ラブりな［６］



冬が近づいてきた。予備校は、殺気だった受験生にあふれ、内部の模擬試験は何度も行われた。予備校の中では、リナ、ゼロス、ナーガの実力は抜きんでていた。それに追いつこうとしているのは、ゼルガディスだ。
「ゼル、すごいじゃない」
予備校の掲示板に張り出された順位表を見て、リナは賞賛のため息をつく。
「４位だわ」
「全国では、まだまだお前らには敵わないだろうけどな。国語は、もう俺の苦手科目じゃなくなった」
「アメリアも、すっかり数学苦手を克服したみたいだし……ほんとにあんたたち、いいコンビね」
「……まあな」
ナーガはふくれている。
「ナーガさん、ご機嫌が悪いようですね」
「そりゃ……あんたと、リナが同点一位なんて。嫌にもなるわよ。ゼロス＝メタリオム！　リナは私のものだってこと、忘れないでね。もうすぐの、最後の全国統一模試では、絶対リナと並んでみせるわ。あんたなんか、蹴散らして」
「それは楽しみですね」
「くーっ、嫌味な男！　覚えてなさいよ」
ナーガは掲示板にくるりと背を向けて、歩き出した。
「あれ、ガウリイすごい。Ｂクラストップになってる」
ガウリイは、順調にクラスを上げてきていた。
「じゃ、特進Ａクラスに移れるな。ゼルと一緒になるのか」
「残念だな、ガウリイの旦那。俺は今度リナたちと同じ特進ＳＳクラスに上がる」
「また一人か。まあいいや。全国統一模試で、今度こそＡ判定を出してみせるさ」
「頑張ってね、ガウリイ」
「おう。お前に励まされると、すごく嬉しいよ。お前についていくために、ここまで頑張ったんだ。最後までやるだけのことは、やる」
始業のベルが響く。
「じゃ、また放課後に」
リナとゼロスは、一緒にエレベーターを待った。
「リナさん、今度の全国統一模試でも、あの賭けをしませんか？」
「……いいけど。もしあんたが勝ったら、今度は何を要求するの？」
「それは……秘密です」
遅れて入った彼らは、後ろの方の席に並んで着く。囁きあう。
「ガウリイの勉強、見てくれてありがとね」
「彼に教えるのもすっかり慣れました。彼の成績が上がるのは、自分の事みたいに嬉しいです……もっとも、自らライバルを増やすようなことをするのは、ちょっと複雑なんですけどね」
「ふふっ」
「あ、笑ってくれましたね」
「え、何か変？」
「僕はリナさんの笑顔が好きなんです。特に、僕だけに向けられる笑顔が」
「……ばか」
そして、二人は授業に集中した。

第三回全国統一模試。冷たい風の中、彼らは寮を出た。ガウリイは、歩きながら単語カードをめくり続けている。
「ナーガ、今度は前みたいな失敗しちゃダメよ」
「おーっほっほっほ！　もうあんな失敗するわけないでしょう。今度こそリナとワンツーフィニッシュよ。ゼロス、覚悟しておきなさい！」
「はあ……まあ、僕は僕なりに頑張らせていただきます」
「リナさん〜。私、皆さんに追いつけるでしょうか」
「今のアメリアなら楽勝よ。がんばれ、あたしたちの中で唯一の現役生」
「俺も、今回は全国ランキング上位を目指す。……リナ。俺にも頑張れって言ってくれないか」
「はいはい。ゼルも、頑張って」
「「ずうずうしい！」」
ナーガとアメリアの声が重なる。
「リナの『頑張れ』は私のものよ」
「いーえ、私のです！」
「ああもお。みんな、頑張れ！！　これでいいんでしょ」
白い息を吐きながら、彼らは駅へ向かった。
「くしゅん！……あれ、鼻がむずむずする……」
「リナさん、風邪ですか？」
「そういえば、今朝から寒気もするのよね。布団跳ね飛ばして寝ちゃったからなあ……」
ゼロスは、自分のマフラーを外し、リナの首に巻き付けた。
「ゼ……ゼロス」
「首まわりを温めるだけで、だいぶ違うんですよ。僕はそんなに寒くないので、どうぞ」
ナーガが眉をつり上げる。
「ゼロス！　あんた、またリナにちょっかい出して！」
「じゃあ、リナさんからマフラー、取り上げますか？」
「……まあ、今はしょうがないわね。でも、調子に乗らないでね！」
「わかってます。僕は、リナさんに去年の僕の二の舞になってほしくないだけですから」
「まったく。私、マフラーしてくれば良かったわ！」
「ぐしゅ……あのね、ナーガ。マフラー以前に、あんた、この寒空にコートもなしで、胸の谷間さらして、大丈夫なの？」
「私は寒さには強いのよ」
ゼロスが頬を掻く。
「なんか、そーゆー次元を飛び越えちゃってる感じがするんですが……」
「リナさん、腕、あっためてあげます」
アメリアが、リナの腕にしがみつく。
「なるほど、それなら私にも出来るわね」
ナーガがもう一方の腕を取る。
「あーもー、歩きづらい！」
ゼルガディスは赤面して目を背け、ガウリイはひたすら単語カードを繰り続けていた。

