終末の過ごし方［２］



「このまま、あてもなく旅を続けていても仕方ないな……ゼフィーリアに戻るか……でもそれじゃあ……」
間に合わない。
「あんな噂、信じてるわけじゃないけど、何となく気になるわね」
街から街へ。流れ歩いてみても、どこも似たような状態だった。怯えて教会に集う人々。やけを起こしてリナに襲いかかる男たち。もっとも、彼らの行く末は悲惨なものだったが……
「初めて、この噂を聞いてから、一週間になるのね……」
噂が本当なら、世界が滅ぶまであと一週間。
「あと一週間経ってみて、何にも起こらなかったら、笑えるわね」
深い森の中。盗賊たちの気配もない。リナは、大きな樹の下にもたれかかって、しばしの休息をとった。
『リナ＝インバース……』
「なあに、ロード・オブ・ナイトメア」
『なあに、とはご挨拶だな。あと七日で世界は滅ぶ。全ては混沌の海に還る』
「あなたのその嘘は聞き飽きたわ」
『ならば、目を覚ましてみるがよい。私の言葉が嘘か真か、分かるだろう』
「どこへ行くの」
『この世界の根に。全てを揺るがす根本に』
リナは目を覚ました。樹にもたれかかって眠ったはずなのに、誰かの膝の上に頭がある。リナはがばっと身を起こす。
「だ、誰よ！乙女の眠りを独り占めする奴は！寝顔鑑賞代、よこしてもらいましょうか」
「鑑賞代くらい払ってもいいですが」
青年は、指を振る。
「もう、この世界でお金は用をなさなくなっていますよ」
「ゼロス……」
「お久しぶりです、リナさん。元気そうで何よりです」
「夢の中で、全ての母が言ったわ。目覚めてみれば、世界が滅ぶのが本当か嘘か分かるって」
「それは、僕に聞け、ということでしょう」
「で？どうなの？世界が滅びるっていう、くだらない噂。あれは本当なの？」
「本当です」
リナは呆然としてしばらく黙る。
「さすがのリナさんも驚いたみたいですね」
「じゃあ、あたしも……この世にいる全ての人も……あと一週間で死ぬっていうの」
「そうです」
「あんたは？魔族のあんたはどうなるのよ」
「滅びます」
「シャブラニグドゥの腹心たちも？」
「ええ」
「何もかも……何もかもが消えてしまうというの？」
「混沌の海に還るだけです」
「どうして！……どうしてこんな事になったの」
「我ら全ての母……その力が暴走を始めた」
ゼロスは淡々と言った。
「この世界の成り立ちはご存じですね？」
「ええ。混沌の海の上に柱が立ち、その上に全ての命の暮らす大陸がある」
「その柱を、暴走したあのお方の力が破壊するんです」
「そ……そんなことが許されるの？」
「許すも許さないもありません。あのお方はその存在のあるがままに在る。この世界が滅んでも、あのお方は在り続けるでしょう。果てしない悠久の時を」
「…………」
「リナさん、顔色が悪いですよ」
「当たり前でしょ！そんな話を聞かされて、へいこら笑っていられるものですか。でも、あんたがここに来たのはちょうど良かったわ。あたしを連れて、空間を渡って」
「貴女なら、そういうと思っていましたよ。まずは、どこへ行きますか」
「ゼフィーリアへ」
「じゃあ、僕の側に来て下さい」
ゼロスはリナを軽く抱きしめる。そして、空間を渡った。


「なに、これ」
「すごい数ですね」
リナの実家は、群衆に囲まれていた。人々は口々に叫ぶ。
「スィーフィード・ナイト！なんとかしてくれ」
「私たちを助けて！」
「スィーフィード・ナイト、我々を見捨てて逃げるのか」
「戦って下さい、スィーフィード・ナイト！」
リナは、うんざりした顔をする。
「あたしも、似たような群衆に迫られた。ねえ、家の中に入ってよ」
「分かりました」
ゼロスはリナの手を冷たい手で包み込むと、部屋の中に直接入った。リナの両親が泣きはらした目を上げる。
「リナ！リナじゃないか」
「良くここまで入ってこられたねえ」
「こいつのおかげよ。感謝してやって」
リナの両親は、ゼロスを見てとまどっていたが、とりあえず礼を言う。
「娘をここまで運んで下さって、ありがとうございました」
「何もありませんが、今何か作ります……」
「ああいえ、僕は魔族なので、人間の食べ物は必要ありませんよ」
「はあ……」
リナの両親は、気圧されて黙る。
「リナ。外の様子はどう？」
固く閉ざされた雨戸を叩く音が響く。
「みんな、ねーちゃんを呼んでるよ。ねーちゃんにも、どうすることも出来ないのにね」
「あんたも、あの夢を見たの？」
「見たわ。そして、このゼロスからも聞いた。世界は後一週間で滅ぶって」
「わざわざ会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
「ゼロスに頼めば、一瞬のことだもの」
「あんたが魔族と仲良くしてるって聞いたけど、この人がそれ？」
「うん。まあ、そう」
リナの母親が言う。
「リナ、もうどこにも行かないわよね。ここにいるわよね」
「……ごめん、母ちゃん。あたしには、まだ会わなきゃいけない人がいるんだ」
「リナ……」
リナの母は、リナを抱きしめる。
「今日、一泊だけ、ここにいておくれ。あんたの好きな羊のシチューを作るから」
「ゼロス、それでいい？」
「構いませんよ。僕はリナさんの決めたことにしたがいます」
「ゼロス…さん。あなたも泊まっていって下さい。リナがお世話になったようで……」
「それでは、遠慮なく、泊まらせていただきます」

