ラブりな［３］



『シャイニー寮』での生活も、一週間が過ぎた。
「おーい、ガウリイの旦那！　予備校初日から遅刻する気か？」
「ん……」
ガウリイが寝ぼけ眼で食堂に降りていくと、もう全員朝食に入っていた。
「リーナッ、ジャムとってあげる」
「リナさん、ジュースはオレンジとグレープフルーツ、どちらになさいますか？」
「あー、ゼロスさん！　リナさんのジュースなら私が取ってきます！」
「リナ、バターいらないか」
リナは顔を赤くして、ぶんぶんと長い髪を振る。
「もう、あたしはあたしのこと、自分で出来るから！　みんなは構わないで自分の食事をしてよ！　遅刻しちゃうじゃない、全く！」
「みんな、リナさんが好きなんですよ」
紅茶で口を湿しながらゼロスが言う。
「リナさんに何かしてあげたくてたまらないんですよ。もちろん……」
唇を指で押さえる。
「僕もね」
「もう、みんなして人をおもちゃにして」
「そういうわけでは無いんですけどね……それにしてもナーガさん、予備校に行くのにその格好は……ちょっと、派手すぎませんか？」
ナーガは、黒のセクシーな身体に沿うミニワンピースを着て、銀のどくろの大きなペンダントを下げている。銀のチェーンのベルトが、朝の光を反射している。薄い布地を、大きな、張りのある乳房が押し上げている。
「いいじゃない、私、こういう服しか持ってないの」
「そのペンダントは……」
「母の形見よ」
「……すごいお母様でいらっしゃったんですね」
「私もいつも普通の服にしろって言ってるんですけどね……はい、リナさんジュース」
「ありがと、アメリア」
ゼルガディスがナプキンで口元を拭う。
「そろそろ駅に行かんと間に合わんぞ。アメリアは、高校は？」
「皆さんと同じ電車に乗っていきますよ。二駅前で降ります」
「ほらみんな！　食器を厨房のカウンターに出して！　カバン持って、玄関に集合！」
リナがちゃっちゃと皆を仕切る。やがて、玄関の前に全員が集まった。ナーガが鍵をかける。
「じゃあ皆、駅へ向かってれっつごー！」
リナを先頭に、一同は坂道を駅の方へ向けて下っていった。

「うっひゃー……」
ガウリイが頭を掻く。
「混んでますね。まあ、通勤通学の時間だから当たり前ですけど」
六人はドアのそばのすき間になんとか立った。
「アメリア、すぐ降りられるようにしときなさいよ。あたしたちは終点まで行くけど、あんたは途中で降りるんだから」
「はひ……うう、押されて苦しい……」
『カーブで揺れます。ご注意下さい』
車内放送。ごとん、と電車が揺れる。人波が崩れ、六人はバラバラになる。その時だった。
（あ……）
リナのスカートの上から、人の手のひらの感触が伝わってきた。
（こんなに混んでるし、気のせいかな？）
だが、手は執拗にスカートの上を滑り、そしてリナの片方のお尻をぎゅっとつかんだ。
（ふーん、このあたしに痴漢とはいい度胸じゃない）
リナは毅然と振り向いた。
「ちょっと……」
そして唖然とした。さえない格好の、中年の男が、五人の下敷きになっていた。
「僕の」「私の」「俺の」「……」
「リナに」「リナさんに」
「手を出すとは、いい度胸してる！」
男は、五人分の体重で押さえつけられて、苦しげにうめく。
「リナ、大丈夫だった？」
ナーガが、リナの目を見る。
「かわいそうに。可愛いばっかりに、こんな変態親父に目をつけられて。でも大丈夫。この先こんなことがあっても、私が守ってあげるからね」
「俺もリナの保護者だ。当然守る」
「私もです、リナさん。悪をのさばらせておいてはいけません！」
「……まあ、痴漢行為は卑劣なことだ。許しては置けんな」
「僕だって、リナさんを守ります」
男が、弱々しい声で言う。
「分かった、抵抗はしない、おとなしく警察に行く。だから、私の上から降りてくれ」
「「「「「やかましい！！」」」」」
五人に一喝されて、男は力無く目を閉じた。
「あ、私、次の駅です。皆さん、リナさんの身体を触るなんてうらやま……じゃなかった、悪の行為をしたその男、きっちり警察に突きだして下さいね」
「まかせなさい、アメリア」
ナーガがガッツポーズをする。
『南ゼフィーリア駅です。お忘れ物の無いように……』
アメリアは、一発、男の頭に蹴りをいれると、小さく手を振って、電車を降りていった。再び電車が動き出す。
「み、みんな。もう充分だから。その人、放してやって」
「リナさんは優しいですね」
男の背中の脇に腰掛けているゼロスが微笑む。
「でも、この方には終点まで、きっちり反省していただきます」
やはり男に腰掛けたゼルガディスが言う。
「そうだ、リナ。こういう奴は、甘い顔を見せるとつけあがるからな」
「だから男って不潔なのよ。リナをそういう対象にしたことは、百ぺん死んでも許される行為ではないわ」
蛇皮の高価そうなハイヒールのかかとを、男の背中にぐいぐいねじ込みながらナーガが言う。
「予備校、まにあうかな」
男の脚の上に座ったガウリイが、ぼそっとつぶやく。
「ま、予備校なんかより、保護者の目の前でリナに手を出した男を成敗する方が大事か」
『次はゼフィール・シティ中央。終点です』
「さてと、起きてもらいましょうか」
よれよれになったスーツを着た男は、ゼルガディスとガウリイから、がっちり両腕を捕まれ、引きずられていく。ナーガとゼロスは、表示板を見て警察署を探した。
「あっち、みたいですね」
「リナ、行くわよ！　肝心の被害者の証言がいるでしょう」
リナは腕時計を気にしながら、彼らの後をついていった。

