彼と彼女のソネット［６］


「ゼロス……！お前、リナに何やってんだ」
「見ての通りのことですよ」
「ガウリイ……出て行って。見ないで！」
「手、縛られてる。ゼロス、お前無理矢理……」
ゼロスは、闇紫の瞳を見せて微笑んだ。
「リナさんが望んだことですよ」
「……嘘をつけ！」
「僕たちは初めてじゃない」
リナは瞳を潤ませて言った。
「ゼロス、もう止めて」
「あなたと別れて、リナさんは僕と二人きりで旅することを選んだ。そして、身体の関係を持つようになった」
「リナを放せ！」
ガウリイが、ゼロスを殴り倒す。ゼロスは、大して痛そうでもなく立ち上がると、ガウリイに向かって言った。
「代わってみますか？」
「……何？」
「今なら、リナさんは抵抗出来ない。長い間、リナさんを想っていたあなたにとっては好機じゃないですか。リナさんを、抱いてみますか？」
「貴様……」
ガウリイは、怒りで拳を震わせている。
「ガウリイ、出て行って」
「リナ、今、助けてやるよ」
「いいの。これは当然の報いだから」
「報い……？」
「あんたに、一人旅をすると嘘をついて、ゼロスと旅した。なのに、あんたを見つけたら、あんたとずっと一緒にいて、ゼロスをないがしろにした」
「だからって……お前」
「出て行って」
「ゼロス！まさかお前、こんなリナを抱いたりしないよな！？」
「さあ、どうですかね。僕は魔族だから、人間にある情を持ち合わせてはいませんよ。抵抗出来ないリナさんは魅力的だ。いつもより、激しくするかもしれませんね」
「……！」
ガウリイは、ゼロスをなぎ倒して、リナにかけより、腕のいましめを解いた。リナは、自由になった手で胸を隠す。
「リナ……こいつの言っていることは本当なのか」
「本当って……」
「俺には一人旅をしたいって嘘をついて、こいつと旅をしてきたのか！」
「……そうよ」
「リナ！どうして……」
「ゼロスが、好きだったからよ」
「リナ、俺のことは……」
「大好きだった。でも、ゼロスのことを愛してしまったから……」
「でも、俺は許せないよ。お前にこんな仕打ちをしたゼロスを」
「いいの」
リナは、深紅の瞳から涙を零した。
「あたしが、悪いの」
「リナ。俺と一緒に来い。お前は、こんな奴と一緒にいるべきじゃないんだ」
「そうね。ゼロスとは、もう旅は出来ない。でも、あんたと一緒に行くことも出来ない」
「なぜ……！」
「あたしは、ガウリイを裏切り、ゼロスを裏切った。ゼロスがこんなことをしようとしたのもあたしのせいよ。もう、誰とも一緒に旅はしないわ」
リナは、瞳を上げた。
「ゼロス、さよなら」
「リナさん」
「あんたに冷たくあたったことは悪かったわ。でも、こんなことをしたあんたと、もう旅は出来ない」
「貴女に、一人旅などできるものですか」
「出来るわ。あんたがいなくても、ガウリイがいなくても」
ゼロスはしばらく黙っていた。そして、さっと手を振った。上着とマントが身につけられる。ゼロスは空間に消えた。
「リナ……どうしても、駄目なのか。おれは、お前の嘘なんて気にしない」
「あたしはあんたを裏切った自分が許せないの。お願い。黙って部屋を出て行って」
「分かった」
ガウリイは、そっとドアを閉めて出て行った。リナは、無惨に破られた上着を部屋のゴミ箱に捨て、着替えをナップザックから取り出した。そのまま、リナは眠らなかった。次の朝、まだ陽が昇らないうちに、リナは部屋を出た。足音を立てないように、城の外に出る。そこには、ガ ウリイが待っていた。
「また、俺が目覚めないうちに行こうとしたんだな」
「ガウリイ」
「お前が、あいつを想っていてもいい。俺と、一緒にいてくれ」
「できない」
「リナ」
ガウリイは、リナを抱きしめた。長く、柔らかな紅茶色の髪をなでる。
「今度こそ、一人旅だな。絶対に危険なことはやるな。誰に頼まれても、危ない仕事は受けるな。盗賊いじめもやめろ」
「うん……そうするわ」
「また、会えるよな」
「絶対に」
「じゃ、さよならだ」
「ガウリイ、さよなら」
暁の光の中を、リナは歩き出した。風が、いつもより冷たく感じた。


