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Walking in the rain［６］
「あれ、雨が降ってる」 「ああ、朝は晴れてたからな。やっぱり俺たちの中に雨を呼ぶ奴がいるんだろ。部室の置き傘全部持ってきたから、使え」 「リナさん、一緒の傘に……」 「行くぞ、リナ」 ガウリイが、強引にリナの肩を抱いた。傘を広げる。高台にある放送局から、皆でゆっくり坂を下りた。 「傘のパートナー、私で悪かったわね」 フィリアがゼロスの顔をのぞき込む。 「いえ。フィリア先輩は素敵な方ですから」 「私、どっちの味方でもないけど、まあ応援するわよ。手にはいるといいわね、大ボケお姫様」 「精進します」 夏休み。でも部活に休みは無い。ただ、いつもより少し開放的な雰囲気が、皆を部室に引き寄せる。大音量で流れるポップス、食べかけの菓子。よく効いた冷房、誰かが持ち込んだ枕。 ときおりの、ノックの音。 「すみません」 「はい、何でしょう」 「ハンドボール部の部員を、第一グラウンドに呼びだして下さい」 「承りました。今日のアナウンサーは誰？」 「はいはーい、リナです」 「じゃあミキサーはガウリイさんね」 「だれか、ＭＤ止めろ。私語するなよ。リナ、準備はいいな」 「どうぞ」 ガウリイの手が、マイクのボリュームを上げる。 「ハンドボール部員の方は、……」 放送が終わると、皆はまた騒がしくなった。 「今週のマガジン、どこやった？」 「あー、『Dragon Ball』の２５巻、誰がもってるんだよ？」 「次、私のＭＤかけてもいいですか？」 アメリアが立ち上がった。 「コンビニ行きまーす。何か用のある人は、言って下さい」 「ハーゲンダッツのアイスクリーム！ クッキークリームね」 「スポーツドリンク。２リットルペットで頼む」 「単３電池４本。領収書を頼む」 「のど飴のカリンエキス入りを頼むわ。これも領収書もらってね」 「チーズケーキ。レアの方でな」 「あー、すみません！ メモを取るので、もう一度最初からお願いします」 「アメリア、俺も一緒に行く。一人じゃ重いだろう」 「おー、仲いいな、ゼルとアメリアは」 「ガウリイの旦那に言われたくない。あんたは自分のことで精一杯だろう」 「きついな」 アメリアとゼルガディスは出ていった。 「さてと、アナウンス部。秋の州本選に向けて、練習再開するわよ！」 「えーっ、フィリア先輩。せめて、アメリアが戻ってからにしませんか？」 「甘いわ。こうしている間にも、ライバルたちは練習を積んでいるのよ。発声始め！」 「あーーーーーーーーーーー！」 「あーーーーーーーーっ！」 「おい、アナウンス部」 ガウリイが呆れ顔で言う。 「外でやってくれ」 「あら、いま外でやったら熱射病で倒れちゃうわ。仲間でしょ。我慢して」 「ま、風物詩だな」 ガウリイは、大音量のヘッドホンを耳に当てた。 「ただいま帰りました！ 皆さん、お財布持って荷物取りに来て下さい」 「やっりい、アイスクリーム……」 「あらリナさん、アイスクリームで声帯を冷やすのは喉によくないわ。しょうがないわね、私が食べてあげる。リナさんには、ほら、のど飴」 「フィリア先輩、横暴！」 「カリンエキス入りよ♪」 「この暑いのに、みんな元気だな」 ゼルガディスは、クーラーの冷気にほてった身体を冷やしながら、ぼやいた。 「まもなく５時です。部活動をしている方は、下校の準備をしてください……」 まだ明るいバスの中で、ゼロスとリナは二人きりになった。 「何か言いたそうですね」 「ゼロス。あんたが秘密にしてること、みんなが秘密にしてることを教えて」 「教えられないから、秘密なんです」 「けち」 「リナさん、おやすみなさい」 「ゼロス、おやすみなさい」 「……リナさん？」 「あんたの真似をしただけよ。寝る前に、思い出してね」 ゼロスは、にっこりと微笑んだ。 「嬉しいです、リナさん」 そしてゼロスはバスを降りていった。 二学期が始まってまもなく。家の前では明るかった空が、バスの中でどんどん暗さを増した。そして窓を、水滴が撫でる。 「参ったー、降られた！」 リナは、鞄を頭に乗せて、バス停から坂をかけ登っていた。まわりに登校している生徒の姿は無い。 「遅刻して、ご飯食べ損ねて、しかもバスに乗ってる間に土砂降り……やっぱ、雨女なの、あたしかな」 濡れた鞄から、小さな鍵を取り出す。 「今日は体育もないから、着替え、無いしな。調整室の鍵も持ってるし……一限目はさぼるか。