに招かれた。
「いらっしゃい、ゼル、アメリア。それにゼロスも」
リナは、深いブルーのドレスを着て、髪は下ろしていた。髪を下ろすと、そのあどけなさが強調されるようで、俺まで思わず目を引き寄せられた。
「これで、あたしたちの仲間で独り者なのはゼロスだけね。どう？女の子紹介するわよ？あたしたちの代の女学校の同窓生は、美人揃いって評判なんだから」
「その筆頭が、リナさんとアメリアさんなんですよね」
「ふふっ。ちゃんと女の子を喜ばす話術にも長けているじゃない。ゼロス、ハンサムだから、もてるわよ」
「僕ってハンサムですか？」
「少なくとも、あたしはそう思うわ」
「それは、とても嬉しいことですね」
「もちろん、ガウリイの次にだけどね」
たしかに、ガウリイの旦那は顔がいい。金髪碧眼、通った鼻筋。すらりと高い背。黙って立たせていれば、モデル並のルックスだ。
「俺の奥さんも、俺を喜ばせる話術に長けてるじゃないか」
ガウリイはリナの肩を引き寄せて、嬉しそうにそう言った。
「あ、ゼル。もちろんあんたもかっこいいわよ。ちょっと目つきが悪いけど、そこがいいって言ってる女の子、たくさん知ってるわ。もっとも、ゼルはもうアメリアのものだけど」
「リナさん、お庭の方も見せて下さい」
「ああ、そうねアメリア。うちは庭もちょっとした自慢なのよ。さあ、みんな外に出て」
どこまでも低く続く植木。その向こうにはアーチがあって、蔓薔薇が絡みついている。花の季節らしく、黄色の小さな薔薇の花が咲いている。
「あの建物は、何ですか？」
「ああ、あれ？あれはうちのものじゃないの。海上保安隊の建物よ。でも、とくに立ち入り禁止されてるわけでもないし、行ってみよっか？」
俺たちはぞろぞろとその白く細長い建物に入っていった。螺旋階段を上ると、大きなランプと海を見渡せるガラス張りの窓のある部屋に出た。
「分かるでしょ？灯台よ。この岬の近くは岩が多くて難所らしいから、灯台がついてるの。夜になると赤い光が灯って、とても綺麗よ」
「綺麗でしょうね……特に遠くから見ると」
「まあね。でも、うちから見ても綺麗よ。今日はみんな、灯台に火が入るまで、一緒にいましょう」
使用人がベルを鳴らして俺たちを呼んだ。夕食の時間らしかった。豪華な食事が、もの凄いボリュームで出された。
「リ、リナさん、これって……」
「ん？あたしとガウリイはいつもこれくらい食べるわよ。あんたたちも遠慮せずに食べてね。んじゃ、いっただっきまーす」
リナとガウリイは、戦地で２週間ぶりに飯にありついた兵士のように、猛烈な勢いで料理を口に詰め込んでいった。俺とアメリアは、その食欲を見ているだけで腹一杯になってしまい、あまり料理に手を付けなかった。
「何よ、ゼル、アメリア。うちの料理、美味しくない？」
「いや、お前たちを見てると、何となく、な」
「リナさん、細いのによくそんなに入りますね」
俺はふとゼロスを見た。彼は、相変わらず感情の読めない笑みを口元に浮かべていた。そして、その視線は真っ直ぐにリナをとらえていた。
「僕は、たくさんご飯をたべる女の人って好きですね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ、ゼロス」
ゼロスも、あまり料理に口を付けていなかった。ただ、シャンパンで時折口を湿らせる程度だった。
晩飯が終わると、俺たちはもう一度外に出た。日はとうに暮れ、灯台に明かりが入っていた。くるくる回る、赤い光。
「これは、夜のあいだずっと点いてるの。寝室が灯台に面していなくて良かったわ」
「建築家さんも、それくらいのことは考えるでしょう」
そしてゼロスは、灯台の白い壁を撫でた。愛おしそうに。まるで……リナの肌に触れるかのように。
「僕はこの灯台、気に入りました。また、来て見せてもらってもいいですか？」
「もちろんよ。でも、灯台が気に入るなんて、変な趣味ね」
「僕の知ってる女の子に似てるんです」
「灯台に……似てる……女の子？まさか、岬に突っ立ったまま、灯りをぐるぐる回してる女の子じゃないでしょうね？」
「まさか」
ゼロスは苦笑した。
「どんなに遠くにあっても、輝きを失わない。そして、今すぐ手に取れそうな光でも、指の中をすり抜けてしまう。そんな女の子です」
「ズバリ、ゼロスさんは恋をしてますね！？」
アメリアがゼロスを指さして言う。
「当たりです。僕は、灯台のような女の子に恋をしてるんです。片想いを」
「いつか、届くわ。その想いは」
「リナさんに太鼓判を押されると自信が湧きますね」
ゼロスは、感情の読めない笑顔で、リナに返事をした。