君は……そう　……いつの間にか知ってる
僕を越えて　歩いていけることを

懐かしい白い指に触れてもほどけてゆく遙かな愛の想い

こんなに近くにいて　貴女が遠のいてく
足音を聞いている


「路銀は……今のところ充分か。あ、あの王国での報酬、もらい忘れた。まあ、いっか」
リナは、次の街へ歩き始めた。今まで、身長の小さな自分に、歩く速さを合わせてくれた、ガウリイ。そしてゼロス。
「姉ちゃんに言われて旅を始めたときは一人だったのよ。それに戻っただけ。何にも落ち込むことなんて無い」
それでも、全くの一人というのは落ち着かなかった。
「ゼルやアメリアと、わいわい旅してた頃が懐かしいな」
でも、二人とも、今は遠くにいる。自分の人生を生きている。
「今、やっと、あたしにも自立の時が来たのかもね。１８歳……遅い方かな」
朝食を食べていなかったので、お腹が空いてきた。リナは、足を速めた。
「朝食、まだやってますか？」
「ああ、まだやってるよ。一人前、注文だね？」
「５人前、お願いします」
「はあ。あんたみたいなお嬢ちゃんが、そんなに食べられるんかい」
「心配しないで。ここのミルク、もらってもいい？」
「ああ。好きなだけ注いで、飲みな。よっぽど、腹、減ってたんだな」
一人の朝食。リナは、５人前の目玉焼きをつつきながら、ため息をついた。
「お嬢ちゃん、一人旅かい」
「そうよ」
「ここいらは、追いはぎとか女目当ての連中とか、ロクでもない奴が出るから気をつけな」
「ありがとう、おっちゃん。あたしは強いから、大丈夫よ」
「そんな細腕で、ほんとに大丈夫かねえ」
「見れば分かるでしょ。あたしは魔導士なの。それに、剣技の方にも自信があるわ」
「なら、いいんだけど……」
５人前のパンを一気に食べると、リナはもう一度冷たいミルクを飲んだ。
「ぷっはー！ごちそうさま。いくら？」
「１２００だね」
「安い！それに美味しい！ここ、繁盛してるでしょ」
「おかげさまでね。あんたみたいに豪快に食べてくれると、作った側としても嬉しいよ。気をつけていくんだよ」
「ありがと、おっちゃん。ごちそうさまでした」
リナは、動き始めた街を回った。
「とりあえず、魔導士協会にでも行ってみるか……掘り出し物の本があるかもしれないし」
午前中いっぱいを、リナは文書館の中で過ごした。たいした成果は出なかったが、リナは、並んでいる古い文書を眺めるのが好きだったので、苦にはならなかった。
「さてと、ゼロスが待ってる頃……」
そう言って、沈んだ気持ちになる。
「あたしはもう、誰とも待ち合わせしなくていいんだ」
無理矢理、自分を励ます。
「それが、自由ってことじゃない？」
昼食は、朝食を取ったのと同じ食堂で取った。
「ランチセット、５人前ね」
「朝もあれだけ食べて、よくそんなに入るねえ……今まで、何をしてたんだい？」
「魔導士協会で、文書を調べてたの」
「危ない連中には声をかけられなかったい？」
「……別に。あたしって、そんなに危なっかしく見える？」
「あんたが可愛いからさ」
「ありがとう」
リナは頬を染めた。

