Love is forever[2]
「リナさん、サンドイッチ食べませんか?」 鉄棒でぐるぐる回っているリナに、ゼロスは声をかけた。 「また、分けてくれるの?」 「いいえ、今日は母様に二人分作ってきてもらいました」 「えっ?本当?らっきー!あのサンドイッチ、すごく美味しかったんだ」 二人で海の見えるベンチに腰掛ける。涼しい風が吹く。 「ほんとにもらっちゃっていいの?」 「ええ。そのために作ってもらったんですから。食べて下さい」 「じゃあ遠慮せず……いただきまーす」 リナは豪快にサンドイッチを平らげた。ゼロスは、嬉しそうにそれを見ていた。 「あんたは食べないの」 「食べますよ。ただ、リナさんが食べるのを見てるのって楽しくて」 「変な趣味」 「す……すみません」 「あやまることはないわよ。ただ、あたしが食べてるのなんて見て、楽しい?」 「すごく豪快に食べるから」 「それって、女らしくないって事?」 「そんなことないです。リナさんは、充分女らしいです」 「ふうん……まあいいや。どんどん食べさせてもらうわよ」 リナはあっという間に自分の分を食べてしまった。 「ふう……美味しかった。あんたのお母様って料理、上手いのね」 「サンドイッチは特に。僕の分、少し食べますか?」 「えっ?いいの?」 「ええ。僕は少しで足りますから」 「でも、あんたはこの後何時間もピアノを弾かなきゃならないでしょ?そんなにはもらえないわ」 「じゃあ、3切れだけ。どれにしますか?」 「うーん……コンビーフと……って、ほんとにもらっちゃうわよ?」 「ええ。僕はリナさんがお腹いっぱいになるのが嬉しいんです」 「じゃあ……」 リナは、三切れ選ぶとあっという間に平らげた。ゼロスは、残りをゆっくりと食べた。サンドイッチは、今までになく美味しく感じた。 全て食べ終わると、ゼロスは黒い手袋をつけた。そして、リナの手を取った。 「僕の家に行きましょう」 「ええ」 二人は公園を後にすると、高級住宅街に入っていった。 昨日と同じ部屋。涼しい空気。午後の眩しい日射しが、黒いピアノに降り注いでいる。 「じゃあ、リナさんはそこに座っていて下さい。僕は、また指慣らしから始めます」 黒い手袋を取る。その手をリナに掴まれて、ゼロスは焦った。 「リ……リナさん、何ですか?」 「ううん……いつも手袋に包まれてるから、あんたの手ってどんなだろうと思って。やっぱり、きれいね。指も真っ白だし、爪も綺麗」 「リナさんの手だって可愛いですよ。爪は桜貝みたいだし」 「やーね、誉めたって何も出ないわよ」 リナは顔を赤くして手を隠した。 「さ、ピアノの練習して」 ゼロスは、一呼吸すると、指慣らしを始めた。リナは、姿勢良く椅子に座ると、じっとピアノの音に耳を傾けていた。 「うん、今日もいいわね」 ゼラスのお墨付きが出る。 「感情を込める、っていうこと、分かった?」 「正直、僕にはまだ分からないんです。ただ、そこにリナさんがいる、と思うだけで」 「そうね……リナちゃんに頼っているようでは良くないわね」 「えっ……あたし、いちゃ駄目ですか?」 「いやいや、そう言う事じゃないんだけどね、リナちゃん。むしろ、あなたの存在で、いまゼロスは大切なことに気づきかけてるの」 「大切なこと……?」 ゼロスが問う。 「そう。ただのピアノ弾きがピアニストになるために、もっとも大切なことよ。そのためには、もうしばらくリナちゃんにいてもらった方がいいかもね。リナちゃんには迷惑かも知れないけど」 「あたし……迷惑なんてこと全然無いです。毎日、こんな綺麗なピアノ聴かせてもらって、美味しいサンドイッチもご馳走になって」 「あら、あたくしのサンドイッチ美味しかった?」 「最高です」 「良かった。明日も作るから、サンドイッチ目当てにでも、来てくれる?リナちゃん」 「もちろん、来ます」 「よかったわね、ゼロス。リナちゃんがいい子で。普通、ピアニストでも何でもない小学生の練習になんか、女の子はつきあってはくれないわよ」 「感謝してます、リナさん」 「感謝だなんて。あたしこそ、素敵な演奏を聴かせてもらって嬉しいわ」 「それじゃ、今日も送っていきなさい。そろそろ暗くなる時間よ」 ゼロスは、手袋をはめた。そして、リナの手を掴んだ。 夜道を、出来るだけ一緒にいられるようにゆっくりと歩く。 「リナさん、僕の練習聴いてて退屈じゃないですか?」 「退屈?あんな綺麗な曲聴くのが退屈なわけないじゃない」 ゼロスは、闇の中で嬉しそうに微笑んだ。やがて、街灯が増え、バス通りが近づく。 「明日も、サンドイッチ持って待ってます」 「うん。楽しみにしてるね」 リナはバスに乗り込む。窓からゼロスを見る。ゼロスは真剣な紫の瞳でリナを見上げていた。 