試験会場。昼休み。皆、いったん集まって、近くの喫茶店で昼食を取る。
「リナ。やっぱり顔が赤いわ」
ナーガは自分とリナの前髪をかきあげ、額をくっつける。
「熱もありそうね」
「そういや、ゼロスの奴はどこ行ったんだ？」
ガウリイの言葉と同時に、喫茶店のドアが開き、ゼロスが入ってきた。
「はい、リナさん。風邪薬と解熱剤、買ってきました。食後に飲んで下さい」
「ありがと、ゼロス……」
「試験の方は大丈夫でしたか？」
「うん。なんとか。心配かけてごめんね」
ナーガが、複雑な顔をして言う。
「この、点数稼ぎ。……でも、気が利くわね。私からもお礼を言うわ」

全ての科目が終わり、生徒たちは帰り支度を始めた。
「リナさん……大丈夫ですか？　何だかふらふら……リナさん！」
ゼロスの腕の中に、リナはぐらりと倒れ込む。
「リナさん……」
「ご、ごめんね、ゼロス。ちょっと……立ってられな……」
ゼロスは、リナを抱え上げた。
「早く寮に帰りましょう」
「リナ！　ゼロス、リナはどうしたの！」
「立っているのも辛いそうです」
「リナを放して。私が抱いて行くわ」
「ナーガさんの細腕じゃ無理ですよ。それより、リナさんの荷物をお願いします」
「……分かったわ」
予備校の入り口で、残りのメンバーが待っていた。
「リ、リナさん！」
「ゼロス、重くねーか？　俺、代わるぞ」
「結構です。さあ、急いで帰りましょう」

リナが目を覚ますと、そこは自分のベッドの上だった。あたりは暗い。誰かが、側にいる。
「目が覚めましたか？」
「ゼロス……ずっとついててくれたの？」
「ええ。堂々とついてるとナーガさんたちに怒られるので、あの穴から……汗をかいてますね。替えのパジャマはありますか？」
「あ、そこの引き出しに……」
「えーと……これですね。どうぞ。じゃあ、僕は自分の部屋に帰ります。着替えが終わる頃、夕食を持ってきますから。食べられそうですか？」
「うん」
「……そうだ、あの賭けは、今回は無しにしましょう。ハンデが大きすぎる」
「あたしは、別に賭けてもかまわないけど？　テストの方は、余裕で出来たから」
「終わった途端に倒れた人が何を言うんですか。じゃあ、またあとで」
リナは、自分がゼロスの腕の中に倒れ込んだことを思い出して、闇の中で赤くなった。


