ラブりな［５］



いつもは湯が張られるはずのスパは、冷たい水で満たされている。夏の苛烈な陽光が降り注ぐ。水面がきらきらと光る。浴槽のまわりには、デッキチェアとパラソル。
「さあ、遊ぶわよ！」
皆、次々に水に飛び込む。
「ひゃ、冷てー」
「気持ちいいですね！」
「日焼けしそうです」
水をかけ合ってはしゃぐ一同を、リナだけが不機嫌そうにデッキチェアから見下ろしている。
「ナーガ！」
「なあに、リナ？」
「あたしも水に入りたい。肌も焼きたい。この、うっとおしいパレオ取っちゃだめ？」
リナは、胸まで隠す大きなパレオにくるまれている。
「だーめ！　男連中が、リナのあらわな肌を見るなんて許せないわ」
「じゃあ、こないだ何時間もかけて水着を選んだ、あれは何だったのよ……」
「私たちの“きせかえごっこ”！」
「冗談じゃないわ！　水に入らせてよ！」
「ダメです！　リナさんはそこでのんびりしてて下さい」
「もお、アメリアまで……いいかげん、暑いんだってば！」
所在なげにビーチボールをもてあそんでいるガウリイが言う。
「可哀想じゃないか。リナも入れてやれよ」
「あなたたちがじろじろリナを見ないならね」
「分かりました。出来るだけ見ないように努力します。ですから、リナさんを水に入れてあげてください」
「俺も見ない。リナだけ仲間はずれってのは気の毒だ」
「よろしい！」
ナーガは、手招きした。
「いらっしゃい、リナ！　ビーチボールで遊びましょうか」
リナはきつく結ばれたパレオの結び目を解く。紅茶色の髪と白い肌に似合う、ピンクのビキニ。リナはようやく冷たい水の中に入って、一息つく。
「気持ちいい……」
「リナ、ボール行くわよ」
「私もまぜてください〜」
少女たちは、ボールを追い始めた。ナーガは黒の露出の多いビキニ、アメリアは水色のセパレート。
「お、リナはピンクの水着か」
「あまり声を出すな、ナーガとアメリアに聞かれるとやっかいだ」
「リナさん、肌綺麗ですね。なめらかで真っ白」
男同士で、ぼそぼそと会話が続く。
「いつも胸をひけらかすような服を着ているナーガはともかく……さすがに姉妹だな、アメリアも…その、なんだ、結構あるんだな」
「おや、ゼルガディスさんは彼女に乗り換えですか？」
「……！　馬鹿なことを言うな。俺はただ、ちょっと思ったことを……」
「しかしせっかくの“プールごっこ”も、男三人でこう隅っこに固まってると、空しいな」
「泳ぐには、ちょっと浅いですしねえ……」
「あがって、肌でも灼くか」
「男同士でオイルの塗りっこですか……やっぱり空しいです」
幸せそうな少女たちを横目で見ながら、男たちは太陽に背中を晒した。

「う……痛い、です。ひりひりします」
「はいはい、今薬塗ったげるから、シャツ脱いで。それにしても、真っ赤ね。ゼロス、元々が白いんだから、こうなることくらい予想つかなかったの？
」 食堂で、リナはゼロスの赤くなった背中に薬をつける。
「しみない？」
「しみますけど……大丈夫です」
「あっ、ゼロスさん！」
アメリアが大声を上げる。
「リナさんに何させてるんですか。油断も隙もないんだから……私が代わります」
「いいのよ、アメリア。あたし、やるから」
「私の気が済まないんです！」
「……？　アメリア、ゼロスが好きなの？」
リナの無邪気な言葉に、ゼロスとアメリアは肩を落とす。
「いーえ、私が好きなのはゼロスさんじゃありません」
「じゃあ問題ないじゃない」
「問題はあります！」
「リナさん、もういいですよ。ありがとうございました。だいぶ楽になりました。……アメリアさん、そうにらまないで下さいね」
ゼロスが食堂を出ていくと、アメリアはリナに駆け寄った。
「リナさん、ゼロスさんが好きなんですか？」
「な……何真剣な顔して聞いてるのよ。友だちとして好きよ。でも、特別には……」
「なら、あんなに親しげにしないで下さい！」
「アメリア」
リナは優しく微笑んだ。
「あたしは、ここにいる皆と親しくしたいと思ってるわ。あんたが何をムキになってるかよく分からないんだけど……」
「リナさん、私のことも、好きですか？」
「もちろんよ。大好きよ」
「リナさん」
アメリアはリナに抱きついた。
「こーら、その生意気な胸をあたしに押しつけない」
「リナさん……リナさん、大好きです」
「ん、ありがと」
アメリアは、少し苦い微笑みを浮かべて、リナから離れた。
「さーてっと、勉強勉強……」


