Sailor blouse story［５］



青年誌「ループ・ボーイ」が発売された。リナさんの廃屋での写真は、巻末だった。僕とリナさんは、学校へ向かう途中のコンビニで、その雑誌を買って、バスの中でグラビアを見た。
「やだ、あたしじゃないみたい……」
そこに映っているのは、人形のように無表情な白い肌の少女。確かにリナさんなのだが、何か神秘的な、近寄りがたい物を感じる。廃屋の床に横たわるリナさんの紅い瞳には、何も映しだされてはいない。まるで幻想の中のような光景。そして最後のページ。水に濡れたリナさんの姿は、それまでとは違って、何か艶めかしかった。白いセーラー服が透けて、肌の色が見えている。小さな胸の形も、くっきり写っている。
「なんだか、やだなあ……この写真」
リナさんは、小さくため息をついた。
「学校で、みんな読んでなきゃいいけど……」
リナさんの望みは、当然叶えられなかった。休み時間ごとに、雑誌を片手にリナさんの顔を見に来る男子生徒の数は増えた。僕は、いつも彼女の側にいた。それでも、話しかけてくる奴もいた。
「ねえねえ、この最後の写真、凄く色っぽいよ。俺、ファンになってもいいかなあ」
「どうぞ」
「写真も可愛いけど、実物も可愛いなあ。ね、この雑誌にサインしてよ」
「サインなんて出来ない」
「名前を書くだけでいいからさ」
リナさんは面倒くさそうに雑誌に名前を書いた。
「おい、ゼロス。うらやましいな」
僕がクラスに帰ると、悪友たちが取り囲んだ。
「これ、この小さな胸がたまんねーよな」
「この写真の太もももいいな」
「なんか虚ろな瞳がさ、誘ってるって感じしねー？」
「お前はいつもこの娘と暮らしてるんだよな。改めてうらやましいぜ」
昼休み。僕がリナさんを迎えに行くと、リナさんは女の子に囲まれていた。ちょっとほっとしたのだが、彼女たちの口調は辛辣だった。
「こんな雑誌に載ってさ。男誘ってんじゃないの」
「最後のびしょ濡れの写真、やらしい」
「うちのクラスの男子も今朝からそれで大騒ぎよ。良かったわね、人気者になれて」
「違う……あたし」
「とにかく、男がちょっと騒いだくらいで調子、乗らないでよね」
「リナさん、一緒にお昼食べましょう」
僕が声をかけると、女の子たちがざわめいた。
「ゼロスくんと一緒に住んでるのよね」
「そのくせあんな写真撮らせて。だめよ、ゼロスくんに迷惑かけちゃ」
「僕は全然迷惑とも思っていませんが」
僕は女の子をかき分けて、リナさんの腕を引いた。
「今日は天気がいいですね。お弁当は中庭で食べましょう」
いつかメロンパンを分け合った樹の下で、僕たちはようやく二人きりになれた。
「リナさん、大変ですね……」
「いいの。あたしのやった仕事の結果だから。でも、こんなことになるとは思わなかったな」
「リナさんは僕が守ります」
「ゼロス……」
「もっとも、今のところあんまりちゃんと守れてませんが。こんな時のために、兄さんは僕を頼れ、って言い残していったんですよ」
「ごめんね、あたしのせいで……」
「リナさんは何も悪くありません。雑誌のことだって、あと何日かすればみんな忘れていきます。それまでは、僕がリナさんをしっかり守りますから」
長い昼休みを、僕たちはじっと樹の下で過ごした。やがてチャイムが鳴る。僕は、リナさんの教室までリナさんを送り、席に着くリナさんを見届けてから、自分の教室へ戻った。放課後も、僕は速攻で教科書を鞄に詰めると、リナさんの教室へ急いだ。いつか食堂でリナさんに絡んだ柄の悪い連中が、雑誌を手にリナさんに話しかけていた。
「これは、使わせてもらうぜ、リナちゃん」
リナさんは、不愉快そうな目で連中を睨んでいた。僕は、連中とリナさんの間に割って入り、リナさんの手を取った。
「いいな、メタリオムは。生でこんなの見せてもらってんだろ」
「ゼロス、無視して。喧嘩、しないで」
僕は、リナさんの言うことに従った。リナさんの冷たい小さな手を握って、教室を後にした。バスの中や、スーパーの中でも、リナさんを無遠慮に見る目があった。僕は、そんな視線を出来るだけ遮るように、リナさんを背中に隠した。
