遠い光［１］

俺はこれからある男について語ろうと思う。彼は、有能で、野心家だっだが、心の奥底には夢を持ち続けた男だった。いや、夢こそが彼を成り立たせるたった一つのファクターだったのではないか？とにかく、男は夢を持っていた。そのために、全てを手に入れて、全てを失った男のことを、俺は語ろうと思う。


「ゼルガディスさん、何か飲み物を取りましょうか」
「ああ。白ワインを頼む」
ゼロス＝メタリオムは優美な手つきでグラスにワインを注ぐと、俺に手渡した。
「せっかくの戦争凱旋パーティでも、女の子に目をやらないのは、アメリアさんのせいですか？」
「……俺の勝手だろう」
「もちろん、好きにしていただいて結構ですよ」
「お前はどうなんだ。恋人の一人も作ったらどうだ」
「作るつもりですよ」
俺は意外な感じがした。こいつにはそんなことは無縁だと、何となく思っていたからだ。
「じゃあ、その辺で女の子でも誘うか」
「違うんですよ、ゼルガディスさん」
ゼロスは口の前で指を振った。
「僕が恋人にしたいのは、この周り三州でも並ぶものがない、といわれているとびっきりの女の子です」
「三州で並ぶもの無き……リナ＝インバースか」
「初めてパーティで彼女を見かけてから、僕は彼女に夢中なんです」
「リナ＝インバースを手に入れようとは、お前も結構野心家だな」
「僕は、野心で彼女を手に入れたいわけじゃない」
「ふん。と、いうと？」
「彼女は僕の『夢の女の子』なんです」
「夢？」
「彼女は、まるで魔法使いのような魅力で僕を虜にしてしまった。たった一人、僕が欲しい女の子です」
「まあいいが……倍率高いんじゃないのか」
「そうですね、頑張ります……来ましたね」
ガーデンパーティの会場がどっと湧いた。薄紫のドレスを着た、リナ＝インバースが会場に滑り込んできた。紅茶色の髪は結い上げられ、印象的な深紅の瞳に長いまつげが影を落とす。どこか幼さを残した、整った顔立ち。果実のような、紅い唇。ドレスの裾をさばく、軽やかな足。
「あれが三州一の美少女、リナ＝インバースか……」
「ええ。彼女は最高ですよ。それでは、何とか彼女の取り巻きに潜り込んできます」
そう言って、ゼロスは離れていった。俺は、見るともなく、ゼロスの行く先を目で追っていた。ゼロスは、男たちのたむろすリナの周りで、グラスに赤ワインを注いでいる。そして、それをリナに差し出す。リナは、にっこりと微笑んでそのグラスを受け取った。
（ゼロスの奴、上手くやってるじゃないか）
俺は安心して、白ワインを味わい、料理の方に手を伸ばした。
「おひとりですか？」
「ああ、すまん。俺には婚約者がいるんでな」
「知ってますよ。ゼルガディスさん、ひどいですね。婚約者の声も忘れちゃうなんて」
「……！アメリアか」
「ゼルガディスさんが兵役から帰ってくるって聞いて、駆け付けたんです。いっぱい男の人に声かけられて、大変だったんですから」
俺は苦笑してアメリアにワイングラスを渡す。
「……これ、ジュースじゃないですか」
「未成年にはそれが合ってる」
「私も、お酒、飲みたい」
「大人になるまで我慢しろ」
「大人って、何歳くらいですか？」
「まあ、１８ってとこだな」
「リナさんは１７なのに、赤ワイン飲んでますよ」
「人は人、自分は自分だ。俺は、子供のくせに酒を飲む奴は好きじゃない」
「それって、リナさんを好きじゃない、ってことですか？」
「いや、別に……」
俺はもう一度苦笑した。ゼロスの『夢の女の子』を嫌うわけにはいかないじゃないか。
ゼロスは、リナの横に陣取って、話をしているようだった。リナは、つまらなそうでもなく、ゼロスの話に耳を傾けている。
「よかったな、ゼロス」
「ゼルガディスさん、何か言いましたか？」
「いや、なんでもない」
「まさか、ゼルガディスさんもリナさんのファンなんですか？」
「いやいや、違う違う。俺は、あの女に興味はない」
「あの女扱いはひどいですね。あたし、リナさんの親友なんですから」
「親友……？」
「女学校でも一緒だったし、社交界でもリナさんは気さくに私に話しかけてきてくれて。でも、リナさんはあの通りもてもてですからね……最近では、どのパーティに出ても男の人に取り巻かれちゃって、話もできないんです」
「アメリア、リナと話にいけるか」
「え……ええ。取り巻きさんたちをかいくぐれれば、ですが」
「俺についてこい」
俺は、アメリアの手を引いて、リナの取り巻きの中に入っていった。リナのグラスが空になると、いくつものグラスが差し出される。照れ笑いをしながらグラスを選ぶリナは、俺の目から見ても、掛け値無しに美しかった。
「アメリア！アメリアじゃないの。最近、パーティに出てもあんたと話せなくて寂しかったわ。……その胸、また育ったんじゃない？」
「もう、リナさんってば！でも、私もリナさんと話せて嬉しいです」
