Sailor blouse story［３］




「ゼロスは、ガウリイとは違うね。綺麗な黒髪に、紫色の瞳。白い肌。ガウリイが夏の真昼なら、ゼロスは冬の夜みたい」
「冬の夜は、嫌いですか？」
「あったかいベッドの中なら、好きよ。夏の空と同じくらい、好き」
僕は、闇の中でもう一度赤面した。
「眠れそうですか？」
「髪を撫でてくれてありがとう。今度は、眠れそう……」
「よかった」
僕は、彼女が寝息を立てるまで、動かないで静かにしていた。やがて、彼女の呼吸が規則正しい寝息に変わった。僕が目を閉じようとした瞬間、彼女の頬に涙の粒が流れ落ちた。
「ガウリイ」
彼女は、眠ったまま愛しい人の名を呼んだ。
「ガウリイ……置いていかないで」
僕は、彼女を襲った深い悲しみについて、改めて考えた。運命の相手を、魂の片割れを、失くしてしまうとはどういうことなんだろう？
「ガウリイ」
僕は、そっと彼女の肩に手を乗せた。この手の重みが、兄さんのそれと同じであることを願って。


目を覚ますと、隣に彼女の姿はなかった。慌てて階下に降りる。そこには、昨日までと違うセーラー服を着た、リナさんがいた。
「リナさん、その制服は……」
「あんたと同じ高校の制服よ。似合ってる？」
「……え、ええ。似合っています」
「今日からは、同級生ね。よろしくね」
「よろしく」
「さってと、朝ご飯作るか。目玉焼きでいい？」
「何でもいいですよ。それと、僕も手伝います」
「じゃ、パンを焼いといて」
彼女は、僕の学校のセーラー服の上に、ギンガムチェックのエプロンをつけた。やがて、テーブルの上に朝食が並んだ。
「いただきます」
「いただきます」
二人の声が重なる。
「昨日はごめんね。突然、一緒に寝よう、なんて言い出して……」
「いえ、僕も、リナさんが眠れているかどうか見に行くところでしたから……」
「優しいね、ゼロス」
「僕たちは姉弟ですからね」
リナさんは、朝食をぱくぱくとよく食べた。
「良かった。昨日もよく食べてたし……リナさん、食欲はあるみたいですね」
「ふふっ……実は、食欲、無いの」
「えっ？」
「本調子のあたしなら、この５倍は食べるわ。それが普通だったの。今は、これだけしか食べられないけど」
「はあ……」
「呆れた？」
「いえ。早く、元通りに食べられるようになるといいですね」
「しばらくは、無理よ。まだ……」
リナさんは、ふっと瞳を閉じた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
朝食が終わり、二人で食器を食器洗浄機に放り込む。
「じゃあ、学校行こう。案内してね」
「そうですね」
二人で外に出て、僕が鍵をかける。
「リナさんのために合い鍵を作らないといけませんね」
「そうね。とりあえず今日は、一緒に帰ってくれる？」
「もちろんです。学校の中も案内しますよ」
「嬉しいわ」
「リナさん、その制服よく似合いますね」
「うん。新しい制服もセーラー服で嬉しい」
「セーラー服が好きなんですか？」
「『セーラー服物語』」
「何ですか？それは」
「ガウリイに勧められて読んだの。昔の漫画よ。凄く綺麗なお話だった……それで、自分の制服がセーラー服だったことが、嬉しくなったの」
バスに乗る。その時に気づく。リナさんは、凄く目立つ。柔らかな長い髪、華奢な身体、整った顔立ち……宝石の瞳。みんなが、ちらちらとリナさんを見る。リナさんは、そういう視線に慣れているようだった。バスを降りて、僕はリナさんに聞いた。
「リナさん、バスの中で注目されていたようですが、大丈夫でしたか？」
「あたしはモデルよ。あれくらいの視線には、慣れてるわ」
「モデルの仕事は、続けるんですか？」
「うん。ガウリイは、辞めさせたがってたみたいだけど、仕事は、あたしの大事なものだから。ガウリイにも頼んで、続けさせてもらうつもりだったの。それとも、ゼロスが反対する？」
「まさか。リナさんが続けたがっているものを、辞めさせるわけないじゃないですか」
「よかった。あたし、業界の人間関係にはうんざりだったけど、色々な服を着られるモデルの仕事自体は好きだったから」
学校に着いた。昇降口まで案内する。
「じゃああたし、職員室で自分のクラス、聞いてくるね。同じクラスだといいね」
「それはありませんよ」
「どうして」
「うちの学校は、男子の方が多いんです。僕は男子クラスですから。二年十室。覚えておいて下さい」
「ん、わかった。放課後、校門で待ってる」
そう言って、リナさんは校舎に消えていった。
「よおゼロス、えらく可愛い子連れてたじゃないか」
「紹介しろよ」
「彼女は人妻ですよ」
驚いた顔の同級生を置いて、僕は自分の教室に向かった。
「それでは、今日はここまで」
一時間目が終わる。僕は、リナさんの姿を探して廊下を駆ける。二年六室で、リナさんが女の子に囲まれているのを見つけた。
「すごーい、リナ＝インバースがうちに転校してくるなんて」
「『田園詩』とか、『ストリートオルガン』のモデルやってるよね？」
「でも、どうして名字がガブリエフなの？」
「あ、それ、あたし、知ってる。リナ、結婚してたんでしょ？それで、旦那さんが亡くなって……インターネットのニュースサイトで話題になってたよ。『人気モデルの夫、海外で命を落とす』って」
「ええっ、結婚？あたしたちの歳で？」
リナさんは、曖昧な笑みを浮かべてうつむいている。僕は、窓越しに彼女たちに話しかけた。
「リナさんは辛いことがあったばかりですから……しばらく、そっとしておいてもらえませんか？」
「ゼロスくん！」
女の子たちが、僕を見て歓声を上げる。僕が、ある程度女の子に人気があることを、僕は知っていた。
「なーに？ゼロスくん。どうしてリナをかばうわけ？」
「リナさんは、僕のお義姉さんですから」
「えっ？じゃあ、リナの亡くなった旦那さんってゼロスくんのお兄さん？」
「……そういうことです」
「でも、リナの名字はガブリエフでしょ。ゼロスくんはメタリオムだし……」
「うちにも、いろいろ事情があるんです」
僕は、口の前で指を振る。
「リナさん、大切なことを忘れていました。僕たちは、今日お弁当を持ってきていない。一緒に学食に行きましょう。お昼に、ここで待っていて下さい」
「うん。ありがと。待ってる」
「ふうん、ゼロスくん、リナに優しいんだ」
「兄さんの奥さんだった人ですから」
僕は、リナさんの教室を後にした。

