Sailor blouse story［４］




僕たちが一緒に暮らし初めてから、一ヶ月が無事に過ぎた。交代で家事をこなし、一緒に食事をし、一緒に学校に通った。時々、夜中に僕の部屋はノックされた。そんな日は、ガウリイ兄さんのベッドで、二人一緒に眠った。僕は、彼女の髪をくしゃくしゃと撫で、彼女が安らかな眠りにつくのを見守った。
「なあ、ゼロス。お前、義姉さんとはいえ、あんな綺麗な子と暮らしてて、おかしな気は起こさないのか？」
悪友がからかいがちに言う。
「僕は、ガウリイ兄さんからリナさんのことを頼まれたんです。リナさんを大事にすることだけが、僕の使命ですよ」
「リナちゃんは可愛いからなあ。アタックしてみようかな」
「止めて下さい。第一、リナさんは兄さんしか愛していませんよ」
「亡くなったお前の兄さんか。じゃあ、リナちゃんは一生そのお前の兄貴と添い遂げるつもりなのか？」
「そうです。彼女の決意は固いですから。だから、リナさんに変なちょっかいを出すのは止めて下さい」
「へいへい。お前、リナちゃんに魅力は感じないのかよ」
「感じていますよ。彼女は、可愛いし、料理もうまいし」
「兄貴から奪っちまう気はないのか」
「それはありません。第一、リナさんが受け付けませんよ」
「お前、いい奴なんだな」
「それはありがとうございます」
放課後。僕たちは、いつも校門で待ち合わせる。
「買い物、していきますか」
「今日はね、ガウリイのお墓に行きたいの。一緒に来てくれる？」
「もちろん、いいですよ」
僕たちは花を買って、タクシーを拾い、墓地へ向かった。
「ガウリイ……一ヶ月も来ないでごめんね」
リナさんは墓石にもたれかかってつぶやいた。
「あたしは、大丈夫よ。ゼロスもいるし」
深紅の瞳から、涙が零れ落ちた。
「ガウリイ……どうしてあたしの前からいなくなっちゃったの？あたしはあんたしか愛せないのに」
細い指で、涙をぬぐう。
「もう二度と、恋はしないわ。ずっとあんたを想い続けるわ」
「リナさん、花束を……」
白い薔薇の花束を、リナさんは墓前に供えた。そして、ポケットから小さな袋を取り出した。
「何ですか？それは」
「ひまわりの種。ガウリイはひまわりのような人だったから……夏に、綺麗に咲くといいな」
そう言ってリナさんは手で土をかき分け、種をいくつか埋めた。
「ガウリイ兄さん」
僕も、墓石に呼びかける。
「リナさんは、ずっと僕が守っていきますから。心配しないで下さいね」
リナさんは、墓地の水道で手についた土を落とした。
「じゃあ、またね、ガウリイ。きっと、すぐに来るわ」
僕たちは、墓地を後にした。


夕食を食べていると、リナさんの携帯が鳴った。
「あ、ゼルガディスからだ。ちょっと静かにしててね」
そう言って、リナさんは着信ボタンを押す。
「なあに？ゼル。ガウリイのお葬式以来じゃない……うん、明日、事務所ね。分かった。学校が終わったらすぐ行くわ」
電話は切れたらしかった。
「お仕事ですか？」
「うん。ずいぶん休んじゃったけど、そろそろ社会復帰しないとね」
「社会復帰って……学校に通ってることで充分果たしてると思うんですけど」
「あたしにとっては、お仕事をすることで初めてこの世に戻れるような気がするの。それでね、お願いがあるんだけど……」
「リナさんの言うことなら何でも」
「明日のお仕事にね、ついてきて欲しいの。まだ心細いって言うか……気持ちに踏ん切りがつかなくて。いい？」
「もちろん。でも僕には何も出来ませんよ。見ていること以外」
「それでいいの。ガウリイも、何回かあたしの撮影現場を見に来てくれたわ」
そして、夕食を食べながら、リナさんはガウリイ兄さんの想い出に入り込んでいった。僕は、何も出来ずにただそれを見守っていた。

