Love is forever［５］


リナたちは、中二になり、中三になった。その間も、リナは毎日のようにゼロスの家に通っていた。部活にも入らなかった。
「いいんですか、リナさん。僕の演奏を聴くだけで」
「そうよ。そうだわ、リナちゃん、あなたもピアノ、やってみない？丁寧に教えるわよ」
「い、いえ、いいんです。あたしは、ゼロスの演奏を聴いてるだけで、幸せなんです」
「それにしても、こんなにゼロスのために時間を割いていて、成績の方はすごくいいんでしょ？話は聞いてるわよ。すごいわ、リナちゃん」
「勉強の方は、帰ってからでも出来るので……」
「ゼロス、リナちゃんに感謝しなきゃ駄目よ。今度のコンクール、もしリナちゃんが来られなくても、途中で舞台を降りたりしたら許さないからね」
「いつの話をしてるんですか、先生。勘弁して下さいよ」
「いーえ、あなたは油断できないわ。まだまだリナちゃんに精神的に依存してるわね。このまま行くと、リナちゃんをお嫁さんにしないと気が済まなくなるんじゃないの、あなたは」
「母様！」
ゼロスは真っ赤になって怒鳴る。
「先生と呼べと言ってるでしょう。リナちゃんはどう？こんな、リナちゃんコンプレックスの男を、お婿さんにする気はある？」
「えっ、えっ、あの」
「リナさん、答えることないです！」
ゼロスは赤くなったまま、ぶっきらぼうに言った。
「ほほほ、若人はいいわねえ。それじゃ、そろそろリナちゃんを送っていきなさい、ゼロス。もう遅いわ」
「はい、先生……」
相変わらず手袋をはめた手をリナに差し出す。
「行きましょう、リナさん」

「ゼロス、手、おっきくなったね」
「そうですか？まあ、最近鍵盤を大きく使うのが楽になったな、とは思っていましたが」
「背も高くなった」
「そうですね。初めてあった頃は、僕と変わらなかったのに……」
「そうやって、どんどんあたしから離れていっちゃうんだね」
「リナさん……」
ゼロスは、リナの肩を引き寄せた。そして、そのままぎゅっと抱きしめる。
「僕が貴女から離れていくなんてことはない。初めてあったあの日から、僕たちはずっと一緒です。一時期、母様からの助言で引き離されていたときもありましたが……あの時も、僕はずっと貴女のことを想っていた」
二人は、バス停に着いた。すぐにバスがやってくる。
「それじゃ、今日はこれで……」
バスに乗り込もうとするリナを、ゼロスが引き留めた。
「しばらく、一緒にいて下さい」
「お客さん、乗るの？乗らないの？」
昇降口のマイクに、リナは言った。
「乗りません」
バスは、埃を立てて去っていった。

「うわあ、夜景が綺麗……！」
海の見える公園は、夜、全くその姿を変えていた。ダイヤモンドをまき散らしたような夜景。そして、暗く闇に沈む遊具たち。
「あの辺が、港ね。船がたくさん明かりをつけてる」
「リナさん」
「何？こっちに来ないの？ゼロス」
ゼロスはリナの腕を引いて、自分の胸の中に抱き込んだ。
「ゼロス……」
「好きです、リナさん」
「ほんとに？あたしが聴いていると、ピアノが上手く弾けるからじゃなくて？」
「どっちも同じことです」
ゼロスは、リナの小さな身体をさらに深く抱きしめた。
「僕は、たった一人の人のためにピアノを弾いている。貴女がたとえ側にいなくても、貴女のことを想いながらメロディーを奏でている。さっきは、母様の冗談でしたが……」
リナは、ゼロスの早鐘のような心臓の音を聞く。
「僕が、一人前のピアニストになったら……僕と結婚してくれませんか」
「な、何言ってるのよ、ゼロス。あたしたち、まだ中学三年生なのよ。結婚の話なんて……」
「僕は、高校生になったら、今よりもっとピアノに専念するつもりです。プロになることだって、考えていない訳じゃない。あなたは普通の高校生になるつもりで、迷惑なのは分かっています。でも、真剣に考えてくれませんか？僕のお嫁さんになることを」
「ゼロス……」
「やっぱり、迷惑ですか？」
「ううん、すごく、すごく嬉しいわ。ゼロスがそんなに真剣にあたしのことを考えていてくれたなんて……」
「じゃあ、お嫁さんには……」
「なりたい。すごくなりたいわ。ほんとは、１６歳になったらすぐにでもなりたいくらいよ」
「リナさん……」
ゼロスは、リナのガラスのような顎を持ち上げて、そっとキスをした。リナが、ゼロスの首にしがみついた。二人は、もっと深いキスに溺れた。
「えへへ、ファーストキス」
「ほんとは、ファーストキスじゃないんですよ、リナさんも、僕も」
「え？どういうこと」
「じゃあバス停まで送ります」
「こーらー！ごまかすなあ！」
ゼロスは苦笑して、バス停まで走った。


