遠い旅路の目的地[２]
「船を出して欲しいんだけど」 中年の、頭の薄くなった男が、顔を上げた。 「女か。どこへだ」 「群狼の島へ」 「馬鹿言うな。あそこには魔族の結界が張られている」 「その外まででいいわ。そこからは、あたしが一人で行く」 「冗談じゃないな。あの辺の海は年中荒れているんだ。おまけに、女なんか乗せたら、罰が当たって船は沈んじまうよ」 男はじろりと少女を見た。 「どうしても、駄目だって言うの？」 「ああ。駄目だね」 「少し痛い目を見ないと分からないかしら？」 「お嬢ちゃんがどう痛い目を見せてくれるのかね」 リナは口の中で素早く呪をとなえた。 「爆煙舞（バースト・ロンド）！」 炎と光が男のいる小さな部屋にはじけた。リナはにやりと微笑む。 「どう？ 船を出す気になったかしら。なんなら、もっと強い呪文を……」 男は、一瞬目を覆っていたが、また眼鏡をずりあげて、新聞を読み始めた。 「……え」 「爆煙舞（バースト・ロンド）。ほとんど殺傷力はない、こけおどしの呪文だ。そんなもので、俺がびびって船を出してやるとでも思ったかい」 「なぜ……神封じの結界の外にいた人間には、魔法はほとんど伝わっていなかったはず」 「俺たち船乗りはね、お嬢ちゃん。いろんな事を覚えて来るもんさ。神封じの結界がなくなった今となっては特にね」 「別の呪文を試してみてもいいのよ？」 「ああ、好きなだけ暴れればいい。なんなら俺を殺したっていいさ。どうせ、女なんか乗せてあの海に船を出せば、みんな死ぬんだ。ここでお嬢ちゃんに多少火傷させられても、変わるもんじゃない」 男は新聞から目を上げない。 「お金なら、あるわ。いくらでも……」 「分からんかな、お嬢ちゃん。脅しでも金でもだめだよ。命あっての物種だ」 リナの瞳に涙が浮かんだ。 「おねがい、おじさん。あたし、どうしても群狼の島へ行かなきゃならないの。どうしてもなの」 男は顔を上げた。 「やっかいな娘だな。脅し、金が駄目なら泣き落としか。……そうだな。考えてやらなくもない」 「……！ どうすればいいの？ あたし、何でも、何でもやる」 「その身体を」 「……え」 「俺に差し出してもらおうか。ま、俺はもうちょっと肉付きのいいのが好みなんだがな」 「……馬鹿なことを」 「こっちは命を賭けてやろうってんだ。お前さんにもそれなりのものを要求する。まずは俺。そして、船を出すクルー全員にだ。この海域に女なんて一人もいない。みんな飢えきってる。お前さんみたいな若い娘とやれるのなら、みんな船を出さんでもないだろう」 リナは震えた。 「あたしはね、強いのよ。なんならこの辺一帯焼け野原にして、あんたたちの大切な船をぶっこわしてやったっていいのよ」 「馬鹿な女だな。そんなことをしたら困るのはお前さんじゃないのか」 「……嫌」 男は、黙ってリナを見ている。リナの瞳から涙がこぼれ落ちた。 「嫌。この身体は、たった一人の物なんだから」 「お前さん、その男のために行くんじゃないのかい」 「……そうよ。あたしは、あいつのために……」 「そいつのために、しばらく身体を投げ出してやることができんもんかね。そいつの元に行ってやれなかったら、元も子もないだろう？」 リナは、もう一度震えた。男は、新聞を置いて立ち上がった。窓の外には、海が荒れている。 「あたしはどうすればいいの」 小さくささやく。 「服を脱ぎな。自分の手で」 リナは、上手く動かない指で、上着を脱ぎ始めた。 「う、うう、うう」 煙草臭い息を吐いて、男がリナの身体の上にいる。あまり濡れない身体を強引に突き上げられ、リナは痛みに顔をしかめる。男の手が、リナの小さな乳房を乱暴に掴む。 「い、いいか、お嬢ちゃん」 「……ん。いい……」 嘘をつく。自分が娼婦になってしまったような気がする。いや、この行為のどこが娼婦でないと言えるのだろう。 「もっと……もっとちょうだい……」 いやらしい、甘い声。ゼロスに抱かれているときには決して出さなかった、作り声。こんな声が自分の中にあったのか、とリナは冷めた頭で考えていた。 「出すぞ、お嬢ちゃん」 「あ……外に」 男は、リナの声が聞こえなかったかのように、リナの中に精を放った。そのまま、汗ばんだ身体でリナの上に乗る。男のものはまだ微かにうごいて、リナの中に精を吐き出し続けている。 「ああ、最高だったよ、お嬢ちゃん。生の女を抱いたのは、何年ぶりかな」 リナは、男の身体の下から逃れると、床に座り込んだ。脚の間から、精液が溢れ出た。 「これで……」 「一回で終わるのはもったいないな。お嬢ちゃん、体位を変えてやろう。ベッドの上にあがれ。四つん這いになるんだ。