Walking in the rain［３］


くじが出来上がった。アナウンサー三人と、ミキサー三人が、それぞれくじを引いた。
「お、俺が赤か。明日、俺と組むのは誰だ」
「あたしです、ガウリイ先輩」
「名前を教えてくれ」
「リナ＝インバースです」
「リナ、よろしく頼む」
「こちらこそ、ご指導よろしくお願いします」
「あー、固くならなくていいから。じゃあ、詳しいことはまた後で教える」
そう言って、ガウリイは他のくじを見た。
「ゼルは、その黒髪の女の子と、か」
「アメリアです」
「よろしくな」
「はい……」
アメリアは、少し頬を赤くした。
「ということは、ゼロスにシェーラか。新入生コンビになるが、頑張れよ。シェーラがここの機械に慣れるまでは、俺たちがフォローにつく」
「がんばります」
フィリアがこほん、と咳をした。
「さて、と。明日から即戦力になってもらうあなたたちには、特訓が必要ね」
「特訓……ですか」
「業務連絡用の原稿読みとか。でも、その前に」
フィリアはお腹に手を当てた。ガウリイとゼルガディスは、黙って耳を塞いだ。
「あーーーーーーーーーっ！！」
天井を突き抜けるような大声。新入生は声もなくひっくり返った。
「喉を鍛える発声練習よ。まずは、これからやってもらうわ」
リナがおそるおそる聞く。
「あの……それっていつから」
「あら、分からない？　ふふ、“今から”に決まってるじゃないの……！」
アナウンサーたちの間を、冷たい風が駆け抜けた。
「さあ、アナウンス部は渡り廊下に出て！　思いっきり雄叫びなさい！」
ゼルガディスは、シェーラに言った。
「お前も、ミキサーの特訓だ。まずは、電源コードを巻く練習だ」

「あーーー……」
「あーーー……」
「駄目ね。喉で声を出しちゃ駄目なのよ。腹の底から。横隔膜を使って。さあ、皆、私に続いて。通りかかる人が何事かと恐れるほどに叫ぶのよ！　でも、喉を壊すといけないから……」
「いけないから？」
「のど飴を、完備してるわ。だから、思い切り声を出しても大丈夫よ」
「……」
「どうしたの、みんな黙っちゃって。さあ、私に続いて。……あーーーーーーーーーーーーーっ！！」
「あーーーーーーーーー！」
「あらリナさん、なかなか筋がいいわ。その調子で。最寄りの駅まで聞こえるほどに声を出すのよ！」
昼休みからここにいたのに、次第に日が暮れてきた。ガウリイが、渡り廊下に顔を出した。
「おいフィリア、リナ借りるぞ」
「ああ、明日の昼の放送はあなたたちだったわね。リナさん、行って」
「はい……」
「のど飴、いる？」
「はい」

