Walking in the rain［１］




「リナってさ、声、可愛いよね」
「なにそれ。声しか可愛くないってこと」
「何でそんな風にひねて受け取るかなあ……言っとくけどね、リナはうちの学年でも１、２を争うくらい可愛いよ」
「ほんと？」
「あんたにお世辞言って何の得があるのよ。本当よ。はっきり言って、男子にもめちゃくちゃ人気あるんだから」
「えっ……そうなの？」
「あーあ、美少女に限って自分の魅力に気づいてないものなのよね」
「美少女なんて……照れるよ」
リナは、巨大な弁当箱の上でうつむいた。
「そんなに食べてんのにスリムだしね。うらやましいよ」
「あたしはあんたの胸がうらやましいわ。スリムって言葉はいいけど、要するに胸無しってことでしょ」
「リナ、あんたはほんとにひねくれてるわね。せっかく可愛く生まれてきて、もてるんだから、美味しく生きていけばいいじゃない。あたしがあんただったら、毎日男をとっかえひっかえして楽しく暮らすわよ」
「あ……あたしは男なんかに興味ないから」
「まったくもったいない。それはそうと、あんたの声は可愛いわよ。リナくらい綺麗なら、普通のアイドルにもなれそうなもんだけど、今、声優アイドルとかってあるじゃない。なれるんじゃない、リナの声なら」
「……まあ、褒めてくれてありがと。でも、声優なんて、どうやってなるのか想像もつかないわ」
「まあ、あたしたちまだ中３だしね。声優への道を歩むのは高校を出てからでもいいんじゃない？」
「歩むって……決めたわけじゃないわよ」
「とりあえず、目の前の受験を片づけないとね」
「そうね。今は夢見るより勉強の時期だわ」
「リナは成績いいから、あたしと学校離れちゃうね、きっと」
「学校が離れても、あたしたちずっと友達よ」

学校から帰る。テレビをつける。戦闘ヒロインもののアニメをやっている。
「かっわいい声だよね、声優さんって……おまけに、何歳になっても可愛い声、保ってるんだよね……」
『シャイン・アクア・イリュージョン！！』
「シャイン・アクア・イリュージョン！！」
「リナ、何叫んでるの」
台所から姉のルナが顔を出した。リナは、赤面してテレビを消した。

ソファに寝転がる。
「声のお仕事、か……」
小さい頃はコーラス部に入っていた。結構、褒められたりもした。それっきり、声のことなんて忘れていたけれど。
「声優さんもいいけど、アナウンサーってのもあるわね」
「朗読のお仕事、っていうのもあるわよ」
「や、やだ、ねーちゃん、聞いてたの？」
「あんた、いい声してると思うわよ。将来は、そっち方面に進むのもいいかもね」
「ねーちゃんだって、声、綺麗じゃない。なのに、何でウェイトレスなんてしてるの」
きらーん、とルナの目が光る。
「ウェイトレス、『なんて』？ウェイトレスのどこが、『なんて』なお仕事なのかしら？」
「ご、ごめんなさい、すみません、前言撤回」
「お客様の笑顔を直接見られる大事な仕事よ。まちがっても『なんて』なんて言って欲しくないわね」
「謝ってるじゃない〜」
「分かればよろしい。夕食を作る手伝いをすれば、なおよろしい」
「この時期の受験生に、手伝いをしろなんて言う？普通」
「そこで寝転がってたくせに。それに、手伝いをしたくらいで落ちるんなら、最初からその学校には縁がないのよ」
「厳しいなあ、ねーちゃんは」
「いいから、そこのじゃがいもの皮を剥いて」
「わ、今日は何？」
「コロッケよ」
「はいはーい、リナ、手伝いまーす」
「それよ。今の声」
「へ？」
「あんたが何かに張り切るときの声。すごく可愛らしいわ」
「ふうん……」
「高校に入ったら、何かそれ系の部活にはいるのもいいかもね。演劇部とか、放送部とか。でも、ひとまずは目の前の受験かしら？」
「ええ。あたし、ゼフィーリア第一高校狙ってるから」
「偏差値的には、ほぼ問題ないんでしょう？」
「でも、油断は禁物だから。頑張る。ねーちゃんも、第一高校だったじゃない。地域一番校だし、ねーちゃんは成績も良かったし、フェンシング部でもすごい記録作ってたよね。なのに、なんでウェイトレスなん……」
きらーん。
「今、何か言おうとした？」
「い、いえ。ウェイトレスは素晴らしいお仕事でございます、はい」
「分かってるじゃない」
（こわー……）
「何か思ってる？」
「い、いえ。何も」
リナは、手先のじゃがいもに意識を集中した。


