彼と彼女のソネット［３］



今の私たちを　もしもなにかに　たとえたなら
朝の霧の中で　道を無くした旅人のよう
いくつもの偶然から　あなたに惹かれてゆく


「今日は、とんだ目にあったわ」
「そうですね」
「あんたが、助けてくれたのよね。結界とやらはどうしたの」
「僕の力を一時的に弱めて……くぐり抜けました」
「力を弱める？どうやるのよ」
「剣で、僕の本体を刺し貫いて」
「あんた、そんなことまでやったの」
「そうしないと、リナさんを助けられませんでしたから」
「あの……魔族の本体はどこにあったの」
「薔薇窓でした。女の姿は、僕と同じ、かりそめの姿のようですね」
リナは、不意にゼロスの手を握る。
「な、なんですか、リナさん」
「あんたは、こうやって掴める。あの女は、空中に結ぶ幻像だったわ」
「それが格の違いです」
「あんたって……高位魔族なのよね」
「ええ」
「あんたみたいな立場の魔族が、人間と恋をすることは許されているの？」
「特に禁止されてはいませんよ。ただ、人間はどうしても魔族より先に年老いて死んでしまうから―――あえて、人間と恋をしようとする魔族は、多くないです」
「『不死の契約』は？」
「あれは、むしろ野望を持った人間が魔族と結ぶことが多いですね。僕は、何度も見てきました。愛する人に先に死なれて嘆く魔族を」
「今のあんたは？」
「そういう魔族と同じです」
「あたしとは、『不死の契約』を結ばないの？」
「リナさん、承諾しますか？」
「嫌よ。あたしは、人間として生きて、人間らしく死にたいの」
「そう言うと思っていました」
リナは、軽いあくびをした。
「いろいろあって疲れたわ。もう寝ましょう」
「僕の想いはどこへ行けばいいんですか？」
リナは耳まで赤くなる。
「これから先、ずっと一緒に旅をするんだから。何も今日、無理にしなくてもいいでしょ」
「そうですね……僕はせっかちのようです」
「パジャマに着替えるから、あっち向いて」
「嫌です」
「な……何でよ」
「僕は、今日貴女の裸を見た。いまさら、パジャマの着替えくらい、いいじゃないですか」
「恥ずかしいの！頼むから、あっち向いてて」
「分かりました」
リナは、ナップザックからパジャマを出して着替えた。
「もう、こっち向いていいわよ」
「リナさん」
急に抱きすくめられて、リナは一瞬呆然とする。
「な……何するのよ」
「今日は何にも出来ないんです。これくらいはさせて下さい」
リナは身体の力を抜いた。ぬくもりのない、魔族の身体に自分の身体をゆだねた。
（ああ……あたし、ゼロスを失ったらどうなっちゃうんだろう？）


星は瞳に落ちて　いくつもの夜を越えて
わたった　時の迷路　解き明かしてきたのに


「リナさん！無茶ですよ。この盗賊団『虎の牙』は３００人を越える大所帯ですよ」
「だからこそお宝が眠ってそうじゃない」
「それは、そうですが……」
「このアミュレットもあるし」
リナは胸のペンダントに触れた。
「そんな安物のアミュレットでどうにかなると思ってるんですか？」
「あら、あたし、暴爆呪（ブラスト・ボム）も裂火球（バースト・フレア）も使うわよ。いざとなったら竜破斬（ドラグ・スレイブ）も使うし。３００人くらい楽勝よ」
「リナさん、僕も一緒に行かせて下さい。貴女一人では危険すぎる」
「そういうあんたは過保護すぎる。どっかの保護者みたいね」
ゼロスは、面白くない顔をして、うつむいた。
「それじゃ、勝手に行って下さい。僕はその間に、獣王様に今までの貴女の行動を報告してきます」
「余計なことは言わないでね」
「貴女のやってることは、余計なことばかりですよ」
ゼロスは空間を越えた。
「やれやれ、お説教魔族が消えてせいせいしたわ。さてと。金３００で買った『虎の牙』のアジトの中の地図を頭にたたき込まなきゃ」
リナは、宿屋の作りつけの机に地図を広げると、羽ペンで印をつけ始めた。

