ラブりな［４］




「第一回全国統一模試、次の日曜ですね。私も、皆さんと同じ予備校で受験しますから！」
アメリアが、弾んだ声で言う。
「嬉しそうじゃない、アメリア」
「だって、リナさんや姉さんたちの通っている予備校に行けるんですから！　いつも電車で先に降りるの、さみしいんですよ」
「あー俺、せめてＤ判定からＣ判定に上がりたいな」
「ガウリイ、最近頑張ってるじゃない。きっと上がるわよ」
「教えてる僕もそう思います」
「俺は、国語がせめて足をひっぱらないレベルにまで上がるといいが……」
「大丈夫ですよ、ゼルガディスさん。最近、問題文の読解力、ついてきてますよ」
「ゼロス＝ノゾキ男＝メタリオム！　今度は負けないわ。リナと並んでみせる」
「ナーガさん、変なミドルネームつけないで下さいよ」
夕食の終わった食堂で、わいわい言いながら彼らはノートと参考書を広げていた。
「うん……うん。いいですね、ガウリイさん。もうこのパターンの解法は完璧です」
「サンキュ、ゼロス。お前のおかげだぜ」
「ガウリイさんは、リナさんがおっしゃっていたように飲み込みが早いですね。教えがいがありますよ」
「アメリア、すまん。この問題のこの一文なんだが……」
「教えますけど、後で私の今やってる問題、見てくださいね」
「あー、ナーガ。答えが合わないって、この解答集、別の参考書のじゃない。おかしいと思ったのよね、ナーガが一つも答え合わないなんて、あり得ないもの」
「ちょ、ちょっと間違えて持って来ちゃっただけよ。おーっほっほっほっ！」
「高笑いしてないで、ちゃんとした解答集を持ってきてよ」
皆がそれぞれに勉強する内に、時計が十一時を打った。
「そろそろ解散時だな」
「後は、寝るなり、自分の勉強をするなり、自由に過ごしましょう」
「あたし、この方程式を解くまで眠れないわ」
リナが目をこすった。
「……俺が教えようか」
「ゼルガディスさん！　またそうやってリナさんに近づこうとして！」
「いや、アメリア、そういうわけじゃ……」
食堂の電灯が消えた。皆は自分の部屋へ引き取った。

明日の準備を済ませ、ゼロスはベッドに入る。その時、天井の方から重たいものを引きずるような音がした。
（この上は……リナさん？　何やってるんでしょうか）
ガタガタ、と音がして、天井のフタが開いた。まぶしい灯りが差し込む。ひょいっ、と、逆さまのリナの顔が現れた。紅茶色の長い髪がふわりと垂れ下がる。
「ゼロス〜……」
「リナさん、どうしたんですか！……泣いてるんですか？」
リナの瞼は、赤く染まっている。潤んだ瞳で、リナは言う。
「解けないの、どうしても、方程式が解けないの……ゼロスなら、分かるでしょ。教えてよ。ねえ……」
「いいんですか、そっちの部屋へ行っても」
「こなきゃ教えられない……じゃない……ひっく」
「分かりました。梯子持ってきますから、泣かないで」
ゼロスは廊下を走り、脚立を穴の下に据えた。
「よ……っと」
身体をリナの部屋へ引き上げる。本の詰まった段ボール箱を引きずったあとが、フローリングにあった。
「わかんないの。あたし、バカになっちゃったのかなあ。わかんないの」
「リナさん。とりあえず、その問題を見せて下さい。泣かなくていいんです」
ゼロスはリナのノートをのぞき込み、唖然とした。数字の形すらしていないミミズが、ぐしゃぐしゃにのたくっている。
「リナさん、貴女、眠いんでしょう？」
「ねむくなんか……らいおん……」
半分目を閉じかけて、リナは机にしがみつく。
「そんな寝ぼけてて、問題が解けるわけないでしょう。明日、すっきり目覚めれば、こんな問題リナさんなら一発ですよ。さ、寝ましょう」
「ねないもん！」
「寝るんです！」
「ぐすっ……ひっく、ゼロスが怒る〜」
「怒ってません、大丈夫ですから、さあベッドへ」
「じゃあ着替える」
リナはいきなりＴシャツを脱いだ。ブラジャーはしていない。小さな、形のいい胸が、ゼロスの前にさらされる。
「リ……リナさん、寝ぼけないで！　早く何か着て下さい」
「パジャマ、パジャマっと……あった」
リナはパジャマをボタンも留めずにはおり、そのまま寝ようとする。
「リナさん！　ボタン！」
しかしリナは、とさっとベッドに仰向けになると、静かな寝息を立て始めた。
「しょうがありませんね」
ゼロスは、出来るだけリナの身体に触れないように、そっとボタンを留めた。胸の柔らかさが指に伝わり、ゼロスは赤面する。毛布を掛け、部屋の電気を消す。
「お休みなさい、リナさん」
ささやいて、少しためらう。そして、リナの柔らかい前髪をかきあげ、額にキスをした。自分の頬が燃えているのを感じながら、ゼロスは自分の部屋に戻り、天井のフタを閉めた。