リナは、羊のシチューを猛烈な勢いで食べた。リナの母は慣れっこらしく、大量に作ったシチュー鍋からどんどんおかわりを注いだ。
「ゼロスさんは召し上がらないのですか？」
「僕は食べる必要がないんです」
「それでも、一杯酒はつきあってくれるだろう、ゼロスさん」
リナの父が、ワイングラスに赤ワインを注いだ。
「これはこれは。では、頂きます……」
ワイングラスをくるくる回して、一口、口に含む。
「これは相当の上物ですね」
「ああ、分かるか。俺のコレクションの中でも一番のを開けたからな」
「そんなものを頂いてしまっていいんですか？」
「これを飲まずに死ぬ方が、よっぽど悔いが残る……ところでゼロスさん。あんたはリナの恋人か？」
「そうですよ」
リナがシチューをぶっと吹き出す。
「なによ、リナ、汚いわねえ」
「だ、誰が恋人ですって？」
「じゃあリナ、ゼロスさんはお前の何なんだ」
「何って……便利なマジックアイテム」
「ひどいですよ、リナさん、それはひどい！」
「リナ、ゼロスさんに失礼だろう」
「ああ、父ちゃんまで。じゃあ、知り合い！知人！これでいいでしょ」
「お前は、単なる知人と一緒にこの世の最後を過ごしているのか」
「僕はリナさんが好きですよ。だから、一緒にいるんです」
ルナは、静かにナプキンの端で口を拭った。
「ということは、ゼロスさん、あなたの片想い？」
「どうやらそうみたいですねえ、はっはっは」
「リナ、魔族だけど良さそうな人じゃない。想いに応えてあげなさい」
「母ちゃんまで！こいつが、今まで一体どれだけあたしを利用してきたことか……」
「今は、あんたがゼロスさんを利用してるじゃないか。ちゃらだろう」
「あーのーね、こいつのせいであたしがどれだけ苦労したか分からないからそういうことが言えるのよ」
「もう、僕はリナさんを利用したりしませんよ」
「あったりまえでしょ。世界滅亡の前にまで利用されちゃかなわないわよ」
「そろそろ寝るか。母さん、ゼロスさんにパジャマを用意してやれ」
「あー、こいつにパジャマなんていらないから」
「有り難く使わせていただきます」
「ゼロス、あんたねえ……」
リナは額を押さえた。


夜が明けた。世界滅亡まであと六日。
「リナ、また帰ってくる？」
ルナが朝食の席で静かに聞いた。
「わからない。……たぶん、もう帰ってこない」
「リナ……！」
リナの母は涙を流した。
「父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん、ごめんなさい。あたしには、会わなくちゃならない人がいるの」
「そうでしょうね」
ルナは、リナの瞳を見た。
「気が向いたら、また帰ってきて。待ってるわ」
ゼロスは、パジャマを脱いで、神官服に着替えている。
どん、どん。雨戸の向こうから、ルナを呼ぶ声がする。
「スィーフィード・ナイト！」
ゼロスは立ち上がった。
「一宿一飯の恩義です。あなた方を、遠くの街へ送ります」
「えっ？あんたに、そんな力があるのか」
「僕は高位魔族です。それぐらい、簡単なことですよ」
ゼロスは、リナの両親とルナに触れた。そして、ふっと姿を消した。しばらく待っていると、ゼロスだけが戻ってきた。
「これで、表の雨戸が破られても大丈夫です……それにしても、スィーフィード・ナイトに触れるのは、半端なプレッシャーじゃなかったですね」
「ありがと、ゼロス。それじゃあ、あたしたちも行こうか」
「どこへ行きますか」
「セイルーンへ」
二人は、身体を寄せあって、空間を越えた。


セイルーン王城へ、二人は姿を現した。
「アメリアさんの部屋はどこですか？」
宙に浮き、リナを抱き上げたゼロスは言う。
「こっち。たしか、城の東側の出窓の……」
窓は開いていた。薄く透けるレースのカーテンが、風に揺れている。リナとゼロスは、部屋の中を覗き込んだ。
「ゼル……！」
「おや、ゼルガディスさんがいますね」
二人は、ベッドの上に腰掛け、しっかりと抱き合っていた。何も話さず、ただ、目を閉じて、お互いの存在を感じていた。
「僕たちは、おじゃまなのでは？」
「あら、あたしもそう思っていたところよ」
「行きましょうか」
「ええ。さよなら、アメリア、ゼル」
二人は再び空間を越えた。