たしかヒーターがあったから、あれで制服乾かせば……」 図書館棟までの長い道のりで、リナの制服は重くなるほどに濡れていた。水を吸って固くなったローファーを脱ぎ落とし、長い髪をしぼりながら廊下を駆け抜け、調整室の鍵穴に鍵を差し込む。かちり、と音がして鍵がひらく。リナは部屋に滑り込み、鞄を投げ出し、セーラー服の上着を脱ぐ。 「やだもう、スカート、泥ついてる……」 スカートのファスナーを下ろし、足から抜く。その時初めて、リナは気配を感じた。 「あ……」 上半身には何もまとっていないゼロスが、部室の奥に座っていた。 「いつから……そこに」 「リナさんと同じですよ。少し遅れて家を出たら、雨に降られた。───リナさん、言ったでしょう？ 貴女は無防備過ぎるって」 「えっ……」 「今だってそうだ。胸を隠そうともしない」 リナは頬を染めて、あわてて両手で胸を隠した。 「ごめんなさい、すぐに服を着るから……な、きゃっ」 リナは、ゼロスに抱き上げられた。胸を隠しているリナは、抵抗できない。 「リナさんが悪いんです」 ゼロスは、誰かが持ち込んだ枕を蹴飛ばし、そこにリナを乱暴に横たえた。 「ゼロス……」 胸を隠した腕を引かれる。 「いつか、リナさん言いましたよね。秘密を教えて欲しいって」 「……」 「今、教えます。リナさん、好きです」 ゼロスの冷えた手が、リナの小さな胸を滑る。 「あ……」 「そんな声が男を誘うことも知らない。貴女は本当に無防備で……僕にいけないことをさせる」 ずっと思っていた。その声で秘密を聞かせて欲しいと。でも秘密は、とても、怖かった。 「……ゼロス」 「貴女が悪いんです」 僅かにかすれて熱を帯びた、その声に身体が動かなくなる。 「───貴女が、悪いんです───」 ゼロスは、つぶやくようにそうくり返し、リナの身体に触れた。 頬を伝う涙。リナは、裸のまま、とめどなく涙を流した。 「泣いてるんですか？」 返事できない。 「痛かったんですか？」 「や、そんなこと聞かないで」 「リナさんは、抵抗しなかった」 「そんな……！」 「女の子の腕でも、本気で抵抗されれば分かります。貴女は抵抗しなかった。分かりますね？」 「お願い、あたしの好きだった声で、そんなこと言わないで」 「そうですか、声……じゃあ、その声で僕の心を伝えます。好きです、リナさん。僕のものになってください」 「……もう、出ていって」 「分かりました」 ゼロスは、生乾きのシャツを身につけ、鞄を持った。 「僕の気持ちは伝えました。返事はいつでもいいです。いくらでも待ちますよ」 扉が閉まると、リナは嗚咽した。痛みと激しい感情に熱を帯びた身体は、なかなか元に戻ってはくれなかった。 「あれ、リナさん。こっちにいたんですか。教室に来ないから、欠席扱いになってますよ」 「いいの」 「顔色悪いですね。今日のお昼の放送、出来ますか？」 「アメリア、ごめんだけど、代わってくれる？」 「いいですよ、原稿見せて下さい……ほんとに頬が真っ白ですよ。それに、だるそう。保健室に行かなくていいんですか？」 「ごめんね、心配かけて。今はここでじっとしていたいの。原稿なら、そこの鞄に入ってるわ」 「リナさん、相談に乗れることなら、何でも聞きますよ」 「ありがとう。でも、本当にいいの。しばらく放っておいて」 「ほっとけませんよ……」 ベッドの中で、リナは寝付けずにいた。身体の奥が鈍く痛む。 （確かに、あたしは抵抗しなかった） 秘密を聞かせてくれたから。 （あれは、あたしが望んだことだというの？） 再び、頬を涙が伝う。 （帰りたい……） ゼロスの声に、ただ恋をしていた日々に帰りたかった。 「リーナさん、部活行きましょう」 「あたし、今日はパス」 「何言ってるんですか！ そんなこと言って、もう一週間もさぼってるじゃないですか。今日のお昼の放送だって、担当はリナさんだったんですよ！ フィリア先輩が代わってくれましたけど。さ、荷物まとめて！」 「もう放送部止める」 「馬鹿なこと言わないで下さい！ 州本選も近いんです。練習しないと！」 「分かった、分かったから。行くわ。だから、そう耳元で怒鳴らないで」 「あの、雨の日から、リナさんおかしいです……」 調整室の扉を開ける。ガウリイが、にっこり微笑む。 「こら、一週間もずる休みして、よく顔が出せたもんだな」 「ガウリイ、ごめ……」 「冗談だよ。あんなに熱心だったお前が、理由もなく休むわけないもんな。何かわけがあったんだろう。それより、練習に入れよ。フィリアとゼロスは、もう始めてるぞ」 リナは、鞄を置いて奥へ入った。 