|
Walking in the rain［５］
体育祭が終わると、アナウンス部は「公コン」一色に染まった。 「私は、自分の練習とアメリアさんの指導に当たります。朗読部門の二人は、互いに原稿を読み合って、悪いところを指摘してちょうだい。私も、できるだけ朗読部門の面倒は見るつもりだけど、一人じゃ限界があるから。さて、具体的な練習に入る前に」 「前に？」 「渡り廊下に出て、発声始め！！」 アナウンス部の一年生たちは、深いため息をついた。 ゼロスとリナは、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の中から気に入った部分を抜き書きし、二分以内に納まるように前後をカットした。そして、原稿用紙をクリアファイルに挟んで、読みの練習を始めた。交互に読み、おかしいと思ったところを指摘し合う。 「……今の、どうだった？」 「本当にリナさんの声は深みがあって甘いですね。耳の贅沢です」 「ちゃんと聞いてたの？」 「聞いてましたよ。ここの文章のイントネーションがおかしいです」 「ふむふむ。ちゃんと指摘はしてくれるわけだ」 「そうでないと、練習にならないでしょう？」 二人は、何度かそこを読み返した。 「じゃ、次は僕が読みますから」 ゼロスは朗読を始めた。 （なんて、心地いい声……） リナは目を閉じ、その声に耳を澄ます。 （耳の贅沢。こっちが言いたいわ） 「……ナさん。リナさん！」 「……あ、ごめん。えっと、何？」 「何って……僕の朗読、どうでしたか？」 「あ、あー、そうね。特におかしいところは無かったと思うわ。後は読み込むだけね」 「何だかぼーっとしてませんでしたか？ リナさん」 「そんなこと無いわよ」 「……」 「何？ ゼロス」 「僕が読み終わったんだから、次はリナさんの番でしょう？」 「あ、そっか。ごめんごめん」 ゼロスは、少し横を向いてつぶやいた。 「こんなだから、ほっとけないんです」 「何か言った？」 「いえ。じゃあ、読んで下さい」 「うん……」 ゼルガディスがシェーラに話しかけている。 「アナウンス部はコンクールで忙しいが、ミキサーは次の仕事がある。文化祭の準備だ」 「文化祭って……秋じゃないんですか」 「事情があってな。今から準備しないと間に合わない」 「出し物は、何をやるんですか」 「カラオケ喫茶。歌ってくれた人には、非売品のお好きなアーティストのポスター、プレゼントだ」 「非売品のポスターって……そんなのどこから」 「夏期休暇前から、ゼフィーリア中のレコードショップやレンタルショップをまわって、いらなくなった販促ポスターをかき集める。毎年暑い最中の死のロードだが、やってくれるな、シェーラ」 「任せて下さい！」 「おーおー、シェーラはいいミキサーだな」 「旦那より役に立つかも知れないぜ」 「……俺は部長だぞ。そりゃないだろう」 ミキサー陣は、屈託無く笑った。 「さて、もうすぐ７時だ。校舎が閉まる。引き上げるぞ」 「あ……」 「どうした、シェーラ」 「雨が降ってます」 皆は置き傘に分かれて入り、バス停を目指した。 「なんか、今年はよく雨に降られるな」 「誰か、雨男か雨女がいるんじゃないのか」 そして、終点近いバス停。ゼロスはリナにささやく。 「おやすみなさい、リナさん」 公コン当日。実際にＴＶ放送に使われるスタジオで、順番に原稿を読む。午前中の予選は、問題なく４人とも通った。午後の本選を前にして、４人は近くの街に昼食に出た。 「あー、お腹空いた。何食べよう」 「あそこにパスタ屋さんがありますよ」 「わ、パスタ大好き」 リナが目を輝かせる。 「そこでいいわね。今日は私が奢ってあげる」 「いいんですか、フィリア先輩」 「全員予選通過のご褒美よ」 ４人は、パスタ屋のドアを押した。 「んー、どれにしようかな」 「あ、言うまでもないことだけど、刺激物は駄目よ。