彼と彼女のソネット［２］


二人は、宿に荷物を置いて、街をまわった。小さな街だったが、マジックショップは充実していた。
「ふうん、炎系の魔法を強めるアミュレットか……綺麗な赤ね」
ゼロスが、そのペンダントに触れる。
「子供だましかと思っていたら、なかなか……」
「ねえゼロス、これ、買ってよ」
「かまいませんが……こちらの、氷系の魔法を強めるアミュレットとどっちにしますか？」
「へ？両方は出来ないの？」
「ええ。互いの効果を打ち消し合ってしまいますから。どっちにしますか？」
「うーん……赤が綺麗だから、炎の方！」
「僕も、その方がリナさんに似合うと思いましたよ」
ゼロスは、レジでタグを取ってもらい、代金を支払った。
「リナさん、じっとしていて下さいね」
優しい長い指が、リナのうなじでそっと動く。リナは、くすぐったそうに肩をすくめた。
「はい、出来ました。よく似合いますよ、リナさん」
「早く試してみたいなあ。火炎球（ファイアー・ボール）か何かで」
「出来れば、そういう物騒なことには巻き込まれたくないんですけどね」
「宿に帰ろう。ずっと、洗濯してなかったから、宿の人に頼むわ」
「洗濯……ですか。僕には縁のない言葉ですね」
「その服、汚れないの？」
「この服は僕の一部ですから。汚れるようなことがあっても、すぐにきれいになりますよ」
「ふうん……便利ね」
「魔族はみんなそうです。人間は、不便ですね」
「別に。洗い立ての服に袖を通す爽快感を味わえないなんて可哀想」
「僕たちは……」
「何？」
「本当に、違うんですね。何もかも」
「そうね。でも、あたしはあんたが好き。あんたもあたしが好き。違う？」
「……違い……ません」
「じゃあ、いいじゃない。行けるところまで、一緒に行こ！」
「ええ。行けるところまで」
「その先は……分からないけど」
「その先？僕とリナさんはいつまでも一緒ですよ」
「分からないわ」
「リナさん！」
ゼロスはリナの肩を抱き寄せた。
「僕は貴女を、一人にはしません」

その時、小さな、可愛らしい声がかかった。
「あの……神官様に、魔導士様ですよね？」
「え、ええ。そうだけど」
「この街の人ではないのですね？」
「ええ。でも、それに何の関係が……」
「お願いします、父を助けて下さい！」
可愛らしい、10歳くらいの女の子が泣きべそをかいて懇願する。
「お父様を……？どういうことです？」
ゼロスが、これ以上ないくらいの優しい声で少女に話しかける。
「父は……魔族に支配された教会に討ち入って……それから帰ってこないんです。ああ、もう殺されてしまったのかも……！」
少女の茶色の瞳から、涙が零れる。
「ちょっと、そんな悪いことばかり考えちゃ駄目よ。お父さんはきっと生きてるわ。それで、その教会って言うのはどこにあるの？」
「リナさん」
ゼロスが腕を引く。
「首を突っ込む気ですか？相手は魔族ですよ」
「あんただって魔族じゃない。もう、魔族なんて怖くないわ、あたし」
「お願いします、どうぞ父を……！」
「教会まで案内してもらいましょうか」
三人は、連れだって街のはずれまで行った。見た目は質素な、石造りの教会が立っている。
「ここです。最初は旅のシスターのふりをして、教会の人たちに取り入って、そして教会の神父様やシスターたちを次々に食い物にして……助けに入った街の人も、もう７人も帰ってこないんです。私の父も！」
心細かったのだろう。少女は、リナの胸にしがみついて、わっと泣き出した。温かな涙が、服の胸を濡らした。
「街の人たちは、もうこれ以上犠牲者を出したくないから、救助隊は出せないと言うし、魔導士協会の人たちも相手が魔族と聞いて、何もしてくれなくなったし……」