リンゴン、リンゴン……
昼食のチャイムが鳴る。僕は、リナさんの教室に向かった。リナさんは、自分の席で、じっとうつむいていた。
「リナさん」
声をかけると、リナさんの顔がぱっと輝く。
「ゼロス。待ってたわ。お腹ぺこぺこ。早く学食に連れて行って」
「ええ。行きましょう」
学食は、校舎から渡り廊下を渡ったところにある。リナさんは、少し迷って、カレーライスの食券を買った。僕はＡランチ。食券を受付に出して、料理を受け取り、僕たちは席に着いた。隣に、うちの学年でもあまり柄の良くない連中が座った。僕は少し警戒した。案の定、連中はリナさんに話しかけてきた。
「よお、モデルなんだって」
「可愛いな、さすがに」
リナさんは、身体を固くした。
「結婚してたんだろう？俺たちの歳で」
「やってたのか？その旦那とは」
リナさんの耳が赤く染まる。
「良かったな。旦那が死んでも代わりにゼロスがいて」
リナさんはキッと顔を上げた。その言葉を口にした男に平手打ちを喰らわせる。
「痛えな。図星、突かれたか？」
今度は僕の番だった。立ち上がって、その男を殴り倒す。僕のランチのスープと、リナさんのカレーライスがひっくり返った。
「なんだお前ら、とっくに出来てんのか？」
別の男が言う。僕は、そいつも襟首を掴んで殴り倒した。
「リナさんを侮辱する奴は僕が許さない！」
僕は鋭く叫んだ。学食中の人間が振り返ったが、僕の怒りはおさまらなかった。もう一度倒れた男の襟を掴んで、顔を持ち上げる。
「やめて！」
リナさんが叫んだ。
「あたしは何を言われてもいいから、ゼロス、殴るのはやめて！」
そう言われて、僕は掴んでいた襟を放す。テーブルの上は、ひっくり返ったカレーにスープが染みて、悲惨な状況になっていた。
「どうしよう……テーブルが」
「行きましょう、リナさん」
僕は、リナさんの手を取った。
「昼食は、パンを買いましょう。こんなところにいる必要はない」
リナさんはとまどっていたが、僕は強引にリナさんの手を引くと、学食を出て行った。
「パン……一個しか残ってないよ」
昼休みも半ばを過ぎて、売店で僕たちはその残り一個のメロンパンを買った。中庭に出る。大きな樹の根本にこしかけ、メロンパンを二つに分けた。
「いただきます」
「いただきます」
二人とも、あっという間にパンを平らげてしまった。二人で顔を見合わせて、少し笑う。
「これじゃ、午後の授業お腹空いちゃうね」
「それだけ、晩ご飯をたくさん食べましょう」
「あたしが作るわ。楽しみにしてて」
「じゃあ、帰りに買い物をしていった方がいいですね」
リンゴン、リンゴン……
昼休みの終わりの鐘が鳴る。
「じゃあ、放課後に」
リナさんは、走って行きかけて、ふと振り向いた。
「守ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
遠くなっていく小さな背中を見送って、僕も自分の教室へ向かった。