「じゃあ、君たちはお疲れ様。痴漢した奴は当然の量刑を受けるから、安心して学校へ行って来なさい」
「ありがとうございます、お巡りさん」
「ちょっと！　もう最初の説明会が始まってる頃だわ。急いで予備校行くわよ！　……それと、みんな」
「なあに？」
四人が振り返る。リナは頬を染めて微笑む。
「あの……助けてくれて、ありがと」
「「「「当然！」」」」
四人の声が重なった。

リナたちが予備校に着いた頃には、説明会は終わり、クラス分けのテストが始まっていた。リナたちは他の生徒の邪魔にならないようにそっと指定された席に着き、問題を解き始めた。
「みんなー、どうだった？」
リナが明るい声で尋ねる夕方。
「私の答案は完璧よ。ＳＳ特進クラスになるのはもちろん……」
ゼロスの顔をにらむ。
「ゼロス＝メタリオム！　あんただって抜けるはずだわ」
「僕も今日は調子よかったですよ。ナーガさんには負けません」
「うう……国語が……」
「いやあ、予備校の問題もちんぷんかんぷんだったなあ。リナはどうだった」
「ん……書けるところは全部埋めた。そんなに悪くないと思う」
「じゃあやっぱりリナさんが一位ですかねえ」
「わからないわ。ゼロスかもしれないし、ナーガかもしれないし」
ナーガが皮肉っぽく言う。
「ガウリイはせめてＣクラスにでも入れるといいわね。Ｄクラスからじゃ、到底ゼフィ大なんて届かないもの」
「まだ一年あるんだ。なんとしてでもはい上がってやるさ」
「ま、ガウリイは……」
リナがつぶやく。
「クラゲ頭だけど、いったん教えると飲み込みは早いのよね。一年間、みっちり勉強したら、けっこういいとこまで行けるかも、だわ」
「俺は、『けっこういいとこ』じゃだめなんだ。ゼフィ大でないと」
「あんたには無理よ」
ナーガが冷たく言う。
「やってみなくちゃ分からないだろ！」
「あ、電車が来たわ。みんな、帰ろ！」
シャイニー寮に帰り着くと、夕食のいい匂いが漂っていた。アメリアが、玄関に置かれたベンチに腰掛け、春の長い夕陽のあかりで本を読んでいる。
「あ、みなさん、お帰りなさい。お疲れ様でした。リナさん、試験どうでした？」
「ん、何とか、ね」
「きっとまた一番です」
ナーガが割り込む。
「アメリア、あんたリナのことしか気にしないの」
「私の勝手です」
リナは空中で小さく手を振った。
「あー、姉妹喧嘩はいいから。ご飯にしましょ。頭使ったからお腹ぺこぺこ」
「そうね」
皆はシャイニー寮に吸い込まれていった。