夏期講習が終わると、第二回全国統一模試。残暑厳しい中、一同は張り切って電車に乗り込んだ。
「ゼルガディスさん、私の貸した小説、夏の間に読めましたか？」
「ああ。アメリア。ま、何とかな」
「どうでしたか？」
「……やっぱり、作り事の物語には慣れないな」
「でも最近、国語の問題、ずいぶん正答率がアップしてますよ。作り事の物話だって、数をこなせば読みとる力は確実につくはずです」
「ああ。アメリアも、数学がけっこうできるようになったじゃないか」
リナが割り込む。
「良かった！　二人に組んで勉強させて。あたしの言ったとおりでしょ？　互いの弱点を補いあう」
「ああ、リナのお陰だ。俺とアメリアは、お前とゼロスとナーガみたいな天才肌じゃないからな。これからも二人で努力するよ」
ガウリイは、必死に単語カードをめくっている。
「あらガウリイ、試験の直前にそんなことしたって無駄じゃなくて？」
「いや、ナーガ。これが、意外と出るんだ。直前に見てた単語が。一点でも多く稼ぎたいからな」
「ガウリイさんがそんなに熱心だと、僕も教えた甲斐があります」
そしてゼロスは、すっとリナの側に寄る。
「あの約束……忘れてないですよね？」
「ああ、あの、あんたがあたしを抜いたらってやつ？　覚えてるわ。でも負けないから」
「僕はこの夏、今日だけを目指して勉強してきましたからね……着きました」
一行は予備校に入り、それぞれの教室に別れた。

夕食が済むと、今日のテストの答え合わせが始まった。
「信じられん……国語が、１７０点を超えた」
「やりましたね、ゼルガディスさん！　私も数学、けっこういいです！」
「やっぱりテスト直前まで見ていた単語が出た。俺ってこういうの、ついてるんだよな」
ゼロスがリナの隣に座る。
「リナさん、得点は計算しましたか」
「ん。あんたは？」
「まあ、マークシートのミスがなければ……こんなものです」
二人は、電卓を見せ合った。その数字は、まったく同じだった。
「……同点だったら、約束は無しよ」
「さあ、まだ分かりませんよ。リナさんにミスがあるかもしれないし」
「ゼロス。また、またずいぶんとリナにベタベタしてくれるじゃないの」
「これはナーガさん。点数はどうでしたか？」
「ふっ。こんなものよ」
小さな電卓を突き出す。リナとゼロスの点数を上回っている。
「…………」
「ほんと？　ナーガ」
「私の計算ではこうなったわ」
「ナーガさん、問題用紙を見せて下さい。マークしたの、問題用紙に写してありますよね」
「見たければどうぞ。何？　ゼロス。私の実力を思い知って、悔しいの？」
「すごいわ、ナーガ。確実にあたし以上よ」
「えっ？」
ナーガは顔色を変える。
「私、リナも抜いちゃいそうなの？」
「あたしの点数を、１０点近く上回ってるわ」
「わ、私、リナを抜く気は無かったんだけど」
「あのねえナーガ……」
リナはナーガの肩に手を置く。
「あんたは、もともとすっごく賢いんだから。今回はいつものような凡ミスもないようだし、それならこれがあんたの実力よ。喜んで受けとめれば」
「私が、トップ……」
「おっと、それはまだ分かりませんよ。僕たちとは他の人がトップ、という可能性だって充分にあるんですから」
「それもそうね。夏を過ぎて、現役生も伸びてくる頃だし」
「とにかく、結果を楽しみに待ちましょう」


