Love is forever［６］
「寂しいです。行かないで下さい。行かないで下さい。ずっと側にいたいです」 リナは、自分の机に向かって、碧のインクにガラスペンで手紙を書いていた。出すあてのない手紙。リナは、その深紅の瞳から涙をぽろぽろとこぼした。インクがにじんだ。リナは、丁寧に便箋をたたむと、可愛い封筒にそれをしまい、机の引き出しの一番奥に隠した。 愛すべき後悔はこの涙と
机にしまったままのラブレター
卒業式が近づいてきていた。ゼロスは、音楽院への編入の手続きと、向こうでのアパート探しを終えていた。 「リナさん、遊園地へ行きませんか？」 「遊園地って、どこ？」 「ゼフィーリアセントラルリゾート」 「いいけど……あそこ、一日じゃ回りきれないわよ？」 「２日に分けて行くんです。いっぺん家に帰って」 「いいわね」 二人は、公園で遊園地の地図を拡げて、プランを練った。 「ここで、これに乗って……」 「そして、ここで船に乗る。時間的にもぴったりね」 「そして、ここでゴーカートに乗って……」 「ふふっ」 「何ですか？」 「ゼロスったら、やっぱり男の子ね。この年になってもゴーカートに乗りたがるなんて」 「それを言うなら、リナさんだってこの年になってもメリーゴーランドに乗りたがってるじゃないですか」 「な……何よ。メリーゴーランドは女の子の夢なのよ。悪い？」 「いえ、悪くありません。だから、ゴーカートにも乗っていいですね？」 「いいわよ」 「機嫌、なおして下さいよ〜」 二人は、行き先を順番にメモにつけると、地図をたたみ、ゼロスの家に向かった。冷たい風にも、春の気配が混じってきていた。 ゼフィーリアセントラルリゾートは、この国でも最大の遊園地だ。１００を超える遊具の他に、毎日のライトアップ、花火、パレード。ゼロスとリナは、遊園地の開く朝の九時に一日パスポートを買い、中に入った。ジェットコースター、観覧車。順番に、予定をこなしていく。 「観覧車は、夜の方が良かったかもね」 「もう一度乗りましょう。どうせパスポートがあるんだし」 観覧車の中で、ゼロスはリナにキスをした。 「あと何回、キスできるんでしょうね」 「また、そんなネガティブシンキングして。あたしたちが一生つきあっていく限り、キスなんて無限に出来るわ。あんたのお嫁さんになりたいって言ったの、もう忘れたの？」 「忘れて……ません」 「でも、特別サービス。今も、いっぱいキスしてあげる」 リナは、ゼロスの首に腕を回した。 「ウォータースライダー……レインコート自動販売機？」 「買いますか？」 「別にいいでしょ。お金がもったいないもん。乗ろ乗ろ」 二人は、その言葉を後悔することになった。 「うう〜、びしょびしょ」 「ここまで濡れるとは思いませんでしたねえ」 「寒い……」 「僕もです。喫茶店に入って、何か温かいものを飲みましょう」 喫茶店でコーヒーを飲みながら、ゼロスはリナを見なかった。 「ねえ。何でさっきからあたしのこと、無視してるの？」 「無視してるわけじゃないんです。ただ、ワンピースの胸が……」 「へ？」 リナは、慌てて自分の胸を見る。水に濡れて、白い生地が透けている。 「や、やだ……教えてくれれば良かったのに」 「何といって教えたものかと思っていて……」 「……」 二人は無言になる。 「僕、タオル買ってきます」 「え、悪いよ」 「このままじゃ、ここから出られませんからね」 ゼロスの買ってきたタオルで髪や胸を拭くと、二人はコーヒーを飲み干して、喫茶店を後にした。 「もうすぐ、昼のパレードの時間ですね」 「いい場所取るためには、早くから並ばなくちゃ」 二人がパレードコースの一番前に陣取っていると、いきなり係員らしき男が走ってきた。 「あれ？ここにいちゃ、まずかったかな？」 二人が場所を移ろうとしていると、係員はリナの腕を取った。 「な、何するの」 「すみません。説明してる暇がないんです。申し訳ありませんが、こっちに来て下さい」 「待って下さい。僕は、その子の恋人です。説明なく、連れていかせるわけには行きません」 「じゃあ、あなたも一緒に来て下さい。