次の朝、ゼロスが食堂のカウンターの前で朝食のトレイを待っていると、つんつん、と肘を引っ張られた。
「リナさん」
「あ……あのね、ゼロス。夕べ、あたし、寝ぼけてあんたの部屋に行ったわよね」
「ええ、あの穴から」
「やっぱり夢じゃなかったんだー。それで、あたし、普段着着てたのに、朝起きたら上だけパジャマだったの。もしかして、着替え、見た？」
「安心して下さい。僕は見てませんよ」
「そっか。ごめんね、あたし、時々寝ぼけるんだ。そして、とんでもないことしちゃうの。迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑なんて、思ってませんよ。ところで、あの問題は解けましたか？」
「うん。朝起きて一番にやってみたら、あっさり解けちゃった。でも、自分でも書いた覚えのない変な文字でノートがぐちゃぐちゃ。びっくりしちゃったわ」
「ゼロス！　なにリナにべたべたひっついてんのよ！」
ナーガが二人の間に割ってはいる。
「ナーガ、話しかけたのはあたしの方。ゼロスを責めないで」
「リナ、ゼロスにどんな用事があったのよ」
「それは……秘密よ」
「な、何よ。秘密にしなきゃいけないようなことが、あんたたちの間にあったっていうの？」
ナーガは真っ赤になる。
「あ、そんなやましいことじゃないから。安心して。ただ、あたしがちょっとゼロスにお世話になったってこと」
「リナ！　男はオオカミなのよ！　頼るんなら私を頼りなさい」
「そーです！　リナさん、私を頼って下さい！」
「ど……どこから来たのよアメリア」
「姉さんが大声を出してたから分かります！　ゼロスさん、リナさんにちょっかいださないでくださいってあれほど……」
「ごめんアメリア、今回は、あたしがゼロスにちょっかい出したのよ」
「そ、そんな〜」
涙目になるアメリアに朝食のトレイを手渡して、リナたちはテーブルの方へ移動した。


第一回全国統一模試の日が来た。皆で予備校の最寄り駅に降りる。
「あたしとナーガとゼロスは特進ＳＳクラスね」
「俺は特進Ａクラスだ」
「俺はＤクラスだな」
「私は……あ、現役生はグリーンクラスってとこで受けるんですね。それじゃあ皆さん……グッドラック！」
「グッドラック！！」
皆はそれぞれの教室に散っていった。


