終末の過ごし方［１］




世界がもうすぐ滅ぶとしたら、あなたは誰と最後の日々を過ごしますか？


その噂がリナの耳に入ったのは、彼女が一人旅をしている途中だった。
「ほんとだって！あと二週間で世界は滅ぶんだって！」
若い男が、道ばたで怒鳴っている。人々は、彼をちらりと見て通り過ぎた。
「なあに、あれ」
くすくす笑い合う少女たち。しかし、青年は喉を涸らして叫んでいた。
「あと、二週間で、世界は、滅ぶんだ！」
（ま、よくいるピーな人よね。この暑いのにご苦労さまなこと）
その時、その青年が舞台代わりにしていた木箱から飛び降りた。真っ直ぐリナの方へ歩いてくる。
（ちょっとちょっと、あたしはこんな人とお友達になるつもりはないわよ）
リナは早足で逃げようとしたが、男に腕を掴まれた。
「リナ＝インバース。世界を何度も救った英雄」
「何よ、離して！あたしはリナ＝インバースなんかじゃないわ」
「そのドングリまなこ、その小さな胸。間違いない」
「なんだとお？」
ずがっ。リナは男の後頭部を履いていたブーツで殴りつけた。
「リナ＝インバース。いくらお前でも、今度ばかりはだめだ。世界は滅ぶんだ。いずれ滅ぶ世界を何度も救ったりして、ご苦労だったな、リナ＝インバース」
「……あんた、何の根拠があって」
「俺の夢の中に、金髪のすげえいい女が現れたんだ。そして、俺たちが住む大陸を一つ一つ滅ぼしていった。リアルだったんだ。あれはただの夢じゃない。俺は世界の終末を見せられたんだ」
すぱこーん。
「夢の話かいっ！」
「おい、待て、リナ＝インバース。助けてくれ」
「はあ？今度ばかりはあたしでも無理なんでしょ？あんた一人で勝手に滅びれば」
「リナ＝インバース。不可能を可能にしてきた女。頼む、助けてくれ。怖いんだ、俺は本当に怖くてたまらないんだ」
男はリナのマントを掴んで、引きずられながら涙を流した。
「安心して、後二週間待ちなさい。あんたの見たのが単なる悪夢だったって分かるから」
「そう、あれは悪夢だった。そして、現実になるんだ！」
「離して」
リナは男の手から強引にマントを奪い返し、走り出した。
「待ってくれ、リナ＝インバース……」
男の声が遠くなる。
（何よ、ちょっと悪夢を見たぐらいで大げさね……）
歩きながら思う。
（悪夢……ナイトメア。ロード・オブ・ナイトメア……悪夢を統べる存在）
ふっと、リナは笑う。
（大げさなこと考えちゃった。まったく、アレな人が絡んでくるから、変な気分になっちゃったじゃない）
道ばたの定食屋が、からんからんと鐘を鳴らしている。
「定食５人前！３０分以内に食べたら賞金一万を出すよ！」
（やっりい。やっぱ、旅はこうでなくっちゃね）
「はいはーい、参加します」
「あんたみたいな細っこい女の子がチャレンジするのかい？」
「いいから、定食五人前、早く持ってきて！お腹空いてるんだから」

（お腹も一杯になって、金も儲かる！全くついてたわね）
リナは、お腹をさすりながら、今夜の宿を探した。街道沿いのこぎれいな宿にチェックインすると、リナは疲れと満腹感で眠くなった。
（お湯は、明日使えばいいか……）
リナはパジャマに着替えると、眠りについた。