ランチを片づけてしまうと、今度は街の店を見て回った。マジックショップで、色々なアイテムを手に取る。
「魔王の力の欠片……何これ、インチキじゃない。ちっとも、そんな力、感じないわ」
ブレスレットを細い手首にはめてみる。
「治癒の力を増すブレスレットか……これは、本物みたいね」
棚に戻そうとして、もう一度、手に取る。
「これから、怪我をしても連れはいないんだから。治癒の力、強めておいた方がいいわね」
金を払って、店を出る。街をぶらぶらしていると、数人の男が行く手をふさいだ。
「お嬢ちゃん、ひとり？」
リナは無視して、男たちの間をすり抜ける。と、腰に手をかけられ、つかまえられた。
「人が話しかけてんのに、無視は良くないなあ、お嬢ちゃん。いくつ？１５、１６？名前教えてよ」
「あんたたちに名乗る名前はないわよ」
「冷たいなあ。でも、そんなところもぐっと来るね。俺たちと遊ぼうぜ。楽しませてやるからさあ」
「食堂のおっちゃんが言ってた通りね。ろくでもない男が、うろうろしてるものだわ」
「ひどいなあ。俺たちは優しいんだぜ。こんな風に、抱きしめてやることも出来る」
男の一人が、リナの胸を鷲掴みにして抱きしめた。
「ちっちゃい胸、っていうのもいいな。ロリコンになった気分だよ」
「放して……はなして！」
「そうはいかねえなあ」
「痛い目にあいたい？」
「へへ、お嬢ちゃんがどうやって俺たちを痛い目にあわせてくれるって言うんだよ」
「暴爆呪（ブラスト・ボム）！」
リナの周りの男たちが吹き飛ばされた。
「なっ……こんなお嬢ちゃんが、こんな魔法を」
「まーだ余裕あるみたいね。炸裂陣（ディル・ブランド）！」
男たちは動かなくなった。
「乙女の胸を鷲掴みにした罰よ！甘んじて受けなさい」
リナは、さっさとその場を立ち去った。

「おっちゃん、チキンステーキガーリックソース５人前ね。あと、フライドポテトもつけて」
「そんなに食べるのに、お嬢ちゃん華奢だねえ。もっと肉が付いても良さそうなもんだ」
「余計なお世話！上得意のお客様にそれはないんじゃない？」
「確かに、お嬢ちゃんは上得意だ。この街にはいつまでいるつもりなんだい」
「おっちゃんの言ったとおり、ろくでもないナンパ連中に会ったの。もうこりごりだから、明日にはこの街を発つわ」
「宿は取ったのかい」
「ええ。でも、ここの食事が美味しいから、宿の夕食は断って来ちゃった」
「嬉しいねえ。腕によりをかけるよ」
リナは、ぱくぱくとチキンステーキを食べた。
「美味しいね、これ」
「うちの名物料理だからね。褒めてくれてありがとう。デザートにプディング、ただで付けるよ」
「ほんと？らっきー。おっちゃん、惚れちゃいそう」
「照れるね。お嬢ちゃんこそ、そんなに可愛いのに一人旅なのかい」
「どういう意味？」
「いや、男たちが放っておかないと思ってさ。それに、保護者の一人もいないと物騒だろう」
保護者。その言葉がリナの胸に突き刺さる。
「前にも言ったでしょ。あたしは強いの。一人で、充分やっていけるの」
「男の方が、お嬢ちゃんをほっとかないと思うけどな」
「……旅は、一人が一番気楽だわ」
「それも一理あるね」
リナは、勘定を払って、宿へ向かった。
「おい、お嬢ちゃん」
呼び止められる。
「昼間は、俺の仲間をよくもやってくれたな」
「何？あのくだらない連中の仲間？」
いきなり、後ろ手にひねり上げられる。リナは、痛みに顔をしかめた。
「レディに対する態度がなってないわね」
「その減らず口を聞けなくしてやるよ」
口に布を詰め込まれる。その上から、猿ぐつわを噛まされた。
「あんたは呪文が使えるらしいからな……おい、こいつを裏道に連れて行け」
「おう」
リナは、何とか腕を振り払うと、ショートソードを抜いた。
（一人で、何とかしなくちゃ。一人で……）
「お、勇ましいね、お嬢ちゃん。俺たちと剣で戦うか？」
リーダー格の男が剣を抜いた。リナに斬りかかってくる。ぎいん。剣が触れあう。リナは、渾身の力を込めて、その剣を押し戻した。
「お嬢ちゃんに剣は無理だよ」
剣の付け根が合う。リナはじりじりと押される。口の中に詰め込まれた布が、唾液を吸って気持ちが悪い。別の男が、リナを背後から蹴り飛ばした。リナは、咳き込んで倒れる。
「観念するんだな」
（あたしは、弱い……）
リナは、目を閉じた。
（なんて、弱いの）
男たちが襲いかかってくるのを待った。しかし、次に聞こえてきたのは、男たちがあわてふためく声だった。
「な、なんだお前は？」
「その子の、恋人、です。僕の恋人に、ずいぶん好き放題やってくれたようですね」
魔族は、錫杖を振るった。男たちは、炎に包まれる。
「悪かった、勘弁してくれ、助けてくれ」
炎を何とか逃れた男が、魔族に懇願する。
「あなたがたのような人間に、同情は持ち合わせていません」
「ぎゃあああっ」
男が炎に包まれる。魔族は、リナを抱きかかえて空間を越えた。