次の日の朝、リナさんは幾分元気なように見えた。
「リナさん、今朝は機嫌良さそうですね」
「分かる？久しぶりのお仕事で、張り切ってるの」
リナさんは、鞄を振り回さんばかりの勢いで、バス停へ走っていった。僕も、それを追いかけた。
「お待たせ。じゃあ行きましょうか」
放課後。僕たちはタクシーに乗って、都心に出た。
「ほんとに僕なんかが行っていいところなんですか？お邪魔になるんじゃ」
「もー、ゼロスってば気が小さいんだから。撮影現場にはいっぱい人がいるし、ゼロス一人増えたくらいなら誰も気づかないって。でも……」
リナさんは、声をひそめた。
「あたしの、目の届くところにいてね」
やがて、タクシーは一つのビルの前で止まった。大手プロダクションの名が、ビルの入り口に書いてある。
「こんにちは、リナ＝ガブリエフと義弟です」
受付の女性に声をかける。
「どうぞ。２階の事務所でグレイワーズさんがお待ちです」
リナさんは、勝手知ったる、という感じで階段を上った。僕も、その後についていった。
「こんにちは、ゼル。知ってると思うけど、あたしの義弟のゼロス＝メタリオムよ」
「ああ。ガウリイの家で、何度か会ったことがある。それに、この間のガウリイの葬式でも顔を見たからな……今は、二人で暮らしているのか？」
「ええ、そうよ。あたしたち、仲良くやってるわ」
「実は、今日はちょっと言いにくい事情がある」
「何？」
「お前に、青年誌のグラビアに出てもらいたい」
「やだ、その手の仕事は全部断ってくれるはずじゃ……」
「お前の写真を見たうちの社長が、是非、とのことだ。すまんな。俺には断れなかった」
「ちょっと……あたし、その仕事、やらないわよ。話が違うわ」
「何も水着になれとか言ってるわけじゃない。社長も頑固だからな。とりあえず、今回一回限りということで、俺が受けてしまった。頼む、言うことを聞いてくれ。載る雑誌も決してマイナーじゃない雑誌だ」
「……水着とか、そういうの、絶対に駄目よ。それなら、一度きりなら、引き受ける。ゼルにはいつもお世話になってるし」
「本当にすまない」
「じゃあ、スタジオに行きましょうか」
「今日は外だ。廃屋を利用しての撮影らしい。ゼロスも一緒に来るんだな」
「ええ。お邪魔じゃなければ」
「リナを落ち着かせてやってくれ。下に行こう。車が用意してある」
大きなバンに、僕とリナさんは乗せられた。助手席にはゼルガディスさん、僕とリナさんの後ろには、カメラをいじくり回している、中年のカメラマンがいた。
「ジェラードさん！あなたが、あたしを撮るんですか？」
「お、俺の名前を知ってるんだ。嬉しいね」
「知ってるも何も……有名なカメラマンだわ。ゼロスも知ってるわよね？」
「ええ。グラビア雑誌で、名前を何度か見ました」
「お前が今日の俺のモデルか。確かに、社長が強硬に薦めるだけのことはあるな。で、そっちの兄ちゃんは何だ。付き人か？」
「初めまして、ジェラードさん。僕は、リナさんの義弟です」
「身内を連れて撮影現場に行くのかよ。とんだ甘ったれたお姫様だな」
「リナは、最近夫を亡くしたんだ。しばらくは、甘えさせてやってくれ」
「撮影は、ばしばし行くからな。根性はあるか？リナちゃん」
「青年誌に載るのは初めてです。よろしくお願いします」
「甘くないぞ」
「あたしも、仕事は大事に思っていますから。大丈夫です」
やがて、撮影現場となるらしい廃屋についた。庭に、雑草が生い茂っている。
「リナ、今日の衣装だ。着替えてくれ」
「この家の奥で着替えてくるわ。……何これ、セーラー服じゃない」
ジェラードさんが言った。
「廃屋にたたずむ、文学少女のイメージだ。悪くないだろう？」
リナさんは、奥の部屋に入っていった。僕は、苔のついた庭石に腰を下ろした。やがて、真っ白なセーラー服に身を包んだリナさんが出てきた。いきなりフラッシュを浴びせられて、リナさんは眉をひそめる。
「もう撮影は始まってるんだ。そこの柱にもたれかかって座ってくれ。この文庫本を手に持って」
リナさんは、言われたとおりに座って、本を手に取った。その瞬間に、フラッシュを焚かれる。
「スカート、もう少し太ももが見えるまで下げてくれ」
「あたし、そんなこと……」
「お高くとまるなよ。仕事はきちんとするんじゃなかったのか」
「……はい」
リナさんは、スカートの裾をほんの少し滑らせた。
「やればできんじゃねーか。もう少し、そのポーズで、撮るぞ」
それから、リナさんはジェラードさんからの様々な要求を受け入れて、撮影を進めた。古びた板が反り返った床に横たわったり、庭木の脇に立たされたり……リナさんは本当に大変な仕事をしているんだな、と僕は思った。
「そろそろいいな。あれ、持ってこい」
アシスタントが運んできたのは、水の入ったポリバケツだった。
「水？一体何を……」
ジェラードさんが、リナさんの頭から水をざばっとかけた。
「きゃ……何、するんですか！」
リナさんは、顔に張り付いた長い髪をかき分けながら、カメラマンを睨み返した。フラッシュが何度か光る。
「や、こんなとこ撮らないで……」
「プロだろ？ポーズの一つも取って見せろ」
「ポーズって……ひどいわ、スカートまでびしょびしょ」
リナさんは床にぺたんと座った。そこに、フラッシュがまた光る。
「よし、今日はこれでいいだろう。リナ、お疲れさん」
「どういうつもりなのよ。人をいきなりびしょ濡れにして」
「作品のためだ。ほら、タオルよこすから奥で着替えてこい」
「ええ。このままじゃ、風邪、ひいちゃうわ」
リナさんは奥の部屋へ引っ込んでいった。僕は、撮影の後かたづけをしているジェラードさんに話しかけた。
「水をかけるなんて、ひどすぎませんか？」
「ああ、なんだ、義弟か。お前は素人だろう。引っ込んでな」
「リナさんは、大切な人を亡くしたばかりなんです。まだ本調子じゃないはずだ。それをあなたは……」
「ゼロス」
ゼルガディスさんが口を挟んだ。
「ジェラードさんは、プロの判断で、ああした方がいいと考えたんだ。お前がリナを大切に思う気持ちはわかるが……リナもプロのモデルなんだ。ああいうこともある」
「そうですか」
僕は、憮然として黙った。やがて、僕たちの学校のセーラー服に着替えたリナさんが、濡れた髪を気にしながら姿を現した。
「俺に任せとけば、どーんと売れるからな。これからも期待しとけ」
「あたしは、別に売れたくなんてないんです！」
「お前さんの意志は聞いてねえよ」
帰りの車の中で、ジェラードさんは不敵に微笑んだ。