リナは夢の中で海にたゆたっていた。
（何……この海。昏くて、柔らかで、懐かしい……）
ふっと上を見ると、長い長い金髪で顔を隠した女が、大陸を支えている柱を、不思議な力で崩してゆく。
（だめ……）
リナは思う。
（そんなことをしたら、その上に住んでいる人たちは……皆この海に落ちて……死んでしまうわ）
声を出そうとする。しかし、声は出ない。
（あなたは……だれなの？）
『かつてお前の中に憑りたこともある。私を忘れたか？』
（忘れ……ないわ）
リナは、閉じてしまいそうなまぶたを懸命にひらく。女の顔を見ようとする。
（悪夢を統べる存在───）
リナは緩やかな波をかぶった。そして、優しい海に沈んでいった。どこまでも、どこまでも───
「……あ」
窓の外から、暁の光が射している。
「夢……か」
でも、はっきりと身体に残っている。あのまつわりつくような優しい海の水の感触。そして、振り向かなかった、金髪の女。
「昨日あんな奴の相手をしたから、変な夢見ちゃった。あーあ、こんなに早く起きちゃって。寝汗もかいちゃって」
リナは、バスタブに水を満たした。冷たい水に、身体が次第にはっきりと目覚めていく。
（あの女……大陸を支える柱を壊してた）
海綿で、身体をこすりながら、夢を振り払う。
（全く、夢見が悪いと一日の始まりがうっとおしいわね）
水風呂から上がると、髪を拭きながら考える。
（さって、今日は何をしようかな？）

朝食セット三人前をパクついていると、周りのテーブルの声が耳に入った。
「金髪の綺麗な女が……」
「大陸を支えている柱が崩れて……」
「俺は聞いた。あと１３日だって」
（…………何よ、あの夢を見たのはあたしだけじゃないってこと？）
「夢とは思えないくらい、はっきりした感覚だったな」
リナは、食事を食べ終えて、宿を後にした。

その街の魔導士協会には、ずいぶん多くの貴重な魔法書があった。リナは、朝からそれらに熱心に目を通していた。ふと、ギガ＝スレイブに関する記述に目を留める。
（この世を滅ぼすこと……あたしにだって、出来ちゃうんだなあ。やらないけどね）
リナは、また別の魔法書に目を移していった。

「滅びのご神託がありました。この世は、あと１２日で滅びます。皆さん、最後の日々を精いっぱい生きて下さい……！」
街の教会の前で、シスターが呼びかけている。何人もの人が、足を止めてその演説に聞き入っている。
（何か最近増えたなあ、この手の呼びかけ。世も末か……って、そのまんまね）
リナはマントを翻してその場を去った。

『リナ＝インバース、我の呼びかけが聞こえぬか。この世界は滅ぶ……あと十回、昼と夜が通り過ぎたら』
「あんたは……誰」
『お前には一番よく分かっているはず……全てのものの母、混沌そのものの存在』
「ロード・オブ・ナイトメア」
『そう呼ばれることもある……世界は混沌に還るのだ。全てのものがそう望んだ通り』
「嘘よ！少なくともあたしは、この世の破滅なんて望んでいない」
『破滅ではない……この世は母なる私の子宮に戻るのだ。そこには、安らぎだけがある』
「命は……短いながらも火花を散らして、輝くものよ。安らぎだけの世界なんて」
『もはや、我にも我は止められぬ……』
「待ちなさいよ！」
自分の声で、リナは目を覚ました。ぐっしょりと、寝汗をかいている。
「あと……十日？」
他人が「あと何日」と言っているのは聞いていたが、自分の夢の中でそう告げられるのは初めてだった。
「なんて生々しい夢……」
『リナ＝インバース』
呼びかけられる声も、はっきりとよみがえる。
「きっと、毎日のように街頭で演説してる奴らの声を聞いてたから、刷り込まれたのね」
まだ夜中だったが、リナはバスタブに冷水をはって、浸かった。不意に、涙が零れおちた。
「あれ……なんで、泣いてるんだろう？」
リナは、バスタブの中に肩まで潜った。身体が、芯まで冷えていく。
（あの海は、もっと生ぬるくて、柔らかかったな……）
そんな考えを打ち消すように、リナはいつまでもバスタブに浸かっていた。


