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Walking in the rain［２］
入試以来、初めての路線のバスに乗る。同じ制服をちらほらと見かける。 （あ……） この中の何人かとは、友だちになるのかも知れない。リナは、ぼんやりと生徒たちを見ていた。その時、ふっと窓に、水滴がよぎった。 （やだ、雨──） あらためて見直してみると、乗客のほとんどが、傘を持っている。 （もお、姉ちゃんの意地悪。天気予報くらい見てたはずなのに） 『次は、第一高校正門前……』 リナは、鞄を抱えなおした。買ったばかりの定期をスリットに通し、足下に注意しながらバスを降りる。 （これくらいの雨なら、傘はいらないわね） バス停から、道路を渡って正門に続く道を歩く。辺りは、一面の桜。 （綺麗……） 春の柔らかな雨は、花びらを散らす力もなく。舞い散る花びらは、風のせい。薄紅色の半透明な花びらの上に、細かな水滴が宿っている。 （本当に、綺麗───） リナは、立ち止まって、桜を見上げる。低い枝は、リナの頭のほんの数十センチ上で。まわりを、同じ制服を着た生徒たちが追い越していく。リナは、登校の途中だったことを思い出して、突かれたように数歩あるく。そして、また立ち止まり、薄紅色の雲の中に手をのばす。 「桜にさらわれてしまいそうですね」 優しい、声。この桜と霧雨に、溶け込む声。 「気をつけないと、桜の女神に魅入られて、連れ去られてしまいますよ」 リナは、ようやく声の主を見る。肩までの、さらさらの黒髪。淡い笑顔。あの時の少年だった。 「また、逢えましたね。リナ＝インバースさん」 「……待ち受け画面」 思わず口に出して、リナは赤くなる。 「待ち受け画面？ どういうことですか？」 「何でもないわ、ゼロス＝メタリオムさん」 「僕の名前、ご存じなんですね」 ゼロスは本当に嬉しそうに微笑んだ。 「早く行かないと、遅刻してしまいますよ」 「そういえばそうね。でも、あたしはこの桜があまりにも綺麗で……」 「ええ、そうですね。こんな小さな花びらが、もっと小さな水滴をはらんでいる」 （そう。あたしも、それが綺麗だと思った───） 「いつまでもこうして貴女と桜を見ていたいのですが、用事があります。ここで、お別れしましょう。でも、必ず貴女とはまた逢えます」 ゼロスは、リナに軽く会釈すると、校舎の方に走っていった。 （あたしも、急がなきゃね。そうだ、クラスの確認を……） リナは、ようやく正門をくぐり、掲示板の名簿を見上げる。 （リナ＝インバース、っと。あった） 一年六室。 （ゼロスは？ 同じクラスじゃないのかな） ゼロス＝メタリオム。一年十一室。 （なんだ、違うクラス。また、逢えるんじゃなかったの？） 見回すと、もう他の生徒はいない。リナは、一年六室の教室へ急いだ。 出席番号順に割り振られた机に鞄を置くと、すぐに講堂への移動だった。手に銀色の教鞭を持った教師が、生徒たちを並ばせる。 （何これ。中学校と変わらないじゃない） 隣の、黒髪の目の大きな女の子が、リナにささやいた。 「これじゃ、中学と変わりませんよね」 「そうね」 二人は、忍び笑いを交わし、列に従って講堂への道を歩いた。 「次は、来賓の方のお言葉です」 長い金髪の女生徒が、アナウンスしている。 （この人、声きれいだなあ。そういえば……） 隣の黒髪の少女をちらりと見る。 （一言しか聞いてないけど、この子も声、可愛かったな。何だか、声に敏感になってるな、あたし） 「次は、新入生代表の挨拶です。ゼロス＝メタリオムさん、前へどうぞ」 （あ……） 「先生方、先輩方、来賓の皆様、父兄の方、本日は我々のためにこのような……」 雨に溶け込む声。高いのに、落ちついた声。降りしきる雨の中、その優しい声が講堂を支配する。 （顔が良くて、頭が良くて……） 「我ら新入生一同は……」 （桜の花びらのはらんだ雫に気づいてくれて……） 「この良き日に」 （声が……声が綺麗で───） 「……誓います。新入生代表、一年十一室、ゼロス＝メタリオム」 声が止む。ひそやかな雨の音だけが、沈黙を取り囲む。 （試験の日に転ばされたこと、許してやってもいいかな） また列を組まされ、教室に帰る。黒髪の女の子が話しかけてくる。 