予備校も二学期に入り、皆は毎晩食堂でテーブルいっぱいにノートや参考書、辞書を広げ、勉強に没頭した。そんなある夜、玄関のチャイムが鳴った。
「この時間にチャイムと来れば……」
「書留郵便！　テストの結果が来たんですね」
ゼルガディスとアメリアが、立ち上がって玄関へ向かった。そして、六人分の封筒を抱えて戻ってきた。皆、自分の封筒を手にする。しばらくは、紙をひらくゴソゴソした音が食堂を支配した。
「おっ、Ｂ判定！！」
真っ先に嬉しそうな声を上げたのはガウリイ。
「リナ、俺、Ｂ判定だぞ！　全国順位も千番台だし。これは行けるかもしれないぜ……リナ？」
リナは顔色を白くしている。
「あたし、２位……１位は」
「僕ですよ、リナさん。何かミスがあったみたいですね」
そして小声でリナにささやく。
「約束……果たして下さいね」
「あの……」
リナが何か言い返そうとしたとき、ナーガが叫んだ。
「私、全国１００位以内にも入ってないわ！　どういうこと！」
ゼロスもリナもはっとする。
「そういえば、ナーガさんは僕たちより上だったはずでは……」
「ナーガ！　ちょっと個人成績表見せなさい！」
皆がナーガの手元を見つめる。
「数学が……２００点満点の……５点！？」
「姉さん、なんでこんなあり得ない成績に……第一、みんなで答え合わせしたときには、１９０点越えてたじゃないですか！」
ナーガは手をふるわせながら言う。
「そういえば……」
「そういえば何よ。思い出しなさいよ」
「数学が始まって、一問目を解いてる時、消しゴムを落としたわ」
「まさか……」
「それで、拾って、また問題に戻ったんだけど……」
ゼルガディスが冷たく言う。
「そこで、回答欄を一列間違えて、そこから先全滅、か……」
「いやあああ！　こんなのって有りなの？　やり直しを要求するわ！」
「ミスも実力の内、ですよ、ナーガさん。でも、まさかこんな事になるとは……」
涙目のナーガの肩に、ガウリイがぽんと手を置く。
「ま、良かったじゃないか。本番じゃなくて」
「く……」
「く？」
「悔しいいいい！　ガウリイごときに情けをかけられるなんて！……私、もう寝る。何もかも忘れるわ」
ナーガはふらりと立ち上がると、食堂を出ていった。
「“ごとき”ってなあ……」
ガウリイが頭をかく。
「話が途中になってしまいましたが、リナさん」
ゼロスがまた、リナにささやきかける。
「分かってるわよ。約束でしょ？　あたしは何をすればいいわけ」
「とりあえず、今晩、あの穴の上の段ボール箱を除けておいてください」
「……置いてないけど？」
「えっ？」
「あそこは、ずっと、下からあんたが開けられるようになってるわ」
「リナさん、それって……」
「あ、変な勘違いしちゃ嫌よ。あたしは、ただ、あんたは卑怯なまねはしない奴だと思ってたから……」
「それでも嬉しいです」
「じゃ、まずは自分の部屋に引っ込みましょうか」
「ええ。リナさん、待ってて下さい」
「そこ！　ゼロスさん！　私のリナさんと、内緒話とはいい度胸です」
「これはすみません。僕たちは自分の部屋に引き取りますから、心配しないで下さい」
それでもふくれっ面のアメリアを笑顔でなだめて、ゼロスとリナは部屋へ向かった。