カチャ……
ガウリイ兄さんの寝室の扉がそっと開く。僕は、枕を抱えて部屋のすぐ外で待っていた。
「ゼロス！どうしてあたしが呼びに行くって分かったの？」
「今日みたいなことがあった日には、リナさんは一人では眠れませんからね。待ってましたよ」
「ありがとう。入って」
リナさんの横に滑り込み、いつものように前髪をくしゃくしゃと撫でる。リナさんは、少し疲れた瞳をしていた。
「今日の撮影は、大変でしたね」
「あたし、青年誌なんかに載りたくないなあ」
「きっと、今回一度きりですよ。忘れればいいんです」
「ねえ、ゼロス。あたしが眠るまで、灯りを消さないで」
「分かりました。僕は、何か読んでおくことにします」
「ごめんね、わがまま言って」
リナさんは、深紅の瞳を閉じた。僕は、立ち上がって兄さんの本棚に行き、なにか漫画でもないかと薄闇の中で探した。『セーラー服物語』というタイトルが、僕の目を引いた。
「これが……」
兄さんが、リナさんに勧めたという漫画。それなら読んでおきたい。僕は、３冊の単行本を手に取ると、ベッドに戻った。『セーラー服物語』は、綺麗で、切ない短編集だった。アクション漫画ばかり読んでいた兄さんが、どうしてこんな少女趣味な漫画を持っていたのか気になったが、一つだけ分かったことがあった。リナさんは、この漫画から抜け出してきたような少女だ。兄さんが一目でリナさんに惹かれたのは、この漫画のせいかもしれない。


