ラブりな[1]




王都ゼフィール・シティの外れ。予備校まで電車一本の駅で降りる。リナは、ナーガとアメリアの姉妹とともに、春のうららかな道を歩いていた。
「リーナッ♪」
ナーガがリナの右腕を取る。
「あー、ずるいです、姉さん。リナさんは、あたしのです」
アメリアがリナの左腕を取る。
「ちょ、ちょっと、歩きにくいんだけど、あんたたち」
身長の全く違う二人に挟まれたリナは、歩きづらそうにふらふらする。
「放しなさいよアメリア。リナがかわいそうじゃない」
「じゃあ姉さんが放せばいいんです」
「いやあよ。あたしは、このリナの唯一にして絶対のライバルなんだから」
「それとこれとどういう関係があるんですか!」
リナが苦笑して言う。
「解ったから、二人ともあたしをしっかり支えててね」
「ところで、シャイニー寮ってのは、まだ先なのかしら?」
「あいかわらず方向音痴ね、ナーガ。そこの角を曲がったらすぐよ」
「あ、見えてきました」
「わあ……」
三人の少女は、一面の桜に見とれる。淡いピンクの霞の中に、綺麗な建物が見える。
「あれ? あれがシャイニー寮なの? まるでリゾートホテルみたい」
「ビンゴです、リナさん」
アメリアが得意げに言う。
「経営の立ち行かなくなった『シャイニーマーメイド』っていうリゾートホテルを、父さんが捨て値で買い取ったんです」
「捨て値…? どれくらい」
「25億です」
ずがしゃあっ。リナがこける。
「あら…器用ね、リナ。私たちが左右から腕をつかんでいるのに転ぶなんて」
「に…に…25億?」
「たしか元手が500億以上かかってますからね。安い買い物です」
「あらリナ、25億程度なんて、私たちのお小遣いくらいのものよ」
「へーへー、解りました。このゴージャス姉妹」
「まあ、だいぶん古い建物ですから、この値段になったんですけどね。持ち主も、早く手放したがっていたみたいですし。でも、露天スパとか、ジャグジーとか、色々ついてますよ。女性専用のエステティックつきホテルだったみたいです」
「露天スパ?」
リナが目を輝かせる。
「これからは、毎日入れますよ」
「スパの掃除は誰がすんのよ」
「それは、この寮に一緒に住む男性陣にやってもらいましょう」
「へ? 男も一緒に住むの?」
「ええ。全国からレベルの高い受験生を…といっても浪人生ですが…を集めて、シャイニー寮を『ゼフィーリア大学受験の御用達』にしたいんですから」
「アメリアは現役生でしょ? ここから高校に通うの?」
「リナさんと姉さんを二人にはさせられませんから」
「アメリア。それどういう意味よ」
「言ったとおりの意味です」
「ちゃんとフィルさんから許可もらってるんでしょうね」
「それはもちろん!」
「そういうこと。さ、早く行きましょ。部屋を見たいわ」
三人は、桜の霞にとけていった。

大理石を使った、古びてはいるが豪奢な入り口に、旅行鞄を足下に置いた、おかっぱ頭の男が立っていた。
「こんにちは」
リナが挨拶すると、
「こんにちは」
男はにっこりと微笑み返してきた。
「あなたも、この寮に?」
「ええ。でも、鍵がかかっていましてね。誰かが来るのを待ってたんです」
「鍵? ナーガ、アメリア、あんたたちここの管理人の娘でしょ。鍵、持ってないの?」
「えっ? あたし、知りません。姉さん…」
「鍵…鍵ねえ。確か、今朝父さんから渡されたような…」
ナーガは、広く胸のあいたボディコンシャスのワンピースの胸元から、ひものついた鍵を引っぱり出す。
「これかしら」
「ちょっと、姉さん! そんな大事なもの預かってるんだったら、何でもっと早く来ないんですか! そちらの方、お待たせしちゃったじゃないですか!」
「な、何よ。ちょっとうっかりしてただけよ。おーっほっほっほ!」
「いえ、僕も大して待ったわけじゃありませんから。それじゃ、鍵を開けて下さい」
「本当は、だいぶん待ったんじゃない?」
リナが、男の肩を払う。幾重にも積み重なった花びらが彼の整った顔のまわりを舞った。
「こんなに、花びらが積もって…」
「リーナー、開けたわよ! 行くわよ! あと、そっちの人もどうぞ!」
