ＭＩＵ☆ＭＩＵ［２］

眩しい、日射しが窓から差し込んでくる。日曜の朝だ。ああ、玄関のリナさんのトイレ、綺麗にして置かなくちゃなあ。その前に、朝ごはんを食べて置かなくちゃ……食パンがあったかな。あと、ミルクを飲んで……
その時、ゼロスは気づいた。台所から、食パンを焼く、香ばしい匂いが漂ってきている。そして、人間の声で、「うにゃあ」「ああっもう」という高い声が聞こえてくる。まさか、ゼラス姉さんたちが予定より早く来たのか？とにかく、パジャマのままで、ゼロスは台所に駆け下りた。
「あ、ゼロス、おはよう」
そこにいたのは、歳の頃なら１３、４。リナと同じ紅茶色の長い髪。肌の色はまっ白だ。そして、振り向いた可愛らしい顔には、リナと同じ深紅の瞳。
「あ、あなたは誰ですか」
「ひどい、ゼロス。あたしのことが分からないの？」
そういって、つい、と向こうを向いた。長い髪が揺れて、お尻が見える。あまりのことに今まで気づかなかったが、少女は裸だった。
「そこで何をしてるんですか」
「ゼロスと、あたしの、朝ごはんを作ってるんだよ。トーストと、オムレツ。でも、玉子が上手く割れなくて、もう６個もムダにしちゃった」
そして、自分が裸であることなど全く気にしない様子でゼロスにすり寄ってきた。
「ねえ、玉子を無駄にしちゃったこと、怒る？」
そのすり寄り方には覚えがあった。毎晩足に、座っているソファの膝に。それに何より、今日目を覚ましてから一度も、猫のリナの姿を目にしていない。
「あの、違ってたら笑ってくれていいんですけど……もしかして、リナさん、ですか？」
「やったー！やっぱりゼロスはあたしのこと分かってくれるのね。で、玉子のこと、怒らない？」
「怒りません、怒りませんから、とにかく何か服を着て下さい」
「服？ああ、ゼロスが着てるみたいな布きれね。でも、あたし、服なんてもってないよ」
「さしあたって、僕の服を着て下さい。シャツと、下着と、ズボンを持ってきます」
リナは、ボタンを留められなかった。ゼロスは、子供に着せかけるように、ボタンを留めてあげた。トランクスを履かせ、ズボンを着せた。どれも、だぶだぶだった。かろうじて、ベルトの穴を新しく開けて、細いウエストを締め付けた。
「リナさん、本当に、あの猫のリナさんなんですか？」
少々焦げたトーストと、残り４個の玉子で何とか仕上げたオムレツを食べながら、ゼロスは聞いた。
「そうよ。仔猫のリナよ。でも、満月になるまでの一週間、毎日お月様に願いをかけ続けると、猫は人間になれるの。これ、猫の間の常識よ。生まれたときから知ってるの。ゼロスは知らなかったの？」
「残念ながら、猫の常識までは、僕たち人間には知られていないようです。で、リナさんはいつまで人間の姿をしているんですか？」
「そおねえ……一生、じゃないかな」
「いっしょおお！？」
「下弦の月や、新月に願いをかけても、人間の姿にはなれるけど、すぐに戻っちゃうのね。でも、昨日みたいな完璧な満月に願いをかけると、一生涯人間の姿のままでいられるのよ」
「あのですねえ、リナさん……」
その時、玄関のチャイムが鳴った。つづいて、ノックの音。
「ゼロスー、まだ起きてないの？フィリアさんに来ていただいたわよ」
まずい！
ゼロスは、リナの腕をひっつかむと、二階の自分の部屋に押し込んだ。
「リナさん、今日は大切なお客様なんです。何があっても、この部屋から出ないで下さいね」
「トイレは〜？」
「二階にもあるでしょう。こっそり行って下さい。使い方は分かりますね？」
「うーん、いまひとつ自信ないけど、頑張る」
まだうにゃうにゃ言っているリナを後にして、ゼロスは大急ぎでズボンとセーターを着替え、玄関に出た。
「あら、いたのねゼロス。今、携帯に電話かけてみようとしてたんだけど」
「ようこそ。はじめまして、フィリアさん。お噂はかねがね」
フィリアは、写真よりも一層美しかった。
「初めまして、ゼロスさん。こちらも、お噂はかねがね」
そして、くすっと笑った。笑顔も魅力的だった。
部屋にはいると、フィリアはくんくんと空気の匂いを嗅いだ。
「ゼロスさん、猫、飼っていらっしゃる？」
「ええ、まあ」
「私、猫って全然駄目なんです。触ることもできないんです」
「アレルギーか何かですか？」
「いえ、ただ単に苦手なだけで……」
ゼラスが、ゼロスの脇腹を思い切りつねる。
「いや、猫を飼うのなんて、いつでも止められますから」
よろしい、と言う表情をゼラスは浮かべる。その時、フィリアがテーブルの上を見て不思議そうにした。
「ゼロスさん、一人暮らしですよね？」
「ええ」
「じゃあ、朝ごはんのあとが二人分あるのは何故なのかしら？」
「ああ、それは、ですねえ……」
ゼラスが、ぎろりとゼロスを睨む。
「それ、昨日の夜に、友達が来たときの皿ですよ。僕、後かたづけが苦手なタチで、つい後回しに……」
「まあ、男の方ってそんなものですわね」
ほっ。ゼロスは胸をなで下ろす。
「ゼロス。今日は、あの猫ちゃんはどうしてるの？」
「ああ、朝から遊びに出て行ったっきりです。フィリアさんがいる間は帰ってきませんよ」
「良かった、私、ほんとうに猫が駄目で」
『うにゃあああああ！！』
二階から、けたたましい声が鳴り響いた。
「誰か、いらっしゃるの？」
「いえ、その、ちょっと様子を見てきます」
ゼロスは脇腹に冷たい汗をかきながら階段をかけ登った。嫌な予感は的中していた。リナが、トイレでウォシュレットと格闘している。飛び出してくる水を、トイレットペーパーで拭き取ろうとしているのだが、当然水の勢いの方が強い。リナは、シャツ一枚で、びしょぬれになっていた。
「ゼロス……ゼロス助けて！この水、ボタン押したら出てきて、止まんないの。この紙丸ごと一本使ってみたけど、トイレがどんどんびしょびしょになって……」
ゼロスは、リナを乗り越えてトイレにはいると、水の停止ボタンを押した。シャワーが止まる。リナは、半分泣きかけていた。そして、びしょぬれのまま、ゼロスに抱きついてきた。
「ゼロスありがとう！あたし、ゼロスがいなかったら、どうしていいか分かんなかった……」
ゼラスと、フィリアが、階段の下まできていた。ゼロスは、肌にシャツを張りつかせている以外は全裸のリナを抱きかかえている。
「あ……あの……ゼロス…さん？」
フィリアが声をかけた。リナはキッと目をつり上げた。
「フィリア！あんたなんかキライよ。あたしのゼロスを取ろうとする奴は、みんな大ッキライ！」
フィリアとゼラスは呆気にとられていたが、フィリアはつぶやいた。
「どうやら、私、おじゃまみたいですね。失礼します」
玄関に向かうフィリアをゼラスが何とか止めようとしたが、フィリアは敷地内に止めていた自分の車に乗って、帰っていった。


