Love is forever［４］


「ねえ、姉ちゃん。ゼロスは、最後まで舞台でピアノを弾いたんだよね」
「ええ、そうよ」
「それで、特に何の賞ももらわなかったんだよね」
「何度も言ってるじゃない」
「おっかしいなあ。ゼロスほどの腕があれば、コンクール、トップになってもおかしくないのになあ」
「もっと上手い子はいっぱいいたわよ。あんたはゼロスくんの演奏しか聴いてないから」
「それでも分かるの！ゼロスはとびっきり上手いって。ねえ、姉ちゃん……」
リナは深紅の目で姉の目を覗き込む。
「嘘、ついてない？」
「参ったわね」
ルナは額を押さえた。
「これは、直接ゼロスくんがあなたに言った方がいいと思って黙ってたんだけど……」
「何？」
「ゼロスくんは、最後まで曲を弾かなかったわ」
「……！」
「途中で、何度か同じ場所でつっかえて、そのまま舞台を降りて、いなくなっちゃったわ。当然コンクールは失格ね。あたしはそこまで見て帰ってきたから、コンクールの結果なんかは知らないわ」
「ゼロスが……」
「あんたが来なかったことが原因なのかも知れないけど、あたしはゼロスくん自身の責任だと思うわ。一人の応援が来なかったくらいで、途中で演奏をあきらめるなんて、コンクールの出場者のする事とは思えないもの……リナ、どこへ行くの」
「ゼロスの家！あたし、謝らなくちゃ。ゼロスに、謝らなくちゃ！」
「あんたが謝るようなことじゃないと思うけど」
リナは、マフラーをぐるぐる巻き付けると、家を飛び出していった。

いつもの、海の見える公園のバス停で降りる。迷路のような高級住宅街を駆け抜ける。
（そう言えば、ここを通るときには、いつも一緒だったな……公園で会って、ここを連れられて……電話番号さえ、聞いてなかった）
やがて、塀に蔦のからまった、大きな洋館の前につく。いくつもある小さな窓が、ここにあるたくさんの練習室の数を示している。リナはブザーを押した。
「どちら様？」
ゼラスの優しい声。
「リナ＝インバースです。ゼロスくんに、謝りに来ました」
「まあ……この寒い中を。とにかく上がって」
鉄の門は開かれた。リナは中に入った。
客間に通された。時代がかった服を着たメイドが、熱いココアを運んでくる。リナがココアをふうふう吹いていると、ゼラスが姿を現した。
「よく来てくれたわね、リナちゃん」
「あの……！あたしのせいで、ゼロスくんのコンクール、めちゃくちゃになっちゃったって聞いて……それで……」
「たしかに、この間のコンクールはめちゃくちゃだったわ。だけど、それはリナちゃんのせいじゃないの」
「だって、あたしが絶対応援に行くって言ってて、熱を出しちゃったから……！」
「だれだって、風邪を引くこともあれば、熱を出すこともあるわ。自分を責めないで」
「でも、ゼロスくんは……あれから、公園にも来てくれない。きっと、怒ってるんですね、あたしのこと……」
「ゼロスを公園に行かせなかったのはあたくしよ」
「え……っ？」
「将来、プロのピアニストを目指すものとしては、たった一人の応援が来なかったくらいで舞台を投げ出すようでは失格だわ。あたくしはゼロスに聞いた。ピアニストになることをあきらめるか、リナちゃんに演奏を聴いてもらうことをあきらめるか……ゼロスが、どちらを選んだか、分かるわね」
「そうですね……ピアニストになるのは、ゼロスくんの夢ですものね……」
「リナちゃん、ゼロスのことを、少しでも好きでいてくれたかしら？」
「えっ、えっ、あの……」
「ああ、変な意味じゃなく。友達として」
「ええ。好きでした」
「それじゃ、しばらくゼロスに『リナちゃん断ち』してもらっていいかしら？」
「はあ……」
「リナちゃんがいなくても、リナちゃんがいるときのような演奏が出来るようになったとき、改めてあたくしはリナちゃんを呼ぶわ。それまで、待っていてくれる？」
「はい、待ちます」
「いまのゼロスの演奏はひどいから。時間がかかるかも知れないわよ。それでもいいかしら？」
「ええ」
「ゼロスは幸せね。こんな健気な、こんな美少女に想ってもらえるんですもの」
リナは真っ赤になった。そして、ココアの残りを飲み干した。
「それじゃ、今日は帰ります。あたし、ゼロスくんが頑張ることを、ずっと祈ってます」
「その祈りはきっと届くわ。いえ、届かせてみせる。あの子のピアノ教師として。そして、母親として。それじゃ、住所と電話番号を教えてくれるかしら？」
ゼラスは、門までリナを送った。
「次に会える時を、楽しみにしてるわ」
「はい……あたしも」
そして門は閉まった。リナは、ゼロスがいつもピアノを弾いている窓を見上げた。