「よろしく、リナ＝インバースさん」 「どうして、あたしの名前……」 「有名だからですよ。携帯で画像もまわって来ましたし」 「女の子のところにまで画像は行くの？」 「ま、普通は男の子の画像がやりとりされるわけですけど。今日の新入生代表さんみたいに」 少女は、リナの鞄に下げられた携帯を見た。 「すごく可愛い携帯ですね！ オレンジピンク」 「うん、これは色が気に入っちゃって。ちょっと無理して買っちゃった」 「私の番号、登録していいですか？」 少女は、リナの携帯を手に取った。 「あ、ちょっと……」 待ち受け画面。少女はくすりと微笑む。 「なあんだ、リナさんも彼のファンなんですね」 「違うの。ちょっと前に、友だちに……悪友に、勝手にその画面に変えられちゃったのよ」 「嫌なら別のに変えればいいじゃないですか」 「説明書、なくしちゃって」 「私、同じ機種だから変更できますよ！ 適当なカレンダーか何かに変えましょうか？」 「……ん、しばらくは、そうしておく……」 「やっぱり、リナさん……」 「あっ、その、そう言う意味ではなく。それより、あたし、あんたの名前、聞いてないんだけど」 黒髪の少女は顔を赤らめる。 「あ、失礼しました。私は、アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーンです」 「セイルーン……まさか、セイルーン財閥の？」 「ええ、そうです」 「そんな財閥のお嬢様が、どうして公立のここに来てるわけ？」 「うち、スパルタなんです。高校も公立しか受けさせないし、それで落ちたら中浪しろって……」 「そ、それは大変ね」 「姉さんなんか、スパルタに耐えかねて、大学に行かずに家出しちゃいました」 「そ、それも大変ね。ところで、アメリア、って呼んでいいのかしら？」 「もちろんです。いちいちフルネームで呼ばれたら落ち込んじゃいますよ」 教師が入ってきた。リナたちは、目配せを交わし、前を向いた。 「おはようございます、リナさん！ 今日は部活のオリエンテーションがある日ですね！」 「相変わらずテンション高いわね、アメリアは」 「それだけが取り柄ですから！」 「それだけ……って、美少女だし、声も可愛いし、その……悔しいけど胸も大きいし。いっぱいいいところあるじゃない」 「そうでしょうか？」 （自分の魅力に気づいてない。……あの子も、そういう目であたしを見てたのかな） 「オリエンテーションもいいけど、午前中は最初のテストよ」 「三教科じゃないですか。楽勝です！」 （頭もいいみたいね、この子は） 試験はあっという間に終わった。弁当箱をつつきながら、アメリアはリナに尋ねる。 「どこの部に入るか、もう決めてますか？」 「ううん、特には。アメリアは？」 「一応、決めてます」 「中学からやってたとか？」 「そういうわけじゃ、ないんですけど……リナさん、アナウンスとか興味ありません？」 「ん……正直言うと、すこし、ある」 「じゃあ、放送部に行きませんか？ 私、一人で行くの、ちょっと心細かったんです」 リナはチキンのソテーに手をのばす。 「まあ、行ってもいいけど、あたしにできるかな」 もぐもぐとソテーを食べるリナに、アメリアは話しかける。 「リナさんの声、とても素敵ですよ。絶対大丈夫。ところで、入学式の日、アナウンスしていた女の先輩いたじゃないですか。あの人、声綺麗でしたよね！」 「あ、うん。それはあたしも思った。だけど……」 「だけど？」 「何でもない」 （一番綺麗な声だったのは……あの人だよ） 昼食を片づけて、リナとアメリアは教室を出た。 「放送部の部室なんて、どこにあるの？ まさか、体育会の部室みたいなところじゃないだろうし……」 「それは、調べてあります。図書館棟です！」 「ああ、あの煉瓦造りの。ちょっと、嬉しいかも」 「本校舎とは、渡り廊下でつながっていますね」 長い渡り廊下を歩き、図書館棟に入る。「調整室」と書かれたドアに、「放送部こちら」と貼り紙がある。 「あのう、入部希望なんですが……」 アメリアが、さすがにおそるおそる扉を開ける。 「まあ、可愛い入部希望者さんが、二人も来たわ！」 透き通った声。聞き間違いようのない、入学式のアナウンスの声だ。 「アナウンス部長の、フィリア＝ウル＝コプトよ。