それから二週間。もう三度目の、夕食中のチャイムの音。
「俺たちが行って来る」
ゼルガディスとアメリアが、玄関に向かう。そして各人に手渡される封筒。紙を開く音。
「……やっぱ、負けちゃったか」
リナが苦笑いをして言う。トップはゼロス。リナは４点差で２位。さらに３点差でナーガ。
「おっ……ゼル、すごいじゃねえか」
ガウリイが、弾んだ声を上げる。ゼルガディスは、全国で１１位。
「でも、俺も成果はあるぜ。見よ、輝くＡ判定！」
「ガウリイがＡ判定！？」
ナーガが裏返った声を出す。
「すごい、ガウリイ。見せて、見せて」
リナは、ガウリイの手の中の成績表を見る。
「確かに。えらいぞ、少年。よく頑張った」
リナは、ガウリイの綺麗な金髪をかき回した。
「あ、アメリアさんも全国１００位に入ってますね」
「えへへ……９８位ですけどね」
リナが、皆を見回して言った。
「これで、全員、Ａ判定！　ゼフィーリア大全員合格も夢じゃなくなったわ！　本番が楽しみね」
「まあ、これで来年はこの寮もゼフィ大にあこがれる受験生で溢れかえることでしょう」
ナーガが髪をかき上げる。
「じゃ、皆この結果に満足せず、今日の勉強始め！」
リナの号令で、皆は勉強道具を取りに、自分の部屋に帰った。

その日の深夜。こん、こんと天井を叩く音に、ゼロスは顔を上げた。
「どうぞ、リナさん」
天井の蓋が外され、リナの顔がのぞく。
「ねえ、こっちに来て」
「何ですか？　分からない問題でも？」
「いいから」
ゼロスは、自分の部屋にこっそり持ち込んだ脚立を立て、リナの部屋に入った。
「何ですか？」
「あのね……賭け、あたしの負けだから、言うこと聞くわよ」
「あの日は、貴女は風邪で……」
「でも、負けは負け。それとも、ご褒美、欲しくないの？」
ゼロスは苦笑した。
「欲しいです、リナさん。でも、僕が欲しいもの、もう分かっていらっしゃるんでしょう？　いいんですか、本当に」
「あたしの、ファーストキスでしょ？」
「その通りです」
「……いいよ。あげる」
「リナさん……」
リナから、ゼロスに歩み寄った。ゼロスは、その華奢な身体を受けとめる。リナの深紅の瞳を見つめる。もう、互いに互いしか見えない。ゼロスはリナの肩に手をかけ、顔を近づけた。その時。
「リ…リ…リナさん！　何やってるんですか！」
アメリアの声が響いた。
「ゼロス！　貴様……」
続いてゼルガディスの声。
「な……何！　あんたたち、いきなり人の部屋に……」
「ノックはした。でも返事が無くて。鍵が開いてたから、入ったんだ。ラテン語で、どうしても二人とも分からない問題があって……ゼロス、お前、リナに……」
「わあああっ」
アメリアが顔を覆った。肩をふるわせ、しゃくり上げる。
「私、絶対、絶対認めませんから。認めませんからね！」
泣きながら、アメリアは廊下に飛び出していった。
「アメリア……！　とにかく、ゼロス、リナ、俺も認めんからなっ！」
ゼルガディスはアメリアを追っていった。
「アメリア……ゼル」
リナは呆然としている。ゼロスは、リナの肩に置いた手を放した。
「どうも、そういう雰囲気じゃなくなっちゃいましたね。残念ですけど、ご褒美の受け取りは後日、ということで……」
ゼロスは、穴から帰っていった。リナは、床の蓋を閉めて、深いため息をついた。

「アメリア！　待て、アメリア！　外は雪だぞ。そんな薄着で出たら、風邪を……」
「ゼルガディスさんは悔しくないんですか！　リナさんを取られて！」
「落ち着け、アメリア」
ゼルガディスは走り出そうとするアメリアの腕を掴む。と、アメリアが胸に飛び込んできた。
「私の……私のリナさんが、たかだか出会って一年にもならない男の人に取られるなんて……」
アメリアの涙が、ゼルガディスのシャツを濡らす。
「許せない……です。悔しいです！」
「なあ、アメリア」
ゼルガディスは、少し迷って、アメリアの背中に手を回した。
「俺たちは、もう子供じゃない。リナが決めたことなら……受け入れないといけないんじゃないか」
「……でも」
「アメリア」
ゼルガディスは、アメリアを抱きしめる腕を強くした。
「俺は、リナに自分の気持ちを告げたことがある……振られたけどな。さっきは、認めないと言ってしまったが……リナがゼロスを好きなら、俺はそれを受けとめる」
「ゼルガディスさん」
「それに……今、こういうことを言うのは卑怯かもしれないが。アメリア、一年間お前とつきっきりで勉強してきて、だんだん、お前のことを、俺は……愛おしく思うようになった」
「え……」
「もちろん、これは俺の勝手な思い入れだ。お前は別に気を使わなくていい。ただ、リナを失っても、お前を好きでいるやつがいるってことを、知って欲しかった」
「私……」
「部屋まで送る。ここは冷える。行こう」
二人は、暗いエントランスから、階段を上っていった。ナーガの部屋のドアが、かちゃりと開いた。
「何かあったの？　さっき、アメリアの泣いてる声が……」