居間。フィリアがいなくなった席を、リナが占領している。リナは、新しいシャツとズボンを着せられて、不満そうに座っていた。
「ふう、なんとかこの場は治まりましたね」
「はあ？これのどこが解決したといえるのよ。あんた、こんな小さな女の子と同棲していたの？」
「いえ、あの女の子は、実は……」
そこでさすがにゼロスは口ごもる。
「いいのよ。いまさら何を聞いても怒らないわ。現実に、この女の子はいまここにいるわけだしね」
「あの……猫の、リナ、なんです」
かくーん。ゼラスは、ぱっくりと口を開けた。そして、何とか理性と冷静さと美しい表情を取り戻す。
「リナちゃん」
「ふにゃ？」
「あなた、本当に猫なの？」
「うん。でも今は、人間よ」
「歳はいくつ？」
「１歳」
「人間の年齢に換算すると、１３〜４歳ってとこね。それで、あなたは人間より早く、あっという間に歳を取って行くのかしら？」
「ううん、ちゃんとお月様にお願いしたから、人間と同じように歳を取れるよ」
「それで？人間の子供のように、字を読んだり計算したりはできるの？」
「それは、出来ない。人間の言葉は、全部分かるけど。日頃から聞いてたから」
「ふうん……人間の言葉、猫にも伝わってるんだ」
「うん。普通の猫は、みんな分かってる。ただしゃべれないだけ」
ゼラスは、優雅な仕草で紅茶を口に運んだ。
「猫って、誰でも人間になれるものなの？」
「月にきちんと毎日お祈りをすればね。でも、人間なんてなりたがらない子の方が多いよ。自由はなくなるし、覚えなくちゃいけないこともいっぱいあるしね。猫の方が、気楽でいいよ」
「そう。それで、苦労すると分かってて、どうして人間になったのかしら？」
リナはぱっと顔を赤らめる。
「そ……それはぁ……」
「それは？」
「ゼロスのお嫁さんになりたかったから！」
リナは耳まで赤くして、一気に言い切った。
「だって、ゼラスさんはゼロスのお嫁さん候補の写真を持ってくるし、今日なんて、あんなに綺麗なフィリアを連れて来るんだもの。あたしは、どうしても今日までに人間になりたかったの！」
「そういえば、夕べはすごく綺麗な満月だったわね……」
ゼラスは、紅茶を飲み終えて、テーブルの上で指を絡ませた。
「で、ゼロスはどう思ってるわけ？」
「僕、ですか…」
「そうよ。リナちゃんはあなたに恋して人間の姿になったのよ。これは、あなたにも責任があることじゃないの？」
「ええええぇぇっ！勘弁して下さいよ。僕は平凡なサラリーマンです。字も読めなければ、人間の常識も知らない、こんな子をどうしろって言うんです」
「ゼロス……ひどい…えっ…くっ」
「リッ、リナさん、泣かないで下さい」
「またあたしを捨てるのね。段ボール箱に詰めて、寒い雨の夜にこっそりと誰かの家の前に置いていくんだわ」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか！」
「だって、あたしって、人間になっちゃったらもうゼロスには迷惑なんでしょ？綺麗なお嫁さんももらえないし。あたし、猫に戻った方がいいのかなあ……」
「猫に戻る方法を知ってるんですか？」
「人間であることに、心の底からゼツボウすれば、あたし、猫に戻るよ。でも、はっきり言って、あたし、戻りたくない。人間の言葉で、ゼロスと話したい。ゼロス、あたしのこと、めーわくだと思うけど、そばに置いて欲しいの。わがままなのは分かってる。でも、あたしには、もうゼロスしか頼る人がいないの」
「リナちゃん、あなた、きちんとした人間になる覚悟はあって？」
ゼラスが静かに口を開く。
「お買い物や料理やお掃除にも、それなりに勉強が必要よ。受験勉強みたいに詰め込むことはないけど、かんたんな算数は覚えてもらわないと困るわ。そういうことで、くじけたりしない？」
「くじけない。あたし、ゼロスのためなら何でも頑張れるわ」
「よろしい。じゃ、決まりね。ゼロス、あなたこの子の面倒を見てあげてね」
「はぁ……」
リナは、だぶだぶのシャツを身に纏ったまま、
「大好き」
とゼロスにしがみついてきた。
「それから、ゼラスさんも大好き！あたしのこと、ちょっと頭のおかしい女の子とか、そんな風に疑わないでくれてありがとう！」
「じゃ、リナちゃん、買い物に行きましょうか」
「え？何を？」
「もちろん、服よ。今のままじゃあんまり可哀想だわ。デパートに行きましょう。とりあえず、５、６着は着替えが必要ね。ゼロス、あんたのお金、借りるわよ」
ゼラスは勝手しったる（元）自分の家、と言う感じで、机の上にあったゼロスの財布から、何枚かお札を引き抜いた。
「もちろん、あたしからもリナちゃんに洋服をプレゼントするわよ」
ゼラスは、何かうきうきしていて嬉しそうだ。
「私、妹が欲しかったのよね。こんな風に服を見立ててあげるなんて、夢みたい」
「そうですか…僕は男で悪かったですね」
「いいのよ。こんな可愛い盛りの女の子を捕まえたんだから。あ、それと、ゼロス、運転と荷物持ち、お願いね」