ガウリイは、数枚の原稿用紙をリナに渡す。
「これが、明日のニュースだ。ちょっと読んでみてくれ。マイクを調節する」
（わ、プロのアナウンサーになった気分……）
「『部活のオリエンテーションは、本日も行われます。興味のある部活の部室を訪ねてみてください』……あ」
「どうした、リナ」
「あたしたち、まだ正式にこの部に入るって決めた訳じゃないような……」
「甘いな。このレモンパイほどに甘い。俺たちみたいな弱小部が、一度でもドアを開けて入ってきた連中を逃がすわけないだろう」
「うう〜、悪質人買い」
「わかってるじゃないか。さて、ニュースの次は音楽だな。音楽はそこのＣＤプレーヤーで自由に聴いていいから、その紹介文を書いてみてくれ」
「音楽は皆が持ち寄るんですか？」
「いや、部費でＣＤレンタルショップの会員になっている。ここから自転車で５分。放送部用の自転車は、図書館棟の裏に止めてある」
「紹介文、ガウリイ先輩が書いてくれてもいいんじゃ……」
「馬鹿だなあ。自分で読むんだぞ。だったら、自分の読みやすいように書けたほうがいいだろ？」
ゼルガディスが、口を挟む。
「ガウリイの旦那に『馬鹿』って言われたら、相当落ち込んでもいいと思うぞ、入試次席のリナ」
「おい！　そりゃどういう意味だ」
「へ？　あたし、入試、次席だったんですか」
リナは、部室奥のパソコンに向かう。
「えーと、キュートでポップなスウェーデニシュ・ナンバーです」
「甘いな。このチェリーパイほど甘い。そんな常套句を最初から使っていると、すぐにネタ切れをおこすぞ」
「ガウリイ先輩、買ってきたお茶菓子、ほとんど自分で食べてませんか？」
「ああ。まだ正式な部員といえないお前たちにやれるのは、フィリアのお茶かのど飴、と言ったところだな」
ＣＤを何度も聴き返しながら、リナはキーボードを叩く。
「こんなもんでどーでしょうか、ガウリイ先輩」
「ん……まあ、いいだろう。初めてにしては上出来だ。明日が楽しみだな」
シェーラは、調整室の奥で、コードと格闘している。
「ゼルガディス先輩、全然巻けません……」
「これくらいのコード、５秒で巻かないとやっていけんぞ。でもまあ、初日ならこんなものか」
渡り廊下から、元気なフィリアと、ボロボロになったアメリアとゼロスが引き上げてきた。
「ちょっと初日から張り切りすぎたわね。またお茶を淹れるわ。そっちの皆も飲む？」
「ああ、頼む」
かぐわしいハーブティーの香りが調整室を包む。皆、バラバラのティーカップに熱い茶を注がれ、手を温める。
「そろそろ、下校のアナウンスね。私とゼルガディスさんでやってみせるから、それぞれしっかり見てなさい」
「静かにな」
マイクのスイッチが入る。ゼルガディスが、レバーをすっと上げる。
『まもなく７時です。校内に残っている生徒の方は、速やかに下校して下さい。くり返します……』
レバーが下げられ、マイクのスイッチが切れると、アメリアがため息をついた。
「本当に綺麗な声ですね、フィリア先輩」
「ありがとう。まあ、訓練の賜物よ。でも、今年の一年アナウンス部は、素地のいい子ばかり。ふふふ、これからは毎日特訓よ！」
「逃げられるなよ」
ゼルガディスが苦笑する。
「大丈夫です！　愛のある指導しかしません！」
「愛……」
新入アナウンス部員たちはうなだれた。

「あれ？　何ですか、この小さな靴箱」
「ああ、言い忘れてたわ。朝にも放送が入るかも知れないから、明日からはこの図書館棟の靴箱に登校してちょうだいね。出来るだけ早く来ること」
「じゃあ、閉めるぞ。忘れ物はないな」
全員で、バス停まで歩く。
「バス、遅いですね。もう時刻表から１０分は過ぎているのに」
「甘いぞ。このマドレーヌほどに甘い。この時間のバスは、２〜３０分遅れは当たり前だ」
「ガウリイの旦那。学校の外で茶菓子を食べるのはやめてくれ」
「あ、雨……みたいです」
皆は、それぞれの傘を広げる。
「アメリア、入れてくんないかな。あたし、今朝持ってくるの忘れちゃって」
「ええ、小さい傘ですが……」
ぐっと、リナは後ろに引き寄せられた。暗い空の色と同じ、黒い大きな傘に引き入れられる。
「ゼロス……！」
「僕の傘は、大きいから余裕です」
「それはそうだけど……恥ずかしいよ」
「嫌ですか？」
「いやってんじゃないんだけど」
「ゼロス、手が早いな」
ガウリイがそっけない声で言う。
「そういうわけじゃないんです、ガウリイ先輩。ただ、リナさんとは色々縁があって」
ゼロスはにっこりと微笑んだ。
「そうだ、アナウンス部の子は、帰ったら熱いシャワーを浴びてね。出来ればバスタブにも浸かった方がいいわ。冷たい雨は喉に悪いもの」
「フィリア先輩、喉のために生きてるんですか」
リナが呆れ声で言う。
「それくらいしないと、アナウンサーとしてはやっていけないってことよ」
３０分遅れのバスが来た。皆で乗り込む。
「明日からも、よろしくな」
ゼルガディスが降りる。
「リナ、明日は緊張するなよ。俺がついてる」
ガウリイが降りる。
「あ、シェーラさんと私、バス停一緒なんだ」
少女二人が降りる。
「くれぐれも、喉を冷やさないでね」
フィリアが降りる。
「……二人きりになっちゃいましたね」
ゼロスがリナに微笑みかける。
「『待ち受け画面』、見せていただけませんか？」
「駄目。絶対」
「見せたも同じことですよ、それは……僕の待ち受け画面、見ますか？」
「見たくない」
「見せたも同じですね。……どこまでも一緒に乗っていきたいんですけど、ここでお別れです。家が近いので、傘、お貸ししますね」
「いいわよ、別に」
「遠慮しないで、持っていって下さい。それじゃ、」
口を耳元に寄せる。
「おやすみなさい」
心地よい、囁き。
「な、何よ。まだ寝ないわよ」
「今日の夜の分です。ベッドに入ったら、思い出して下さい」
そしてゼロスは降りていった。

