ラブりな［２］




食後のひととき。初めての夜を、皆は食堂に集まって過ごした。コーヒーの湯気が立ち上る。
「ところで皆さんにお聞きしたいんですが…」
ゼロスが口火を切る。
「皆さん、優秀な方ばかりなのに、どうして浪人なさったんですか？」
「優秀なのはお前もそうだろう、ゼロス。まずお前から言え」
ゼルガディスの言葉に、ゼロスはにっこりと微笑む。
「僕は、入試当日にひどい熱を出してしまいまして。受験会場までは何とか行ったんですが、そこで倒れて救急車騒ぎになってしまって」
「ああ、確かに救急車が来てたな。覚えてる」
「では、ゼルガディスさんは何故？　数学、ずっとトップだったじゃないですか」
ゼルガディスは頬を赤くする。
「俺は、文系科目が全くダメなんだ。特に国語。２００点満点で３桁いかなかった。…それより、リナ。お前はずっと総合トップをやってたじゃないか。何でお前が浪人してるんだ」
「それは…」
リナは顔を伏せる。
「私のせいなの」
ナーガが言った。
「受験の朝、駅の階段で、私が『頑張りましょうね！』って、思い切りリナの肩をたたいたら、リナ、階段から転げ落ちちゃって。で、頭を打って、とっさについた右手を骨折して…」
「もう骨はくっついたし、頭のけがは大したこと無かったし、気にすること無いわよ、ナーガ」
「で？　ナーガさんは何故ゼフィ大落ちたんですか？」
「リナの流した血を見て、丸一日気絶していたからに決まってるじゃない！おーっほっほっほっほ！」
「はあ…」
ゼロスはガウリイに視線を向ける。
「ガウリイさんは何故？」
「なぜもなにも、俺はもともとゼフィ大はＤ判定しか取ったことないからなあ。試験はちゃんと受けたけど、問題はちんぷんかんぷんだったぜ」
「自分のレベルにあった大学に行けばいいのよ！　まったく」
ナーガが頬を膨らませる。
「俺はリナの保護者だからな。リナがゼフィ大にいくってんなら、俺は何年かかってでもゼフィ大に合格してみせるよ」
リナが、アメリアに目を向ける。
「アメリアは？　高校の成績はどうなの？　ゼフィ大、行けそう？」
「びみょーなところです。国語とラテン語は完璧なんですが、数学がちょっと…」
「それにしても去年の模試の一位、二位、三位が揃って落ちているとはな」
ゼルガディスは眉間を押さえる。
「まあいいじゃない。これから一年、みんな、仲良くやっていきましょ！」
リナが微笑む。
「そして、来年の今頃には笑っていられるといいわね」
「そうですね」
ゼロスは、笑みを浮かべてリナを見た。
「ちょっとゼロス！　馴れ馴れしく私のリナに話しかけないで！」
「そうですゼロスさん！　今日が初対面のくせに、長いつきあいの私たちをさしおいて！」
「これはすみません」
「それはそうと姉さん！『私のリナ』って呼ぶのやめてくださいって言ってるでしょう！」
「私のリナは私のリナよ。なにかおかしい？」
「アメリア、ナーガ、それは違うぞ。ちゃんとした恋人が出来るまで、俺がリナの保護者だ。つまり、今のところは俺のものだ」
「「なんですって！」」
「あのー……そういう言い争いは恥ずかしいからやめてっていつも言ってるでしょ？」
リナは耳を赤くしてつぶやいた。
「俺は自分の部屋で勉強してくる。聞いちゃいられん」
ゼルガディスは立ち上がり、去っていった。
「うーん…じゃ、そろそろ、自分の部屋に引き上げよっか。そうだ、お風呂は？　露天スパは？」
「もうお湯は張ってあるわよ」
「じゃ、あたしとナーガとアメリアは、お風呂ってことにしましょう。男性陣はどうするの？」
「部屋に付属のシャワールームがありますから、それで済ませます」
「悪いわね、あたしたちだけいい思いしちゃって」
「それと、あたしたちが入った後のスパのお掃除よろしくね」
「え？　俺たちがやんのか？」
「男性陣は、いろいろと力仕事もやってもらうわ。その分、リナよりも家賃もお安くなってるしね」
「ナーガさんとアメリアさんは？」
ゼロスが首をかしげる。
「ああ、あたしたちはここのオーナーの娘だから」
リナが首を振っていう。
「この子たち、セイルーン財閥のお嬢様よ。お城みたいな家に住んでるくせに、どうしてわざわざ寮なんかにはいるんだか」
「決まってるじゃない」
ナーガは、リナの背中に抱きつく。
「リナと一緒にいたかったからよ」
「姉さん！　リナさんにべたべたするなんて……」
「ダメかしら？」
「なんて羨ましいことしてるんですか」
アメリアも、強引にリナにしがみつく。
「あーもー！　あんたたち、いつもそうやってふざけて……いいから、お風呂行くわよ！　着替え、持ってこなくちゃ」
少女たちは食堂を出ていった。
「何だかすごい姉妹ですね……」
ゼロスがつぶやくと、ガウリイはのんびりした口調で言った。
「あいつら、高校の時からあんなだぜ」
「ずっとリナさんにくっついて？」
「ああ。ま、俺もリナにくっついてきたわけだけどな。俺たちも部屋へ引き上げよう」