リナは、少女の髪を優しく撫でた。
「わかった。あたしたちが何とかするわ。きっとお父さんを連れて帰ってくる」
「……すみません。旅の方にこんな危険なことを頼んで」
「あたしたちは強いのよ。任せといて……じゃ、ゼロス、行きましょうか」
「僕も行くんですか」
「当たり前でしょ！あんたさえいれば、大抵の魔族はしっぽを巻いて逃げ出すわ……じゃ、ここで待たせるわけにも行かないから、あなたはお家で待ってなさい。お父さんが帰ってくるのを楽しみにしてて」
「リナさん」
ゼロスがもう一度腕を引く。
「考えたくないことですが……この子の父親は、本当に殺されているかもしれないんですよ。そんな安請け合いを……」
「可能性が少しでも残っている限り、あたしは諦めないわ。じゃ、行くわよ！」
樫の木で出来た、重いドアを開ける。ゼロスが、眉をひそめた。
「魔族よけの結界が張ってありますね……」
「へ？魔族よけ？だって、この中にいるのも魔族なんでしょ？」
「自分一人にだけ、効果が及ばないようにしている。中級魔族なら、出来なくはないことです」
「じゃ、あたしが一人で行ってくるわ。ゼロスはそこで、他の人が来ないか見張っててちょうだい」
そして、ウィンクする。
「中級魔族なら、あたし一人で充分よ。あの炎のアミュレットの効果、早速試してみるわ」
「やれやれ、本当に無鉄砲な人だ。こんな結界が張れるということは、敵は結構強い魔族ですよ……」
「神官様」
「何ですか、えーっと……」
「エリーです」
「エリーさん。何のご用ですか」
「あの魔導士様一人で大丈夫でしょうか」
「彼女は、とても強いですよ。心配いりません」
ゼロスはにっこり微笑んで見せた。
「どうして、神官様は行かないんですか？」
「それは」
唇の前で指を振る。
「秘密です」

「誰もいないわ……」
薔薇窓から、眩しい夕方の光が差し込んでくる。神々しい風景。整然と並んだ、粗末な木のベンチ。
「普通の教会のようだけど……魔族は？そして、そいつを倒しに行った人たちはどこにいるの？」
『ふふふ……』
リナの頭の中に、直接声が響いた。こんな事が出来るのは、位の高い魔導士か、魔族しかいない。
「どこにいるの！卑怯よ。姿を見せなさい！」
『卑怯だなんて、魔族にとっては最高の褒め言葉ね』
「いいから姿を見せなさい！」
『幻像でいいなら、見せてあげる』
教会の正面の壇の上に、足を組んだ女の姿が現れた。
「あんた、この教会に入った人をどうしたの！殺したの！？」
『ふふ……私はコレクションが好きなのよ。殺したりしないわ。この教会に足を踏み入れたものは、全員クリスタルに閉じこめてあるわ』
「その人たちを解放しなさい！」
『ただで、というわけにはいかないわね』
「何が望み？あんたたち魔族が金や宝石を欲しがるとは思えないけど」
『あなた、リナ＝インバースね？』
妖艶なドレスを身にまとった女の幻像が、薄緑の緩やかなウェーブのかかった長い髪をかき上げる。
『ルビーアイ様の一部を滅ぼし、冥王フィブリゾを滅ぼした』
「そうよ。それが何？」
『そんな娘を私のコレクションに加えられたら、それはとても素敵な事ね』
「あたしに……この身体を差し出せって言うの」
『ええ。その代わり、ここに閉じこめた普通の人間たちは、みんな解放してあげるわ』
「誰があんたのものになるものですか。あんた！本体はどこにいるの」
『それを教えるほど、私はお人好しではないわ』
「くっ……火炎球（ファイアーボール）！」
壇の上の幻像に向かって、呪文を解き放つ。火の玉は、幻像をすり抜けて、後ろの石造りのスィーフィード像に当たる。アミュレットの効果か、火の玉の勢いはいつもより激しかった。