「ばいばい」 リナはにっこり微笑んで手を振る。バスは遠ざかっていった。ゼロスは、さっきまで自分の手の中にあった小さな手を思い出して、寂しい気持ちになった。 それから一週間、リナの訪問は続いた。ゼロスの演奏は、次第に熱を帯び、感情に揺らめくようになった。ゼラスは、その変化をニコニコして聴いていた。 「どう?ゼロス。『感情を込める』ってこと、分かるようになったかしら?」 「うーん……『リナさんに聴かせたい』ってことでいいんでしょうか?」 「そうね。近いかも知れないわね。あなた、リナちゃんに退屈して欲しい?」 「まさか」 「つまらない演奏、って思ってもらいたい?」 「そんなわけないじゃないですか」 「じゃあ、どう思って欲しい?」 「素敵な演奏だと。綺麗なメロディーだと。思って欲しいです」 「それが、あなたがずっと出来なかった『感情を込める』ってことよ」 「……じゃあ、僕がそれが出来るようになったのはリナさんのおかげですね」 「へ?へ?あたし、何かした?」 「僕の演奏を、じっと聴いてくれた。そして、誉めてくれた。僕は、リナさんに誉められるためなら、どんな演奏でも出来そうな気がするんです」 「あたし、ただここに座ってるだけよ?」 「それでいいんです。僕にとっては」 「リナちゃん、ありがとうね」 ゼラスも微笑んで言った。 「この子も、あなたのおかげで大切なことを掴めそうだわ」 その日の帰り、ゼロスはリナに聞いた。 「貴女は、どこの学校に通ってるんですか?」 「ゼフィーリア第二小学校よ」 「僕は第一です」 「同じ学校だったら良かったのにね」 「きっと、中学は同じになりますよ」 「あ、それも駄目なの。あたし、ゼフィーリア女学院中等部に行くことに決まってるから」 「そうですか……」 「安心して。学校が違っても、あたし、あんたの演奏はずっと聴きに来るから。絶対だから」 そう言ってリナはにっこりと微笑んだ。その笑みはゼロスを安心させた。二人は、しっかり手をつないでバス停に向かった。 次の日、ゼロスは二人分のサンドイッチが入ったバスケットを持って、公園へ走っていた。午前中の練習が少し長引いてしまったのだ。リナを待たせている。ゼロスは、息を切らして公園へ駆け込んだ。見慣れた影が、ベンチにあった。 「リナさん、すみません。遅くなって……」 リナの影は動かない。ゼロスは、ベンチの前に回り込んだ。リナは、眠っていた。降ろされた両手と、閉じられた瞳は人形のようだ。 「リナさん」 目を覚まさない。ゼロスは、手袋をした手を握りしめると、そっとリナの顔に顔を近づけた。リナはまだ目を覚まさない。唇に、そっと唇を重ねる。ほんの一瞬、羽根が触れるより軽く……。 顔を真っ赤にして、改めてリナを起こす。肩を揺すぶる。 「リナさん、起きて下さい。お昼ご飯ですよ」 「ご飯……?」 その言葉に反応したかのように、リナの紅い瞳が開く。 「わ、ゼロス。びっくりした」 「びっくりしたのはこっちですよ。なかなか目を覚まさないし」 「あれ?ゼロス、顔、真っ赤だよ?」 「さあ。暑いからじゃないですか?走ってきたし。そうだ。今日は午前中の練習が長引いてしまって……お待たせしてすみませんでした。お昼ご飯にしましょう」 「わーい、お腹空いた。食べよう食べよう。ごめんね、眠っちゃってて……」 「いえ、こちらこそ、すみま……」 「何を謝るの」 「あ、いえ、なんでも」 「早く食べよ」 「ええ。食べましょう」 「何か、今日のゼロス、おかしいよ」 「い、いえ、ぜんぜん普通ですよ。やだなあリナさん」 ゼロスは、なかなか元に戻ってくれない熱い顔を呪った。 「今日の演奏は、何だかとっても……ロマンチックね」 「え?そうですか?」 「うん。ロマンチックって……言い方、おかしいかな?」 「いえ、そんなことはないですが……そんな風に言われたことないので」 「何か、不思議な感じ。あたしの心に語りかけてくるような、そんな感じ」 「……そうかもしれませんね」 「……?何か、あったの?」 「いえ、何も。それじゃ、続きを弾きますね」 「うん。聴いてる」 その日の帰り道、ゼロスは思い切ってリナに聞いてみた。 「リナさん、今、好きな人はいますか?」 「好きな人?ううん、特にいないよ」 「ガウリイさんは?」 「ああ、あいつ。親友だけど、好きな人、って感じじゃないなあ」 (僕は、どうですか?) それは、聞きたくても聞けない言葉。 「変なこと聞くのね。ねえ、ゼロスに好きな子っているの?」 「……います」 「へえ。どんな子?」 「それは、秘密です」 「気になるなあ。教えなさいよ」 「秘密と言ったら、秘密なんです」 「学校の子?」 「……違います」 「ふうん……」 バスが来た。 