ピンポーン……
寮の、正面玄関のチャイムが鳴る。
「こんな夕飯時に何だ」
「届け物でしょうか」
「私、行って来ます」
立ち上がって走っていったアメリアは、６通の書留封筒を持って帰ってきた。
「ゼフィール予備校……この間のテストの結果みたいですね」
皆、夕食は中断して自分宛の封筒を手に取り、封を切る。リナが小さく歓声を上げる。
「やったね、今回も全国トップ！」
「僕はまた２位ですか」
「今度こそ！　今度こそゼロスを抜いてやろうと思ってたのに！！　また３位だわ」
「おっ……」
ゼルガディスは、自分の順位表を見返す。総合成績ランクを見ていたリナが、気づく。
「ゼル、全国で１００位以内に入ったじゃない！　おめでとう！　国語の成績、上がったの？」
「……ああ。自分でも驚くほど伸びた」
「アメリアはどう？」
「私は、全国では２００位くらいですね。でも、数学がだいぶ良くなりました。ゼフィ大もＡ判定です」
リナはにっこり微笑む。
「だから、あんたたち、組んで勉強して良かったでしょ？　これからも続けなさいね」
「……ああ」
「……まあ、そうします。リナさんがそう言うなら」
ガウリイが明るい声を上げた。
「みんなー、聞いて驚け。俺、ゼフィ大、Ｃ判定が出たぞ」
「ほんと？　ガウリイ、見せて見せて」
リナがガウリイのもとへ駆け寄る。
「よくやったわね、ガウリイ。でも、Ｃ判定は、『まだ相当の努力が必要』って事なんだから、これに浮かれずに頑張って」
「リナに一歩近づけたな」
「そうね……ところで、ちゃんと勉強を見てくれたゼロスにお礼、言いなさいよ」
「おう。ゼロス、ありがとな」
「どういたしまして。あなたがリナさんの部屋に問題を聞きに行くことを阻止できれば、僕としても幸いです」
ナーガも口を挟む。
「その点に関してだけは、私もお礼を言うわ、ゼロス。また私とリナの間に割り込んだのは許せないけど」
「なーんで、この寮はこういう奴ばっかりなんだ？」
ガウリイはぽりぽりと頬を掻いた。
「リナさん」
「何？　ゼロス」
「僕たち、５点差でしたね」
「ええ」
「次の全国模試で、僕がリナさんを抜いて一位になれたら……何か、ご褒美を下さいませんか？」
「ふふん、今まで一度もあたしに勝ったことがないくせに？　いいわよ、とんでもないものでなければ」
「ほらそこっ！　ゼロス、私のリナにまた、またべたべたして！　離れなさい！」
「はいはい、じゃ、リナさん、そういうことで」
ナーガはリナのそばに来て、ぎゅっと頭を抱きしめる。大きな胸に、リナの顔が埋もれる。
「あんなに無防備に男をそばに寄せちゃダメよ」
「ナーガ、胸をあたしにおしつけるなっていつも……」
「心配なのよ」
ナーガの真剣な目に触れて、リナはどきっとした。
「いいこと？　あんたのライバルは、私だけ。今度こそ、私がゼロスを抜いて、リナと一位、二位を独占するわ。そうであるべきなのよ。あんたも自覚しなさい」
「自覚って言われても……ナーガ、前にも言ったけど、あんたの実力はあたしより上よ。ミスさえなくせば、あんたが一位よ」
「一位になりたいとは、思ってない。ただ、あたしとあんたの名前を寄り添わせたいのよ」
「…………わかった。頑張ってね」
「うふふ、リナからそういう素直な言葉が聞けると嬉しいわ」
タイトなミニスカートから伸びる長い脚をみせびらかすように、ナーガはリナから離れていった。


夏が来た。予備校では夏期講習が始まり、アメリアも皆と同じ駅で降りるようになった。いつもより短い授業を終えると、彼らは冷房の効いた食堂に集まって、自分の勉強を進めた。そんなある日。
「スパに水を張って、プールごっこしない？」
ナーガが張りきって言い出した。
「確かに、あの広さなら６人でも余裕ですね」
「もともと５０人でも入れる大浴場だったんですから」
アメリアも自慢げに言う。
「毎日掃除させられる俺たちの身にもなってくれよな」
ガウリイがぼやく。
「その分、家賃を安くしてるんだから。それに、プールごっこの時には入れてあげるっていってるんだから、いいでしょ？」
「……水着なんて持ってないぞ」
ゼルガディスの言葉に、ナーガは余裕で答える。
「買いに行けばいいじゃない。全員分の水着、おごるわよ。さ、今日はこれで勉強はお開き。デパートに行きましょう。リナ、私があんたにとびっきり似合う水着選んだげる」
「あ、私もリナさんの水着、お見立てします！」
「男どもは、シンプルなのにしてね。ビキニとか嫌よ。出かける準備をしてきて」
その日二度目の下りの電車に乗り、彼らはデパートへ向かった。季節が季節だけに、広大なフロアに華やかな女性用水着が並んでいる。
「男性用は、ほら、あの一角。リーナ、行きましょ」
「ふふ、リナさんで着せ替えごっこ出来るなんて、女冥利に尽きます」
「おー、張り切ってるな、あの姉妹」
「俺たちも行くぞ。まあ、女の買い物は長いからな。ゆっくり選ばせてもらおう」
「といっても、男物のコーナー、ほんとに狭いですからね」

「リナはこの試着室に入って。服脱いでなさい。私たちが、あんたに似合いそうな水着、選んであげるから」
「じ、自分で選びたいんだけど」
「リナさん。いつもリナさんを見つめてる私だからこそ、似合う水着もわかるんです」
「アメリアまで……あの、あんまり派手なのとか嫌よ。それから、おごってくれるのは嬉しいけど、高いものもいらないから」
「リナは待ってればいいの。アメリア、行きましょ」
「ええ姉さん」
遠ざかっていく姉妹の背中を眺めながら、リナはつぶやいた。
「あんたたちのは、選ばなくていいの？」