「はい、シャイニー寮です。あ、シェフさん！　いつもお世話になってます。……え？　ご家族に不幸が？　ええ、大丈夫です。一日くらい、自分たちで何とかします。じゃあ、お気をつけて」
リナが受話器を置く。
「なんだあ？　今日はシェフさん来ないのか。晩飯はどうするんだ？」
「材料は、たっぷりあるし。今日はあたしが何か作るわ。人参、お肉、ジャガイモっと……カレーでいいわね」
「私、手伝うわ」
「ありがと、ナーガ。じゃあ、下ごしらえといきましょうか」
二人は厨房のドアを閉めた。リナが手を洗っていると、ナーガにふいに肩をつかまれた。
「何？　ナーガ」
リナは振り向く。その唇を、柔らかな唇がふさいだ。リナは目を見開く。出しっぱなしの水が、シンクで飛び跳ねる。触れるだけのキスは、とても長かった。そして、ナーガはゆっくり唇を離す。
「色気のない子ね。目ぐらい閉じなさい」
「えっ……あっ、ご、ごめん」
ナーガは、哀しげな、それでいて優しい瞳で語りかける。
「リナ、好きよ」
「あたしも……」
「違うわ、リナ。私は、本気で、あなたを愛してるの」
ナーガはそっとリナを抱き寄せる。響く水音の中、リナはナーガの大きな胸に、顔を押しつけられる。
「あんたを、男なんかに渡したくない」
細い指が、紅茶色の柔らかな髪を梳く。
「私の、ものにしたい。ほんとは、キスなんかじゃ満足できない。もっと、もっとリナを手に入れたい。でも、それをしないのは……」
優しい、指。
「あんたに嫌われるのが怖いからよ」
「ナーガ……」
「あんたのライバルは、高校で初めて出会ったときから、私だけ。ずっと、そうしていけると思ってた。でも、あんたは他の奴を選ぶのね」
「……」
「いいの、何も答えなくて。……でも、一つだけ。さっきのキスは、あんたの、初めてのキス？」
「……そう」
「嬉しいわ。ずっと、あのキスのことを覚えておいてね」
ナーガは、リナの背中に回した腕をほどく。
「ねえ……ナーガ。あんたの想いには応えられないけど、あんたはあたしの親友よ。ずっと、ずうっと……」
「親友……か。さて、お料理再開。私は何をすればいい？」
「あ、えっと、じゃあタマネギ刻んで」
「分かったわ」
ぱりぱりとタマネギの皮をむくナーガは、やっぱり、いつもと少し違って見えた。
「さてと、包丁……」
とんとんとん。タマネギを刻むナーガは、ふと手を止めた。
「どうしたの、ナーガ」
「指……切っちゃった……血が……」
そのまま、ふっとナーガはくずおれる。
「ああっもうこの子は！　ちょっと、ナーガ、しっかりして！　誰かー！　絆創膏持ってきて！」