「こちらのフレアスカートなどいかがでしょうか」
「まあぁ、可愛いわ。さっき買ったブルーのカットソーにもぴったりね」
「うにゃあ…疲れた」
試着室の中で、リナはずるずると座り込む。
「あら、いつの間にか３時間も経っていたのね。ごめんなさいね、リナちゃん、疲れたでしょう」
リナと、ゼラスと、大荷物を持たされたゼロスは、デパートのティールームで一休みした。
「リナちゃん、ケーキ食べる？」
「それって、よく知らない。美味しいの？」
「甘くて、ふわふわしてるわよ」
「美味しそう！じゃあ、あたし、オレンジジュースとケーキ」
ゼロスとゼラスは二人とも紅茶を注文した。
フォークを握りにくそうに使ってケーキを食べるリナを眺めながら、ゼラスは言った。
「あとは、バッグと靴ね。リナちゃんの足、ずいぶん小さいみたいだけど、ぴったりの、靴あるかしら」
「ふぇ〜まだ買い物するの〜」
ジュースとケーキをお腹に納めて眠たそうにしているリナに、ゼラスはびしっと言う。
「レディへの道は険しいのよ。人間の女の子として生きていくためには、お買い物、これが第一歩なのよ」
（本気ですかね……）
ゼロスは、ちいさくため息をついた。