「わー、綺麗な夜景。こんな景色を見ながらお湯に浸かれるなんて最高ね」
「リナさん、気に入ってくれましたか？」
「リナ、女同士じゃない。胸までタオルを巻きつけることないでしょ」
「……いや、何か、恥ずかしくて」
少女たちは湯船につかる。ジャグジーの泡の心地よい刺激が、疲れを癒す。
「星、綺麗ですね…」
「そうね」
「ほんとに。さて、体でも洗いましょうか。リナ、背中流してあげる」
「あーっ、姉さん、ずるいです」
「あっ…じゃ、次はアメリアに流してもらうから。今日のところは、ナーガ、お願い」
「ええ」
ボディソープを泡立て、スポンジでナーガはリナの背中を優しくこすった。
「どう？　気持ちいい？」
「うん。ありがと、もういいわ」
「まだ前を洗ってないじゃない」
「ま、前は自分で洗えるからいいわよ…って、きゃっ！」
「相変わらず、胸、小さいわね」
「素手で触るなー！　それに、どうせあたしは胸小さいわよ。あんたみたいな巨乳じゃないわよ！」
「リナは、そこが可愛いのよ。んー、肌、すべすべ。腕も細いし、手も小さ……あ」
「何？」
「右手に、傷跡が…」
「ああ、骨折の手術をした痕ね。時間がたてば綺麗になるってお医者さんが言ってたわ」
「でも、私のせいで、リナの綺麗な体に傷がついちゃったのね。ほんとに、ほんとにごめんなさいね」
ナーガは、リナを後ろからぎゅっと抱きしめる。手の傷を、そっとなぞる。
「あの、ナーガ。悪気があってしたことじゃないんだし、ほんとに、こんな傷目立たないから」
「リナ、私、この責任は必ずとるわ。女の子の体に傷をつけたんだもの」
「姉さん…責任って、どういう…」
「リナを私のお嫁さんにするわ！　これでどう？」
「ね、姉さん！　何てこというんですか」
「そ、そうよ。ナーガ、何馬鹿なこと言ってんのよ」
「リナさんをお嫁さんにするのは、」
アメリアはリナの首に抱きつく。大きな胸が、リナの小さな胸に当たる。
「この私です！」
「あ、あのねえ、アメリア」
「リナさん、年下じゃダメですか？」
「そーいう問題ではなく…あたしたち、女同士じゃない」
「それが何か？　リナ、あんたみたいな綺麗な子には、野蛮な男なんかよりも、この美しい私の方がずーっと似合うのよ」
「姉さん！　リナさんは私のです！」
「あーもう！　巨乳姉妹！　胸ナシのあたしにぎゅうぎゅうそのでっかいムネを押しつけるなー！」