頭を下げて、けつを高く上げて」 リナは無表情にその命令に従った。男は、後ろからリナにのしかかり、また荒いうめき声を立て始めた。 「おい、野郎ども！ 女だ。若けえぞ。お前らのどんないうことでも聞いてくれる。好きにしな！」 身体にシーツを巻き付けただけのリナは、港に停泊している船の甲板に投げ出された。十数人いる水夫たちは、歓声と口笛をあげた。 「俺が最初にやる」 「俺は口をやるよ。可愛い顔してんな。よくしゃぶれよ。噛みついたりしたら、歯を折ってやるからな」 リナは身体に爪を立てられ、髪を乱暴に引っ張られ、乳房を揉みしだかれた。 「おら、もっと脚開け」 「なあ、俺尻の穴やってみたいんだけどな」 「好きにしろよ。ああ、こんな若い女、好きに出来るなんてな」 身体を貫かれるたびに、焼けつくような痛みが走る。精液が髪に、顔にこびりつく。歯を食いしばって苦痛をこらえようとしても、鼻をつままれて口を開かされ、そこに男のものを突っ込まれる。 「舌を動かせ。ああ、上手いぞ。出すぞ……全部飲み込め」 喉の奥に粘液を叩きつけられ、こみ上げる吐き気を我慢する。咳き込んで口から精液をこぼすと、したたかに殴られた。 「飲めっていっただろう。なんだ？ 俺のは汚くて飲めないってのか。やり直しだ。口を開けろ！」 リナの目の光は弱っていった。ささくれだった甲板に這わされ、もう媚びた声ひとつ上げられない。誰かが身体の中にいる。誰かが口を犯している。膣の中は、生ぬるい精液で満ちている。潮風が裸の皮膚にしみた。 （ゼロス） その名前が心に浮かんだとき、リナの瞳から一筋の涙が流れた。 （あんたに抱かれる資格が無くなっても……あたしは行く） 誰かの薄苦い精液を飲み込みながら、リナは一人の魔族だけを想った。 饗宴は終わった。男たちは、靴音をならして甲板を去った。リナは、薄いシーツ一枚だけをかけられ、ぐったりと身体を伸ばしていた。時折、くちゅりと音を立てて、体内から精液が溢れる。頬は、何度も殴りつけられ、青黒く染まっている。 （痛い……） 身体中が、悲鳴を上げていた。立ち上がることも、起きあがることすら出来ない。 「おい、起きな」 船の持ち主の男が、リナの腕を引っ張って引きずり起こした。 「そんな汁臭え身体で、甲板にいられちゃ迷惑だ。掃除するから、どいてくれ」 リナは、脚を引きずって船から下りる。精液と血が、脚を伝った。 「小屋に入れ。湯を沸かしてある。身体を洗え」 「……ありがとう」 リナは、バスタブに浸かった。身体中の爪の痕に、湯が浸みて痛かった。 「この隅っこに座ってな。立ち上がったら海に投げだされるぞ。そうなっても、俺たちは助けないからな」 出航した船は、大きく揺らぎながら沖合に出た。 「よ、お嬢ちゃん。こないだは最高だったぜ」 水夫に声をかけられ、リナは無表情に顔を上げた。 「じっとしてろよ。海の神は嫉妬深い女神だ。女を乗せてるこの船は、いつひっくり返るか分かったもんじゃねえ」 リナは膝を抱えて、ただ黙っていた。強い風が帆を膨らませた。嵐が近づいていた。 「舵をしっかり固定しろ！ 船に身体をくくりつけろ！ 嵐だ！」 甲板が斜めになる。リナは、必死で船縁にしがみつく。一人の水夫が、悲鳴を上げて海に投げ出される。 「畜生！ いつもの倍は荒れてやがる。女のせいだ！」 遠くに、仄白く輝く魔族の結界が見えてきた。船主がリナに怒鳴りつける。 「お嬢ちゃん、ここまでだ。ボートを下ろそうか」 「お願いします」 昏い海に木の葉のように揺れるボート。その上に飛び降りたリナは、頼りないオールを握りしめ、結界の方へこぎ始めた。船は離れていく。 「……！」 雷光が走った。遠ざかっていく船のマストが折れる。叩きつける波が、船を横倒しにした。沈んでいく船を見ないで、リナはひたすらこぎ続けた。すぐそこまで、結界が迫る。 「翔封界（レイ＝ウィング）！」 ボートを捨て、リナは海面すれすれに浮かび上がる。ボートは、マッチ箱のように崩れ、波にさらわれてゆく。結界に触れる。激しい痛みが、てのひらを灼いた。一瞬、集中力が途切れ、海に落ちそうになる。もう一度、結界に触れる。腕を伸ばし、歯を食いしばって、結界を抜けようとする。 「くっ……！」 痛みが全身を駆け抜け、リナは気を失った。 岩と、それにへばりついた海草だらけの薄暗い海岸。リナは、波に洗われて意識を無くしていた。冷たく濡れた服を、潮風が更に冷やしてゆく。リナは目覚めない。 長い、美しい金髪を身体にまといつかせた、背の高い女が、そんなリナを見下ろしていた。 
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