ショパン記念コンクールが近づいてきていた。ゼロスは、熱心に練習に取り組んでいた。リナは、声をかけようとしてもかけられないくらいのゼロスの集中力に圧倒されていた。もちろん、演奏も素晴らしかった。ゼロスのピアノの音は、他のピアノと造りが違うのではないかと思うくらい、きらびやかに響いた。リナは、ただその音に聞き惚れていた。ゼロスは、そんなリナの思いを背後に感じて、さらに演奏に磨きをかけた。
「うん……良くなったわ。もう、あたくしが教えることは何もないわね」
「先生……！」
「これから先は、あなたは自分自身で成長していけるはずよ。もちろん、その時々の軌道修正はしてあげられるけど……あたくしがあなたに教えられる範囲は、もう終わったわ。今度のコンクールも、このまま行けばいい成績を修められるはずね」
「ありがとうございました、先生……」
「もう一人、お礼を言う人がいるでしょ」
「ありがとうございます、リナさん」
「あたしは、ただ聴いてただけ。ここまで自分を成長させたのはゼロスよ」
「貴女がいなかったら、僕はただのピアノ弾きで終わっていたでしょう。貴女が聴いていてくれたからこそ、僕はここまで来られたんです」
「あんたの役に立てたなら、嬉しいわ」
「これからも、よろしくお願いしますよ、リナさん」


コンクールの日、リナはまた赤い薔薇の花を買った。今度は、自分の名前を添えて、受付に差し出す。すると、受付の女性が立ち上がった。
「リナ＝インバース様ですね。ゼロス＝メタリオム様が、控え室に来て欲しいと伝言を残しておられます」
「あ、ありがとう」
『関係者以外立入禁止』の看板を乗り越えて、リナは奥にはいっていった。小さな控え室が、たくさん並んでいる。
『ゼロス＝メタリオム様』
そう書かれた部屋のドアをノックする。
「リナさんですか？」
ドアが向こうから開けられる。ドアを閉めると、ゼロスはシックなスーツ姿で、リナを抱きしめた。
「待っていました」
「ゼロス……苦しいよ」
「これはすみません」
腕が緩む。それでも、ゼロスはリナを放さなかった。
「不安なんです」
「あんたが？」
「僕だって、不安にくらいなりますよ。おまじないをかけてください」
「おまじないって……」
唇を、唇でふさがれる。舌で、舌を絡め取られる。
「……いきなり何するのよ」
リナは、顔を赤くして息をついた。
「すこし、落ち着きました」
「このすけべ」
「もう少し、落ち着かせてくれますか？」
もう一度、唇を重ねられる。リナは、逆らわずにゼロスに全てを預けた。その時、こん、こんとドアをノックする音がした。二人は慌てて唇を離す。
「ゼロス、緊張してない？」
ゼラスが優雅なドレスを身にまとって入ってきた。
「あら、お邪魔だったかしら」
「いえ……こちらこそ。そろそろ舞台の時間ですね。あたし、失礼します」
出ていこうとして、ゼラスに囁かれた。
「唇が濡れてるわよ」
リナは真っ赤になって、控え室を飛び出した。


「どれよ、リナ＝インバースって」
「あ、今、控え室の方から出てきた」
数人の女の子が、リナを見ている。
「ゼロスの控え室に行ってたのかしら」
「顔は確かに可愛いけどさあ……ちびじゃん」
「学校も違うくせに、生意気なんだよね」
女の子たちは、ゼロスのクラスメイトだった。
「ちょっと、あんた。リナ＝インバース！」
リナは足を止める。
「リナ＝インバース、あんた、小学校も、中学校も違うくせに、ゼロスにくっついてさあ。図々しいんじゃないの」
「ゼロスも、迷惑してるんじゃない」
「あんたみたいなチビ、ゼロスには全然似合わないわよ」
リナは、ふっと笑った。
「何がおかしいのよ！」
「用事はそれだけ？じゃあ、あたし、行くわね。ゼロスの演奏を、いい席で聴きたいから」
「待ちなさいよ！ゼロスが、本当にあんたなんかを好きだと思ってるわけ？」
リナは、誇り高い目で言った。
「思ってるわ」
女の子たちは気圧されて黙る。リナは、紅茶色の長い髪をなびかせて、さっさと客席に入っていった。