喉に優しいものにして」 「えっ……カルボナーラにいっぱい胡椒かけて食べようかなって思ってたのに」 「問題外ね」 「リナさん」 リナのとなりに座ったゼロスが、メニューを指さす。 「この、ほうれん草のフェトチーネ、クリームソースってのはどうでしょう？」 「うん、美味しそう……ではある」 ここぞとばかりにアメリアが言った。 「ゼロスさんは、いつもリナさんのことを気にかけていますよね！」 「ええ、気にかけてますよ。他の誰よりも」 メニューから顔を上げて、リナはきょとんとする。 「なんで？ あたしって、そんなに駄目人間？」 アメリアはため息をつく。 「そういうことじゃなくて……でも、リナさんがもう少し鋭ければ、謎は全部解けますよ」 「意味わかんないわ」 「ほら、リナさんはパスタを選んで。もうすぐ注文取りに来ますよ」 「そうだった。えーと、これと、これと……」 午後の本選は、大ホールで行われる。まずはアナウンス部門。 「うーん、フィリア先輩、流石ですね」 「アメリア。あんたも頑張ってね」 「あ、そろそろ舞台脇に行かなきゃ。では！ 行って来ます」 「落ちついてね」 アナウンス部門が終わると、朗読部門が始まった。リナは、手の中の原稿を見て、番号表を見る。自分の番号は１１５番。あっという間に時間は過ぎ、リナは舞台脇の椅子に移動した。 「あ、リナ＝インバースさん」 「あ、えっと、どこかで会った……かな？」 リナの一つ前に座った少女はくすりと微笑む。 「有名ですよ、第一高校の美少女、リナ＝インバースさん」 「やあだ、もう……あなただって、可愛いじゃない」 その時、膝に乗せた原稿に影が落ちた。 「リナさん、応援に来ましたよ」 「ゼロス……！ あんたの順番は」 「僕はまだ当分先です。励まそうと思ってきたんですが、もう可愛いお友達を作られたようですね」 リナの隣の少女が目を見開く。 「あの、第一高校の新入生総代、ゼロス＝メタリオムさんですよね」 「ええ、そうですよ」 「わあ、本物に会えるなんて……握手して下さいませんか？」 「貴女のような可愛い方なら、喜んで」 ゼロスの大きな手が少女の手を握った。リナは、何となく落ち着かない気持ちになって、そっぽを向いた。 「リナさんとも喋れて、ゼロスさんには握手してもらって……あとで皆にさんざん自慢しなきゃ」 「リナさん、僕とも握手しましょう」 「な、なんで今更毎日顔を合わせてるあんたと握手しなきゃいけないのよ」 「落ちつくためです」 「あたし、別に焦ってなんかいないけど」 「僕ですよ。僕が落ちつくんです。おまじないをかけて下さい」 ゼロスの指の長い手が、リナの小さな手を掴む。 「何、これ。両手で両手を包み込むなんて、こんなの握手って言わない。何で、こんなことするの」 「それは、秘密です。落ちつきました。ありがとうございました。じゃ、リナさん、頑張って」 ゼロスが去っていくと、隣の少女はまた微笑んだ。 「そっか、ゼロスさんって……」 「あいつが、どうかしたの？」 「いいえ。そうですね……きっと、リナさんはリナさんのままでいいんです」 「意味分からない。……まあいいわ。ねえ、どこを読むの？」 二人は原稿を見せ合った。そして凍りついた。二人の原稿は、一行目から最後まで一緒だった。 「今、隣に座ってるってことは……」 「続けて読むことになりますね、私たち」 「どうしても、比べられる……」 「リナさん」 少女は力強く言った。 「二人で、通りましょうね」 「ええ。あなたが話しかけてくれて良かった。何も知らないまま、あなたが私と同じところを読み始めたら、あたし、びっくりしちゃって原稿どころじゃなくなってたかも」 『１１４番……』 「あ、私です。それでは、後で会いましょう」 少女は舞台に上がっていった。リナと全く同じ原稿を読む。 （あ、でも、あたしの朗読とずいぶん印象が違うな。個性が出るんだ） 少女は、朗読を終えて、向こう側の袖に消えた。 『１１５番』 リナは、舞台に上がった。 