その日の夜。バルコニーで、ナーガは一人、ゼフィール・シティの夜景を眺めていた。その瞳からは、大粒の涙が零れている。バルコニーに、誰かが出てきた。
「……ガウリイなの」
「どうした、ナーガ。……お前、泣いてるのか？」
「ちょっとね……あんたも、覚悟しといた方がいいわよ」
「リナのことか」
ガウリイは、ナーガの隣に立つ。手すりに、もたれかかる。
「リナは、ゼロスを好きだ、ってことだろ？」
「聞いたの？　アメリアから」
「いや、俺は自分で気づいたんだ。リナがゼロスを見てるってこと……」
「あんたは、それで平気なの」
「正直、平気じゃない」
「お互い、辛いわね。あんたは、幼稚園からリナを追い続けたんでしょ？　これからどうするの。何を支えに生きていくつもりなの？」
ナーガの声は、冷たい星空に吸い込まれていった。
「リナが誰を好きでも、俺はリナを守り続けるよ。俺にとって、リナは……」
「リナは？」
「女神なんだ。ずっと俺を導いてくれる。これからも、リナと一緒にどこまでも行くよ」
「強いのね、ガウリイ……」
ナーガは、涙目をこすった。
「私たちは、みんな、リナに恋してた。……まったく、変な一年だったわ。そして、リナを失って終わるなんて……」
「なあ、ゼロスが少しでもリナを困らせたら、俺たち、真っ先に助けに行こうぜ」
「ありがとう、ガウリイ。少し元気が出たわ」

そしてゼフィーリア大の入試は明日に迫る。さすがに、皆静かに夕食を取る。食後のお茶を飲みながらでさえ、一同は無言だった。
「今日は、早く寝ましょう」
なんとかリナが、声を絞り出す。皆は、食器をカウンターに置いて、自分の部屋に引き取った。

リナが、筆記用具のチェックをしていると、床を叩く音がした。
「どうぞ」
蓋が持ち上がり、ゼロスが入ってくる。
「どうしたの」
「いつかの続きをしにきました」
「あしたが本番なのに？」
「だからです。怖いんです。僕に力を下さい」
「ふふっ」
リナは、ベッドに腰掛け、ゼロスを隣に座らせる。そして、ゆっくりと二人の唇は重なった。舌が絡み合う。二人は、静かに唇を離した。
「なんか、順序が逆になっちゃったけど……」
リナは、つぶやくように言う。
「ゼロス、好きよ。あんたが本当に好き。いつの間に、こんな気持ちが生まれたのか分からないけど……」
「僕も、リナさんが好きです」
ゼロスは、リナの背中に手を回す。そっと肩を押す。リナはベッドに倒れ込んだ。
「ゼロス……！」
「僕に、魔法をかけて下さい」
ゼロスは、リナの上に覆い被さる。その時、ノックの音がした。
「ゼロス！　隠れて」
「隠れてってどこに」
「とりあえず、ベッドに潜って！　上からお布団かぶせるから」
ゼロスはすばやく隠れる。リナは、声を出した。
「どうぞ」
入ってきたのはゼルガディスだった。
「何？　ゼル。眠れないの？」
「ちょっと、な。明日のことを考えると。それで、お前に頼みがあって来た」
「頼み？」
「……その、何だ……俺の頬にキスしてくれないか」
「ゼル……」
布団がゴソゴソと動く。リナは、布団の上からばしっとゼロスを叩いた。
「何してるんだ？」
「ううん、何でもない。でも、キスって……」
再び、ノックの音。
「ゼ……ゼル。隠れて」
「隠れる？　どこに」
「そこのウォークインクローゼット！」
ゼルガディスはそそくさと隠れた。
「どうぞ」
ガウリイが入ってくる。
「何か、誰かと話してなかったか？　お前」
「ううん、一人よ。それで、何の用？」
「いや、明日、本番だろ。ベッドに入っても眠れなくてさ。それで、お前に祝福のキスをしてもらいたかったんだ」
「……あんたも？」
「へ？　俺の他に、誰かそんなこと頼みに来た奴がいるのか」
「えっと、そんなことは無いんだけど……」
リナの部屋のドアが勢いよく開いた。
「ナーガ！　アメリア！」
「リナ、今晩、一緒に寝てくれない？　ちゃんと枕は持ってきたわ」
「ダメです！　リナさん、私と一緒に寝ましょう。枕も持ってきてます」
リナは、眉間を押さえた。
「あーもう……あんたたちは、あんたたちは……！」
「リナ？」
「全員、あたしの部屋から出てけー！　これ以上安眠の妨げになったら、許さないんだから！」
「全員？」
ナーガとアメリアはぽかんとする。リナの怒鳴り声に、クローゼットからゼルガディスが、ベッドの上からゼロスが飛び出してくる。
「ああっ！　男連中！　何でリナの部屋にいるのよ！？」
「ゼロスさん、何でリナさんのベッドの中にいるんですか！」
「はあ……お前たち、来てたのか。ま、やっぱりリナに勇気をもらいに来たんだな」
リナはもう一度叫ぶ。
「とっとと出て行きなさい、あんたたち！」
五人は、のろのろとドアから出ていった。
「まったく、もう……」
リナはため息をついた。床の穴の下から、灯りが漏れてきた。リナは、パジャマ姿のまま、床の穴から脚立の最上段に降り立つ。
「リナさん」
「ゼロス、一緒に寝よう」
「いいですけど……僕は、我慢はしませんよ？」
「それでいいの」
リナは、深紅の瞳をゼロスに向ける。
「あたしだって、明日が怖いわ。あたしに、魔法をかけて……」
「リナさん、本当にいいんですか？」
「いいわ」
二人は、ベッドの上で長い口づけを交わした。そして、二人だけの夜に溺れていった。


