彼と彼女のソネット［５］

３日、リナの不調は続いた。４日目、真綿のようだった頬に薄く紅色が差した。
「もう歩けそうですか？」
「ええ。今まで、面倒見てくれてありがとう」
「どういたしまして。リナさんから素直にお礼を言われると嬉しいですね」
「じゃあ、次の街へ行こう」
「次の街は素通りしたほうがいいかもしれませんね」
「へ？なんで？」
「小さな王国なのですが……戦争中です」
「チャンスじゃない！」
「えっ？」
「その王国についてあげて、敵を一気にあたしの魔法で蹴散らして、お宝どっさりもらえばいいじゃない！ついてるわ。さあ、その王国にれっつごー！」
「急に元気になりましたね。れっつごーするまえに、朝ご飯を食べた方がいいと思いますがね」
「それもそっか。さてと、荷物は持ったし、戦争の前の腹ごしらえと行きますか！」
リナは、久しぶりに食欲を見せた。ゼロスは紅茶で口を湿しながら、嬉しそうにそんなリナを見守った。
「このショルダーガードも、マントも久しぶりね！さ、行くわよ」
リナは、街道を先に立った。ゼロスは、元気よくあるくリナの後ろをついて行った。


大きなあなたの胸　一人離れた
木の葉のような　心支えたまま
乾いた風は私を運ぶ


「お願いします！この国の傭兵としてあたしとこいつを雇って下さい！」
「お…お嬢ちゃん。傭兵って、あんた、まだ子供じゃないか。格好はいっぱしの魔導士だが……それに、そちらのお兄さんは神官じゃないか。傭兵になんて、なれるわけないだろう」
「それなら、あたしの力を証明して見せ……」
「ほら、こっちは戦争で忙しいんだ。帰った帰った」
城の、鉄の門が閉ざされた。
「だーっ、鬱陶しい！何ならこの鉄の門ぶちこわして、力を証明してあげましょうか！？」
「そんなことをしたら余計雇ってくれなくなると思いますが」
「あー、むかつく。街に出よ！ゼロス」
二人は、城下町に出た。
「腹立てたらお腹空いちゃった。ゼロス、何か食べよ」
「さっきお昼ご飯を食べたばかりじゃないですか」
「じゃあデザート！アイスクリーム買ってきて」
確かに、道の遠くにアイスクリーム屋の看板が見える。
「あれだけ食べておいて、よく入りますねえ……」
「チョコミントとラズベリーのダブルね！持ってきたときにちょっとでも溶けてたら容赦しないから！」
「はいはい」
ゼロスは、わずかな空間をひゅっと越えた。
「チョコミントと、ラズベリーを、ダブルで……」
「カップにしますか？コーンにしますか？」
「……」
ゼロスは苦笑する。そこまでは聞いてこなかった。でも、彼女ならたぶん……
「コーンの方でお願いしますよ」
二つの半球状のアイスクリームが積み上がったコーンを大事に持って、ゼロスは再び空間を越えた。
「リナさん、アイス……」
「隠れて！」
「はっ？」
いきなり言われて、ゼロスは焦る。
「隠れろ、と？」
「いいから。アストラルサイドに入って。当分出てこないで」
「アイスは……」
「あんたにあげる」
ゼロスは、とりあえず言われるままにアストラルサイドに入った。
（何だっていうんでしょうねえ……）
その時、明るい金髪の青年がリナにゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「リナ！リナじゃないか」
「久しぶり、ガウリイ」
「偶然だな、この国で会えるなんて。何してんだ、買い物か？」
「それがね、ここで傭兵として働きたかったんだけど、門前払い喰らっちゃったの。ガウリイは？」
「俺は、ここで傭兵の部隊長をしている。何なら、職の口をきいてやってもいいぞ」
「えっ？らっきー。頼りになるわ、ガウリイって」
「どうせお前のことだから、魔法連発して活躍して、報酬をごっそりもらおうってんだろ」
「そうよ。悪い？」
「いや、傭兵部隊としても、お前の魔法があれば心強いよ。それじゃ、一時的にしろ、パートナー再結成だ」
ガウリイは、リナの肩に手を回した。リナは微笑んでガウリイを見上げる。
「食事は？おいしいの、出る？」
「ああ。ここの国の料理は最高さ。量もたっぷり出るぞ」
二人は、城の方へ去っていった。ゼロスは、アストラルサイドでは溶けないアイスクリームを、一口だけかじった。