ゼロスは、舞台からリナを探した。すぐに見つかった。前から３番目の席の真ん中。背筋を伸ばして、いつも小部屋でゼロスの演奏を聴くような表情で、ゼロスを見つめている。
（リナさん、今、弾きます）
ゼロスは、なめらかな指使いで曲を弾き始めた。ゼロスのために調律されたようなピアノは、幻想的な音をコンサートホールに響かせた。リナは、微笑んでその演奏を聴いていた。ゼロスは、今、一番調子がいい。そのことは、毎日ゼロスの演奏を聴いていた自分にならすぐ分かる。ゼロスの指は白鍵と黒鍵の上を滑り……そして沈黙した。
「ブラボー！」
叫ぶ声が聞こえる。会場は拍手で覆われた。リナは確信していた。今日、演奏したなかで一番上手いのはゼロスだ。そして、これからも、ゼロスを上回る演奏は現れないだろう。リナのその予感は当たった。ゼロスは、そのコンクールで金賞と審査員特別賞を取った。全ての演奏が終わると、リナは再びゼロスの控え室に行った。そして、汗ばんだゼロスを強く抱きしめた。
「すごかった、ゼロス。今日のコンクールは、あんたのためにあったようなものね」
「舞台の上からリナさんを見つけられましたから。その時、もう結果は見えていたようなものですよ」
二人は、ゼラスが入ってくるまで、再び抱き合った。そして、口づけをした。


正午の公園でリナが待っていると、ゼロスが姿を現した。二人分のサンドイッチを持っている。
「毎日毎日同じサンドイッチで飽きませんか？」
「ゼロスは？」
「僕は全然」
「あたしも全然」
リナは微笑んで、自分の分のサンドイッチに手を伸ばした。
「ふー、美味しかった」
食べ終わると、リナはゼロスの手袋をした手を引いた。
「早くいこ。あんたのピアノが聴きたいわ」

ゼロスが演奏していると、ゼラスが入ってきた。
「ゼロス、お客様よ」
「僕に……？」
「初めまして、ゼロス＝メタリオムくん。私はジェラード音楽院のものだ」
「……ジェラード音楽院って、あの……」
「そうだ。この間のコンクールで君の演奏を聴かせてもらってね。今すぐにでも来て欲しいところだが、中学校はきちんと卒業しないと困るだろう。だから、中学を卒業したら、わが音楽院に来て欲しいのだが……君の意見はどうだね？」
「少し……考えさせてくれませんか」
「まあ、君も親元を離れて外国に行くわけだから、不安なのは分かる。でも、君が一流のピアニストになるには、わが音楽院に来るのが一番の近道だと思うよ」
客は、名刺を置いて帰っていった。呆然としていたリナが、ゼロスに飛びついた。
「ゼロス！ゼロス、すごいじゃない！音楽のこと分からない私でも、ジェラード音楽院って聞いたことあるわ。ゼロス、プロになれる！絶対、一流のプロのピアニストになれるわ！」
「驚いたわ」
ゼラスも、髪をかき上げて言った。
「あそこからスカウトが来るなんて。我が息子ながら、呆れちゃうわね。ジェラード音楽院に行けば、あなたの将来は保証されたも同然だわ」
ゼロス一人が、浮かない顔をしていた。
「じゃあ、ゼロス、リナちゃんを送っていきなさい。送り狼にはならないでね」

リナは、海の見える公園で、星空に向かって両手を伸ばした。
「ゼロス、当然行くわよね？おめでとう。あたしも、ずっとあんたの演奏を聴いてきた甲斐があるってものだわ」
「リナさん……僕は、リナさんのいないところへ何年も行くのは辛いです」
「なあに言ってんの！」
リナはゼロスの背中を叩く。
「ゼラスおばさまが言ってたでしょ。自分にはもう教えることがないって。音楽院に行けば、またもっとハイレベルのことを教えてもらえるわ。行くべきよ。あたしのことなんて、どうでもいいじゃない」
「どうでも良くありません！」
ゼロスは、リナを抱きしめた。
「これから、高校生になって、いっそうあなたと近くなって……ずっと側にいられると思っていたのに。貴女のいない外国で、僕はピアノなんて弾けません」
「弱虫」
「えっ？」
「あたしが好きになったのは、そんな弱虫なゼロスじゃないわ。あんたの奏でるピアノは、もっと力強くて、迷いがなくて……そんなピアノを弾くあんただから、あたしは好きになったのよ。ねえゼロス、迷わないで。もっと、もっと素敵なピアノを弾けるようになって。あたし、それを楽しみにしてるわ」
「……分かりました」
「分かればよろしい。でも、あたしたちの恋は永遠だからね」


Baby we're just in love you&me
I'm hopin' that our time never ends
あなただけを 見つめてた
（You're shinin'in my eyes...)

サヨナラは言わずに
ひとりでバスを降りた
だけど Baby promis me
“Our love is forever”





書きながら我ながら思うのですが、このゼロス、リナちゃんに振られたら果たして立ち直れるのでしょうか。そして、ゼロスに訪れる大きな転機……。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ピアニストとしての大チャンスを掴みながらも迷うゼロス。それを励ますリナ。でも、彼女も……。次で最終章になります。よろしくお願いします。


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