「ガウリイ、ドッジボール混ぜてよ」
「いいぜ。だけどお前、この時間はゼロスのピアノ聴きに行かなくていいのかよ」
「余計なお世話！」
リナの投げたボールが、ガウリイの肩に当たって跳ね上がる。
「いってー……全く力は男勝りだな、お前は」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと外野に出る！」
「おーい、インバース、パス行くぞー」
「はーい、まかせといて」
リナは、その鋭い投球で、次々に相手の数を減らしていった。
「ボール渡ったぞ！インバースを狙え！」
「ふふん、当たんないわよ」
リナは妖精のような身軽さで、ボールをかわした。


リナたちの小学校の卒業式が来た。リナは卒業生代表だった。ゼフィーリア女学院中等部の試験には既に受かっていた。
「……この学校を卒業できることを誇りに思います。卒業生代表、リナ＝インバース」
小学生の卒業式は、そんなに湿っぽくない。皆、これから向かう中学校のことで胸がいっぱいだからだ。リナは、これっきり違う学校になる友達と、デジカメで記念写真を撮っていた。
「おい、俺とも写真を撮ってくれよ」
「ガウリイ。もちろん、いいわよ」
ガウリイはリナの細い肩に手を回した。そして、ぎゅっと自分の方に引きつけた。
「ガウリイ……」
「これ、もらってくれ」
ガウリイは、ブレザーのボタンを引きちぎった。
「後で捨ててくれてもかまわないから、今は、それを受け取ってくれ」
「ううん、捨てたりしない。ずっと大事にする。さよなら、ガウリイ。元気でね」
「ああ、リナ。お前も、元気でな。食い過ぎで倒れんなよ」
すぱこーん。
「誰が倒れるかー！」
「あーあ、お前にこうやって殴られるのも最後か」
「女学院に来てくれれば、いくらでも殴ってあげるわよ。もっとも、あんたが女学院なんかに来たら大騒ぎになりそうだけど」
「何でだ」
「あんたがハンサムだからよ」
「お前、俺のこと、ハンサムだと思ってくれてたのか？」
「客観的に見て、そうなんじゃない？」
「ん。嬉しいよ。じゃあな」
ガウリイは、片手をあげて、父兄の集まっている方へ去っていった。

卒業式が過ぎて、春休みに入っても、ゼラスから電話はなかった。リナは、毎日を退屈して過ごしていた。よそ行きに着替え、街の大通りに出る。大きなスクランブル交差点の向こうに、ふっと見慣れた髪型がよぎった。
（ゼロス……！）
今すぐにでも、追いついて、抱きつきたい。そんな気持ちを、リナはぐっとこらえた。ゼラスから連絡があるまでは、ゼロスに会うわけには行かない。リナは、電柱の陰に隠れると、投げキッスをゼロスに送った。


Baby candy pop!　大通りを駆け抜けて
空へ投げたキスは交差点の向こう側


リナは、ゼフィーリア女学院の中等部に入った。もとゼフィーリア第一小学校だった女の子たちから、さっそく声をかけられた。
「ねえ、ゼロスくんと仲いいんだって？」
「ゼロスくんはね、あたしたちの憧れだったんだよ」
「コンクールの時にも、クラスの女子名義で花束送ったりしたの」
「どうやって、ゼロスくんと知り合ったの？」
質問責めにあって、リナは驚く。
（でも、当たり前よね。ゼロスは、あんなにかっこいいんだから）
「公園でね、遊んでて、ゼロスに声、かけたの」
「えっ？本当？あたしたちがどんなに遊ぼうって言っても、全然相手にしてくれなかったのに。やっぱ、リナは可愛いからなあ。得してるわね」
「そ、そんなこと、無いと思うんだけど……」
「それで？ずっとゼロスの演奏を聴かせてもらってたの？」
「え？どうしてそんなこと知ってるの」
「有名だよ。ゼロスくんが美少女を家に連れ込んで演奏聴かせてるって」
「その美少女が、リナだったなんてね。でも、確かに可愛いわ、リナ。ゼロスくんが夢中になっても無理ないわね」
「やだ、あたしとゼロスはそんなんじゃないってば」
「それで、リナがコンクールの応援に行かなかったから、ゼロスくんがコンクールを途中でボイコットしたって話があるけど」
リナは唖然とした。
「やだ、全然違う。違うよ」
「焦るところが怪しい。どうして応援に行ってあげなかったのよ、リナ」
「風邪を引いて……」
「なあんだ。あたしたちの噂では、金髪のかっこいいボーイフレンドがいるから、行かなかったって話になってたけど」
「なんでそこでガウリイが出てくるのよ」
「ふーん、ガウリイって言うんだ、そのかっこいい人」
リナは赤くなる。
「今でも、ゼロスくんの家に行ってるの？リナ」
「……行ってない」
「なんで？なんで？もしかして、振られたとか？」
「ちょっと皆さん、無神経なんじゃないですか？」
可愛い声が響いた。
「ア……アメリア。あんたには関係ないでしょ」
「リナさんにはリナさんの都合があるはずです。そう根ほり葉ほり聞くのはどうかと思います」
「相変わらず、固いわね、あんたは」
「私は間違ったことを言っているとは思いません！」
「……分かったわ。色々詮索してごめんね、リナ」
女の子たちは、ぱらぱらと去っていった。
「ありがとう。助かったわ」
「まったくもう、みんなうわさ話が好きなんだから」
「アメ……リア？」
「アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーンです。アメリアって呼んで下さい。あなたは、リナ＝インバースさんですね？」
「何であたしの名前なんか……」
「言ったでしょ？みんな噂話が好きだって。第一小学校では、ゼロス＝メタリオムさんの秘密の彼女として、あなたは有名だったんですよ」
「有名……」
「頭も良くて、運動神経も良くて、金髪の美形のボーイフレンドがいて、それでもの凄く可愛いって」
「はあ……」
「友達になってくれますか？」
「もちろんよ。アメリア、大歓迎だわ」
「それじゃ、リナさんの友達に紹介して下さい」
「いいわよ」
美少女二人は、肩を寄せあって廊下を歩いていった。