もう一度急ぎすぎた私を
孤独へ返さないで　いつまでも　あなたのこと聞かせて
愛をあきらめないで


ベッドのある、小綺麗な部屋。今夜、リナが泊まるはずだった部屋。魔族は、リナの猿ぐつわを外し、唾液で濡れた布を口から引っ張り出した。
「助けてくれだなんて、言ってない」
「やれやれ、一言目がそれですか？じゃあ、あのままあの男たちの思うままになった方が良かったと？」
「あんたも、同じようなことをしたじゃない」
「……そうでしたね。でも、貴女を放ってはおけなかった」
「ずっとついてきてたの？」
「ええ。アストラルサイドから」
「あたしは、あのままあいつらの餌食になっても良かったのよ。あんたに助けられるぐらいなら」
「そんなこと、させられません」
「あたしは、弱い。そのことを、自覚してなかった。罰を、受けるべきだったんだわ」
「自棄を起こさないで下さい」
ゼロスは、リナを抱きしめる。
「強いとか、弱いとか、そういうことは関係ない。好きな人を守るのは、当然の感情です」
「あんたが、それを言う」
ゼロスは苦笑した。
「僕は、嫉妬しました。ガウリイさんに。貴女の保護者でいた人に。だから、あんなことをした」
「許さない」
「許されなくて当然だと、僕も思っています」
「罰よ。あたしを守りなさい」
「リナさん……それは本心から言ってるんですか？」
「あたしは、どうやら自分で思っているよりずっと弱かったみたいだから。あたしが、あんたを必要をしなくなるほど強くなるまで、あたしを守って。それが、あんたへの罰よ」
「これ以上ないくらい、嬉しい罰ですね」
ゼロスは、リナの唇の輪郭を指でなぞった。そして、ゆっくりと唇を重ねた。
「それから、罰をもう一つ。しばらく、あたしに手を出すことは許さないから」
「え……っ。ひどいですよ、リナさん。僕は貴女を危ないところから救ったんですよ。それなのに……」
「やろうとしたことは、あんたもあいつらも同じ。あんた、あたしの恋人なんでしょ？」
「それは……あいつらにはそう名乗りましたが」
「恋人なら、あたしが大切よね？」
「ええ。何に代えても」
「じゃあ、しばらくはおとなしくしてなさい。何も、永遠に許さないわけじゃないんだから」
「どれくらい待てばいいんですか」
「何年がいい？」
「年単位ですか……」
ゼロスは、困った顔をして額を押さえた。


原作のリナちゃんは、充分独りでやっていける子だと思うんですが、 あえて弱いリナちゃんを書きたくて、こういう展開にしてみました。美少女の一 人旅は物騒なのです。それでは、ここまで読んで下さってありがとうございまし た。


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