さ、遠慮せずに入って。お茶にしましょう」 「お……お茶、ですか」 「紅茶とハーブティ、どちらにする？」 「あの、ハーブティ……飲んでみたいです」 「ゼルガディスさん、お茶菓子あったかしら」 「今ガウリイの旦那が買いに行っている」 「あの……ずいぶんと、アットホームな部なんですね」 「ええ。その分、きついときにはきついけど……みんなが家族みたいな部、といえるかしら」 「二人とも、アナウンス希望か？」 銀髪の男子生徒の鋭い視線。 「アナウンス以外の仕事が、放送部にあるんですか？」 「ま、最初はこんなもんか」 男子生徒は肩をすくめた。 「放送部の仕事は、大きくわけて二つある。一つはアナウンス。もう一つはミキサーだ」 「ミキサー？」 「機械仕事だ。この辺を見てみろ」 言われるままに二人は指さされた場所を見る。見たこともない、スイッチやボタンがぎっしりと並んでいる。 「これを扱って、校内放送をするんだ」 「はあ〜、すごいですね」 「俺は、ミキサー部長のゼルガディス＝グレイワーズ。よろしくな」 「はい……」 アメリアは少し顔を赤らめた。 ノックの音が響いた。 「どうぞ」 長い黒髪を、一本の三つ編みにまとめた可愛らしい少女が、入ってきた。 「シェーラ＝ダイナストといいます。ミキサー志望です」 「あら、女の子でミキサー志望なんて、頼もしいわ。良かったわね、ゼルガディスさん。可愛い後輩が出来て」 「甘くないぞ」 「大丈夫です。私、機械いじり得意なんです」 「女だからといって、手加減はしない」 「望むところです」 フィリアが慌てたように言った。 「そういえば、まだあなたたちの名前を聞いてないわ。ごめんなさい」 「いえ……あたしは、リナ＝インバースです」 「アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーンです」 「リナさんに、アメリアさんね。それにしても二人とも可愛い声ね。ふふ……鍛えがいが、あるわ〜」 フィリアの微笑みには、凄みがあった。 「失礼します」 男子生徒が、扉を開けて入ってくる。 「あら、あなたは……」 「お、新入生総代か」 「はい。ゼロス＝メタリオムです。アナウンス志望です」 「ま、お前の声ならそうだろうな。フィリア、男子も指導できるか」 「ええ。大丈夫」 ゼロスは、すっとリナの側に来た。 「ね？ また逢えたでしょう？」 「どうしてあたしがここにいるって……」 「貴女の声を聞いたときに思ったんです。貴女は絶対ここに来るって」 ノックもなく、再び扉が開いた。 「ただいま、っと。えらく頭数が増えてるな。新入部員か？」 「そうよ。みんな、紹介しておくわ。部長のガウリイ＝ガブリエフ。ミキサーよ」 新入部員たちは、黙って頭を下げた。 「お茶菓子は、買ってきてくれた？」 「ああ。レモンパイとチェリーパイ、マドレーヌ。こんなもんでいいか」 「お疲れ様。部長を使い走りにして悪かったわ」 「いいさ。ついでに明日の昼の放送用のＣＤも借りてきた」 「……明日から、か」 フィリアは、遠い目をした。 「去年、初めて昼の放送をしたときの緊張を思い出すわ。あれから一年……今度は私たちが教える側なのね」 新入生たちは、戸惑った顔をする。 「昼の、放送？」 「ああ、その日の校内のニュースや連絡事項、それが終わったら音楽を二曲かける。まあ、ラジオ番組のまねごとのようなもんだ。さてと」 ガウリイは、メモ用紙を破りとり、はさみで細く切り始めた。 「くじを作る。昼の放送は、アナウンサーとミキサー、二人一組でやるんだ。フィリアは昼休みに急に業務連絡が入ったときのために、待機してもらう。突然で悪いが、赤を引いた組は明日の昼から頑張ってもらう」 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。前回降ったのは雪でしたが、今回から雨となります。「Walking in the rain」は、今ではかなり手に入れるのが難しく、私はヤフオクで競り合って、ＣＤ（アルバムですけどね）１枚に○千円（言えないっ）払ってしまいました。でも、この曲が手に入って満足なんです。 
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