「良かったわよ、リナさん」 「ほんとです、絶対に通りますよ」 舞台の袖でフィリアとアメリアが、リナを待っていた。 「ゼロスさんは、ずいぶん後みたいだから。とりあえず客席に戻りましょう」 客席にはいると、ちょうど休憩時間らしく、人が慌ただしく動いている。 「おーい、第一高校アナウンス部！」 「ガウリイ……！ ゼルガディス先輩も、シェーラも」 「午後の授業さぼって来てやったぞ。今のところ、なかなかじゃないか」 「あたしたちの舞台、聴いてたの？」 「ああ。リナ、災難だったな。前の娘と全く同じ原稿だったな」 「二人で、励まし合ったの。二人とも通ろうね、って」 「なるほど、そりゃそうだな。そうなるといいな」 「応援に来てくれて、ありがとね」 休憩時間が終わり、最後のグループの朗読が始まった。 「１８１番……」 「あ、ゼロスだ」 「聴こう」 ゼロスの、優しい声が会場を包んだ。 （いつも……なんて綺麗な声なんだろう） 物語に合わせて、抑揚する声。 （その声で、聞かせて欲しい） 何を。 （いつも、秘密にしてることを） 切ない物語を紡ぐ声。 （ひみつを、きかせて───） ゼロスの朗読が終わるまで、リナは目を閉じていた。身体が空気に溶けていくような不思議な感触だった。 『それでは、結果を発表します。アナウンス部門、６番、１７番、４５番……以上１０名です』 「信じられない！」 アメリアが目を潤ませた。 「私、通りました！」 「私もよ。二人で、通ったわ！」 『続いて、朗読部門』 リナは、冷たい拳をぎゅっと握りしめた。大きな手がその上に覆い被さった。 （ゼロス……） リナは苦しくなるほどの鼓動を、大きな手に預けた。 『９８番、１１４番』 （あ、あの子、通った！ あたしは───） 『１１５番』 「あ───」 「おめでとうございます、リナさん」 『１８１番。以上１０名です』 「ゼロス！ ゼロスもおめでとう」 リナはゼロスの手を握り返した。 ガウリイが、明るい大声を上げた。 「うちのアナウンス部、全員やったじゃないか！ すごいぜ」 ゼルガディスが、少し紅くなって言った。 「アメリア、良かったな。昼の放送のパートナーとして祝いを言う」 「あれー？ ゼル先輩、顔紅いんじゃないですか」 「お前に言われたくないな、リナ」 ガウリイは、背中からリナの肩に手を回した。 「良くやった、褒めてやるぞ」 そして前髪をくしゃくしゃとかき回す。 「あの、前から言いたかったんだけど……」 「ん？ なんだ」 「その前髪をかき回すの、止めて。子供扱いされてるみたいで嫌なの」 「お子ちゃまにはお子ちゃまの扱いをするってことさ」 さらに深くかき回される。と、ゼロスがリナの身体を強引に引っ張った。 「何す……」 ゼロスも、リナの前髪に手を入れてかき回す。 「ふん、俺に喧嘩売るか」 「ええ、高く買っていただきましょう」 「何なのよ〜、あんたたち。前髪、ぐしゃぐしゃじゃない」 シェーラがくすくす笑った。 「ゼロスさんも、ガウリイ先輩も、苦労しますね」 フィリアも口を挟む。 「ほんとにね」 「リナさん、罪な人です」 アメリアの言葉に、リナはぽかんとした顔をする。 「罪……って。何、何なのよ。みんなして分かったような顔してないで、ちゃんと教えてよー！」 「それは、秘密です」 全員の声が重なった。 この「公コン」は、実際には「ＮＨＫコンクール」、通称「Ｎコン」でした。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、去年村上春樹さんの翻訳で読んだので、出してみました（ミーハー）。それでは、続きもよろしくおねがいします。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、実際は朗読するのには向かない本だとは思うのですが……。私は高校時代、三浦綾子さんの「塩狩峠」を読みました。 
|