「竜破斬（ドラグ・スレイブ）！！」
昼間、寝静まっていた『虎の牙』のアジトに、凄まじい音が鳴り響いた。
「何だ、何があったんだ？」
直撃を免れた盗賊たちが集まってくる。リナは、鍾乳石を磨いてなめらかにしたアジトの入り口に立つ。
「たしか、お宝の部屋はこっちね」
「お嬢ちゃん一人か！？さっきの呪文は……」
「こいつ、盗賊キラーのリナ＝インバースだ！」
むくつけき男たちがざわめく。
「さっきの呪文で何人やられた」
「３０人ってとこだな」
「まだ、２５０人近く残ってる！てめえら、うろたえるな！」
「うおおおおっ」
サーベルでリナに斬りかかってくる男がいる。リナは、振り向きざまに呪文を放った。
「火炎球（ファイアー・ボール）」
男は顔を灼かれて倒れる。
「このアミュレット、なかなかじゃない。火の勢いが違うわ」
「一人一人やってたんじゃキリがねえ。１０人ばかりで襲いかかれ！」
「暴爆呪（ブラスト・ボム）」
１０人が、身体を焼かれ、倒れ込む。リナは、一人の男の襟首をつかまえた。
「お宝の部屋はこっちでいいのね？」
「お前なんかに誰が説明するか！」
「ふーん、あたしの呪文を喰らいたいと……」
「わ、分かった。宝の部屋は、ここから右奥だ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
しかし、右奥は行き止まりになっていた。数十人の男が、通路を走ってくる音が聞こえる。
「炎の矢（フレア・アロー）！！」
男たちは全身を炎に包まれ、倒れ伏した。
「ふん、あたしとしたことが、油断したわね」
リナは懐から地図を取り出す。
「お宝の部屋は……左奥か」
リナは走った。途中に待ち伏せている男どもを、ショートソードと呪文で追い払いながら。
「うっわー、すごいお宝。持ちきれるかしら？」
宝がしまわれている突き当たりには、鉄格子があり、鍵がかかっている。
「封除（アンロック）」
鍵は、あっさりと開いた。リナは、部屋に踏み入り、特に価値のありそうな宝を探した。
「これは……純金か。かなり高値で売れるわね。この宝石は……魔力が込められてる。あたしが身につけようかな？」
リナがナップザックいっぱいに宝を詰め込むころ、体中が筋肉で覆われた、たくましい男が宝の部屋の前に現れた。
「ずいぶんと、俺の手下を可愛がってくれたじゃねえか。俺が……」
「暴爆呪（ブラスト・ボム）」
男は、最後まで台詞を言うまもなく、黒こげになって倒れた。ついでに、彼についていた２０人前後の男たちも吹き飛ばされる。
「このアマ……！」
「あんたたちのボスのやけどを治してあげるのが先じゃないかしら。あたしは何も全部のお宝を取っていこうって訳じゃないのよ」
「ふざけるな！」
「やっちまえ！」
リナは口の中で、ぶつぶつとカオスワーズを唱えていた。
「ドラグ・スレイーブッ！！」
狭い通路に密集した男たちが吹き飛ばされる。みし……と嫌な音がした。
「これは……このアジト、潰れるわね」
リナはいち早く死屍累々の通路を走り抜け、外に飛び出した。やがて、アジトの天井が崩れ、すべては土の下に埋まった。
「余計な殺生をする暇が省けたわ」
リナは、背負い袋を開け、中身を確認する。
「１０００万にはなるわね……さすが、３００人の大所帯」
「み……皆の仇！死ねえ！」
襲いかかってくる男を、簡単に炎の矢（フレア・アロー）で片づけると、リナは宿に向かって歩き始めた。
「遅かったですね、リナさん。本当に『虎の牙』のアジトに行ってきたんですか」
「ええ。今日はだいぶん収穫があったわ」
ナップザックの中身を、ベッドの上にぶちまける。
「これはこれは。凄いですね……ところで、３００人の男を相手に、どう戦ったんですか」
「呪文とあたしの剣で。もっとも、一番被害が出たのはあたしがアジトの洞窟の中でドラグ＝スレイブぶっ放して……アジトごと潰しちゃったときかな」
「貴女は、盗賊団にとっては本当に悪魔ですよ」
「本物の悪魔に言われたくないわね。で？獣王様にはどんな報告してきたの？」
「貴女のやってる、盗賊いぢめに、森の中でのレッサーデーモンの撃退。貴女のしているままのことですよ」
「それで？あたしたちがそういう関係にあることは報告したのかしら？」
「それは……報告してません」
「すればいいのに」
「たぶん、我が主は分かっておられます。その上で、許して下さっているのだと……」
ゼロスはベッドに押し倒された。
「ねえ。今日は悪人とはいえたくさんの人を殺しちゃって、心がざわざわするの。忘れさせて」
マントと手袋をはぎ取られ、クリーム色のシャツに手がかかる。
「リナさんらしくないですよ、そういうの」
「あたしらしいって何よ。いつもみたいにおとなしくあんたのなすがままになれっていうの？」
「そうはいってませんが……」
「それじゃ、自分で服を脱いで。あたしを抱いて」
「分かりました」
ゼロスは、自分の服を脱ぎ、リナの服を脱がせた。
「愛してるわ……ゼロス」
「僕もです……リナさん」
二人は、その日何度も求め合った。リナは、不思議と疲れた様子を見せなかった。
「今日は、疲れてるんじゃないんですか、リナさん」
「疲れてるわ。でも、このままじゃ眠れないの」
「リナさんも人間、というわけですか」
「何よ、馬鹿にしてるの？」
「いえ。人間らしい、ということが、馬鹿にしてることになるんですか？」
「あんたの場合は、ね。もう一度、抱いてくれる？」
「貴女が望むなら」
二人は、より深いところに溺れていった。