ゼロスの傘の下で、リナは悪友の言葉を思い出す。
『リナも、好きな人出来たらぜぇぇぇったいに教えなさいよ』
（声が好き、っていうのは、“好き”のうちに入るのかな）
「さいしょにー、すきになぁったのはー、こえ」
古い歌を口ずさんで、リナは闇の中で一人、赤くなった。
（まだ、言わなくていいよね。まだ）


調整室の隣には、ガラスで仕切られたスタジオブースがある。業務放送用の、高性能なマイクが取り付けられている。
「リナ、準備いいか」
「　　　　　　　　」
「ああ、そっちの声は、マイクを通さないとこっちには聞こえないぞ」
「準備いいです、ガウリイ先輩」
「ガウリイ、でいいぜ。アナウンサーと担当ミキサーは一心同体だ」
「ありがと、ガウリイ」
「１５秒前だ……４、３、２、１、キュー」
ジングルが流れ出す。
「こんにちは。お昼の放送の時間です。まず先生方からの連絡事項です……」
一通りニュース原稿を読んでしまうと、音楽のコーナー。
「今日の一曲目は……」
曲が流れ始めると、調整室からガウリイの声が聞こえた。
「よし、いい感じだぞ。後一曲あるからな。油断せずに行け」
「はい」
「もうすぐ曲が終わる。こっちが手を振ったら、２曲目の紹介に行け……キュー」
「二曲目は、明るいナンバーです。……」
音楽が流れる。
「いかがでしたか？　担当は、リナ＝インバース、ミキサーはガウリイ＝ガブリエフでお送りしました。それでは、また明日」
リナが、額に汗をかいて、スタジオから出てくる。
「よーしよし、良くやったな」
ガウリイが、リナの柔らかな前髪をくしゃくしゃにする。
「ありがとう。上手くいったの、ガウリイのお陰よ」
「今日程度をうまくいったなんて、まだまだだ。でも、特に失敗も無かったしな」
ゼロスが、近づいてきた。
「すごく良かったですよ、リナさん」
「ありがとう。あ、それから、傘返さなきゃ。図書館棟の傘立てに立ててあるから」
「分かりました。明日は僕の番ですね」
「大丈夫？」
「もう曲も決めたし、昨日原稿を書いて、読む練習もしましたから。大丈夫ですよ」
「リナさーん」
アメリアが、奥行きのある調整室の向こう側から、声をかける。
「フィリアさんと、シェーラさんと、女の子同士でおべんと食べませんか？」
「いいわね、すぐ行くわ！」
リナはバスケットを持って、そちらへ走っていった。
「女の子にまで、嫉妬ですか。我ながら、情けないですね……」
「ん、ゼロス、何か言ったか」
「いえ、ガウリイ先輩。女の子同士で楽しそうだな、って言ったんですけど」
「じゃあこっちは、野郎同士で楽しいランチと行こうぜ」
「ええ、参加します」