あれから２年が経った。俺の小説はそれなりに売れるようになり、アメリアの実家の財産を頼ることもなくなった。俺は、アメリアを妻にした。結婚式には、リナとガウリイ、それとゼロスももちろん招待した。
「アメリア、すっごくきれいよ」
「リナさんの結婚式の時ほどじゃありませんよ」
「馬鹿ね、アメリア。女の子が結婚式に臨むとき……その子はこの世で一番の美女になるのよ。誰と比べることもできないわ。……でも、その中でもアメリアはとびっきりの美人ね」
「ありがとうございます……」
俺たちの結婚パーティーは、ガウリイとリナの時に比べれば簡素なものだった。知り合いの作家、俺を担当してくれている編集……それと、会場に花を添える、アメリアとリナの学生時代の友人たち。ゼロスは、作家や編集と、しきりに話をしていた。それは、この場にふさわしくない話だった。ビジネスの話だ。だが、俺はとがめ立てはしなかった。今、奴は新しい出版社を興そうとして苦心惨憺している。このパーティは、奴の人脈を広めるいい機会になるだろう。
「ゼルガディスさん、おめでとうございます」
礼服にまた蘭の花を挿したゼロスが、近づいてきた。
「今日は、ビジネスに精を出してるな」
「おっと、見抜かれていましたか。近いうちに、ゼルガディスさんにお願いに上がることになるかも知れません」
「とんでもない願いじゃないだろうな」
「それは、今のところ、秘密です」
ゼロスは唇を指で押さえた。
「あ、いたいたゼロス。みんな、こいつがゼロス。あたしの友達よ。独身でハンサムで女に優しい！それに、今だって企業を興そうと頑張ってるビジネスマン。お買い得よ」
「ゼロスさん、初めまして」
「噂通り、かっこいいですね」
ゼロスはあっという間に女に囲まれた。
「いやあ、困りましたねえ。こんな美しいお嬢さん方に囲まれたら、僕の一途な恋心もねじが飛んでしまいそうです」
「好きな人、いるんですか？」
「はい」
「でも、今夜くらいは私たちにつきあってくれますよね？」
「ええ。ご一緒しましょう」
ゼロスは女たちをひきつれて、会場の隅へ去っていった。
「まったく、あいつも、いつまでも『一途な恋』なんてしてないで、綺麗な女の子をお嫁さんにすればいいのに。あいつのことだから、誰だって惚れるわ。ゼロスにはその辺がどうも分かってないみたいね」
「分かってないのはお前だろう」
「へ？ゼル、今、何か言った？」
「何でもない。独り言だ」
「さて、ゼル。あんたは今日の主役なのよ。アメリアと一緒に、色んなテーブル回りなさい。あたしとガウリイは、今日の料理を堪能させてもらうとしますか。行くわよガウリイ！」
「おう。食べがいのありそうな料理ばかりだな。まずはこのローストビーフから……」
「あ、それはあたしが目をつけてたのよ。あーっ、全部食べちゃって！」
騒がしくなった二人を置いて、俺はアメリアと各テーブルへ挨拶に回った。
「これを機会に、作品の幅が広がるといいねえ」
「次回作、楽しみに待ってます」
「それにしても、ガウリイの部隊から、州の誇る美少女２人を嫁にする奴が出るなんてねえ。やっぱり、次はゼロスかな」
「それは楽しみね」
俺はゼロスに目をやった。どうやって追い払ったか知らないが、女たちは既にいなくなっていた。ゼロスは、今日来た中でも一番のベストセラー作家に、ぺこぺこ頭を下げていた。
「ふー、食った食った。リナ、お前は満腹したか？」
「あんたが食べる先から横取りするせいで、まだ欲求不満だわ」
ガウリイとリナの夫妻もどうやら食べるだけ食べ終わったらしく、会場で作家たちと会話を楽しんでいた。
「先生、最新作読ませていただきましたわ。とても感動などという言葉では言い表せないほど……」
「それはありがとう。旦那様の意見はどうですか？」
「へ？へ？俺、本、読まないからなあ」
「ガウリイに知的な会話を求めても無駄ですよ。のーみそヨーグルトなんだから」
「しかし、ガウリイくんの部隊は、戦地で何度も死地をくぐり抜け……」
「俺は、そう言う方面にしか才能無いんです、たぶん」
「そんなことはないよ。君は、美しい奥さんを幸せにしているじゃないか」
「リナ、俺といて、幸せか？」
「さて、どうでしょうね」
「おい！」
「幸せよ」
リナは花のように微笑んだ。
「ガウリイの側にいられて、とってもとっても幸せよ」
宴は終わった。俺とアメリアは、会場の出口に立って、一人一人に引き出物を渡した。ウェッジウッドのペアのコーヒーカップだ。
「ペアですか。僕は持て余してしまいますね」
ゼロスは袋を受け取って、そう言った。
「すぐに、ゼロスさんとペアのカップで朝食のコーヒーを飲む女の人が現れます！絶対ですからね！」
アメリアの断言に苦笑しながら、ゼロスは会場を去っていった。

ゼロリナで「グレート・ギャッツビー」してみたい！と言うのが執筆の動機です。と言っても、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」を読んだのが数年前に一度だけ。映画も見たのですが記憶の彼方。でも、記憶が薄い方がオリジナル性を高められるかなと思って、執筆が終わるまで、一切「ギャッツビー」関係には触れませんでした。だから、「ギャッツビー」を期待して読まれるとへなへなだと思います。すみません。それから、リナちゃんの「三州一の美女」というのは、フィッツジェラルドの奥さん、ゼルダが「二州一の美女」と呼ばれていたことに由来します。では、以降もよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。「グレート・ギャッツビー」はロバート・レッドフォード主演で映画化されています。村上春樹さんの魂の小説としても有名ですよね。（わたしも村上さんの影響で読みました。）

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