Walking in the rain［４］



「さてと。アナウンス部には、さらに『アナウンス部門』と『朗読部門』があるんだけど、あなたたちはどっちにする？」
「あ、僕は決めてきました。朗読部門」
「そうね、ゼロスさんの落ちついた声はそっち向きかもね。アメリアさんは？」
「私は、アナウンス部門です！」
「ええ、アメリアさんの明るい声はアナウンスがいいわ。リナさんはどっち？」
「あ、あたしは、別に決めては……」
「朗読ですよ」
「ゼロス！」
「リナさんの声は、蜜のようです。しっとりと読めば、きっといい雰囲気になるはずです」
「まあ、上手いこと言うわ。リナさんの声で読まれれば、どんな文学も甘くなるわね。リナさん、朗読でいい？」
「はい。でも、朗読なんていつするんですか？」
「公コンで」
「こうこん……？」
「ああ、ごめんなさいね。公共放送主催のコンクールのことよ。初夏と冬に一回ずつあるわ。そこで、アナウンス部門と朗読部門に分かれるのよ。今年は二人ずつね」
「朗読って、何をどれくらい読むんですか」
「毎年課題図書が決まってるの。今年は『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ね。２分間。どこを選ぶかで、センスが問われるわ」
アメリアがおずおずと聞く。
「アナウンス部の方は……」
「自由に作成した原稿を、やっぱり２分間よ」
「原稿なんて、書けません〜」
「大丈夫、アメリアさん。形式が整っていれば、題材は何でもいいのよ。技術を競うだけだから」
「去年の新入アナウンス部員は、フィリア先輩一人だったんですか？」
「そうなの。仕事が多くて大変だったわ。今年は楽が出来そうで嬉しいわ。それにしてもゼロスさんはいいわね」
「どうしてですか」
「男の子のアナウンサーは絶対数が少ないから、市代表くらいにはなりやすいのよ」
「女子は……」
「厳しい戦い、になるわね。基本が出来てなきゃ、午前中の予選で落とされちゃうわ」
「基本……私たちに出来るでしょうか」
「心配無用よ、アメリアさん。私の発声練習、あれ伊達じゃないわよ。とにかく、ひたすら練習ね」
「お、アナウンス部は公コンの話題か」
ガウリイがのぞき込む。
「でも、その前に体育祭があるからな。よろしく頼むぜ」
リナが問う。
「体育祭で、あたしたちが何を？」
「何を、どころじゃないわよ。実況のアナウンスは、まあ当たり前だから置いておくとして……マイク、スピーカーのセット、コードの敷設、音楽の選曲……」
「そういうのって、ミキサーの仕事じゃないんですか」
「人手が足りないわよ。スピーカーとコード抱えて、どこまでも走るわよ。屋上のスピーカーの取り付けが、また大変なのよね……ゼロスくん、貴重な男手、期待してるわよ」
「僕は非力ですよ」
「リナさんやアメリアさんよりは強いでしょう。シェーラさんはすっかりミキサー魂が身についたみたいだけど」
「もう、５メートルコード巻き、５秒で楽勝です！」
「放送部って、結構体育会系ですね」
「新入生総代でも泣き言を言いたくなるか」
ゼルガディスはくすくす笑う。
「そう、放送部にとって校内行事は鬼門。どんなイベントにも責任はついて回る。うちに入ったこと、後悔するか？」
リナは顎に指を当てた。
「後悔はしないけど……想像してたのとずいぶん違うなあ」
「さてと。ずいぶんおしゃべりしちゃったわね。アナウンス部、特訓開始！」
「え〜、フィリア先輩。もう日は暮れてますよ」

次の日は、ゼロスとシェーラが昼の放送を担当した。放課後には、今度は女子生徒が行列を作った。放送部員は、せっせとＭＤをダビングし、ラベルを貼り付けた。
「さすが新入生総代、おモテになることで」
「リナさん、僕の放送、どうでしたか？」
「良かったから、こんなに女の子が並んでるんじゃない」
「リナさんの感想が聞きたいんです」
いつものつかみどころのない笑顔が消え、闇紫の瞳をのぞかせる。
「何、その真剣な顔。あたしの感想なんて聞いてどうするの」
ＭＤにラベルを貼りながら、アメリアとシェーラが小声で会話する。
「なんだか聞いてて恥ずかしくなっちゃいますね」
「今時珍しいくらいの天然ボケ」
「ゼロスさん、気の毒ですね……」
リナは、きょとんとしていたが、ゼロスに答えた。
「良かったわよ、とっても。綺麗な声だった」
「それはよかった」
ゼロスに、再び笑顔が戻る。
「４月２２日、ゼロス＝メタリオム、っと」
「ゼロス、自分の放送のＭＤにラベルなんて貼って、空しくならない？」
「いいえ。僕の声が大事な部の副収入になるのなら、何よりです。でも、行列の長さは、さすがにリナさんには負けてますね」
「あたし、そんなことで張り合いたくないわ」
「これはすみません。さて、ラベル貼りもすんだし、そろそろ開店と行きますか」
防音ドアが開き、列が動き出す。
「一枚５００です……」