合格発表の朝。
「ここでの一年間の暮らしも、総決算だな」
朝食の席でゼルガディスが言う。
「あー、俺だけ落ちてんじゃないかな。不安だ……」
「ガウリイ、あんたねえ、何度そのセリフを言えば気が済むの」
リナはガウリイの肩をバンと叩く。
「そんなにうじうじ悩むのも、今日までよ。大丈夫よ。絶対大丈夫」
「私も不安です……」
「大丈夫よ、アメリア。全国１００位以内が、何言ってるの……ナーガは、余裕ね」
「私は絶対に受かってるわ。なんたって、この私が、生まれて初めて『見直し』をしたんだもの！！」
「「「「「はあ？」」」」」
全員、かくんと顎を下げた。
「ナーガ、あんた今まで、見直しを……」
「したことなんてなかったわ」
「あんたねえ！　それで、イージーミスを連発して、結局あたしにもゼロスにも勝てなかったんじゃない！　あんたの実力はあたしたちより上だったのに……」
「ま、大学に受かれば、それでいいのよ」
「大学にだって、テストはいっぱいあるのよ。これからは、ちゃんと見直ししなさい」
「リナがそういうのなら」
「僕も不安です」
「やかましい。今年は熱も出さなかったんだし、あんたは落ちる方が難しいわよ」
「リナさんは？」
「あたしも……たぶん、大丈夫。でも……」
朝食が終わっても、皆食堂でそわそわしていた。柱時計が９時を打つ。
「発表は１０時よ……そろそろ、したくしましょう」
皆黙って席を立った。そして、まだ固い桜の蕾の下を、駅へ向かう。