男は、旅行鞄を持ち上げた。
「行きましょうか、リナさん」
「へ? 何であたしの名前……」
「さっき、『ナーガ』さんが呼んだじゃないですか」
「あ、そうだったわね。行きましょう…っと、あんたの名前、聞いてないわ」
「ゼロスです。ゼロス=メタリオム」
「え……っ、ゼロス? メタリオム? あの、全国模試で万年2位の?」
「ご存じでしたか」
「あの、あたし、リナ=インバース。分かるわよね」
「貴女が…リナ=インバースさんでしたか。僕たちの高校三年間、常に全国トップを維持しつづけた」
「へえ…」
リナはまじまじとゼロスの顔をのぞき込む。
「な、何ですか?」
「いつもあたしとぎりぎり競ってて、どんな奴だろうと思ってたら……結構、かっこいいじゃ…ない」
「リナさんも、想像していたよりずっとずっと美少女ですね」
顔色一つ変えずにゼロスは言う。リナは真っ赤になる。
「こんな可愛い方と一年間一緒に勉強できるなんて、嬉しいです」
「そんな…照れるわよ」
リナはうつむく。その時、柔らかい感触がリナの背中に押しつけられた。
「リナ! 何やってんのよ。こんな男なんかにべたべたしちゃって」
「べ…べたべたって、あたしたち会ったばっかりなのよ? それに、そのでかい胸をあたしに押しつけるなー! 何度も言ってるでしょうが!」
「ほらリナ、行くわよ。そこの男も、鍵が開いたんだからさっさと入って」
「ふふん、ナーガ。彼の名前を聞いたら驚くわよ」
「…誰よ」
「ゼロス=メタリオムよ」
「どぅええええっ!?」
ナーガはのけぞった。
「あの…万年二位の…ゼロス=メタリオム?」
「ああ、ゼロス。紹介するわね。この子、グレイシア=ウィル=ナーガ=セイルーン」
「えっ?あの、いつも三位の…」
ナーガは、長身からゼロスを見下ろして、顔を顔に近づけた。
「ふーん、ふん、ふん…あなたがゼロス=メタリオム。いっつも私とリナの間に割り込んで邪魔をする気の利かない奴」
「はあ…気が利かなかったですか」
ゼロスはナーガににらまれて、冷や汗をかく。
「あなた、邪魔なのよ。あなたさえ二位を取らなければ、私とリナはいつでもワンツーフィニッシュなのよ! まったくずうずうしいんだから!」
「お言葉ですが…それなら実力で二位を取ればよろしいのでは? あの、セイルーンさん…グレイシアさん?」
「ナーガで結構よ」
「ナーガさんだって、いつも僕とは一桁しか点数が変わらないじゃないですか」
「あー、だめだめ。このナーガは実力はあたし以上にあるんだけど……」
「リナさん以上?それならなぜ…」
「とんでもない凡ミスをやらかすのよ。毎回毎回、計ったように。それで、あたしとあんたを抜けないわけ」
「というわけで、リナの本当のライバルはこの私。わかって? おーっほっほっほっほ!」
「ミスも実力の内ですよ」
「何か言った?」
リナが二人の間に割ってはいる。
「とにかく! 早く部屋に行きましょ。もうすぐ家具や参考書も届くんだから、ぐずぐずしてらんないじゃない」

リナは、自分に割り当てられた三階の部屋の窓を開ける。桜の花びらがが、風に乗ってここまで入り込んでくる。
「さっすが、もとリゾートホテルね。ベッドも綺麗だし、眺めもいいし。たった一年しか住めないのって残念だなあ。受験者専門の寮じゃなくて、合格した後も住み続けられればいいのに」
その時、桜の花びらの下で荷物を抱えてうろうろしている長い金髪が見えた。
「ガウリイ…! 来たんだ」
リナは一階に駆け下りる。
「ガウリイー! こっちこっち」
「おう、リナか。おまえの地図、分かりやすかったぞ」
「それでこの時間かいー! おまけに、目の前がシャイニー寮だってのに、まだ迷ってたでしょ! その小さい方の荷物貸して、部屋まで案内するから。部屋番号は?」
ごそごそはがきを取り出すガウリイ。
「203って書いてあるぞ」
「二階ね。着いてきて」
広々としたエントランスから、二人は二階への階段を上った。
「あーっ! ガウリイ=ガブリエフ!」
「よお、ナーガ。一年間、一緒だな」