次の日は、アメリアの弾んだ声に魅せられた男子生徒が、行列を作った。
「今年のアナウンス部は最高ね」
フィリアは、不敵に微笑んだ。


体育祭の朝。午前５時。目覚ましを止めて、リナはベッドを抜け出した。隣の部屋から、ルナが顔を出す。
「どうしたの、こんな朝早く……制服？　学校に行くの？　まだバスだって……」
「タクシーを昨日のうちに予約しておいたから。タクシー代は部費から出るって」
「大変なのね、放送部は。軽い気持ちで勧めた私のこと、恨んでない？」
「姉ちゃんを恨むなんてしないわよ。大変だけど、すごく楽しいし。アナウンスだって出来るようになったし」
「怪我、しないようにね。元気いっぱい、体育祭を楽しんできなさい」

午前６時。屋上。登っていく朝日を横目に、リナは大きなスピーカーを全身で支えていた。
「リナ、もう少しでワイヤー巻き終わるからな。よし……っと。もう放していいぞ」
「ふあー、疲れた」
「お疲れさん。一気に４個だもんな。でもこれで屋上は完成だ……リナ」
「なあに、ガウリイ」
「くじ引きで決まった昼の放送だけど、俺はお前がパートナーでよかったと思ってるぜ」
「あたしも。ガウリイのリードがあるから、思い切り声が出せる」
「俺、お前の声、好きだぞ」
「ありがと」
「それに……いや、何でもない」
「？　ガウリイ、降りようか」
「俺は後かたづけしていく。リナは運動場の方へ行ってくれ」
「りょーかいっ！」
リナは、ポニーテールにした紅茶色の長い髪を振り回して、屋上から姿を消した。
「声だけが好きな訳じゃないってことは、いつ言えばいいんだろうな」

「リナ来ました！　何か手伝えることありませんか？」
「いいところに来た、リナ。マイクテストを頼む。いま、壇上のマイク設置で人数取られてるからな」
「分かりました。……テステステス、マイクテスト。本日は晴天なり」
リナの声が、先ほど取り付けた屋上のスピーカーから聞こえる。
「こっちのマイクも頼む」
「はーい。あー、あー。マイクテスト……」

鳴り響くマーチ。グラウンドでは徒競走が行われている。チアリーディングの華麗な舞い。しかし、午後から空気は湿り気を帯び、遠くに雷鳴が響き始めた。やがて、最初の雨粒が、テントを叩いた。
「これは……来るかも知れんな」
「ああ、最悪だな」
雨粒は勢いを増す。稲光が遠く輝く。
「リナ、放送部員を集めてくれ」
「分かりました。……お知らせいたします。放送部員の方は、第４テント前に集合して下さい。くり返します……」
それぞれのクラスに散っていた放送部員が集まる。
「シェーラとアメリアは、放送のためにここに残れ。後の全員は、屋上に上がれ。雷が来る。スピーカー、取り外すぞ！」
ガウリイの指示に、皆が動く。大粒の雨が、叩きつけるように降ってくる。すっかりコンクリートの濡れた屋上で、朝とは全く逆の作業をする。滑るスピーカーを必死で支え、ワイヤーロープをほどく。取り外されたスピーカーを屋内に引っ張り込み、タオルで拭く。全員がびしょぬれだった。
「おいリナ」
ガウリイが目をそらして言う。
「お前、胸無いけど、ブラジャーもしてないのか」
「えっ……あ、あ、透けてた！？」
「しっかりと」
「あ……やあだ、もう、どうしよう」
「とりあえず、俺のジャージの上着、着ろ。濡れてるけど」
冷たいジャージを肩から羽織って、リナは頬を染めてガウリイに言った。
「ありがと、ガウリイ……」
「リナさんは、無防備すぎるんです」
「なあに、ゼロス、またお説教？　同い年なのに、偉そうなんだから」
『雨のため、競技を一時休止します』
スピーカーからアメリアの声が響く。
「一時休止か……それくらいで済むかな」
見下ろすグラウンドは、あちこちに水たまりが出来ている。来客は、校舎の中で雨宿りしている。雨の勢いは衰えない。
「寒……」
「風も出てきたわね。リナさん、中に入って。身体を冷やすのは喉に良くないわ」
風にあおられたテントが、泥水の中に倒れ込む。
『第１０２回体育祭は中止します。皆さん、屋内に入って着替えて下さい』
「とうとう中止か」
ゼルガディスは、雨を含んですっかり降りてしまった髪をタオルで擦った。
「朝はあんなに晴れてたのにね。残念だわ。三年生にとっては、最後の体育祭だった」
フィリアは悲しげに空を見上げた。