「あ……あなたがあのご高名なリナ＝インバース様とは知らず、無礼をいたしました。どうぞお許しを」
「あー、そんなにかしこまらなくてもいいから。それより、あたしをここの傭兵部隊に加えてくれる？」
「それはもう……心強いことでございます」
「で？今は何をすればいいわけ？」
「今のところ、敵軍とはにらみ合いが続いていまして……リナ様も、部屋に下がってお休み下さい。むさ苦しいところで申し訳ありませんが」
リナは部屋に通された。ベッドに、小さな棚が一つの質素な部屋。窓は高くて小さく、明かり取りの役目も果たしていない。
「実用本位の部屋、って感じね」
ベッドに荷物を投げ出す。そして、そのまま横になる。目の前に、アイスクリームを持った魔族が現れる。
「……わっ、びっくりしたあ。なによ、いきなり」
「何よ……って、いきなり隠れろと言ってその後は放置ですか？はいこれ、アイスクリーム」
「ありがと……あれ、全然溶けてない」
「アストラル界では物質が変化することはないんです。せっかくリナさんのために買ったんです。リナさんが食べて下さい」
「まあ、頂くけど……あ、一口、かじったわね？」
「退屈でしたから。でも、僕の体温では溶けないので、口の中にいつまでも残ってしまって……」
「じゃ、それから食べる」
「えっ？」
リナは、ベッドの上で膝立ちになると、ゼロスの頭を上に向かせた。そして、唇を合わせ、舌で口の中を探る。
「ラズベリーの味……ほんとに溶けないんだ」
リナの舌の熱に触れて、アイスクリームのかけらはすっと溶けた。二人の口の中を、同じ味が支配する。
「甘酸っぱい……ですね」
「ほんと。美味しい……じゃ、そのコーン貸して。溶けちゃうわ」
リナは、小さな舌を出して、アイスクリームを舐め始めた。あっというまにダブルのアイスクリームはリナの中に飲み込まれていった。その時、サイレンが鳴り始めた。
「敵襲！総員配置につけ！」
「また、アストラルサイドに隠れてて」
リナは勢いよくドアを蹴飛ばして、飛び出していった。
「リ……リナ様。敵軍を、貴女の呪文で」
「分かってるわ。任せといて」
膨らんでいくリナの魔力。
「ひとしく滅びを与えんことを！ドラグ＝スレイーブッ！！」
敵の先頭部隊が、吹っ飛び、倒れ、総崩れになる。後続の部隊も、臆したらしく、バラバラと退いていく。
「しまった！」
「な、何ですか、リナ様」
「今、吹っ飛ばした中に、こっちの先頭部隊もいたんじゃないの？」
「……はっ！総員、先頭部隊の手当につけー！」
「あたしも行くわ。翔封界（レイ・ウイング）！」
リナは、城のバルコニーから飛び、死屍累々の戦場に降りていった。
「治癒（リカバリィ）」
「ああ……痛みが消えていく。あんたは天使様か？」
「違うわ。あたしの名前はリナ」
「俺には天使様だ」
「リナ様！そんな一般兵士の介護など、リナ様にはさせられません！どうぞ、国王の間へ……」
「ろくに治癒の呪文も使えない奴ばっかりじゃない。あたしはまだ魔力が余ってるし、結局はあたしの責任だし、出来るだけ兵士の人たちを治してから行くわ」
「はあ……ありがとうございます」
「治癒（リカバリィ）！」
リナは、日が暮れるまで兵士たちを癒し続けた。リナが呪文を唱える横で、ガウリイが手当が必要な兵士に包帯を巻いていた。
「さってと、晩ご飯〜！」
リナは、兵士用の食堂よりさらに豪華な部屋に通された。アペリティフが運ばれてくる。
「ねえ」
リナはメイドをつかまえて聞く。
「これって、ほかの兵士たちと同じ食事じゃないわね」
「国王が、リナ様には特別なお食事を召し上がっていただくようにと……」
「お願いがあるんだけど」
「何なりと」
「あたし、ガウリイって言う人とご飯食べたいんだけど。それと、ご飯はそれぞれ５人前用意して」
「は……はあ、かしこまりました」
やがて、ランプの灯された部屋にガウリイが現れた。
「よお、呼んでくれてありがとな」
「一人で食事を食べるのは……何だか寂しいから」
「こーら」
ガウリイがリナのおでこをつつく。
「お前は、一人旅してるんだろう？それくらい慣れてるんじゃないのか？」
「それもそうね。でも、今日はすぐそばにガウリイがいるって分かってたから」
「相変わらず、甘えん坊だな、お前」
「何を言うのよ」
リナは頬を赤く染めた。やがて、たっぷりの食事が運ばれてきた。
「こっ、こうやって、奪い合いながら食事するのもっ、久し……あー、あたしのオマールエビ取った！」