「ゼロス、昼は学食で凄かったらしいな」
放課後。悪友たちが僕を囲んだ。
「お前の義理の姉さんをかばって、暴力沙汰起こしたそうじゃないか」
「あいつらがくだらないことを言うからです」
「お前って、おとなしそうな顔して切れると怖いからな」
けらけら笑う悪友を無視して鞄に教科書をしまっていると、校内放送が流れた。
「二年六室、リナ＝ガブリエフさん、二年十室、ゼロス＝メタリオムさん、至急職員室に来て下さい。繰り返します……」
「おい、ゼロス、呼び出されてるぞ」
「聞こえてます。何でしょうね」
「おまえら義姉弟だろう。何で名字が違うんだ」
「うちは色々複雑なんです。じゃ、職員室に行ってきます」
「おう。何の用事か分からんが、がんばれよ」

職員室の前で、リナさんがドアノブに手をかけて、開けるかどうかためらっていた。僕が、彼女の手の上からノブを握り、ドアを開く。
「あ……」
「待たせてしまいましたね。一緒に入りましょう……メタリオムとガブリエフ、来ました」
「ちょっと話があるんでね。来てもらったよ」
僕の担任と、リナさんの担任がソファに並んで座っていた。僕たちも、向かい合わせのソファに腰を下ろす。
「リナ＝ガブリエフくん、このたびは大変だったね。辛かったろう」
「いえ……ゼロスくんがいましたから」
「本題に入る。君たちは、いま二人で暮らしているのか？」
「はい。僕とリナさんは二人暮らしですが、それが何か……」
「君たちの年頃の男女が、二人きりで暮らすのは、何かと無理がないかね」
「いえ……家事も二人でこなしますし、大丈夫です」
「いや、そう言う問題ではなく……リナくん、君はまだ学生だろう。たった４日しか結婚生活がなかった旦那さんに、縛られることは無いんじゃないのか？」
「それで、面識もなかったゼロスくんと一つ屋根の下で暮らすなんて、どうしても無理が出るんじゃないのか？」
「リナくん、君は両親がいないそうだけど、面倒を見てくれた叔父さんと叔母さんがいたんだろう。ガブリエフの籍を抜いて、そちらに戻ってはどうかね？」
リナさんは、顔色を白くしてスカートを握りしめていたが、口を開いた。
「たった４日の結婚生活でも、あたしはガウリイ＝ガブリエフの妻です。夫の家で暮らすことは当たり前のことです」
「しかしねえ、君たちに何か問題でも起こったら……」
「問題なんて、何もありません」
僕は言った。
「リナさんは、僕の大事なお義姉さんです。二人で、しっかり暮らしていきます。どうか、僕たちのことをそっとしておいてくれませんか？」
「しかしねえ……」
僕の担任が渋い顔をした。リナさんの担任は、少し安心した表情を見せた。
「まあまあ、先生、いいじゃありませんか。二人とも、一緒に暮らすことにしっかりとした信念を持っているようですし。しばらくは見守りましょう」
「うむ。まあ、今日のところはこれでいいが……やはり、二人で暮らすというのは感心せんな」
「大丈夫です」
僕はきっぱりと言った。
「それからリナくん。君はモデルの仕事をしているそうだね」
「この学校は、アルバイトを禁止してはいないと聞きましたが」
「たしかに、飲食店などでのアルバイトを禁止してはいない。だが、モデルというのは……」
「モデルは、あたしの大事な仕事です。けっして浮ついた気持ちでやっているわけではありません」
「まあ、それならいいんだが……問題を起こさんでくれよ」
「分かっています」
「じゃあ、二人とも行ってよろしい。くれぐれも、我が校の風紀を乱すようなことはしないでくれたまえ」
「はい」
僕とリナさんは立ち上がり、鞄を取った。職員室から出ると、リナさんが少し疲れた顔で僕を見上げた。
「また、いろいろかばってもらっちゃったね。ねえ、あたしがゼロスと住むこと、本当に迷惑じゃない？」
「当たり前じゃないですか」
「先生方にあんな風に言われても？」
「あれくらい何てことありません」
「じゃあ、買い物に行こうか」
リナさんの頬に赤みが差した。
「うちの近所に大きなスーパーがあるんです。案内しますよ」
「うん。今日は何にしようかな」
僕たちは、語り合いながら校門を抜けていった。




リナちゃんを守るために戦うゼロスは私の好きなシチュエーションです。学校でも、安らぎの場を見いだすことの出来ないリナちゃん。さて、この後二人はがんばれるのでしょうか。ちなみに、『田園詩』も『ストリートオルガン』も、かつて実在したブランドです。今はもう無いのですが、私はそこの服が好きでした。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。『ストリートオルガン』の服は以前にも「彼女の海岸線」（長編に収録）でリナちゃんに着せていますが、ほんっとうに可愛い服がいっぱいでした。（高かったけど。）リナちゃんに着せたい！　着せ替えたい！　きっと華奢なリナちゃんなら全てを少女っぽく着こなすことでしょう。


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