「はあ……今日、仕事ですか……前みたいな、青年誌の仕事じゃないんでしょうね？」
リナさんが携帯でゼルガディスさんと話している。
「え……『ウィング』？あんな写真専門誌に載るんですか？ええ。まあ、かまいませんけど……今度は、少女向け雑誌の仕事、取ってきて下さいね」
電話は切れたらしかった。
「『ウィング』に載るんですか。凄いですね」
「あれ、やたら権威はあるけど読んでる人いるのかな。まあ、あたしはあたしのお仕事をするだけだけど……」
「また、ついて行きましょうか？」
「ううん、今度はいい。晩ご飯、作って待ってて」

リナさんは、蒼白い顔をして帰ってきた。
「リナさん、何かあったんですか？顔色、悪いですよ」
「ひどかったわ、今日の撮影」
「何があったんですか」
「あたし、もうあのジェラードさんとは仕事したくない」
リナさんの目に、涙があふれた。僕は、ハンバーグを焼く火を止めて、リナさんを軽く抱きしめた。僕のエプロンに、リナさんの涙が吸い込まれていった。
「あたしが……事務所に近づいたときに、突然黒塗りの、窓にもフィルム張ったバンがあたしに向かってきたの。轢かれそうになって、とっさによけたんだけど、今度は、よけた方向に向かってきて……あたし、変質者か何かかと思って、必死で逃げたわ。でも、車はどこまでも追ってきた」
「…………」
「もう走れない、と思って振り返ったら、すぐそこまで車が来てて。もう一度走り出そうとして転んじゃったの。轢かれる、と思ったら―――」
リナさんは、細い指で涙をぬぐった。
「車からジェラードさんが顔を出したの。そして、『ＯＫ。いい写真が撮れたよ』って。あたし、恥ずかしいけど、泣き出しちゃったわ。ゼロスに来てもらえば良かったって、何度も思ったわ。ゼルに思いっきり抗議したけど、『社長の意向だから』の一点張りで……ねえ。あたし、怖い。このままモデルの仕事、続けていけるのかな……」
「リナさんが辛いなら、いつ辞めてもいいんですよ」
「ううん。あたし、ファッション雑誌のモデルは、好きだったから。それは、続けたいの。本当に、ゼル、頼りになるのかなあ……」
「とりあえず、ご飯にしましょう。たくさん食べて、忘れましょう」
「そうね。この匂いは……ハンバーグ？」
「当たりです。リナさんの分は５人前は用意してありますから、しっかり食べて下さいね」
「ありがと。そうね。めそめそしてるなんて、あたしらしくないもんね。大いに食べて、気分を取り戻すか」
リナさんの膝には、絆創膏が貼られていた。僕は、リナさんに気づかれないように、そっとため息をついた。

その夜も、リナさんは、ドアを開けて、僕を迎え入れた。
「あたしが眠るまで、灯りを消さないで」
そして、前髪を撫でることを要求する。リナさんは、いつまでもこうやって、ガウリイ兄さんの幻想に包まれて生きていくのだろう。
「リナさん……眠りましたか？」
返事は、無かった。僕は、彼女が哀しい夢を見ていないことを祈った。




モデルの仕事を再開するリナちゃん。しかし、その復帰はあまりに過酷なものでした。ゼロスはどこまでリナちゃんを守れるのか？作中でゼロスの読む『セーラー服物語』は、白倉由美さんの実在の作品です。何でガウリイはそんな本を持ってたんでしょうね？それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。車から追いかけてリナちゃんを撮る……というのは、モトネタの『セーラー服物語』に似たようなビデオを作る場面があったので。ガウリイが乙女チックな『セーラー服物語』を持っていたのは、それが少年誌掲載だったからだと思っています。この辺、微妙に「彼女の海岸線」とリンクしています。


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