「あんたねえ、ここは、一流の受験生を集めて、合格率を上げて、それで営業していこうっていう寮なのよ。ゼフィ大D判定のあんたが、どうしてこんなところにいるのよ!?」
「リナがここに入るって言ったからだ」
「あー、気持ち悪い男! リナのストーカー! 金魚のうんち! ここはあんたなんかおよびじゃ……」
「それくらいにしてやって、ナーガ」
リナは自分の前髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「ガウリイは、真剣にゼフィーリア大に入りたいと思ってんのよ。動機は…その…何だけど。真剣な受験生である以上、この寮にいる資格だってあるでしょ?」
「う……まあ、それはそうだけど」
「じゃあ、ガウリイの部屋に入りましょうか。あたしの部屋はほとんど掃除も済んだし、あとは荷物が届くのを待つだけだから。掃除、手伝って上げる」
「待ちなさいよ! 掃除までリナに迷惑かける気?」
「いや、俺は別に頼んだ訳じゃ」
その時、入り口のチャイムが鳴った。
「何だろ? 荷物が来たにしては早いし、トラックの音もしなかったし…」
「今日ここに入るのはもう一人いますよ。その人じゃないんですか」
「なるほど…って、アメリア、いつからそこにいたの」
「エントランスの方で、騒がしくしてたから来ちゃったんです。とにかく鍵を開けましょう」
ドアを開くと、そこには銀髪の青年が立っていた。
「ようこそ、シャイニー寮へ! といっても、あたしたちも今日着いたばっかりなんだけどね」
リナが銀髪の青年に声をかける。
「ああ、よろしく」
「名前何ていうの?」
「ゼルガディス。ゼルガディス=グレイワーズだ」
「グレイワーズ? あの、全国模試で数学満点とり続けた」
「ああ、そうだ。皆、名前を教えてくれ」
「僕はゼロス=メタリオムです」
「ああ、あのいつも二位の……」
「一位もいますよ。こちら、リナ=インバースさん」
「お前が、リナ=インバースか……」
ゼルガディスは、リナを見て、少し顔を赤くした。
「思っていたのとは、イメージが違うな」
ゼロスが口を挟む。
「思っていたより、ずっと可愛いでしょう?」
「あっ、いや、そんなことは……」
「いいんですよ。リナさんは魅力的だし」
「ゼ…ゼロス、あんたねえ……」
リナはそっぽをむいている。ゼルガディスはさらに顔を赤くして言う。
「いや…こいつの言う…とおりなんだ。リナ=インバースがこんな女だとは思っていなかった」
「ちょっと、ゼルガディスさん」
アメリアが割り込む。
「言っておきますけど、リナさんは『私の』ですからね」
「ア…アメリア。何言ってるのよ」
「それは違うわアメリア。年下のあんたにリナを渡せるわけないでしょう?リナは、私のものよ」
ナーガが強い力でリナの腕をからめ取る。
「おー、何揉めてんだ?」
ガウリイも近寄ってくる。ゼロスは笑みを浮かべて皆を見守っていた。
「リナさんが誰のものか、って話らしいです」
「そういう話か。だったら、譲るわけにはいかねーな。俺は、リナの『保護者』なんだから」
「『保護者』?」
ゼルガディスが怪訝な顔をする。
「幼稚園から始まって、小学校中学校高校とリナを追いかけてきたんだ。くだらない奴にリナを渡すことはできない」
「くだらない奴? それはあんたの方でしょ、ガウリイ」
ナーガが、ぐいっとガウリイに詰め寄る。
「第一、あたしたちの高校に、どうやって受かったのよ、あんたは。奇跡だわよ、まったく。高校三年間、成績は下から数えた方が早かったくせに、ゼフィ大受けるなんて、どうかしてるわよ」
「大学でだって、俺はリナを守ってやらなきゃいけないからな」
「ふん。とにかく、リナの最大にして最強のライバルはこの私。ガウリイも…」
びし、とゼルガディスを指さす。
「あんたも! お呼びじゃないのよ」
「いや、俺は別に…」
「私の名前はグレイシア=ウィル=ナーガ=セイルーン。聞き覚えはあるわよね?」
「ああ。いつも三位の…」
「数学でいくら満点を連発しようとも、総合で全国百位以内に入ってないあんたも、当然!リナにふさわしくないわ。リナにふさわしいライバルといえば、この私…」