入学式からしばらく経って、リナが家に帰ると、ポストに綺麗な封筒が入っていた。
「何だろ？」
封を切ると、『ゼラス＝メタリオムピアノ教室クラシックの夕べ』というコンサートのチケットがひらりと落ちてきた。さらに、ピンクの小さなメモも入っている。
「ゼロスには内緒でいらしてね。　ゼラス」
リナは、そのチケットを大事に机にしまうと、その夜を待った。

「うん、だいぶ良くなったわね」
「そうですか、先生」
「何かコツでも掴んだのかしら？」
「コツと言えるかは分かりませんが……リナさんがそこにいなくても、遠くにいるリナさんに届くように……弾けるようになりました。いつでもリナさんは僕を見ていてくれてるって」
「そう言うことが分かってくれればいいのよ。それにしても、あなた、リナちゃんに振られたらどうやってピアノを弾いていく気かしら」
「うっ……そう言うことは、考えないようにしています」
「それにしても、演奏自体はずいぶん良くなったわ。これなら、次のコンサートも大丈夫ね」
「本当ですか」
「今度は、舞台から逃げ出さないでね」
「もう逃げ出したりしません。もうリナさんを裏切るようなことはしません」
「分かればよろしい。じゃあ、同じ曲を後何度かさらって。今日はそれであがっていいわ」
「はい、先生……」


「あら、リナ、ずいぶんおめかししてるのね。今夜はどこかに行くのかしら？」
「うん。ゼロスくんのコンサートに、ちょっとね」
「あんたが行けば、ゼロスくんも舞台から逃げ出すことはないかしら」
「あたしが行くことは秘密になってるの」
「ふうん……ゼロスくん、根性見せてくれるといいわね」
「きっと、大丈夫よ。姉ちゃん、髪、結って」
「いいわよ。あたしのイヤリングもつけていく？」
「いいの？」
「今夜が特別な夜になるように、おまじないよ」

リナは、途中の花屋で赤い薔薇の花束を作ってもらうと、町の中心部にある小さなコンサートホールに向かった。受付で、薔薇の花束を預ける。差出人の名前は書かない。ずいぶん早く着いてしまったようなので、真ん中のいい席を取った。やがて、会場はピアノ教室のコンサートとは思えないほどの人で埋まった。ブザーが鳴って会場が暗くなり、小さな子供から順番に演奏が始まった。
（ゼロスの出番は……っと……）
プログラムをチェックすると、ゼロスは中学生の部ではなく、トリをつとめていた。
（やっぱ、すごいんだ、ゼロス）
じっと待っていると、やがてゼロス以外の全ての演奏が終わり、ゼロスの出番になった。リナは、汗ばんだ手を握りしめた。
ゼロスの演奏は素晴らしかった。あのころ、狭い部屋で聴かせてもらっていたのと同じ、リラックスした、なめらかな演奏……。
演奏が終わると、割れんばかりの拍手が会場を埋めた。ゼロスは、会場に向かって丁寧に頭を下げ……そして目を上げた。リナの目と、ゼロスの目が、かちりと合う。ゼロスはにっこりと、本当に嬉しそうに微笑んだ。そして、もう一度頭を下げた。
リナがロビーにいると、ゼロスが走ってきた。
「来てくれてたんですね、リナさん」
「素晴らしかったわ、ゼロス」
「貴女に、今日の演奏を聴いてもらえて本当に嬉しい。控え室に来て下さい」
「いいの？」
「あなたは今日の最高のゲストですよ」




というわけで、ゼロス復活です。私自身は中一までピアノを弾いていて、根性が続かず止めてしまったので、ピアノの演奏のことは適当に書いてます。詳しい方もあまりつっこまないで読んで下さいね。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。私の叔父がピアノ教室を開いていて、ピアノをやめたあとも、よく発表会を聴きに行っていたので、その雰囲気のようなものは覚えています。


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