「おべんと、持った？」
「ん。持った」
「筆記用具は？」
「入ってる」
「消しゴムとか、忘れてないでしょうね？」
「心配ないってば」
「雪、ひどいから、足もと気をつけなさいよ」
「全く、入試の日にこんなに雪が積もるなんて……！」
「転んで、足をくじいたり、手に怪我したりしないようにね」
「じゃあ、ねーちゃん、行ってきます」
「幸運を祈ってるわ」
リナは、雪の中に一歩を踏み出した。長靴の下で、新雪が滑る。
「おおっと……」
「リナ、大丈夫？」
「あ、あはは、これはいきなり縁起が悪いわね。今度こそ、行ってきます」
リナはきゅっきゅっと雪を踏みながら、バス停への坂道を降りていった。

受験会場の入り口は混み合っていた。汚れた雪が踏み固められ、滑りやすくなっている。
（お約束のようにここで滑るわけにはいかないわ。慎重に……しっかと足を踏みしめて）
「うわっ」
リナの隣にいた少年が身体のバランスを崩した。少年は踏みとどまろうとリナの腕をつかんだ。
「きゃっ」
リナもバランスを崩す。二人は、もつれ合って倒れた。
「す、すみません」
「いったいわねー。気をつけてよ」
少年はさっと立ち上がる。リナに手をさしのべる。
「本当にすみません。大丈夫ですか」
（なんて、優しい声……）
リナは、一瞬その声に引き込まれる。
「あ、あの、大丈夫ですか？」
「えっ、あっ、ぼーっとしちゃって、すみません。大丈夫です」
リナは少年の手を掴んで立ち上がった。
「ハンカチを。コートの後ろがびしょ濡れです」
「えっ、そう？あっちゃー。いいわ、ハンカチの方が汚れちゃう。これから暖房の効いた校舎に入るんだし、コートは脱ぐし。試験の間には乾くでしょう」
「でも……」
「気にしないで。ねっ」
リナは、肩で髪を切りそろえた少年の背中を軽くたたいた。少年は、リナを見て、少し赤くなった。
「あの……春に。生徒として会えるといいですね」
「へっ？ああ、そうね。会えるといいわね」
「僕は待ってますよ」
少年は受験票を取り出し、自分の受験会場を確認して、去っていった。
「『待ってますよ』だって。自分は受かる自信満々なのね」
濡れたコートの裾が、雫を落とした。
「寒……早くあたしも教室に入ろう」
リナは、自分の会場に向かった。


結果発表を待つ、中途半端な時期の登校日。リナは、悪友に捕まっていた。
「リーナー。受験、どうだった？」
「ん。まずまず。たぶん、大丈夫じゃないかな」
「さすがリナね。あたし、ぜえんぜん駄目。今から二次募集やってる高校探さないと」
「大変ね。でも、そうやって心配してるときに限って、受かってたりするものよ」
「慰めの言葉、ありがとう。でも、ほんとにあれは駄目だったわ。ところでリナ、第 一高校受けに行ったんなら、西中のゼロス＝メタリオムって子に会わなかった？」
「ぜ……？」
「ゼロス。もうかっこいいって評判なのよ。おまけにすごく頭がいいんだって。見なかった？」
「いきなりそんな固有名詞出されても……自分の受験に精一杯で、よその中学のゼロなんとかを見てる余裕なんて無かったわよ」
「ふふん。リナは、そう言うだろうと思ってたわよ。これ、見て？」
「何？携帯の画像？……って、これあたしじゃない。あんたが撮ったの？」
「服をよく見なさいよ」
「これ……受験の日だわ。誰が撮ったの」
「分からないのよ」
「はあ？」
「要するに、南中随一の美少女リナ＝インバースの画像を撮ろうと、多くの純朴な少年が頑張ったってこと。よく撮れてるでしょ？その画像が回り回って、このあたしのところまで届いた訳なのよ。分かる？みんな、受験の時とはいえ、素敵な異性との接触をそれはもう切実に求めているものなの」
「呆れたわ。本人もあずかり知らぬところでこんな写真……」
「ぼーっと写真撮られてるあんたが間抜けなのよ。それで、この写真」
「あっ、こいつ……」
「何だ、リナも見てるんじゃない、ゼロス＝メタリオムくん」
「こいつ、雪で滑って転びかけて、あたしの腕に掴まったのよ」
「えっ？　それで、どうしたの？」
「あたしも一緒に転んだに決まってるじゃない。足もと、汚れた雪でカチカチだったんだから」
「へえ。第一種接近遭遇じゃない。で、どうだった？」
「どうって……」
「かっこよかった？ってこと」
「あのねえ、自分の腕掴んで引きずり倒したような奴をかっこいいと思うわけ無いでしょう？」
「じゃ、この写真見て、どう思う」
「うーん……端正な顔立ち、ではあるかな」
「でしょ？」
「でも、変な奴だよ、こいつ」
「何かされたの？」
「ううん……ただ、春に生徒として会えるといいですね、僕は待ってますよ……って」
「すごいじゃない、リナ。一目惚れ、されたのかもよ」
「少女漫画じゃあるまいし、そんなことあるわけ無いって。ただ、転ばせちゃったから社交辞令として言ったんじゃないの。それに、『待ってますよ』だなんて、自分は絶対に受かる！っていう確信の元に受験してるみたいで、腹、立つ」
「そりゃ、あの通信制の『Ｚ＝ゼミ』で毎回全国一位をたたき出してるんだから、受かるでしょ。自信は持ってて当然よ」
「なんでそんな奴が全国区の進学校に行かずにこの地域の一番校なんかで満足してんのよ？」
「知らないわよ。でも、実家もお金持ちらしいからなあ。確かに、リナの疑問、一部は的を射ているわ」
「とにかく、あたし、そんな奴に興味ないから」
「ホント？今ならこの画像、タダであげちゃうわよ」
「タダでもいらん」
「つまらないことにこだわって、大きな獲物を逃がすかもしれないわよ」
「あたし、顔とか成績とかで男、計らないから。あ、でも……」
「何？」
「声は、良かったかもしれない……」
「へえ。変なとこ、覚えてるのね。でも、そうか……これだけ顔も頭も良くて、声まで素敵なら、よその学校にファンクラブもできるわけよね」
「もしかして、うちの学校にも、あるの？そのファンクラブ」
「あるわよ。南中支部」
「うへえ。やっぱ、あんまり関わりたくない人かも〜」
「何言ってんの。あんたのファンクラブだって、よその学校にもあるわよ」
「えっ！全然気づかなかった」
「よしよし、そういうところがあんたの魅力よね。かまってあげたくなるのよ」
「どういうことよ」
「あんたはお子様、ってこと。リナはそれでいいのよ」
「むー。なんか、納得いかないなあ」
「リナもたぶん受かるんでしょ？第一高校。先行きが楽しみね」
「あんたが楽しいことなんて、何にもおこらないと思うけど」
「どうだか。超奥手のお姫様、リナ＝インバースにもついに恋の季節が訪れるかもしれないわね」
「勝手に話を進めないで！」
「あ、予鈴。だいたい、受験も終わって結果発表を待つだけのあたしたちに、登校日なんてナンセンスよね。行こ、リナ」
「うん。行こう」