「ねえゼロス、あたしのこと好き？」
その夜、ベッドの中で、リナさんはそう聞いてきた。
「好きですよ。もちろん」
僕は答えた。
「貴女は可愛いし、魅力的だし、料理もうまいし、どこをとっても好きです。それに、兄さんの選んだ人だし」
「あたしも、ゼロスが好きよ。頭が良くて、格好良くて、優しくて、あたしを守ってくれる。そしてガウリイと同じ血が流れてる」
「半分ですけどね」
「大好き」
僕は、いつものようにリナさんの柔らかな前髪をくしゃくしゃにした。リナさんは小さな猫のように肩をすくめた。
「あたしのこと大好きなら、あたしを見捨てないよね。嫌いにならないよね。あたしを絶対に守るよね」
「言ってるじゃないですか。守るって」
「あたしが汚れてしまっても、捨てないよね」
「貴女は汚れたりしません」
僕は、彼女の瞳が潤んでいることに気づいた。
「貴女は貴女の瞳と同じ。宝石です。宝石は、傷つかない」
「ゼロスはいつでも嬉しいこと、言ってくれるね」
リナさんは微笑んだ。
「ずっと、あたしの側にいてね。嬉しいこと、いつも耳元で聞かせて。その優しい声で」
「今日のリナさんは甘えんぼさんですね」
「だめ？」
「いいえ。リナさんに甘えられて嬉しくない男性なんていません」
僕は、リナさんのふっくらした頬を撫でた。そして、果実のような唇に触れ……指を離した。
「僕が兄さんだったら、貴女にキスをしてあげるのに」
「ねえ、今だけ。ガウリイになって」
「今だけ？」
「そう。今だけ」
僕は、もう一度彼女の唇に触れた。そして、そっと身体を起こして彼女に覆い被さった。彼女は目を固く閉じていた。僕は、自分の唇を、一瞬だけ彼女の唇に重ねた。身体が、燃えるように熱かった。彼女は、ゆっくりとその大きな目を開いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
リナさんが愛おしい。それは、もうずいぶん前から僕にとりついていた感情。でも、僕の中の彼女は、いつもガウリイ兄さんに後ろから抱かれていた。その金髪の照り返しが、僕と彼女の間にいつもあった。だから、こうして彼女にキスすることも出来る。彼女と一緒に眠ることが出来る。僕は、この綺麗な女の子のたった一人のナイトでいられることを誇りにすら思った。たとえ、リナさんの中で、僕がガウリイ兄さんの代わりでしかなくても。


「ウィング」の表紙はずいぶんと人目を引くものだった。それは、地面に膝をつき、絶望したように目を伏せる制服姿のリナさんだった。ポップカルチャー雑誌として一定の評価を得ている雑誌からすれば、ずいぶんと冒険したはずだ。その号の「ウィング」は普段見かけない本屋でも平積みになっていたし、その山はすぐに崩れていった。
『逃げる少女』
それが、一連の写真につけられたタイトルだった。車の窓から、嫌悪と恐怖に表情を引きつらせたリナさんを、追って、追いつめて、屈服させる７枚の写真。
「リナさん、今日は学校を休みませんか？」
発売日の翌朝、僕はリナさんに提案してみた。リナさんは、気丈に笑って却下した。
「これくらいのことで、学校休めないわ」
けれど、雑誌を持った男子生徒の群れはまた、休み時間ごとにリナさんを取り囲んだ。リナさんは自分の机で頬杖をつき、僕が彼女をかばうように立った。サインを求められたときだけ、リナさんはため息をつき、倒れ伏す自分の写真の上にペンを滑らせた。
「二年六室、リナ＝ガブリエフさん、至急職員室まで来て下さい」
そんな校内放送が流れたのは放課後だった。
「僕も行きましょうか？」
「ううん、呼ばれたのはあたしだから。一人で行く」
彼女の顔色は蒼白で、いつもは熟れた果実のような唇も色を失っていた。
「とても一人では行かせられません。職員室の前まででも、付き添います」
彼女の手を取って廊下を歩く。職員室のドアを開けると、リナさんの担任の先生が、
「メタリオム、君も入りなさい」
といって、僕たちをソファに座らせた。
「君は、たしかファッション雑誌専門のモデルではなかったのかね？」