『ふふ、リナ＝インバース。可愛い子。その忌まわしいスィーフィード像が石造りだったからいいようなものの、木像だったらどうなっていたかしら？』
「分かったわ。あたしをクリスタルに閉じこめるならそうしなさい。その代わり、その前に閉じこめた人たちを解放して……！」
『あなたにちょっとしたことをしてもらってからね』
「……何」
『服を脱ぎなさい』
「な……っ！」
『あなたの綺麗な裸体を保存したいのよ。さあ、全部脱ぎなさい。アクセサリーや、タリスマン、アミュレットもみんな外すのよ』
「くっ……」
リナは、言われたとおりに服を脱いだ。小さな乳房、華奢な身体があらわになる。
『本当に可愛いこと。ガラス細工のようだわ』
「約束よ。皆を放しなさい」
『ええ。リナ＝インバース、あなた一人が手に入ったら、この街の普通の人間たちなんてもういらないわ』
幻像の女は、ぱちんと指を鳴らした。教会の高い天井から、ゆっくりといくつものクリスタルが降りてくる。
（本体……本体はどこなの？）
リナは、必死で周りを見回した。しかし、その女の本体らしきものは見つからなかった。街の人々を閉じこめたクリスタルが、床に転がる。女は、もう一度指を鳴らした。クリスタルが、一瞬液体のように流れ、消え去った。
「こ……これは」
「俺たちは、今まで一体……」
「なんだ？あんたは。裸で……」
『その女の子が、あなたたちの身代わりになるのよ』
壇の上の女が、婉然と微笑む。
「お前か、俺たちを閉じこめていたのは！」
クリスタルから出された男の一人が、壇上の女に襲いかかる。しかし、腕をすり抜ける女の身体に、男は呆然とした。
『さあ、この街の人は出て行って。私が用があるのは、そこの裸の少女だけ……』
「馬鹿を言うな！こんなちっぽけなお嬢ちゃんを、人身御供に出来るもんかよ！」
別の男がナイフを取り出す。しかし、その刃先も幻像の中に吸い込まれるだけだ。
『出て行きなさい……あなたたち全員を殺しても、私はかまわないのよ』
「う……うああっ」
数人の男が、先を争うように逃げ出した。神父の格好をした男が、壇上の女に向かって言う。
「この少女を、生け贄に差し出すわけにはいかない。私が代わりになろう」
『分からないおじさんね』
碧の光が神父を吹き飛ばす。
『あなたみたいな、忌まわしいスィーフィードに仕える男の身体なんているものですか。私が欲しいのは、デモン・スレイヤー、リナ＝インバースの魂と身体だけ……』
「そうよ。あたしを、閉じこめなさい。ほかのみんなは逃がしてあげて」
『好みだわ、リナ＝インバース。そんなに強い貴女が、見知らぬ街の人々の代わりに犠牲になろうというのね』
「さっさとして！」
『それじゃあ、遠慮無く……』
リナの身体がこわばった。身体に、薄緑色のクリスタルが張りついてくる。
『安心して。貴女は死ぬことはないのよ。ただ、その中で安らかに眠っていればいいの。思ってもいなかったコレクションが出来て、私は満足だわ』
（無力だわ……）
リナは、自分の身体を包み込んでいくクリスタルを見ていた。
（あたし一人で充分だ、と思っていたのに……）
目の前が薄緑に染まる。リナは、目を閉じた。
（ゼロス……助けに来てくれるかな……でも、魔族を遠ざける結界がこの教会に……）
リナは完全にクリスタルに閉じこめられ、意識を失った。

教会の入り口で、リナを待っていたゼロスの元に、我先に街の男や教会のシスターたちが飛び出してきた。
「お父さん！」
「エリー！エリーか！」
「よかった、お父さんが無事で……」
（リナさん、上手くやったようですね）
しかし、いつまで待っても、肝心のリナが出てこなかった。ゼロスは、エリーの父親を問いつめた。
「年の頃１６、７の娘がいませんでしたか」