「いつか、教えてね。好きな子のこと」 「ええ。いつか、教えます」 バスが行ってしまうと、ゼロスはそっとつぶやいた。 「いつかきっと、あなたに言います。好きだって」 次の日、ゼロスが公園に走っていってみると、そこには誰もいなかった。ゼロスは出来るだけ時間をとって待ってみたが、リナは現れなかった。ゼロスは一人でサンドイッチを食べ、さらにしばらく待って、あきらめて家に戻った。その日の練習に、ゼロスは集中できなかった。弾き慣れた箇所で、何度もつっかえた。 「ひどいわね」 ゼラスは冷たく言った。 「リナちゃんが一日来なかっただけで、ここまでひどくなるものなの?あなたのピアノに対する思いはそんなもの?リナちゃんが来なくてがっかりする気持ちも分かるけど、こんなに演奏に反映されるようじゃ駄目ね。明日は同じところを徹底的に弾き直しなさい」 次の日。また次の日。リナは公園に姿を現さなかった。サンドイッチは、毎日余った。ゼロスの演奏も、毎日ひどくなる一方だった。 「ゼロス!あなたねえ、リナちゃんに頼り過ぎよ。リナちゃんが来てくれる前よりひどくなってどうするの。リナちゃんだって、学校が忙しいのかも知れないでしょう。そうそうあなたにばかりつきあってもいられないのよ。リナちゃんが聴いていてくれないといい演奏が出来ないのなら、リナちゃんの家に住み込みでピアノを弾きなさい。あなたがそんな甘ったれた子だとは思わなかったわ。とにかく、明日も同じところを弾き直し。分かったわね」 それでも二人分のサンドイッチを持って、ゼロスは公園へ行った。今日は公園には人がいた。その姿には覚えがあった。ガウリイだ。高い鉄棒に掴まって、何度も大車輪している。 金髪が風に舞う。ゼロスが近づくと、ガウリイは弾みをつけて鉄棒から下の砂場へ飛び降りた。 「リナなら、来ねえよ」 ガウリイは、ゼロスを睨み付けていった。 「なぜですか」 「俺に答える義務はねえよ。嫌になったから来なくなったんじゃねえのか」 ガウリイはだるそうに金髪をかき上げていった。 「ありえません」 「ふーん、大した自信だな。毎日何時間も、退屈なピアノの練習聴かされて、リナがうんざりしねーとでも思ったのかよ」 「そんな、リナさんは僕の演奏が楽しみだって……!」 「社交辞令だよ、そんなもん」 「……あなたが、リナさんを来させなかったんですね」 「おっと、とんだ言いがかりだな。何の根拠があってそんな……」 「リナさんは、毎日僕の家に来るのを楽しみにしていた。あなたが何かリナさんに吹き込んだんですね……!」 「そうだとしたら、どうする?」 ガウリイの蒼い目は、ゼロスの目を離さない。 「お前、目障りなんだよ。よその学校の癖して、リナのことをかまいやがって。リナは俺のなんだよ。お前が横からでてきてどうこうしていいやつじゃねえんだよ」 「やっぱり、あなたが……!」 その時、ガウリイがゼロスの頬を殴りつけた。ゼロスは、手をかばって倒れる。頬に砂がついた。 「ぶざまだな」 「うるさい!」 「悔しいなら、やり返せよ。それとも、そんな度胸もないか?」 ゼロスは、ガウリイを殴ろうとして、手を止めた。その手には、黒い手袋がはまっている。 「天才ピアニストのゼロス=メタリオムさんは、殴り合いなんかよりそのお綺麗な手の方が大事なんだな」 「…………」 「とにかく、喧嘩する度胸もねえ奴にリナは渡せねーよ。リナのことはあきらめるんだな」 「待て!」 ガウリイはにやりと笑うと、公園を去っていった。ゼロスは、その後ろ姿を睨み付けて、頬の砂を払った。 「駄目ね」 「そうですか」 「いつものことだけど……今日はいつもにもまして良くないわ。演奏に覇気というものが欠けてる。あなたは、いつのまにか『ただ上手いだけ』のテクニック奏者に戻ってしまったわね。残念だわ」 「僕は、僕の『感情』を取り戻して見せます」 「どうやって?」 「どうやってでも」 「Love is forever」は、Tommy February6さんの03年夏の新曲です。「je t'aime ★ je t'aime」に続いて、使わせてもらいました。はっきり言ってファンなのです。ガウリイが出張って来ましたが、この後どうなるのかはお楽しみです。それでは、今後ともよろしくお願いします。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。実は、「Love is forever」が発売される前から、「Tommy February6さんの新曲が出たら、それをベースにゼロリナ小説を一本書こう」と心に決めていたのです。発売日に買って、何度も聴きかえしながら、ストーリーを練りました。でも何でピアノの話になっちゃったんだろう? |