机の上には、「ループ・ボーイ」と「ウィング」があった。
「あたしは、そのつもりです」
「では、これらの……扇情的な写真は何だね」
「この仕事は、事務所のちょっとした事情で……でも、これっきりです」
「これっきりといって、二度も男性向けの仕事をしてるじゃないか」
「『ウィング』は決して男性向け雑誌というわけでは……」
「その『ウィング』とか言う雑誌では、うちの制服を着て表紙にまでなっているじゃないか。これは、非常に困るよ。うちは、こんな芸能活動は認められない。君がこのような活動を続けたいのだったら、それを許すような学校に転校すべきではないのかね」
「すみませんでした。ほんとうに、こんな仕事は今回限りです。誓います」
「まあ、そこまで言うのなら、今回は仕方ないが……君が、こんな目立つ活動をすることによって、メタリオムくんを困らせているのではないのか？」
「それはありません」
僕は口を挟んだ。
「リナさんの芸能活動についてなら、僕は何の異存もありません。彼女の意志のままにやって欲しいと思っています。困ったことなんて、何もないです」
「前にも言ったが、リナくん。ほんの数日しか結婚生活の無かった夫の姓を、いつまでも名乗り続けることは無いんじゃないかね？君たちは、赤の他人のようなものだろう。それを、子供二人で、一つ屋根の下……」
「あたしの姓のことなら、あたしが決意していることです。それに、夫の家で暮らすことも。先生にも、それを止める権利は無いはずです」
「それは、もちろん、無いが……」
「それならあたしの思うとおりにさせて下さい。信念を持ってやっていることです」
「分かった。それでは行ってよろしい。くれぐれも、今後は過激な芸能活動は控えてくれよ」
「失礼します」
僕たちは職員室を出た。
「買い物して、帰ろう。美味しいもの、いっぱい食べよう」
リナさんは、僕だけに向けてにっこりと微笑んだ。

その夜、リナさんは僕を部屋に招き入れた。リナさんが眠るまで、僕はもう一度『セーラー服物語』を読んでいた。リナさんが寝息を立て始めると、僕はベッドをそっと抜け出して、僕の部屋に戻った。パソコンを立ち上げた。検索エンジンに、「リナ＝ガブリエフ」と打ち込んでみた。あちこちの掲示板のログが引っかかった。
『この娘、少女雑誌でモデルしてたリナ＝インバースでしょ。結婚して姓が変わったんだって』
『結婚してたった４日で未亡人になったらしいね。何回寝たのかなあ』
『しょせん「使い古し」の女じゃん。よくお前らそんなに真剣になれるね』
（リナさんには見せられませんね……）
僕はため息をついて、別の掲示板のアドレスをクリックした。
『リナ＝ガブリエフの住所　ゼフィール・シティ○○町３−１５−２。電話番号○○○−××××。学校の住所……』
僕は息を呑んだ。落ち着こうとしても、手のひらから冷や汗が出た。検索結果に戻って、さらに別の掲示板もチェックする。
『リナ＝ガブリエフの住所……』
無記名のその投稿は、あちこちの掲示板で見つかった。僕は、管理人のいる掲示板には、削除依頼のメールを出した。それだけでも、７件あった。検索エンジンに引っかからない、アンダーグラウンドのサイトにも、同じことが書かれているかもしれない。僕は、一晩かけて、さらに５つの投稿を見つけ出し、削除依頼を出した。夜明けを待って、僕はリナさんの携帯を取り出し、ゼルガディスさんに連絡を取った。
「リナか。こんな時間になんだ」
「すみません、ゼロスです」
「ゼロス、お前、リナの携帯を使ってるのか。それで、こんな朝早くになんだ」
「リナさんの……僕たちの住所と電話番号、それから学校の情報がインターネットで流されています。夕べのうちに削除依頼を出せるだけは出しておきましたが、事務所の方でも対応して欲しいと思って……」
「何……分かった。その件については事務所の方で片づける。心配をかけてすまなかったな。それから、今日……いや、３日くらいは、リナを外に出さない方がいいかもしれない。事務所の人間をよこそうか？」