「それなら、ナーガさんより順位が上の僕の方がリナさんにふさわしい、ということになりませんか?」
ナーガは真っ赤になる。
「言ったでしょ! あたしは真の実力はリナより上なの! 何よ、あんたまでリナにちょっかい出す気?」
ゼロスはにっこり笑う。
「リナさんは可愛いですからねえ……」
ナーガはリナに抱きつく。
「心配しないでね、リナ。このオオカミたちから、私がちゃんとあんたを守って上げるから」
「いや、別に守ってもらわなくても…」
アメリアも、リナの背中に抱きついた。
「リナさん! 甘いです! これから私たちは一緒に暮らすんですよ。リナさん狙いの男が三人もいるこの状況、到底許せません!私がリナさんを悪の手から守ります!」
「アメリアまで。もう、ほんとに心配いらないって」
「リナさんはそういうことに疎いから本当に心配なんです!」
そのとき、表にトラックの入って来る音がした。
「お、誰かの荷物が着いたみたいだぞ」
皆は、ばらばらと玄関にかけていった。

届いた荷物を部屋に運び、それぞれが自分の部屋を片づけているうちに、外が薄暗くなってきた。
「リナ」
「リナさん」
リナの部屋にナーガとアメリアが顔を出す。
「そろそろ夕食よ。下の食堂へ行きましょう」
「料理は、誰が?」
「ちゃんと一流のシェフを雇ってあるわよ」
「それでこの家賃か…ずいぶんといい物件ね、この寮」
「破格の値段なのは今年だけ。ここに住めばゼフィ大に合格できる! …って噂を広めるために、優秀な学生で、かつ浪人した人を集めたのよ」
「なるほどね」
食堂には、男たち三人も集まっていた。
「ここは、食堂と共同の勉強部屋を兼ねるから。一人で部屋に籠もっていたくない人は、ここに来て勉強して」
ナーガが説明している内に、夕食が出来たようだった。
「みんな、カウンターまで取りに来て」
食事は、さすがに一流の料理人が作っただけあって、おいしかった。誰よりも早くそれを平らげたリナは、ナーガに聞いた。
「ねえ…おかわり、って出来るのかな」
「リナさん」
ゼロスが微笑んで自分の皿を差し出す。
「よかったら、食べて下さい。僕はもうお腹いっぱいなので…」
ゼルガディスが、自分の皿を押しやる。
「俺はもういらん。リナ、食べてくれ」
アメリアも、すかさず皿を押し出す。
「リナさん、食べて下さい」
「あ、あのねえ、あんたたち」
リナは顔を赤くしていう。
「あたしは、厨房におかわりがないか、って聞いたの。あんたたちの気持ちはありがたいけど…」
「リナ、シェフさんに聞いたけど、おかわりの分まではないって」
ナーガが戻ってくる。
「じゃあやっぱり僕の…」
「俺の…」
「私の…」
「あーもう、おかわりなんていらない! ごちそうさま!」
リナは頬を赤くして立ち上がると、食堂を出ていった。
「なんだあ、リナの奴。珍しいな、あいつが食い物を欲しがらないなんて」
ガウリイは、とうに空になった自分の皿を眺める。
「俺も、おかわり欲しかったな…」
「そうですか」
残る皆は、ガウリイのことばが聞こえなかったかのようにナイフとフォークを動かした。




一度やってみたかった、リナちゃん逆ハーレムものです。とにかくリナちゃんがもてまくります。「正義の仲良し4人組」にゼロスとナーガを加えてみました。でも、最後はきっちりゼロリナへ持っていくので、ご安心を。タイトルの由来は、もちろん赤松健さんの漫画「ラブひな」です。「シャイニー寮」というのは、「ラブひな」の舞台になった「ひなた荘」を自分なりに英訳してみました。もとのリゾートホテルの名前「シャイニーマーメイド」にも由来はありますが、わかる方いるかな。
それでは、今後ともよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。この小説は、楽しんで書きました。私のパラレル小説としては初めてナーガを登場させたのですが、上手く動いてくれて、こちらも楽しかった。「ラブひな」は全巻持っている羽久です。


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