夕食後。アメリアは自分の宿題をし、残るメンバーは今日のテストの答え合わせをした。
「あーっ！　なんなの、この勘違いは！　私としたことが」
「いつものことじゃない、ナーガ。でも、そこ取れてたら満点だったのに惜しかったわね。ゼル？　国語、どう？」
「……１０１点だ」
「ぎりぎり３桁、か……。アメリア、ゼルをよろしくね。国語、しっかり鍛え直してやって」
「まあ、リナさんがそう言うなら面倒見ますけど……」
「その分、あんたの苦手な数学を教えてもらえてるでしょ？」
「数学で毎回満点を叩き出すような人に、初歩的な質問をするのは気が引けて……」
「俺も、年下に指導されるのはちょっと……」
「あーもー。二人ともわがまま言わない！　幸運なことにお互いの苦手教科が得意教科なんだから。これは、もう運命よね」
「私、リナさんと『運命』したかったです」
「アメリアは、ナーガの妹だけど、あたしにとっても可愛い妹みたいなものよ。充分『運命』してると思うけど？」
「ん〜」
アメリアは不満そうに目を潤ませた。
「あたし、ガウリイの勉強見てやらなきゃいけないでしょ。自分の勉強もあるし」
ナーガが眉をつりあげる。
「リナ、あんたここにきてまでガウリイの勉強見てやるつもりなの？」
「まあ、いままでずっと、そうしてきたし……」
ゼロスが微笑む。
「ガウリイさんの勉強は、僕が見ます」
「……何で？」
「勉強は夜遅くなることもあるでしょう。男女が同じ部屋に二人きりというのはまずいですよ。僕には苦手教科も特にないし」
「いやしかしな、こないだ会ったばかりのお前さんに、馬鹿な俺の相手をさせるってのはちょっと……」
「じゃあ、あなたはリナさんになら迷惑をかけてもいいと思ってるんですか？」
リナが口を挟む。
「ゼロス。あたしとガウリイは、ずっと一緒に育ってきたのよ。いまさら男女もないし、ガウリイに教えるコツみたいなものを、あたしは掴んでるわ。ゼロスは、自分の勉強をしてちょうだい」
「…………」
ゼロスが黙る。
「俺も、ガウリイはゼロスに勉強見てもらった方がいいと思うが……」
ゼルガディスが言うと、アメリアが、びし！とゼルガディスを指さした。
「この人は、そんなことを言っておいて、自分は一人でリナさんの部屋に夜遅く行っていたことがあるんですよ！」
「な……っ、確かに……まあ、それはあるが……もう一週間も前の話じゃないか。あれ以来は一度も……それに、アメリアだって深夜にリナに会いに来たじゃないか」
「女の子はいいんです！　とにかく、ゼルガディスさんは油断できません！」
リナが呆れ顔で言う。
「だったら、あんたたち、お互いに監視し合ってればいいじゃない。食堂で、隣に座って勉強して。で、教え合いっこすればいいって、ずっと言ってるじゃない」
今まで黙っていたナーガが口を開いた。
「ちょっと、誰か忘れてなくて？　私はリナの最高にして最大のライバル！　ガウリイに勉強を教えるのなんて、簡単なことよ。おーほっほっほ！！」
「いや、それは止めたほうが……」
「俺、ナーガにはあんまり教わりたくない……」
リナとガウリイに立て続けに言われ、ナーガは綺麗な眉をひそめる。
「実力的に、何か問題があって？」
「いや、ナーガ、あんた、人にものを教えるのには向いてないと思うの」
「何でよ」
「何でって……その……あんたは、人の面倒を見るより、自分の凡ミスをなくすように努力するのが先決じゃないかしら」
「でも……！」
ガウリイが、軽く肩をすくめた。
「わかったわかった。みんな、俺が一時でもリナを独り占めにすることは許さないんだな。俺は、一人で勉強するよ。分からないところがあったら、ゼロスに聞きに行く。これで問題ないだろ？」
リナは心配そうにガウリイの顔をのぞき込む。
「大丈夫？　あたしがついてなくても勉強できる？」
「ずっとリナと一緒にいるためだ。今もこうして同じ寮に住んでるわけだし。大学に入ったら、アパートの隣同士に住もうぜ」
「ふふん、私はリナと同じ部屋に住むわよ。ルームメイト！　んー、いい響きねえ。リナ、父さんに言って、とびっきりの豪華マンション買ってもらうわ。一緒にモーニングコーヒー飲みましょうね」
「ナーガ！　勝手に決めないでよ。それに、豪華マンションなんていらないわ。あたしは、あたしの仕送りでそれなりに暮らすから……」
「夜はダブルベッドで一緒に寝ましょうね〜」
「聞いてない……」
「姉さん！　リナさんは私と暮らすんです。取らないで下さい」
「俺、スパの湯を張ってくる」
騒がしくなった食堂から、ゼルガディスが出ていった。