「今、何分？」
「９時５８分です」
「あと２分……あー、俺、絶対落ちてる！　落ちてるって！」
ガウリイの大声に、過敏になっている受験生たちが目を上げる。
「ちょ、ちょっとガウリイ！　こんな時にそんなことを大声で。縁起悪いわよ」
「あ……リナ。すまん」
「あたし、ちっちゃくて、掲示板見えないんだから。ガウリイが代わりに見てね」
「あらリナ、私が見てあげる」
平均身長より遙かに高いナーガとガウリイの頭は、人混みから突き出ている。
「せっかくオペラグラス持ってきたけど、これじゃ見えません〜」
「貸せ、アメリア。俺が見てやる」
ゼルガディスは、オペラグラスを開き、まだ何も貼られていない掲示板を眺めた。その時、人のざわめきが大きくなる。校舎の入り口が開き、白い巻紙を抱えた人々が出てくる。
「ねえ、まだ？　まだ？」
「もう、貼りだすみたいですよ」
リナは、人波に押されながら、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「皆！　俺とナーガに受験番号表貸せ」
ガウリイが手を伸ばす。その手に、一同の番号が放り込まれた。まず、一枚目の紙が貼られる。
「アメリア、受かってるぞ！」
「えっ、本当ですか！？」
「間違いない。……あっ、ゼロスも受かってる。まあ、当然だな」
ナーガも、目を凝らす。
「ゼルガディス！　受かったわよ」
「ああ、そのようだな」
ゼルガディスはオペラグラスから目を離す。
「リナ、おめでとう！　当然だけど、受かってるわ」
「はあ、ほっとした」
「あとは、俺とナーガか。早く残りの番号、貼りだされないかな」
「来たわよ」
最後の番号表が、掲示板に貼りつけられる。
「私、受かったわ！」
「ナーガ、ガウリイは？」
「えーと、俺の番号は……」
皆、息をのむ。
「ある……」
ガウリイがつぶやいた。
「ほんと、ガウリイ、あるの？」
「ある！　あるぞ！　俺も、皆と一緒に行ける！」
「おめでとう、ガウリイ！」
リナは、背伸びしてガウリイの首に飛びついた。
「リナ、俺はこれからもお前を守ってやれるようだ」
ガウリイは、リナの細い身体を抱きしめた。目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開き、皆から睨まれていることに気づく。
「ガウリイ。私の目の前で、よくもリナを抱きしめてくれたわね」
「あ、いや、もののはずみって奴で……」
「ガウリイさん。リナさんは、あくまであなたが一番受かりそうになかったから祝福したんですよ」
「ゼ、ゼロス、睨むなよ。お前、笑ってないとちょっと怖いぞ」
「リナ。私のことも、祝福してちょうだい」
「ナーガ、いいけど、どうやって……」
「さっきガウリイにしてやったみたいに、抱きつくのよ」
「あ、あれは、ちょっとテンション上がってたから……今やるのは照れくさいなあ」
「まったくもう。覚えてなさいよ、ガウリイ」
ガウリイが、掲示板をもう一度眺める。
「あー、受かった奴は、校舎の方へ行って、資料を受け取らなきゃいけないらしいぜ」
「行きましょうか、リナさん」
ゼロスは、右腕をリナの方へ寄せる。リナは、少し顔を赤くして、左腕をその腕に絡めた。二人は、人波をかき分けて歩き出す。
「リーナッ♪」
ナーガが、リナの右腕を取る。
「ナーガさん、リナさんは僕の……」
「あら、私リナの親友よ。腕くらい組んで当然でしょ。そうよね、リナ」
「確かに、あんたは親友だって言ったけど……その巨乳を、あたしの腕に押しつけるなー！」
ガウリイが、追いついてきてリナの肩に後ろから腕をまわす。
「何やってんだ、お前ら。保護者の俺を差し置いて、リナの取り合いか？」
「ガウリイ！　大学に入ってまで、その『保護者』とかいうのを続けるつもり？」
「あーもう！　歩きにくい！」
「「だったらゼロスの腕を離せばいい」」
ナーガとガウリイの声が重なる。
「……それは……」
リナは耳まで紅くなり、きゅっとゼロスの腕を引き寄せた。
「やれやれ、っと。行こうか、アメリア」
ゼルガディスは、アメリアの小さな手を掴んだ。
「は、はい……」
アメリアは、その温かい手を握り返した。早春の、さわやかな風の中に、皆の後ろ姿はとけていった。


桜ふぶきが、シャイニー寮を覆う。空っぽになった部屋を見つめて、リナは小さく微笑んだ。出てゆくトラックと、入ってくるトラックがすれ違う。皆は、エントランスに集まる。手には、小さな荷物。チャイムが鳴った。リナが扉をひらくと、長い黒髪を一本の三つ編みにした、可愛い女の子がかばんを提げて立っている。
「あの……シャイニー寮というのはこちらでよろしいんでしょうか」
おずおずと聞く女の子に、一同は声をそろえて答えた。


「ようこそ、シャイニー寮へ！」





というわけで、ハッピーエンドです。ナーガとリナちゃんのキスシーンは、「コレを書きたいっ！」という思いでいっぱいだったので、気合いを入れて書きました。ゼロスと幸せになるリナちゃんですが、ファーストキスは、ナーガのものです。ゼルとアメリアは、いい雰囲気になって良かった。それでは、また別のお話でお会いしましょう。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。最後はみんな幸せにしたかったので（皆殺しの羽久とも思えない発言ですが）一人残らず合格、とさせていただきました。ナーガとガウリイとゼロスのリナちゃんを巡る騒動は、大学に入ってからも続くのでしょう。


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