時間がないんです」 「ちょ、ちょっと……」 二人は、係員に連れられて、スタッフルームに連れられていった。 「おお！完璧。良く見つけてきたな、こんな可愛い子」 「とにかく、メイク！それから、この子の彼氏らしいから、この子にもメイクしてあげて」 「分かった。お嬢ちゃん、ちょっとじっとしててね」 鏡張りの、衣装が山ほど下がった部屋で、リナは素早くメイクされた。つけ睫毛をつけられ、唇に紅を差される。 「はい、メイク終わり！着替えて！」 「じゃあ、お嬢ちゃん、この服に着替えてね」 「これって……」 「急いでね」 リナは、白いワンピースを脱ぎ、水色のエプロンドレスに着替えた。 「着替えた？」 「……はい」 「じゃあ、最後にかつらね。出てきて！」 金髪の、長い髪のかつらをかぶせられる。 「完璧！アリスの出来上がり！」 「おい、彼氏の方もできたぞ」 ゼロスが、スペードの８のトランプの格好をして、立っていた。 「リナさん、可愛いですね」 「そういうあんたは、どんな格好してんのよ」 「トランプの兵隊だそうです。リナさんの側にいたいと言ったらこの格好に」 「はい、パレード出ます！」 「お嬢ちゃん、手を振るだけで、何にもしなくていいからね。一回りして帰ってくれば、それで終わりだから。ごめんね、アリスの子が急に腹痛を起こして運ばれて行っちゃって。代役を探してたんだ。君みたいな美少女がいてくれて助かったよ」 「あの……」 「お礼はちゃんとするから。さあ、もう行って！」 華やかな音楽。煌めく電球。リナは、トランプの兵隊に囲まれて、お城のような作り物のてっぺんに立っていた。わっと歓声が弾ける。 （こ……こんなもんでいいかな？） リナは懸命に微笑んで、パレードの観客に手を振った。 「リナさん、可愛いです」 「こら、スペードの８、私語するな」 リナは、ゼロスの方を向いてウィンクすると、また観客に向かって手を振った。 「いやあ、助かったよ。紅い瞳のアリスって言うのも、味があっていいものだね」 スタッフ控え室でお茶をご馳走になりながら、リナとゼロスはそわそわしていた。 「もちろん、今日の分のパスポートの金額は払い戻すよ。それから、明日も来る予定だったんだろう？」 「ええ、そのつもりでしたが……」 「オフィシャルホテルの宿泊券と、明日のパスポートもあげるよ。君たちには本当にお世話になった。あ、それからこれは場内のレストランの無料チケット」 二人は、たくさんのスタッフに見送られて、再び客として場内に出た。 「いろいろ、もらっちゃったね。ホテルの宿泊券なんて、あたしたちにはいらないのに」 「使いましょう」 「え？」 「今夜は、そこに泊まりましょう」 ゼロスの真剣な紫の瞳を見て、リナはうつむき、うなずいた。 「すごく綺麗な部屋……！でも、うちに電話しなくて、本当にいいのかな？」 「電話したら、反対されるでしょう」 「でも、連絡無しだと不安だろうし……」 「じゃあこうしましょう」 ゼロスは、携帯電話を取り出すと、ゼラスにメールを打った。 『今夜はリナさんと泊まります。部屋は別です。』 そして、携帯の電源を切った。 「部屋が別だなんて、嘘ついて」 「安心させるためですから」 そしてゼロスは、リナを引き寄せる。深いキスをする。 「ちょ、ちょっと待って。シャワー、浴びさせて」 「いいですよ。一緒に入りましょう」 「い、一緒に！？」 「さっき覗いてみましたが、充分広いですよ」 二人は、一緒にシャワーを浴びた。 「リナさん、とても身体、綺麗です」 「あたし、胸、小さくない？」 「そんなところも、可愛いですよ」 二人は裸のまま、窓際のベッドに飛び込んだ。顔を近づけ、同じ匂いのシャンプーをかぐ。 「リナさん、愛しています」 「ゼロス、あたしもよ」 ゼロスはリナに覆い被さった。リナは、ときめきと怖さを抑えつけるように、目を閉じた。 Baby we're just in love you&me
たとえ何があっても
あなたのこと忘れない
（You're shinin'in my eyes...)