ゼロスは、その日の勉強と予備校の予習を終え、パジャマに着替えた。ベッドに寝転がる。
（あれは何なんでしょうね……）
すっと気になっているもの。それは、天井を一メートル四方くらいに切り取って、又埋め込んだかのような、フタのような部分。
（天井裏でもあるんでしょうか……）
ゼロスは、ふと起きあがると、部屋を出て、共同の倉庫から脚立を持ってきた。気になっていた場所の下に脚立を置き、段を上る。
（光が漏れてる？）
僅かな板のすき間から、蛍光灯らしい明かりが漏れてくる。ゼロスは、思い切って天井板を押し上げた。
（……？）
目の前には白い、小さな足。ふっと視線を上げてみると、細い脚と、可愛い苺模様のパンツに包まれた、小さなお尻が見えた。腰まで届く長い紅茶色の髪が、背中を隠している。そして、彼女はゆっくりと振り返った。
「なに……何なの……ゼ、ゼロス！」
ゼロスは固まったまま動けない。リナは、裸の胸を手で隠して、叫んだ。
「きゃあああああ！　いやああああ！」
すぐに廊下が騒がしくなった。鍵のかかっていなかったドアが開く。
「どうしたの！　リナ」
「リナさん、何かあったんですか」
女の子二人。下の階の男性も駆けつけてくる。
「リナ！　どうした！」
「何の騒ぎだ……リナ！　何て格好だ」
リナは半裸のまま、皆の前で沈黙する。ゼロスも動けない。
「ゼ……ゼロスさん、あなたって人は、ノゾキをするために天井に穴まで開けたんですか！」
アメリアが、震える声で叫ぶ。
「いや……ただ、その……天井に穴があって、光が漏れてたから、何かと思って……わざとじゃないんです、わざとじゃ」
「信用出来るもんですか！　このケダモノ男！」
ナーガも声を張り上げる。両手で小さな乳房を隠したままのリナが、ぷるぷると震えた。
「みんな……」
「えっ、何？　リナ」
「みんな出てけー！　あたしは着替えの途中なのよ！」
ガウリイが頬を掻きながら言う。
「あのな、皆、お前を心配して……」
「お気づかいありがとう！！　でも、でも…………全員出てけーーー！！」
リナの剣幕に押されて、駆けつけた四人はぱらぱらと部屋から出ていった。
「ゼロスさん、許しませんからね！」
涙声のアメリアの叫びが、廊下にこだました。
「……で、ゼロス。これは何のまね？」
「いえ、先ほど言ったとおり、天井に穴らしきものがあって、板を動かしてみたらこうなった、ということで……」
「何か言うことは？」
「……」
「……」
「結構なもの、見せていただきました。あはは」
「言いたいことはそれだけかぁぁ！」
ガスッ。リナのかかと落としを喰らい、ゼロスは脚立から転げ落ちた。
「二度とその穴からこっちに来ないでね！」
冷たい声で、リナは穴を閉じた。
「いつつつ……」
ゼロスは腰をさすりながら立ち上がり、脚立を畳んで倉庫に戻した。一日の計画表から２０分遅れでベッドに入る。目を閉じると、白くすらりと伸びた細い脚と、可愛い下着が思い出されて、なかなか寝付けなかった。

「おはようございます、リナさん」
ゼロスは、精一杯の笑顔を向ける。
「……」
リナは無言でゼロスを押しのけると、食堂のカウンターに朝食を受け取りにいった。
「お早うございます、リナさん！」
「リナ、ジャム取るわよ。マーマレードと苺、どっちにする？」
姉妹は、ゼロスの横を通るとき、キッとにらみつけていった。
（完全に嫌われましたね……）
「よお、むっつりスケベ」
ガウリイに言われて、ゼロスは泣きたくなる。
「違います。あれは事故だったんです。僕は決して……」
「じゃ、なぜフタをすぐ閉めて引っ込まなかった」
「ちょっと、呆然としていて」
「みんな早いな」
ゼルガディスが食堂に入ってくる。彼も、ゼロスをじろりとにらんだ。
「誤解です、僕は、決して、わざとじゃ……」
「「「「どうだか」」」」
皆の声が揃う。
「あ、みんな安心して。夕べ、あの上に重たーい本箱置いたから。もう下からは開けられないわ」
「大丈夫？　リナ。私と部屋、代わりましょうか」
「いいってば、ナーガ。今から家具とか取り替えるの、面倒じゃない」
「一度とはいえリナさんのあられもない姿を覗き見るとは……あなたは悪です！　反省と懺悔の日々を送りなさい！」
「はあ、まあ、それで許されるなら……」
朝食は、粛々と進んでいった。




「天井の穴」ネタは、タイトルをお借りしている「ラブひな」にあったエピソードです。痴漢を全員（リナ以外）でやっつけるところは、楽しんで書けました。果たして、リナちゃんと幸せを掴むのは誰だ？（……って、第一閲覧室に載ってる時点でバレバレですが）それでは続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。私は大学に現役で合格したので、予備校生活の経験はないのですが、一年予備校に通った彼氏によれば、結構楽しいところだったみたいです。（もちろん勉強第一だし、楽しいばかりではありませんが）このリナちゃんたちには、寮生活と予備校生活、両方楽しんでほしくて書いていました。


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