「誰が人垣をかき分けてきてくれたの？」
「ゼルガディスさん。私の婚約者です」
「お仕事は何をやってる方なの？」
「小説家です。ゼルガディス＝グレイワーズ。聞いたことありませんか？」
「あ、ある、ある。こんばんは、ゼル。有名作家さんに会えて光栄だわ」
「で、そっちのゼロスは俺の戦友だ。前の戦争の時、同じ部隊で戦った」
「へえ、アメリアの婚約者のゼルが、ゼロスの友達だなんて。不思議な縁を感じるわね」
リナは、改めてゼロスを見た。
「ゼロスは、今どんな仕事をしてるの？」
「仕事と言えるかどうか……出版社の使いっ走りをしてますよ」
「ねえ、戦争のお話を聞かせて。国にいる私たちには、ちっとも情報が伝わってこなくて」
「いいですけど、つまらない話ですよ？何日も洗濯できない軍服を着たまま、泥だらけの中を強行軍したり」
「お風呂は？」
「そんなの入れるわけないじゃないですか。泥水で顔を洗って、真っ黒のタオルでこすって……そんなものですよ」
「敵と殺し合いになることもあるの？」
「無くはないですが……正直、敵と戦っているときより、移動したり退却したり、そんなことの方が多いですね」
「ふうん、そうなんだ。敵と戦う時って、怖い？」
「ゼルガディスさんはどうですか？」
いきなり話を振られて、俺は口を滑らせた。
「アメリアが国で待ってると思うと……死ねないと思う」
言って、俺は赤面する。
「……何を言わせるんだ、ゼロス」
「いいじゃない、そういうの。そんなに想われて、アメリアが羨ましいわ。で？ゼロスは敵さんと戦うとき、怖い？」
「それは怖いですよ。好きな人に想いも告げずに死んでしまうのかと思うと。で、必死で戦うわけです」
「秘められた想い、というわけか。ゼロス、思い切って告白してみればいいのに」
「僕は、まだ彼女にふさわしい人間ではありませんから」
「ふさわしく……ない？」
「仕事も使いっ走り、家柄もどう転んでも庶民、そんな僕が告白していい相手じゃないんです、彼女は」
「そんなもんかなあ。どんな男の人であれ、告白されれば女の子は嬉しいと思うわ」
「僕は、気持ちだけ告げればいいというものではないんです。その子をこの国一番の幸せな花嫁にしたい。彼女にふさわしい男になったと自分で思ったら、その子を迎えに行きます」
「幸せね、その女の子」
「それまでに、他の誰かにもっていかれないか心配なんですけどね」
その時、テーブルを囲んだ俺たちに近づいてくる男がいた。
「おや、こんなところで軍の同窓会か？」
「部隊長！」
「おっと、ここでは軍の上下関係は無しだ。ガウリイでいいぜ」
「じゃあガウリイ、久しぶりだな」
「なんだ、前の戦いから一ヶ月しか経ってないぜ」
ガウリイは、明るい金髪をかきあげて、テーブルについた。
「リナ、俺がいなくて寂しかったか？」
すぱこーん。ハイヒールで殴られたガウリイが頭を押さえる。
「なんであんたがいないくらいであたしが寂しがらなきゃいけないのよ。うぬぼれないで」
「ってー……冗談のつもりで言ったのに〜」
「下手な冗談ね」
「まあまあ、リナさん。ガウリイさんは、優秀な部隊長ですよ」
「そうなの？ゼロス」
「ええ。彼にはなにか野生の勘のようなものがありましてね。何度も危機を救われました」
「すごいんですね、ガウリイさん」
ガウリイはアメリアを見る。
「なんだ？この黒髪のお姫様は」
「俺の婚約者だ」
俺は、アメリアを引き寄せる。
「ああ、お前が話に聞いたアメリアちゃんか。なるほど、可愛いな。ゼル、羨ましいぜ」
「売れない小説家の俺には過ぎた婚約者だがな。アメリアが１８になったら結婚するつもりだ」
リナが目を輝かせて、俺とアメリアを見た。
「いいなあ、そういうの。アメリア、幸せが約束されてるのね。あたしにも、そういう人、現れないかしら」
「リナさんならよりどりみどりでしょう。聞きましたよ、財閥の御曹司から告白されたって」
「アメリア、あたしは、あたしがこれはって思う男じゃなきゃだめなの。お金なんかはどうでもいいのよ」
「それは本当ですか、リナさん」
ゼロスは、真剣な声をして聴く。
「もちろんよ。あたしは、あたしを幸せにしてくれることに全力をかけてくれる男と結婚したいわ。まあ、お金もちょっぴり欲しいけど……」
リナはウィンクした。
「ちょっぴり、ね。社交界から遠ざかるのって、寂しいもの」
「そのうち、貴女だけを幸せにするために生きてきた男が現れますよ」
「それまでは、俺がお前の保護者だ。お前に言い寄る男には、禄なのがいないからな」
「ガウリイ。誰がそんなこと頼んだのよ」
「まあいいじゃないか。俺たちは幼なじみだし」
「ガウリイさんなら安心ですね」
ゼロスは、にっこりと微笑んで言った。こういう時のこいつの感情は読めない。
「リナさんを、しっかり守ってあげてくださいね」