「リナさん、リナさん。朝ですよ」
「ん〜起きたくないなあ」
「夕べ、あんな無茶するからです」
「だるい。部屋まで朝ご飯持ってきて」
「仕方ありませんねえ、リナさんは」
ゼロスは厨房に顔を出し、一人分の朝食をトレイに乗せて階段を上がった。
「食欲無い……」
「珍しいですね。疲れすぎじゃないんですか」
「でも、せっかく持ってきてもらったんだし、食べるわ。ねえゼロス……」
「何ですか」
「あたしと旅するの、嫌じゃない？」
「な……何を言い出すかと思えば。嫌なわけないじゃないですか」
「だって、獣王様にあたしの監視を命じられてるんでしょ？だったら、嫌でも旅、止めるわけにはいかないじゃない」
「僕はそんな理由で貴女と旅してるわけではありません」
「じゃ……どうして」
「貴女のことが好きだからです。昨日みたいに抱いてあげても、分かってもらえませんか？」
「ん……ごめん。ただ、何か不安になっちゃって。何でかな、こんなに弱気になる……」
「リナさん、熱でも……って、本当に熱いですよ！熱があるじゃないですか」
「ほんと？」
「『虎の牙』のアジトに乗り込んだ後、僕と何度も抱き合って……無理のしすぎだったんですよ。しばらくはこの街にとどまりましょう。とりあえず、氷嚢をもらってきます」
「ありがと、ゼロス」
「お礼はいいから、早く良くなって下さい」
リナは、薄い毛布一枚を身体にかけ、横たわっている。時折、苦しそうな呼吸が混じる。
「だから貴女を放ってはおけないんです……貴女の自称保護者さんも、こんな気持ちだったんでしょうか？」
自分で言っておいて、自分の言葉に心を痛める。
「ん……」
意識のないリナが、熱の下からつぶやく。
「ガウリ……イ」
身体の中に、燃えるような感情が駆け抜ける。ゼロスは、その感情に飲みこまれそうになる自分に耐えた。
「くるし……」
氷嚢が溶けて、水だけになっていた。ゼロスは、新しい氷嚢を取りに、階下へ降りた。
「ガウ……リイ」
夜になっても、リナの呼ぶ相手は一人だけだった。
「なら、なぜ僕と二人旅なんてしてるんですか」
ゼロスは、椅子に座ってリナの様子を見ながら、自分の膝を掴んだ。
「ずっと、保護者さんのそばにいれば良かったじゃないですか！」
ゼロスは、氷嚢を払いのけた。リナのパジャマの前ボタンを外す。リナがうっすらと目を開けた。
「ゼロス……なにしてるの」
「やっと、僕の名前を呼んでくださいましたね」
「名前って……」
「貴女は、ずっとガウリイさんの名前を呼び続けていましたよ」
「ああ……長い長い旅を、ずっと一緒にしてたから……」
「僕は傷つきました」
「ごめん……なさい。ゼロスをないがしろにしてるつもりじゃ……」
「僕はないがしろにされた、と思いました」
リナの、熱い肌に指を滑らせる。
「やっ……苦しい、何するの……」
「償ってもらいます」
「今？お願い、許して……」
「駄目です」
ゼロスの長い指がリナのパジャマを脱がせていく。リナは、息苦しそうにはあはあとあえいでいる。
「ゼロス……どうしても、今、するの？」
「ええ。これはお仕置きですからね」
「お仕置きって……」
「僕のことを愛していると言いながら、苦しい熱の下で別の人の名前を呼んだ。許せないと、思いませんか？」
「だから、そのことは謝って……」
「口で謝られたくらいでは、僕の心は治まりません」
裸になったリナに覆いかぶさる。
「僕のことしか考えられなくしてあげますよ」
「嫌、ゼロス、苦しい……」
「貴女の苦しみは、とても甘美ですよ」
「ひどい……」
ゼロスの身体の下で、リナは熱に潤んだ目から涙を流した。

「盗賊いぢめ」をするリナちゃんが書いてみたかったので、こういう 話になりました。ゼロスちょっと鬼畜入っています。魔族だからいいのか？それ では、続きもよろしくお願いします。


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