「いえ、僕がリナさんの面倒を見ます。それより、インターネットの件、よろしくお願いしますね」
電話は切れた。僕は、兄さんの部屋のドアをそっと開けた。リナさんは、まだ安らかに眠っていた。
「リナさん……貴女は何も心配しなくていいんです」
僕は口の中でつぶやいて、彼女の髪を撫でた。

「学校に行くなって言うの？ひどいじゃない」
「ネットで、ここの住所と学校の住所が晒されていたんです。しばらくは、外へ出ない方がいい。ゼルガディスさんたちが、ちゃんと対処してくれるまでは」
「だって……」
「どんな奴らがここの住所を知ったか分からないんですよ。リナさんは、一階にも降りない方がいい。僕、朝食を作って持ってきますね」
「……分かった。たっぷり、お願いね」
「はいはい」
僕は、彼女のために卵４個使ったオムレツを作った。トースト３枚とコーヒーをトレイに乗せて、僕は階段を上った。
「美味しいですか？リナさん」
「美味しいけど……ほんとに？ネットでそんなことになってるの？」
「ええ。昨日まで調べてみなかった僕がうかつでした。昨日までも、危なかったのかもしれない。ゼルガディスさんたちに頼めば、たぶん数日で大丈夫になるとは思いますが……」
「ゼロス。あんたの朝ご飯は？」
「後で食べます。リナさん、ゆっくり食べて下さい」
「何か、迷惑かけちゃったね。ごめんなさい」
「リナさんが謝ることなんて何もないんです」
リナさんが朝食を食べ終わると、僕は食器を持って一階におり、玄関を開けて家の周りを見てみた。特に変わったところはない。僕はドアを閉め、鍵を掛け、チェーンロックをつけた。家中のガラス戸の戸締まりをチェックして、僕は自分の朝食を手早く済ませた。
「ゼロスも、休むの？」
「もちろんです。こんな時にリナさんを一人には出来ません」
「でも、もう冷蔵庫の中、何もないよ。夕方には、買い物に行かなきゃ」
「僕が行ってきます。リナさんは、自分の部屋か兄さんの部屋でじっとしていて下さい」
「それまでは、一緒にいてくれるのよね？ゼロス」
「ええ。一緒にいましょう」
時間は、ゆっくりと過ぎた。昼になると、僕は下に降りて、冷蔵庫の中の残り少ない材料で昼食を作った。それを一緒に食べ、二人でベッドの上で本や雑誌を眺めているうちに夕方になった。
「僕は買い物に行ってきます。リナさん、チャイムが押されても、絶対に出ないで下さいね。二階からも降りないで。電話にも出ないで」
「うん。早く、帰ってきてね」
「超特急で行ってきます」
僕は、玄関のドアを厳重に閉めると、近所のスーパーへ走った。食材を大量に買い込み、家へ戻ると、数人の男たちがドアを叩いているところに遭遇した。
「おい！お高くとまってねーで出てこいよ！ドアたたき壊すぞ！」
「サインぐらいしてくれてもいいだろ！出てこねえと火、つけるぞ！」
僕は、荷物を地面に置くと、そいつらをドアから引きはがした。
「帰れ！警察を呼ぶぞ」
「お前か。リナ＝ガブリエフの義理の弟って奴は」
「リナにやらせてもらってんのか？」
「黙れ！今すぐ警察を呼ぶからな」
「ちっ。分かったよ」
男たちはのろのろと家から離れていった。僕は、荷物を引き寄せると、素早く鍵を開け、中に入ってまた鍵を閉めた。
「リナさん……」
リナさんは玄関のホールで、真っ青になって震えていた。
「二階から降りるな、って言ったでしょう！」
「だって、あいつら、火をつけるって……」
「単なる脅しです！そんな度胸のある連中じゃありませんよ」




リナちゃんのグラビアがあったら私も見てみたい。それはともかく、次第に追いつめられていくリナちゃんとゼロス。このあたりから、白倉由美さん的世界から離れて、あさってな方向へ進んでいってしまうのです。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。『セーラー服物語』では、ヒロインの住所が伝言ダイヤルに晒されていましたが、まあ時代も変わったと言うことでインターネットに。


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