それから一ヶ月後。俺たちは、再び泥沼の戦闘地帯にいた。リナが聞いたように、俺たちはもう２週間も風呂に入っていない。互いに、ひどい臭いがする。ゼロスの、さらさらの黒髪も、今は汗と脂と泥で、べたっと頬に張りついている。

俺たちは撤退戦をしていた。後ろは深い川。目の前まで、敵のゲリラ部隊が近づいてきていた。夜だった。灯りはつけられない。敵の閃光弾が何度も上がる。俺たちは、見つからないように、木陰に身を潜めた。
「川を下って逃げるぞ」
ガウリイが決然として言った。
「川を……？旦那、正気か？この川は深くて……」
「ああ。確かに深い。だが、流れは緩やかだ」
そして、小さなライトを点す。
「この種類の樹」
すぐにライトを消す。
「昼間に確かめてみたんだが、見た目よりずっと柔らかくて軽い。俺たちの装備品のナタで充分に切れるはずだ。それを浮きにして、川を下る。この流れの速さなら海が近い。砂浜まで行って、海沿いに逃げよう」
そして自らのナタを取り出して、ガツンと幹に刻み目を入れる。二度、三度。樹はめりめりと倒れた。
「この作業は、敵にばれる公算が高い。特攻でやれ。命が惜しくなければな」
「まず誰から行く」
俺は、手を上げた。
「ゼル、行ってくれるか」
「旦那の言うことを聞いてて失敗したことはまず無いもんな」
俺は、丸太を身体にくくりつけて、川に飛び込んだ。以外と簡単に浮く。俺の後にも、何人か飛び込んできた気配があった。
「ゼルガディスさん」
「その声は、ゼロスか。みんな無事か」
「ええ。そのようですね」
「ガウリイの旦那は」
「最後に飛び込むって言ってました。あいかわらず、責任感の強い人ですね」
俺たちは、泥の川の中を、ゆっくりと海に向かって流れていった。川の両端が拡がり、中州をいくつも通り過ぎる。夜が明ける頃、俺たちは砂浜に着いた。
「部隊長！」
「ガウリイさん！」
砂浜に流れ着いたガウリイは、軍服の腹を血に染めていた。
「どうしたんだ、これは……」
「最後の最後に敵に見つかっちまってな。腹に一発。大したことはねえ。浅手だ」
「ガウリイさん……」
「大丈夫だ」
「旦那が部隊長でよかったぜ、俺たち」
「それは、無事に友軍の元に帰り着いてから言ってくれ。まだ油断は禁物だからな」
俺たちは、重く濡れた身体を引きずるように歩き、本部と合流した。

撃たれた後、泥水に浸かったガウリイは、高熱を出した。戦場では、満足な薬も手に入らなかった。戦闘も終わろうとしていた。俺たちの部隊は、一足早く本国に返されることになった。
「旦那！もうすぐ国に帰れるからな」
「そうすれば、いい病院に入れますからね」
「……俺は、大丈夫だ。俺の部隊から死者が出なかったことがなにより俺は嬉しい」
「無理に喋らないでください……」
「無理なんてしてねえよ。こんな傷、なんてことない」
ガウリイは、弱々しく微笑んだ。


本国に帰ったガウリイは、州立病院に入院した。驚くべきことに、あのリナ＝インバースが見舞いに来ていた。
「ガウリイ、腹膜炎おこしかけてたんですって？本当に無茶するんだから」
「あの場ではあれが精一杯だったよ」
リナは、その魅力的な深紅の瞳から、ポロポロと涙を零した。
「戦争なんて嫌いよ。こうやって、あたしの大事な人を傷つけていく」
「リナ」
ガウリイは、手を上げてリナの頬に触れた。
「この戦争では、たくさんの兵士が死んでるんだ。こうやって帰ってこられた俺は運がいいんだ。だから、泣くな。涙は、俺が死んだときに取って置いてくれ」
「ガウリイ、いつか、死ぬの？」
「この戦争が続けば、いつかは」
「大丈夫。国同士の話し合いも進められている。戦争はもうすぐ終わるわ。ねえガウリイ、何かあたしにできること、ない？」
「そうだな。毎日、見舞いに来てくれ」
「そんなことでいいの？」
「三州一の美少女を毎日独占できるんだ。こんなご褒美はねえよ」
「その三州がどうとかっての、止めてよ。恥ずかしいんだから。でも、お見舞いにはちゃんと来るわ」
「ありがとう、リナ」




「ガウリイ×リナ←ゼロス」ものです。そう言うのはよそでやれ！と言われる気持ちもごもっともですが、メインはゼロスの一途な気持ちですので、何とかここに。それと、今回の舞台は１９２０年代のアメリカです。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。望んでも得られない恋に身を焦がすゼロスを書いてみたかったのです。


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