３時間が過ぎた。男性陣は、くたびれきった脚を曲げたりのばしたりして、柱にもたれかかっている。
「ちょっと、勘弁して。もお疲れた。脱ぐのも着るのももう無理よ……」
「そういえばリナ、顔色悪いわね。そろそろ決めましょうか……やっぱり、このビキニかしら？」
「いいえ、リナさんにはこちらの上品なワンピースが似合います！」
姉妹の間に火花が散る。
「あ、あの、どっちも派手すぎると思うんだけど。あたし、あんたたちみたいに胸無いし、そんなセクシーっぽいのはちょっと……」
「じゃあこの水着！」
「これはどうですかリナさん！」
「うーん、せめて……これ」
「地味すぎます！　せっかくリナさん可愛いんだから、もっと思い切らなきゃ！」
「そーよ、リナ。ぎりぎりまでゆずって、これね」
「あーはいはいわかった。それにします。だから、もう休ませて。あんたたちだって、水着選ぶんでしょ？　早くしなさいね」
「甘いわねリナ！　リナの水着を探しながら、ちゃんと自分の水着には目星つけてるわよ」
「どーせ、あれでしょ？」
リナが指さす先には、黒のセクシーな、布地の少ないビキニをまとったマネキン。
「あらよく分かったわね。アメリアは決まってる？」
「ええ、もちろん！」
「待たせたわね、男性陣！　会計するわよ。集まって！」
レジに積み上げられた、６人分の水着。
「お支払いは？」
「カードで」
ゴールドカードをぽん、と放る。
「では、サインをこちらに……」
外は夕暮れだった。ナーガが空を見上げて言う。
「みんな、たまには外でご飯、ってのも良くない？　もちろんそこも、私がおごるわよ」
「何を食べますか？」
「それは、リナの好みに合わせて。みんな、文句無いわね？」
皆がうなずく。
「え、ええっ…と、勝手に決めちゃっていいのかな？」
「もちろんよ、リナ。どんな高いものでも奢ってあげる」
「……ステーキ、食べたいなあ」
「じゃあ、あのステーキハウスですね。父さんとよく食べに行った。あそこでいいですね、姉さん！」
「リナ、お腹いっぱい食べなさいよ。みんな、こっちよ」
携帯で寮のシェフに夕食の準備がいらないことを告げながら、ナーガが歩く。その後ろを皆がついていった。街並みから少し外れた静かな通りに、オレンジ色の灯りをともしたステーキハウスがあった。
「ナーガ、遠慮なくどんどん食べさせてもらうわ」
「どうぞ、リナ」
「俺も食うぞー」
「あら、ガウリイは一人前だけにしてよね」
「ちえっ。あいかわらずリナ贔屓だな」
「そうよ。すみません、注文おねがいします」
「あたしは、Ｔボーンステーキ３人前と、ランプ肉のオイスターソース……」

食べ物の残り香のない食堂。深夜。小さな電球だけの光が、広い空間を照らす。
「あら、ゼル、いたの」
「リナか。眠れないのか？」
「ちょっとね。水を飲みに来たの……なに？　何か言いたそうね」
「……気づいてるかもしれないが」
「？」
「俺は、お前が好きだ。初めて会った日から、ずっと」
「ゼル、それは、異性として、ってことよね」
「……ああ。その通りだ」
「ゼル、あんたのことは好きよ。あんたは頭もいいし、かっこいいし、性格もいいし……」
「でも、異性としては見られない、って言いたいんだろう？」
「うん……ごめんなさい。そうよ」
しばらく、沈黙が続く。
「……いや、いいんだ。分かっていたことだ。お前は、誰かを好きなのか？」
「あたし、今ここで暮らしていること、勉強していることが幸せよ。あんたも、ガウリイも、ゼロスも……アメリアも、ナーガも。みんな好き。受験さえなかったら、いつまでもこうしていたいくらい」
「ああ。俺も、ここの暮らしは楽しい。勝手な言いぶんだが、さっき、お前に言ったことで、これから俺を避けたりはしないでくれ」
「もちろん。あんたは大切な仲間よ」
「あと半年、か……皆でゼフィーリア大学に受かったら、近所に住むのもいいかもしれんな」
「そうね」
「水を飲むんじゃなかったのか？」
「あ、そうだった」
冷蔵庫を開けるリナの後ろ姿に、ゼルガディスは声をかけた。
「想いを伝えられて、すっきりした。お休み」
リナが振り向くと、もうそこにゼルガディスの姿はなかった。



……というわけで、初の玉砕はゼルガディスくんです。ファンの方すみません。寝ぼけてゼロスに泣きつくリナちゃんがお気に入りです。それにしても、群像劇を書こうと思うのですが、セリフの割り振りが大変です。小説と言うより、台本のよう。では、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。上にも書きましたが、セリフの割り振りには苦労しました。読んでおられる方の中には、「これって誰のセリフ？」状態に鳴られた方も多いと思います。力不足です。すみません。


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