新しい服と靴に身を包み、肩から可愛いバッグをさげ、リナはゼロスの家に戻ってきた。久しぶりにゼラスが台所に立った。
「リナちゃーん、そこのお皿とって。それから、手を洗って、こっちの挽肉をこねてちょうだい」
ゼラスは、早速料理の基本を教えるべく、リナに新品のエプロンを着せ、助手に使っていた。
「あ！こら！生の肉の付いてる指を舐めちゃダメ！」
「え…でも美味しそうだったから」
「人間は、基本的には生肉を食べないの。それから、お料理してる最中に指を舐めない！」
「ふえーん、ごめんなさい」
やがて、台所に肉の焼ける香ばしい匂いが立ちこめた。ゼロスが待っていると、テーブルの上にピーマンの肉詰めが並んだ。
「ね、姉さん……僕はピーマンがどうしても食べられないことを知ってて……」
「いーい、リナちゃん。いい人間になるためには、好き嫌いをしちゃダメなのよ。このゼロスのように、何でも嫌がらずに食べなさい」
「姉さん……」
ゼロスは、やけっぱちになって、ピーマンを口の中に押し込んだ。むせてしまい、けほけほと咳をしていると、リナがきゃっきゃっと楽しそうに笑った。


ゼロスが、リナと同棲を始めてから、瞬く間に一ヶ月が立った。二人は街で、偶然買い物中の獣医師と出会った。
「やあ、きみのところのリナちゃん、元気かね」
「はあ、まあ、非常に元気ですね」
「あ、おじさん！あの時は助けてくれてありがとう！」
獣医師が怪訝な顔を浮かべているうちに、ゼロスはリナを引っ張って人混みに消えた。



人間リナちゃんとゼロスのストーリーはいかがでしょうか。ちょっとフィリアさんに悪（？）役をやってもらっていますが、私は彼女も大好きです。（ヴァル×フィリ派です）ご機嫌を損ねた人はすみません。私は小さい頃から途切れなく猫を飼っていたせいで、犬と猫なら断然猫派なのです。それに、リナちゃんの性格と美貌はまちがいなく猫系です！（ああ、犬派の人、すみません〜）それでは、次回でラスト。よろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。私の小説では、どうしてもリナちゃんの恋敵としてフィリアさんを登場させてしまうことが多いですね。だって、他に美人で可愛くてゼロスがらみの人（？）っていないんだもん（開き直り）。フィリアさんファンには、ほんとにごめんなさい、です。


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