「ああ、その娘なら……」
言いづらそうに、口ごもる。
「この教会を支配している化け物の女が、その娘さえ手に入れれば、私たちはいらないと言って……一人で、この中に残ったよ」
「何ですって！それで、あなたたちは何もせずに出てきたのですか。その娘を助けようともせずに……！」
「相手には、ナイフも通用しなかった。私たちに何が出来よう……！」
「一人の娘を犠牲にして、助かろうとするあなた方は卑怯者です！」
ゼロスは、教会に入ろうとした。激しい雷撃が彼を襲う。ゼロスは手を伸ばした。その手は、鋭い痛みにじんとしびれた。
（ここまでの結界を張れるとは、相当な魔族のようですね……）
腰に剣を提げた男が通り過ぎる。
「すみません、その剣を貸して頂けませんか」
「……かまわないが、中の化け物には剣は効かねえぞ」
「分かっています」
ゼロスは、自分の身体に剣を突き立てた。
「おい、あんた、何してんだ！自殺か？馬鹿なことは止めろ！」
「放っておいて下さい！僕はリナさんを助けに行く」
結界に触れた。力が弱まっているせいか、先ほどまでのダメージは感じない。それでもびりびり震える身体で、ゼロスは結界の中に入り込んだ。
『あら。あなたは魔族ね？』
からかうような女の声が聞こえる。
『よくこの結界を突破したわね。でも、この結界は、その魔族が強ければ強いほど反発力が増す。この結界を破れる程度の魔力では、とうてい私にはかなわないわ』
「リナさんを……放して下さい」
『魔族のくせに、リナ＝インバースを助けに来るなんてね。ごめんだわ。リナ＝インバースは永久に私のコレクションにするわ。ねえ、スィーフィードの代わりにこの教会に飾りましょうか。きっと天使のように美しいわ』
「あなたの本体はどこですか」
『さあ？当ててみれば』
ゼロスは、傷つけた本体が回復してくるのを感じていた。人間の姿で言えば心臓の部分につけた傷が消えていく。魔族の女の幻像が、美しい眉をひそめた。
『あなたは……ただの魔族ではないわね？』
「貴女になんて名乗りたくありませんが……ゼロス＝メタリオム。獣神官です」
『な……っ』
「力が戻ってきました。貴女の本体も見える。あの……薔薇窓ですね？」
『ひっ……』
壇上の女の姿が消える。
「幻像を出しておく余裕もなくなりましたか。貴女も覚悟した方がいい。僕のリナさんを僕より先に裸にした罪は重いですよ」
ゼロスは宙に浮かび上がった。薔薇窓の前で、錫杖を構える。
『お願い、リナ＝インバースは返すから見逃して！』
「僕にそんな情けがあると思いますか？」
ゼロスは、錫杖で薔薇窓を打ち砕いた。
『ああああっ』
魔族は、断末魔の悲鳴を上げて、消え去った。空中に浮いていたリナのクリスタルが溶けて、リナの身体が高い位置から落下する。ゼロスはその華奢な身体を抱き留めた。
「ん……あたし……助かったの？」
「ええ。僕が、結界を破って」
「……って、あたし裸じゃないの！見たのね！」
「ええ、見ましたが」
「このどスケベ神官！早く服を着させてよ」
ゼロスは、苦笑しながら床に散らばったリナの服を拾い集めた。
「どうせ今夜には、見ることになるんですけどね」

「スレイヤーズ」らしい事件をひとつ書いてみたかったので、この展 開となりました。でも、わたしもリナちゃんをクリスタルに閉じこめたい（何を 言ってるんだ）。それと、最近原作本編の第二部をやっと読んだんですが（ファン失格）、ステンドグラスが本体の魔族、出てきますね。でも、最初に思いついたアイデアなので、このまま書かせてもらいました。それでは、続きもよろしくお願いします。


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