遠い旅路の目的地[１５]
「ゼロス＝エックハルト」。あの時引き裂かれた５歳の少年。その名前を見つけたのは、葬儀社の名簿の中だった。 「嘘でしょ……？」 リナは葬儀社の住所をプリントし、遠い国へ出かけた。飛行機を二度乗り継いだ。 葬儀社の受付と交渉して、死んだ少年の住所を聞き出す。郊外の一軒家を見出し、チャイムを押した。痩せて、老け込んだ女が玄関を開けた。「ゼロス」の母親だった。 「リナ……さん？」 「お久しぶりです。……もし、貴女が許してくれるのならば……ゼロスくんの御霊前に、祈らせて下さい」 写真の中には、大人びた少年の顔。リナは指を組み、彼の魂が安らかなることを、そして再びこの世界に生まれ変わることを祈った。 「あの子は８歳で亡くなりました。小児ガンでした」 応接間でリナに紅茶を出して、母親はゆっくりと語った。 「最後は、強い治療で高熱を出し、一週間も苦しんで……逝きました」 リナは、小さな公園で、「リナと一緒に逃げる」と約束してくれた少年の事を思い出していた。 「高熱の中で、あの子はリナさんを呼び続けました。死があの子に訪れるまで。ずっとリナさんだけを呼んでいました」 リナは顔を上げた。 「私は、その時初めて気づいたんです。小さくても、あの子は貴女を愛していたんだって。二人を引き離すべきじゃなかったんだって」 母親の目には、後悔の涙があった。 「私は、貴女を探しました。でも一週間では何もできない。あの子は、最期は微笑んで、宙に手をのばして、幻の貴女を抱きしめたんです。幸せそうに微笑んで、あの子は目を閉じました。……ごめんなさい。ごめんなさい。今更こんな事を言っても始まらないけど……あの子と貴女は、きっと運命の恋人同士だったんです」 「ええ」 母親は涙目を上げた。リナは、微笑んでいた。 「ありがとう。ゼロスくんのことを教えてくれて。あたしは、短い間だったけど、彼に愛されて幸せでした。貴女がゼロスをこの世に生んでくれたから出逢えたんです」 「リナさん」 「それに……あたしには、貴女に許してもらわなきゃいけないことが」 「何ですか？」 「あたしは、一度拘置所から、銃を持って脱走しました。貴女たちとゼロスの住んでいた、あの部屋を訪ねました。貴女がゼロスを渡すのを渋ったら……あたしは貴女を殺すつもりでした」 「……」 「あの時、貴女達が引っ越していてくれなかったら。あたしは更に罪を重ねたことでしょう。許されないことですが……あたしは貴女に殺意をもったことを悔いています」 「リナさん……ゼロスの、遺品を何か持っていって下さい」 「いいえ」 「……いいの？」 「お母さまの貴女が大事にしてくれる方が、きっと彼も喜びます。それに、あたしは……」 また、遠い国で生まれ変わる彼を見つけます。 コスチューム・プレイが売り物の娼館で、リナは働いていた。古くさいメイドの格好や、ナースの白衣で相手をする。リナは、仕事の合間を縫って、アニメ『スレイヤーズ』のヒロイン・『リナ』の衣装を作った。紅茶色の髪。深紅の瞳。時は過ぎ、『スレイヤーズ』の人気もさすがに下火にはなっていたが、テレビ画面から抜け出してきたような『リナ』の指名は引きも切らなかった。 「お客様のことはなんとお呼びしましょうか？」 『リナ』の衣装でひざまずき、そう尋ねると、判で押したように男たちは「ガウリイ」と答えた。リナは、ガウリイの名前を呼びながら、男たちに抱かれた。遙か昔に通り過ぎた思い出が、時折リナの胸を痛めた。 「うーん……ゼロス、って呼んでよ」 そう注文を付けてきた客を、リナは目を見開いて見上げた。「あ、やっぱり珍しい？」と客は照れたように言った。 「『スレイヤーズ』ファンっていったら、大抵が『ガウリナ派』だよね。でも、僕はあのアニメを観ていて、ゼロスとリナは愛し合っていたように感じたんだ。僕は『ゼロリナ派』だよ」 リナは微笑んで、言った。 「あたしも『ゼロリナ派』です、お客様」 そう。千年の昔から、ずっと。 コスチュームプレイの娼館は、給料が良かった。一年も働くと、まとまった金が出来た。リナは店を辞め、ずっと考えていた計画を実行に移すことにした。 ──故郷に帰る。ゼフィール・シティに。「インバース商会」のあったあの丘に。 
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