誰もいなくなったグラウンド。ただ、放送部が機材を、生徒会がテントを片づけている。
「お疲れ様です」
「お互い様。放送部もお疲れさん」
ささやかなエールの交換をして、放送部は調整室に引き上げた。カーテンを引いたスタジオの中で、女子が着替える。
「あれ、リナさん、そのジャージぶかぶかですね。誰のですか？」
「あ、これはガウリイの。貸してもらったの」
「どうして……って、リナさん、体操服身体にぴったり透けてますね」
汗を拭くためのタオルで、彼女たちは髪に沁みこんだ水を拭いた。制服に着替える。
「着替えできたわよ。男子の方はいい？」
「ああ。カーテン開けていいぜ」
ようやく乾いた服に身を包み、それぞれ椅子に座る。
「いつもふわふわのリナの前髪も、降りちまってるな」
ガウリイは、リナの前髪に指を入れ、かき回した。
「ちょっとガウリイ！　そんなことしたらもつれちゃうじゃない！　せっかくブラシ通したのに……って、何！　ゼロス」
ゼロスも、リナの前髪をかき混ぜた。
「細い髪ですね」
「何するのよ！」
「そうだぞ、ゼロス。リナの髪をくしゃくしゃってしていいのはなあ、俺だけだ」
「誰がそんなこと決めたんですか」
「俺だ。悪いか」
アメリアとシェーラが囁き交わす。
「これは、面白いことになりそうですね」
「でも、肝心のヒロインが大ボケで、話が進むかしら」
フィリアが立ち上がった。
「熱い紅茶を入れるわね」
「すまんな、フィリア」
「いいのよ。少しでも暖まって、帰りましょう」
「置き傘、足りるでしょうか」
「２、３人ずつ入っていけば、足りるだろう。そろそろ校舎も閉まる。引き上げるぞ」
雨は激しく降り続いている。リナが靴を履き替えると、黒い傘がリナを覆った。
「ゼロス───」
「行きましょう、リナさん」

やるせない気持ちを胸に、部員は次々とバスを降りていく。
「お疲れさん」
「じゃあ、明日は休みだから、あさってに会いましょう。アナウンサーは、くれぐれも熱いお風呂！　それからのど飴。部費で落ちるから、領収書もらって買ってちょうだい」
「お疲れ様でした！」
ゼロスとリナは、いつものように二人きりになる。
「傘はリナさんが持っていって下さい」
「え、いいわよ。この土砂降りよ。あんたが濡れちゃうじゃない。せっかく乾いた服に着替えたのに」
「そうですね……それでは、僕がリナさんをおうちまで送りましょう」
「えっと……」
「何ですか？」
「ありがと。ゼロスは、口うるさいけど、優しいね」
「リナさんだからですよ」
暗いバスの中で、リナは紅くなった。


Walking in the Rain 時のままに
Walking in the Rain 濡れながら


二人で、バス停からリナの家まで歩く。
「バス代、出すわ」
「気にしないで下さい。僕がこうしたくてしていることなんですから」
「───ここよ。わざわざありがとう」
「何だか、イメージ通りの家ですね」
「どんなイメージ持ってたの」
「可愛らしい家」
「そ……っかなあ」
ドアの前までゼロスはリナをしっかり傘で覆った。
「お休みなさい、リナさん」
「それは、今夜用？」
「そうです。明日の分も言っておきましょうか？」
「馬鹿ね」
「おやすみなさい、リナさん。はい、これは明日思い出して下さいね」
「ねえ……ゼロス」
「何ですか？　リナさん」
「どうしてあたしに優しいの？」
玄関の薄明かりの下で、彼は苦笑、した気がした。
「それは、秘密です」
そしてゼロスはバス通りに向けて去っていった。玄関を開けると、ルナが顔を出した。
「とんだ体育祭になったわね」
「うん。大変だった」
「三年生にとっては辛かったでしょうね」
「うん、皆でそれを言ってた……」
「ところで、玄関の前で、誰かと喋ってた？」
「うん」
「男の人の声だったわね。恋人？」
「や、やあだ、姉ちゃん。友だちよ。同じ部活の仲間」
「会話、聞こえてたわよ」
「え、えっ！　ほんと？」
「冗談よ。うちのドアはそこまで薄くないわ」
「脅かさないでよ〜」
「やっぱり、聞かれると恥ずかしいこと、話してた？」
「……も…お…」
「バスタブに熱いお湯が張ってあるわよ。ご飯の前に、温まってらっしゃい」
「ありがと。で、あいつとは、何でもないんだから。変な勘ぐり、しないでね」
「はいはい。ふふ、青春っていいわね」
「誤解しないでってば！！」

ベッドに入り、天井を眺める。
『おやすみなさい』
ゼロスの声がよみがえる。
（あの声。あたしは、あの声が好き）
リナは、サイドランプのスイッチを切り、深い眠りに落ちていった。
（好きなのは、声だけ？）



体育祭に土砂降り、も実際の思い出です。パニックになって、あれはあれで楽しかったような……（不謹慎）リナちゃんノーブラ、は私のポリシーです（萌え！）←あほか。それでは、続きもよろしくおねがいします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。読者様の中には「高校生活はこれから！」という方も、「高校生活……懐かしい」という方もいらっしゃるでしょうけど、放送部で過ごす３年間…オススメですよ。


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