放課後。リナとアメリアは、隣のクラスのシェーラを誘って、調整室に向かった。そして、驚いた。調整室の前に、長蛇の男子のの列が出来ている。
「入部志望、ってわけでもなさそうですけど……何でしょう？」
列の中の少年が、三人に目を留める。
「放送部の方ですか？」
「え、ええ」
「今日の放送を担当していたのはどなたですか？」
「あたし……だけど。まさか、何かクレーム！？」
「違いますよ。今日の放送を録音したＭＤが欲しくて、並んでるんです。……もしかして、南中の、リナ＝インバースさん……ですよね？」
「そうだけど」
「声も可愛かったけど、そうか、“あの”リナ＝インバースさんなら納得だなあ」
「何、リナ＝インバースいるの？」
列は急に騒がしくなった。
「うわ、本物。可愛い」
「二中のお姫様、アメリアさんも一緒だぜ」
「あの三つ編みの子も可愛いな」
調整室のドアが開いた。
「きちんと並んで下さらないと、ＭＤをお渡しませんよ。リナさん、アメリアさん、シェーラさん、中へ」
ゼロスだった。
「リナさん、握手して下さい！」
「そういうのは、駄目です！」
ゼロスは厳しく言って、リナの手を引いた。調整室へ引っ張り込む。男たちからブーイングが上がる。防音仕様の鉄の扉が閉まった。
「あれだけ待っていてくれるんだもの、握手くらい……」
「一人に握手したら、きりがなくなることくらい分からないんですか？」
「むー。ゼロス、お説教くさい」
「リナさんが、無防備なんです！」
ゼロスは、作業中だったらしいパソコンの前に座った。
「何、してるの？」
「今日の放送を録音したＭＤのために、ラベルを作ってるんです」
「４月２１日、担当　リナ＝インバース。なるほどね」
５枚のＭＤを同時編集できる機材を使って、ガウリイとゼルガディスがせっせとダビング作業をしている。
「タダであげるんですか？」
「まっさか。一枚５００だ」
「アコギ……」
「大事な部の副収入源だからな。放送部は、最新の機材がいるし、学校からの予算じゃ到底まかないきれない」
かしゃかしゃとＭＤを積み上げながら、ゼルガディスが言う。
「女性陣。悪いが、そこのＭＤにラベルを貼ってくれ。出来るだけ早くな。あの行列があるうちは、落ちついてアナウンスの練習もできないだろう」
「いつも、こんな行列が？」
「ああ。去年は、フィリアの放送ＭＤをコンプしたやつもいる」
「いい稼ぎになったわ。ふふっ。今年は、あなたたちの番よ」
「はあ……」
鉄のドアをバンと開く。
「お待たせしました。一枚５００です。ダビングは出来ないようになっていますから、ちゃんと一人一枚お買い求め下さいね」
菓子箱を使った小銭入れに、硬貨が次々に投げ込まれる。列は次第に短くなり、片づいた。
「いいんですか？　こんな副業して」
アメリアが小首を傾げる。
「いいんだよ。昔一度職員会議で問題になってな。販売を止めたら、販売再開を求める署名が何百名単位で集まったんだ。それ以来、おとがめなしだ」
「いつの世も、ミーハーな奴はいるってことだ……ゼロス、何だ、その金」
「僕も、リナさんのＭＤ、買わせていただきます」
「よし、部員割引で、ＭＤの原価で売ってやる」
ゼルガディスが、ＭＤをゼロスに差し出した。ガウリイは、面白くなさそうにそれを眺めていた。



私は放送部でした。あのとんでもない発声練習が懐かしい。昼の放送も懐かしい。自由で、熱心な高校生活でした。リナちゃんが口ずさんだ歌は、ＰＳＹ・Ｓ（サイズ）の「Angel Night」です。昔、「シティーハンター」のオープニングになっていました。（ああ歳がばれる）
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。うちの放送部は体育会系で、腹の底からだみ声をだす、しんどい発声練習でした。コンクールともなると、隣で女子高の子たちが可愛く発声練習してる横で「うぉあっっ！！」とやるのはかなり恥ずかしかったです。


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