その日、リナが学校から帰って、ふっと携帯を開くと、壁紙がゼロス＝メタリオムのアップに変更されていた。
「あいつ……このあたしに気づかれずに壁紙変更するとは……不覚を取ったわ。えっと、壁紙変更ってどうやるんだったっけ」
「リナー。ちょっと手伝って」
「はいはい。今行くからちょっと待ってて、ねーちゃん」


「リナァ。あたし、受かってた、受かってたよぉ」
「だから言ったでしょ、よけいな心配だって」
「リナもおめでとう。これで、会えるんじゃない？約束した人に」
「だから、あれは約束なんてもんじゃ……」
「そら……っと。携帯の壁紙、ゼロスくんのままじゃない。これは相当気があるとみた！」
「違うって。機種変更したばっかりで、壁紙の変え方が分からなかったのよ。それだけ」
「そんないいわけは聞きません。じっくり見れば、いい男でしょ？」
「頼むわ。その男の顔を壁紙から消してよ」
「それこそ、自分でやれば。説明書くらい、ちゃんと読んでから携帯使いなさいよね」
「説明書……どこやっちゃったかなあ。全く、もお」
「それよりリナ、ツーショットで写真撮ろう。これからそんな機会なくなるかもだし」
「卒業したって、いつでも会えるよ。あたしたち、友達じゃない」
「でも、今までみたいに毎日は会えなくなる。そして、新しい友達と、毎日会うことになるのよ」
「ん……じゃ、カメラ、こっち向けて。手を伸ばして。撮るよ」
「リナ、何かあったら、必ずメールしてね。特に恋の相談は絶対にしてね！あんたは恋愛のど素人だから、こっちが冷や冷やしちゃう」
「メールは、出すよ。電話もかける。高校行っても、大学行っても、友達は友達よ」
「リナは、あたしが生まれてから出来た友達の中で一番の美少女だわ。だから、幸せ掴んで欲しいのよ」
「あんたも、あたしがいままで出会ってきた友達の中では一番可愛い。きっと、いい恋人出来るよ」
「何言ってんの。あたし、もう彼氏いるよ。大学生」
「えっ！全然気づかなかった。あたしにその人のこと、話した？」
「ううん。話してない。ごめんね」
「どうして……」
「いろいろ、うまくいかなくてさ。お子ちゃまなリナに心配かけたくなかったんだ。でも、この卒業を機会に、何もかもいい方に行きそう」
「ありがと。打ち明けてくれて」
「リナも、好きな人出来たらぜぇぇぇったいに教えなさいよ」
「うん。絶対ね」





今回のテーマの一つは「声」です。リナちゃんの声！　可愛いですよねえ。ビバ！　林原めぐみさん。素敵なお母さんになって欲しいです。でも声優も続けて欲しい。ちなみに、今回リナちゃんと喋っている女の子は名無しのオリキャラです。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。また、先に収録すべき小説があるのに贔屓してしまいました。やっぱり、この壁紙を使ってみたかったから！です。……すみません。


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