「リナさん、久しぶり。体調は大丈夫？」 「ええ、何とか」 「でも顔色がよくないわ。ハーブティーでも入れましょうか」 「いえ、いいです」 「飲み物ならジュースがありますよ」 ゼロスが、にっこりと笑ってペットボトルを差し出す。 「あ、ありがと、ゼロス」 「僕の飲みかけですけどね」 リナは、ジュースを取り落とした。床に甘い水たまりが拡がる。 「ご、ごめんなさい。モップ取ってくる」 二人を見ていたガウリイが立ち上がった。 「リナ、行くぞ。シェーラ、床を頼む」 「行くって、どこへ。それに、あたしが床を汚し……」 ガウリイは、力強い腕でリナを引っ張り、図書館棟の裏庭に出た。空は暗く、空気は重い。ガウリイはリナを壁に押しつけ、そっとキスをした。唇を離す。リナは、何も言わない。 「どうしたんだ」 「どう……って」 「何で平手打ちの一つも返してこないんだ！ ぜんぜんいつものお前らしくないぞ」 「……ごめん」 「謝って欲しいわけじゃない。……誰かが、お前を傷つけた。違うか」 「……それは」 「ゼロスの奴か！」 「……」 「畜生」 ガウリイは、リナを置き去りにして、調整室に駆け戻っていった。 「ゼロス！」 振り向いたゼロスを、ガウリイは殴り倒す。 「痛いなあ……なんですか」 「リナに……リナに何をした」 「あなたには出来ないことですよ」 「この……っ！」 ガウリイは、もう一度ゼロスを殴った。 「止めなさい。何の騒ぎなの！」 フィリアが割ってはいる。 「ゼロスくんはもうすぐ州本選なのよ。口の中でも切ったらどうするの！」 「知ったことか」 三たび振り上げられた腕に、リナがしがみついた。 「止めて！ ガウリイ、止めて！」 アメリアとシェーラは囁き合った。 「あそこはずっとあのままかと思ってたら……」 「急展開ですね」 「リナ、放せ！ 俺は、こいつを許せないんだ」 「ガウリイには関係ない！」 「関係あるんだよ」 「……何で？」 アメリアとシェーラは肩を落とす。 「リナさんにしか言えない台詞ですね」 「同感」 「何で。何でガウリイが怒るのよ」 「俺がお前を好きだからに決まってるだろ。だから、お前を傷つけたこいつを許せないんだ！」 「ガウリイが……あたしを……好き？」 「そうだ。こんな時に言いたくはなかったが」 「ごめん、ガウリイ」 「謝るな！」 「ごめんなさい」 「謝らないでくれ！ 終わらせないでくれよ！」 「あたし、ゼロスのことが好きだから」 ガウリイは掴みあげたままだったゼロスの襟を放し、壁を叩いた。 「リナさん……」 「許せないけど、大嫌いだけど、好きだから。その声が、好きだから……」 「リナさん」 ゼルガディスが、眉間を押さえて言った。 「あのなあ、リナ、ゼロス、ガウリイ。ここは公衆の面前だ。熱くなるのも分かるが、わきまえてくれ」 「はあ」 ガウリイは、どっと椅子に座り込む。 「俺は、公衆の面前で振られたわけか」 「リナさん、僕は……」 「あー、もうこの話はおしまい。あんたに喋る権利なんてあるもんですか。練習しよう。声を聴かせて。それで、チャラにしてあげるから」 「赤面しちゃうわね」 フィリアが、厳しい顔で言った。 「アナウンス部、練習再開！ くれぐれも、よけいな私情は挟まないでね」 「シェーラ、床、お疲れさん。今日はこれからポスター取りに行くぞ」 「それは無理ですよ」 「どうして」 「───雨が、降ってます」 『もしもし、リナ？ あんたから電話をかけて来るってことは、何かいいことでもあったのね？ 好きな人、できた？』 「うん、つきあうことにしたの」 『どんな人？』 「待ち受け画面」 『ゼロス＝メタリオム！？ そりゃまたうまくいったものね』 「そうでもない。色々あったよ」 『ねえ、最初に好きになったのは、どんなとこ？』 「それはね……」 声。 このゼロスはちょっと……と思う方もいらっしゃるでしょうけど、リナちゃんとゼロスが部室で……というのは最初から考えていたアイデアなので、使ってしまいました。今、部活動に熱心な人、うらやましいです。あの頃は本当に楽しかった。それでは、別の小説でお会いしましょう。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。部室で音楽聴いたり、お菓子やアイスクリームやほか弁食べたり、漫画読んだり、今でも戻れるものならあの頃の夏に戻りたい。おつきあいいただき、ありがとうございました。 
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