ホテルの美味しい朝食を取ると、二人はもう一度遊園地に入った。今度は、買い物をしたり、ポップコーンを食べたりしながらゆっくりと園内を回った。 「可愛い！」 リナが手に取ったのは、ハート型をかたどった香水瓶だった。薔薇の香りがする。 「買ってあげましょうか？」 「いいよ。自分で買う」 「僕にプレゼントさせて下さい」 「……うん」 リナが香水瓶を持つと、ゼロスも同じ瓶を取った。 「ゼロスも買うの？」 「いけませんか？」 「だってこれは女の子用の……」 「遠い国に行っても」 ゼロスは、香水瓶の蓋を開け、香りをかいだ。 「この匂いをかいで、あなたのことを思い出します」 「じゃあ、あたしはずっとこの香水、つけておくわね」 二人は、その日もさんざん遊んだ後、夕方に遊園地を後にした。バスに乗って、まず海の見える公園へ行く。 「リナさん、うちに寄っていって下さい」 「うん、お邪魔するよ」 玄関を開けると、ゼラスが待っていた。 「まったく、あなたたちって言ったら。急に泊まるって言い出すから焦ったわよ。リナちゃんの親御さんにも連絡して置いたから」 「すみません」 「楽しかった？思い出は作れた？」 「母様、リナさんは遊園地のパレードにも出たんですよ。『不思議の国のアリス』役で」 「まあ。リナちゃんほど可愛ければ、ぴったりだったでしょうね。ゼロスは？それを見てたの？」 「同じパレードの中から見てました。トランプの兵隊の格好をして」 「あらあら」 ゼラスは顔を押さえてくすくす笑った。 「じゃ、ゼロス、リナちゃんを送ってきなさい」 「もうそんな時間ですか。それじゃ、行きましょう、リナさん」 「ええ」 ゼロスは、手袋を外して、リナに手を伸ばした。リナはさしのべられたゼロスの手を取った。 「ゼロスの手って、冷たいね」 「リナさんの手は、とても小さくて、温かいです……」 バス停に着くと、前のバスが行ったばかりだった。二人は、闇の中でしばし待つ。 「リナさん、僕が行ってしまうこと、寂しくないんですか？」 「な……！寂しくないわけないでしょ。どうしてそんなこと言うのよ」 「何だか、僕ばかりが寂しがっているような気がして」 「馬鹿ね」 リナは、ゼロスにそっと口づけた。 「あんたが一流のピアニストになったら、すぐに会えるわ。だから、我慢してるの」 「いつになるか分かりませんよ」 「すぐよ」 リナは微笑んだ。 「あんたの演奏を聴いていれば分かるわ。すぐにその日はやってくる」 バスが着いた。リナは、もう一度ゼロスにキスをして、バスに乗り込んだ。 サヨナラは言わずに
ひとりでバスを降りた
だけど Baby promis me
“Our love is forever”
「寂しいよ、ゼロス……」 リナは、ベッドの中で涙を流していた。でも、『行かないで』という一言を言ってはいけない。ゼロスの無限の可能性を、自分が邪魔するわけには行かない。だから、ベッドの中でだけ、リナは本当のことを一人で言う。 「行かないで……あたしの側にいて」 朝が来て 夜が来るたび思うの
夢でなら言えるのに I miss you
ゼロスが旅立つ朝が来た。リナは、眠っていなかった。ふちの赤い瞳をこすって、とびっきりのワンピースに着替えた。 「リナさん」 「ゼロス」 空港で、二人は強く抱き合った。ゼラスが見ていたが、もうそのことも気にならなかった。お互いから薔薇の香りが漂い、二人はクスリと微笑んだ。 「ゼロス、あたし、ずっと待ってる。早く迎えに来てね」 「僕がこうして音楽院に行けるのも、みんなリナさんのおかげです。決して、一日たりともあなたのことを忘れたりしません」 「ゼロス、そろそろ行く時間よ」 ゼロスは、鞄を提げた。 「リナさん、しばらくの、サヨナラです」 「サヨナラなんて、もう言わないわ。だって、あたしたち、すぐに会えるんだもの」 Baby your stars shinin' in my life
愛に 地図があっても
時に道に迷うけど
（Baby I need your love..）
でもきっと Everythin' is right
いつだって その愛が
夜空を照らす
Baby You are my Lucky star ☆
...Shinin' in my life
...and our love is forever.
文中の遊園地のモデルは……書かなくても分かりますね。実は最近遊びに行ってきたので、登場させてみました。もちろん、いきなり素人をパレードに起用するなんてことはないと思いますが……白倉由美さんの「セーラー服物語」でそういうエピソードがあったので、やってみました。「アリス」の格好は「スレイヤーズＴＲＹ」でリナちゃんがしていましたね。彼らの恋は永遠です。それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。最終章だというのに、ピアノを弾くシーンがない……。ちなみに、後日談があります。ここの短編の「冷たいミルク」です。このお話を気に入って下さった奇特な方は、そちらもぜひ読んで下さい。ゼロス視点の、ニューヨークからの恋物語です。  |