天と地の区別も付かない亜空間の中で、ゼロスはリナに聞いた。
「次は、どこに行きますか」
「ガウリイのところ！」
「……どこですか」
「わからない」
ゼロスは呆れた顔をした。
「それじゃ、行けるわけないでしょう」
「あ、そうだ、あいつの故郷なら……」
「どこですか」
「知らない」
「あのですねえ、あれだけ長く一緒に旅をしておいて、故郷をしらないなんて、あり得ませんよ」
「いやー、なんだか聞きそびれちゃって。なんとか、ガウリイの元に行く方法はないかな？」
「ガウリイさんは、いまでもゴルン＝ノヴァを持っていますか？」
「持ってるはずよ」
「その波動を追ってみます。といっても、上手く行くかどうか……」
「がんばれ、ゼロス」
「やれやれ」
ゼロスは、意識を集中した。


ガウリイは、旅の空をのんびりと歩いていた。世界が滅ぶという噂は彼の耳に届いていたが、彼はあまり気にしていなかった。
「爺さんになれば、嫌でも死ぬんだもんな。それが早くなるだけだ」
独り言を行って、空を見上げる。
「でも、死ぬ前に、一目でいいからあいつに会いたいな……こんな事なら、一人旅をさせるべきじゃなかったぜ」
その時、彼の前の空間が歪んだ。
「なんだあ？」
わけの分からない虹色の空間が引き裂かれ、ゼロスとリナが重なって地面に落ちてきた。
「いっつー……早くどきなさいよ。あんた、魔族のくせに重いわよ！」
「かなり無理をして空間を渡ったんです。みごとガウリイさんを捜し当てたことを誉めて欲しいですね」
「リナ！」
ガウリイは、ゼロスの下敷きになったリナを引っこ抜いて、抱きしめた。
「あと五日で世界は滅びる。その前に、お前に会えて良かったぜ」
そして、リナに口づける。リナはしばらくされるがままになっていたが、やがて我に返って、どこからともなく取り出したスリッパで、ガウリイを思い切りはたいた。
「何すんのよ！乙女の唇に」
「なあリナ、もうどこにも行かないよな。俺の側にいるよな」
ガウリイは、リナを抱き締め直した。紅茶色の髪を優しく撫でる。リナは、ガウリイの汗の匂いをかぐ。なつかしく、そして二度とかぐことのない匂い。
「ガウリイ……会えて嬉しいわ。でも、あんたの側にいることは出来ない」
「なぜだ？俺は今でもお前の保護者のつもりだ。最後まで、一緒にいさせてくれ」
「そうできたら良かったんだけど……」
「そいつのせいか」
ガウリイは、ゼロスを睨み付けた。
「リナ、ここでこいつを滅ぼしたら、最後の日まで俺と一緒にいてくれるか？」
「……それは、出来ない。それに、あたしは命に代えてもこいつを守るわ」
リナはゼロスに寄り添った。
「残酷だな、お前。最後まで側にいてくれないなら、何のために俺の前に姿を現したんだ」
「あんたに会いたかったからよ、ガウリイ。あんたは、あたしと一番長く旅をしてくれた。何度もあたしを守ってくれた。そのお礼を言いたかったのよ」
「それでも、最後はそいつと一緒にいるのか？」
「うん。そのつもりよ。そうだ、シルフィール呼んでこようか。あの子なら、確実にサイラーグにいるはずだし、探すのも簡単だわ。シルフィールはガウリイのこと大好きだったし、最後まで一緒にいる人としてふさわしいんじゃない？」
「あのなあ、お前」
ガウリイは、静かに言った。
「たとえシルフィールが側にいてくれても、俺はお前のことしか想えないよ。そんな気持ちで側にいたら、シルフィールにも悪いだろ？俺は、一人で最後を迎えるよ。お前のことを想いながら」
「ガウリイ……」
「もう行けよ。俺を一人にしてくれ」
「ガウリイ……ガウリイ、大好きよ」
リナはガウリイにしがみついた。ガウリイは、もう一度リナに口づけ、そしてリナの身体を放した。
「ゼロス……リナのこと、よろしく頼む」
「はい、ガウリイさん」
そして、ゼロスとリナは空間の隙間に消えた。ガウリイは、地面に座り込んで、じっとうつむいていた。




この小説を書くときに最初に思いついたのは、お城でひたすら抱きしめあってるゼルとアメリアの姿でした。リナたちの話はそこから膨らませて。Ｌ様を気安く登場させてしまってすみません。ガウリイがゴルン＝ノヴァを持っているということは、これはいつごろの話なんでしょう？あいかわらずガウリイはリナちゃんに振られています。「リナちゃんに振られるガウリイの会」（会員一名）の活動は今日も活発なのです。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。投稿時には、まだ「刃の先に見えるもの」を読んでいなかったので、リナのお父さんの口調が違っていましたが、こちらに収録するに当たって、できるだけあのハンサムでかっこいいリナ父の言葉遣いをやってみたつもりです。


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