「っくしゅん！」
リナは、宿屋から借りた体温計を口にくわえていた。
「８度５分か……」
でも、まだ寒気がする。
（いくら夏だからって、水風呂に何時間も浸かるなんて……馬鹿なことしちゃったなあ）
タオルケットを、鼻までひっぱりあげる。
（あと十日で世界は滅ぶかも？ってのに、こんな事してていいのかなあ）
リナは苦笑して、体温計を振った。


（下の食堂まで食べに行くの、辛いな……）
リナは、パジャマの上にマントを羽織ると、食堂に降りていった。部屋まで、食事を持ってきてもらうように頼むつもりだった。客は、一人もいなかった。
（この宿屋、小綺麗だけど、流行ってないのかな？）
厨房に顔を突っ込む。
「あのー、食事を部屋まで持ってきて欲しいんですけど……」
返事はない。リナは、厨房の扉を開けた。誰もいなかった。料理も、作られた気配はない。
（何これ、どうなってんの？）
その時、リナのお腹が鳴った。
「あのー、誰もいないんなら、勝手に食材使わせてもらいますけど……」
返事はない。
（だるいな……）
リナは熱をおして、簡単な野菜スープと焼き肉を作って、食堂でそれを食べた。誰も入ってこなかった。
食事をとると、少しは元気が出た。リナは、旅装束に着替えると、ふらふらする身体を引きずって、外に出た。しばらく歩くと、広場にたどり着いた。群衆で埋め尽くされていた。
「あと、十日で世界は滅びます……」
低い雷鳴のような声の中年男性が、壇上で演説していた。
「今こそ、我々は祈るべきなのです。全てのものの母に。ロード・オブ・ナイトメアに」
（な……っ！）
リナは、群衆をかき分けて、壇上に登った。人々がざわめく。
「あんた、どこでその名を知ったの！答えなさい！」
「夢の中だ」
男は平然と答えた。
「夢の中に現れた金髪の不思議な女性……名を問うたら、彼女はそう答えた。悪夢を統べる存在、ロード・オブ・ナイトメアと……」
「おい、あれ、リナ＝インバースじゃないか？」
群衆の中の一人が、リナを指さした。
「最強の魔導士、デモン・スレイヤー、リナ＝インバース！」
群衆は、リナの元に押し寄せる。
「リナ＝インバース、どうかこの世を救ってくれ！」
「リナ様、お願いします！もう一度、あなたの奇跡を！」
リナは、群衆を振りきって逃げようとした。しかし、群衆は、その何十本の手で、リナの身体を引き留めた。
「お願いします、この世を救って！」
「できない……あたしには出来ないわ」
「あなたに出来ない事なんてないはずだ。この世を救えるのは、あなただけだ！」
「何を言うの！あたしはただの魔導士よ。だいいち、この世が本当に滅びると決まったわけじゃないでしょう！」
「これだけの人間が同じ夢を見てるんだ。あんたも見ただろう？金髪の女が大陸を支える柱を壊していく夢を」
「知らないわ！どいて！」
リナは、群衆の手をふりほどいて、呪文を唱えた。
「浮遊《レビテーション》！」
浮かび上がるリナを引きずり降ろそうと、マントが引っ張られる。リナは、マントを脱ぎ捨て、ひときわ高く浮かび上がった。
「翔封界《レイ・ウィング》！」
リナは、無人の宿屋にとって返した。窓から自分の部屋に入る。目が回る。
（熱があるのに、とんだ無理しちゃったなあ……）
宿屋には、夜じゅう人の気配はなかった。リナは、全ての体力を使い果たして、眠りに落ちていった。