食堂。自分の部屋から勉強道具を持ってきた三人の男性陣が黙々とノートにペンを走らせている。
「あの風呂の声、俺たちの部屋に筒抜けだって、あいつらに知らせた方がいいんだろうか…」
「毎日あれを聞かされたんじゃ勉強になりませんね」
「そっかー？　俺はコーヒー飲みながら勉強したくて来たら、お前らが来てるから驚いたぜ」
「ガウリイさんは、あの女の子たちの会話を聞いても何とも思わないんですか？」
「まあ、高校の頃からあんな風だったしな。…っと、この数式、どうしても答えと合わないな。後でリナに聞きに行くとして…」
「僕が教えます」
「数学なら俺が教える。第一、夜中に女の部屋に一人で訪ねていく気か、お前は」
「リナは教え方がすっごく上手いんだぜ。リナたちの高校に何とか受かったのも、リナがつきっきりで俺の勉強見てくれたおかげだし。ここでも…」
「もう俺たちは１８になるんだぞ。けじめはつけるべきだ」
「俺とリナとはなあ、幼稚園以来のつきあいなんだぞ。いまさら、けじめったって…」
「とにかく、その分からない問題を見せて下さい」
ゼルガディスとゼロスは、ガウリイのあまり綺麗な字とはいえないノートをのぞき込む。
「分かるか？」
「分かるもなにも…ガウリイさん、ここ、数字の写し間違いですよ。そこの３を８に直せば解けるはずです」
「あ…ほんとだ。サンキュ、ゼロス」
「それくらいのことでリナの部屋まで行く気だったのか」
「やけに絡むな、ゼルガディス」
「とにかく、何か質問があるなら俺たちのどっちかに聞け。リナの手を煩わすな」
「そうです。リナさんの部屋まで行くなんて、幼なじみでも許されません」
ガウリイは頭を掻く。
「今までは、リナに近づくとナーガとアメリアにさんざん言われたもんだったが、この寮に来たらお前らまで文句言うのか。でも、リナの『保護者』は俺だからな」
「それはお前が勝手に言ってるだけなんじゃないのか？」
華やかな笑い声が、食堂に近づいてきた。
「あれ？　みんな、自分の部屋に引っ込んだんじゃなかったの？」
まだ濡れた髪の少女たちが、シャンプーの匂いをまといつかせて食堂に入ってくる。
「あー、いいお湯だったけど、のど渇いた。厨房の冷蔵庫に、ジュースかなんかないかしら」
リナは厨房へ入っていく。ゼルガディスが、ナーガとアメリアに向けて言った。
「あの…な、お前たちの風呂での大声、俺たちの個室に筒抜けだから。風呂にはいるなら、静かに入ってくれ」
「あら、私たち、聞かれて恥ずかしいことなんて何も言ってないわ」
「聞いてるこっちが恥ずかしかったんだ！」
「ふうん。ゼロスもそう？」
「ええ。赤面しちゃいましたね」
「それは、あんたたちがリナにやましい気持ちを持っているからよ！　要は、リナと一緒にお風呂に入れないのが悔しいんでしょ？」
「あのなあ！」
ゼルガディスが立ち上がると、そこに、ガラスのコップにオレンジジュースを満たしたリナが戻ってきた。
「なに揉めてんの」
アメリアが、さりげなくリナの隣に座って言う。
「お風呂の声、個室の方へ筒抜けらしかったんです。それで、皆さん気が散るって…」
「え……」
リナは見る見る青ざめる。
「あんたたち…」
男性陣を見る。
「ちゃんと、会話まで、聞いてたの？」
「ええ、はっきり聞こえました」
リナは今度は真っ赤になった。
「な、なによ、この寮。欠陥建築じゃないの。スパの声が個室に聞こえるなんて」
「だから、つぶれたんでしょう」
アメリアが冷静に言う。
「とにかく、ごめんね。はしゃぎすぎたわ。こんどから、あたしたちもっと静かにお風呂にはいるから」
「ところで男性陣。いったん勉強を休んでもらっていいかしら？」
「あ…スパの掃除は僕たちの役目でしたね」
「行くか」
「おう」
男たちは、ノートをたたむと、スパへ向かった。

「ふうん、これがさっきまで美少女三人が浸かっていたお湯か」
「飲むなよ、ガウリイ」
「俺はそこまで変態じゃねーよ。…ゼロス、何やってんだ」
「いや、水面に紅茶色の長い髪が浮かんでまして…これ、リナさんのですよね」
「「お前が変態だ！！」」
ゼルガディスとガウリイに同時につっこまれて、ゼロスは冷や汗をかいた。
「冗談です、冗談…それにしても、リナさんもナーガさんもアメリアさんも、綺麗な方ですね。ガウリイさんは分かるとして…どうしてゼルガディスさんもリナさん狙いなんですか？」
「いや…まあ…いつも全国一位の女が、あんなに…」
「可愛いとは思わなかった、ですか？」
「ああ。あの姉妹も顔とスタイルは悪くないと思うが、ちょっとエキセントリックすぎるな、俺にとっては」
「僕も同意します、その点に関しては」
ガウリイが濡れた床をブラシでこすりながら言う。
「リナに関しては、不可侵条約を結ばないか？」
「不可侵条約…か。俺は反対だな。リナに惚れさせた奴の勝ち、でいいだろう」
バスタブを柄付きスポンジでこすりながら、ゼロスが言う。
「ゼルガディスさんは、自信あるんですか？」
「いや…ない。ただ、好きになるのは自由だろう？」
「それはそうですね」
ゼルガディスは、ガウリイに目を向ける。
「おいガウリイ。もしも、俺かゼロスがリナに惚れられたら、お前は『保護者』をやめるのか？」
「いや…やめないよ。お前さんでも、ゼロスでも、いつリナを傷つけるかわからないからな。俺は、これから先も、何があっても、ずっとずっとリナの『保護者』だ」
「あなたみたいな背も高くて顔もいい人が、他の恋人を作らずに、どうしてリナさんの『保護者』を続けてるんですか？」
「それは、今日会ったばかりで、リナに一目惚れしたお前たちのほうが、分かるんじゃないのか？」
「そうですね…」
ゼロスは、スポンジの手を止めて、降るような星空を見上げた。
「これから一年、面白いことになりそうです」
ゼルガディスは呆れ声で言う。
「おい、俺たちはあくまで受験生、しかもアメリアを除けば浪人生なんだぞ。色恋沙汰にうつつをぬかしてる場合か」
「じゃ、ゼルガディスさんはリナさんにはかまわないで下さい。僕は僕で勝手にやります」
「それは……！」
「いいじゃないですか、みんなライバルで。来年の今頃には、大学にも受かって、リナさんも手に入れて、幸せになりたいですね」
「勝手なことはさせんぞ」
「俺もだ。『保護者』としての責任がある」
「まあ、最終的にはリナさんが決めることです」
掃除を終えた彼らは、道具を片づけて、脱衣所を出た。