トン、トン。床を、下からたたく音がする。
「どうぞ」
リナが声をかけると、床の一部が外れ、ゼロスが頭をのぞかせる。
「上がっていいですか」
「今日は特別よ」
ゼロスは脚立の最上段を蹴ると、リナの部屋に入った。床の穴をふさぐ。
「で？　あたしは何をすればいいのかしら？」
「キス、させて下さい」
リナはみるみる赤くなる。
「ど……どこに？」
「それはもちろん、唇に」
リナは思わず、自分の唇を押さえる。そして、ゼロスに目を合わせずに言う。
「とんでもない願いなら、聞かないって言ったじゃない」
「たった、キス一回ですよ？　それ以上のことは何もしません」
「だって……その……あたし、まだ、誰とも」
「ファーストキスが僕ではお嫌ですか？」
「嫌ってわけじゃ……じゃなくて、やっぱり最初は好きな人と」
ゼロスは苦笑する。
「可愛い人ですね、ほんとに……リナさんは。分かりました。貴女の頬にキスさせて下さい。これならどうですか？」
「うん……まあ、ほっぺたなら」
ゼロスはゆっくりとリナに近づき、長い指でリナの頬に触れる。その熱を感じて、ゼロスは微笑んだ。
「な……なに触ってるの。するなら早くしなさい」
「では、遠慮なく……」
ゼロスの唇がリナの柔らかな頬に触れる。リナは、早鐘のように打つ自分の脈拍を聞く。ゼロスは、そのまま腕をリナの背中に回し、抱きしめる。
「こ、こらっ！　そんなことまでは許してないわよ」
「すみません。貴女が愛おしくなって」
「……」
リナは、耳を紅くして黙る。ゼロスは、そんなリナを微笑んで見ている。
「あんた、は……」
リナがぼそぼそと話し始める。
「……あたしが、好きなの？」
「はい、もちろん。だから、貴女を追い越したかった。その唇に触れたかった……といっても、ほっぺで充分満足ですが」
「あたしと、つきあったりしたいの？」
「そうですね。リナさんに、僕のことを好きになって欲しいです。もちろん、無理強いする気はありませんが」
「……あのね、あたし……ちょっと前に、ゼルを振ったの」
「そうですか。ゼルガディスさんは、初めて出会ったあの春の日から、リナさんを好きになったみたいでしたね。まあ、僕もそうなんですが」
「初めて会った、あの日……懐かしいわね。ずいぶん昔に感じる」
「なぜ、ゼルガディスさんを振ったんですか？」
「今は、今のままが楽しいから。みんなでいるのが、幸せだから。壊したくないの、この雰囲気……この空気」
「確かに、ここの皆はいい人ばかりですね。でも、貴女を手に入れたいのは皆同じですよ。ゼルガディスさんと僕だけじゃない。ガウリイさんも、ナーガさんも、アメリアさんも……」
「へ？　ナーガとアメリアは女の子じゃない」
「関係ないです。貴女の側にいたいのに、男も女も」
「ねえ、あたしは結論を迫られてるのかもしれないけど、もう少し待って。もうしばらく、皆と、このままでいたいの。ゼロス、待ってくれる？」
「それは、僕には少しの可能性が残されている、と取ってもかまわないんですか？」
「ん……」
リナの頬が、再び紅くなった。
「そうね、あんたはあたしに勝った初めての男だし……」
「じゃ、僕は自分の部屋に帰ります。お休みなさい、リナさん」
「待って」
リナは、ゼロスに近づくと、その頬に唇をつけた。
「おまけ」
「ありがとうございます、リナさん」
ゼロスは、本当に嬉しそうに微笑んだ。



ナーガ大失敗のエピソードは、受験生ネタで行こう！と思ったとき最初に思いついたアイデアなので、書けて嬉しいです。ナーガには気の毒しましたが。そして、少しだけ心の通い合うゼロスとリナちゃん。それでは後１話、おつきあい下さると幸いです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ナーガは何たって見た目は「知的」な美人ですから。でもちょっとお間抜けなところが憎めないキャラですよね。って、何か私ナーガの話ばかりしてますけど、本命はゼロリナですのでご安心を。


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