「まったくっ、お前は、食い意地だけは……あ、その肉、俺が最後に食べようと……」
二人はナイフとフォークでしばらく戦い……満腹した。ディジェスティフが運ばれてきた。
「ん……美味しいけど、強いお酒ね」
「これは、グラッパっていう、林檎酒だ」
「へえ、あんたがそんな豆知識めいたことを覚えてるなんてね。美味しいわ、このお酒」
「傭兵になってからこっちな、酒をよく飲むようになって。この酒も、兵士の酒場で覚えた」
「何で、お酒を？」
「それをお前が聞くのか」
「えっ？」
「何でもない。まだ残ってるだろ。飲まないんなら俺がもらうぞ」
「あ、駄目。せっかく美味しいんだから、あたしが飲む」
リナの喉に、灼ける液体が流し込まれる。
「なあ、リナ。あれからどうしてたんだ。この国にたどり着いた、ってことは、俺たち、似たような道を歩んできたんじゃないのか」
「途中でね、いろいろあったのよ。魔族に関わったり」
「また魔族か。お前もほんとうに魔族には苦労させられるな」
「もう慣れたわ。それから、盗賊いぢめして……」
「あ……噂に、大盗賊団『虎の牙』がアジトごと潰されたと聞いたんだが……」
「それ、あたし」
「やっぱり。あんまり無茶すんなよな。俺がついてたら、身体を張ってでも止めさせたところだ」
「おかげさまで、こっちのお財布の中はほっくほくよ」
「じゃあ、なんで傭兵なんかやろうと思ったんだ」
「稼げるうちに稼がないと。あたしだって、いつまでも若くないんだから」
「１８のせりふかよ」
「姉ちゃんから教わった、あたしのポリシーよ」
楽しそうに語り合う二人を、ゼロスはずっとアストラルサイドから見ていた。
「僕は、蚊帳の外、ってわけですか。ひどいですね、リナさんも」
「さー、お腹いっぱいになったし、寝るか」
「俺、お前の隣の部屋だから」
「へ？ああ、あの部屋、そうだったんだ」
「部隊長の俺のそばがいいと、思ったんだろうな」
「あんたが隣だと心強いわ」
「俺が襲いに行くかもしれないぜ」
「そんなことしたら、どうなるか、分かってるでしょ？」
二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、お休み。しばらくは、この国にいるのか？」
「まあね。そのつもり。お休みなさい」
リナが部屋にはいると、そこにはゼロスが待っていた。
「ゼロス……！アストラルサイドに隠れてろって言ったでしょ」
「ここは貴女の部屋だ。誰も入ってこない」
「そんなこと言ったってね、鍵もついてないんだから、ここ。今あんたが見つかったら、どこから見ても怪しい神官よ」
「僕は元々怪しい神官ですよ」
ゼロスは、立ち上がって、リナの方に歩いてきた。
「……何よ」
「リナさん」
抱きしめられ、細い顎を掴まれる。そのまま深く口づけられる。長いキス。唇を放すと、リナは荒い息をついた。
「いきなり、何を……！」
リナはひょいと抱き上げられた。そのまま、ベッドに降ろされる。ゼロスは、神官服のマントを脱いだ。そして、懐から取り出したハンカチで、リナの両手を縛り上げる。
「ちょっと……」
ゼロスは、表情一つ変えず、リナの服を引き裂いた。小さな、しかし形の良い乳房があらわになる。
「何すんのよ！このごーかん魔！」
「その通りのことをするんですよ」
「な……っ！」
ゼロスは、クリーム色の上着を脱ぎ、手袋を外した。そして、その冷たい指をリナの肌にはわせた。
「止めなさい！魔法で吹っ飛ばすわよ」
「そしたら、誰が一番にこの部屋に飛び込んでくるでしょうね」
「……！」
「さあ、声を出しては駄目ですよ」
ゼロスは、リナの上着を完全にはぎ取り、ズボンに手を伸ばした。
「や……っ」
「そんな声が男を欲情させることも知らないんですね、貴女は。そんな貴女が一人旅だなんて、危なっかしすぎます」
ゼロスは、不意にリナの肌に鋭い爪を立てた。
「つっ……！」
思いがけず大きな声が出る。ドアがノックされた。
「リナ！今、お前の声が……何かあったのか」
「な……なんでも……ひあっ」
耳たぶを噛まれる。
「開けるぞ」
ドアが開いた。

最後の方、ゼロスちょっと魔族です。ガウリイと再会したリナ、それ に嫉妬するゼロス……次で最終話となりますが、よろしくお願いします。


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