ノックの音に、リナはペンを置き、「どうぞ」と声をかけた。
「夜分すまんな」
ゼルガディスが入ってくる。
「なあに？　何か分かんない問題でもあった？」
「あ、ああ……邪魔じゃないか？」
「別に。問題を見せて」
問題は、現代国語だった。
「この、主人公の気持ちを次の四つから選べ、というのがどうしてもわからん」
「課題文はよく読んだ？」
「まあ、目を通した。でも、主人公の気持ちなんてさっぱりだ」
「こういう問題はね、まずあり得ない選択肢からはずしていくのよ」
「ふん…」
「例えば４番！『主人公は弟のことはどうでもよかったが…』　主人公が弟を心配して街をさまよってるんだから、これはナシよね」
「ふうん…なるほどな」
リナは、手際よく説明しながら、ダミーの選択肢を消していった。
「…となると、もう３番しか残らなくなるでしょ？」
「……なるほど。リナ、よく分かった」
「お役に立てれば嬉しいわ。でも、あんた数学では全国トップのくせに、そんなちょっとしたところでつまずいていたら、もったいないわよ。現代国語、苦手？」
「ああ。おれは小説なんかを読まないからな。作り事の話を読んでいると頭が痛くなってくる。論文とかは平気なんだが……」
「食わず嫌いせずに、いい小説を何冊か読んで、文章の解釈能力を高めるのがいいわね」
「……何を読めばいいのかさっぱりだ」
その時、リナの部屋がノックされた。
「どうぞ」
「すみません、リナさん。数学で、どうしても分からないところがあって……あーっ、ゼルガディスさん、ここで何してるんですか！」
「何って……リナに問題を聞こうと……」
「こんな夜遅くに女の子の部屋に押し掛けるなんて！　リナさんもリナさんです！　きっちり追い返すべきです。それが正義です！」
「そういえばアメリア、あんた本好きだったわよね」
「……？　ええ。この寮にも、けっこう持ってきましたけど」
「ゼル。これからは、アメリアに本を借りたり、現国の質問したりするといいわ。アメリア、数学が苦手なのよね？」
「は、はい」
「数学は、全国トップのゼルから直接教えてもらえばいいじゃない。一石二鳥だわ」
「いや、リナ、俺は……」
「ん？　なにか問題ある？」
「いや、いい。アメリア、食堂行くぞ」
「ぶー。私、リナさんに教えてもらいたかったのに」
「数学の成績は、あたしなんかよりゼルの方がよっぽどいいわ。じゃ、二人仲良くね」
ゼルガディスとアメリアは連れだって食堂に入った。明かりをつける。ノートを広げながらアメリアが言う。
「ゼルガディスさん。リナさんもああ言ってたことだし、適当な小説を何冊か見つくろってお貸しします。でも！　夜中に一人でリナさんの部屋に行ってたこと、許しませんよ！」
「……とにかく、その分からない問題とやらを見せてみろ」
「ここです」
「ああ、この数列の解き方はな……」
二人は頭を寄せ合った。その日、食堂の電気は夜遅くまで点いていた。




女の子たちのお風呂のシーンは、楽しんで書きました。実は最近、とても素敵なナーガとリナのイラストを見てしまって、ナーガ×リナがお気に入りなのです。本命は絶対にゼロリナですが。あと、ゼフィーリア大学（ゼフィ大）は、もちろん東大のイメージです。タイトルとアイデアを拝借した「ラブひな」では皆東大目指してましたし。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ナーガとリナのイラストとは、ファンサイトで見たのではなく、スレイヤーズの映画の時に作られた下敷き・ポスターの絵です。自分を抱きしめるリナちゃんが、大人っぽく微笑むナーガに寄りかかっている絵で、何だか今までのナーガ観をガツンとひっくり返された一枚でした。


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