朝起きると、熱は下がっていた。リナは、魔導士の服を宿屋に捨てた。勝手に女将の部屋らしきところに入って、夏服を何枚か借りた。
（返せる日が来るかは分からないけどね。とにかく、お借りします！）
宿を去ろうとして、思い出した。
（魔血玉のタリスマン……あれは持っていた方がいいわね）
腕と首、腰にタリスマンをつけると、リナはちょっとぶかぶかのワンピースをなびかせて、宿を後にした。
（街はこりごりね）
リナは、郊外に出て、森に入った。のんびりと歩く。誰ともすれ違わない。
（ほら、こんなにここは平和じゃない。あと九日で、世界が滅ぶなんて信じられないわね）
その時、周りに人の気配を感じた。どうも、穏やかな用件ではなさそうだ。
「隠れてないで、出てきなさいよ。こっちは、とっくに気づいてるわよ」
１０人ほどの男が出てきた。リナを取り囲む。
「あたし、お金なら持ってないわよ。もちろん持ってたって、あんたたちには渡さないけど。さっさとどっかに消えなさい」
男たちは、リナを囲む輪を狭める。
「あと何日かで世界が滅ぶって時、金なんかいるかよ。お嬢ちゃん、俺たちと楽しもうぜ」
「楽しくゲームでもして遊ぶ……って雰囲気じゃないわね」
「俺たちはついてるぜ。こんな可愛いお嬢ちゃんと出来るんだからな」
「ついてるかしら？」
リナは口の中で小さく呪文を唱えた。
「炸裂陣《ディル・ブランド》！」
男たちは吹き飛ばされる。リナは、倒れた男たちの間を縫うように、ゆっくりと歩いてその場を立ち去ろうとする。
「くっ、くそ！このアマ、タダじゃすまさねえぜ！」
「おとなしく倒れていれば良かったのにね……火炎球《ファイヤー・ボール》」
まともに火の玉を食らった男は、焼け焦げて倒れた。
「乙女を襲った罰よ！しばらくそうしてなさい。あーあ、森の中も平和じゃないのねえ」
リナは、火傷でうずくまる男を軽く蹴飛ばして、森を抜けていった。

次の街は、完全に無人だった。リナは、店を一軒一軒回ったが、品物をしまうこともせずに、店主も売り子もいなくなっていた。
「もしもし！もしもーし！」
一般の民家のドアを叩く。誰も出てこない。
「何よ……この街だけ、先に滅んじゃったとでもいうの？」
とにかくお腹が空いていた。リナは、誰もいないレストランにはいると、勝手に厨房に入って料理を作った。
「この肉、悪くなってないでしょうね……」
ポタージュとチキン・サンドイッチをざっと五人前作ると、リナはそれを夢中で平らげた。
「三千ってとこかしら？」
レジに銀貨を積み上げて、リナはレストランを出た。魔導士協会に行ってみる。年老いた魔導士が、顔を出した。
「よかった！人がいた！この街のみんなは、どこへ行ってしまったんですか？」
「教会に、皆集まっておるよ。スィーフィードに祈りを捧げておる。それで、ようやくパニックが治まったところじゃよ」
「なるほどね……」


「ゼロス」
「はい、ゼラス様」
「お前に課した全ての仕事の任を解く。ご苦労だった」
「僕は、もう好きなところへ行っていい、と言うことですか？」
「そうだ」
「ありがとうございます。そして、お別れを申し上げます。わが主よ」
「ああ。さらばだ、ゼロス。お前は良い部下だった……」




「終末の過ごし方」というのは、アダルトゲームのタイトルです。この小説を書くとき、どんなタイトルにしようかさんざん悩んだのですが、やっぱりこれしかない！という感じで選ばせていただきました。「終末の過ごし方」は、もの凄く綺麗な絵のゲームです。１８歳以上の人は遊んでみて下さい。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。アダルトゲーム「終末の過ごし方」は、絵はもちろん、シナリオ・雰囲気ともに素晴らしいゲームでした。いいアダルトゲーム（男性向き）を遊ぶことは、私の趣味の一つです。女性向けは……照れてしまって。（「アンジェリーク」すら遊べない羽久であった。）


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