Love is forever［１］




もういちど出逢いたい　Oh my little Darlin'
青い風と毎日を過ごした夏の日々


ゼロスは、いつもの休憩時間を海の見える公園で過ごしていた。涼しい風が吹き抜けていく。子供用の遊具が並んだ一角に入ると、ゼロスははジャングルジムの鉄柵にもたれかかった。黒い手袋で、額の汗を拭う。真昼のこの時間、いつもは遊んでいる子供はいなかったが、今日は違っていた。
「ガウリイ！はやく来なさいよ」
「リナ、ちょっと待ってくれよ。お前暑くないのかよ」
金髪の男の子と、紅茶色の髪の女の子が公園に走り込んできた。リナと呼ばれた女の子は、さっそく鉄棒に飛びつくと、軽々と何度も逆上がりする。長い髪が揺れる。スカートの裾がはためいたが、彼女は気にしていないようだった。次に、くるくる回る遊具に飛び乗り、地面を蹴る。生き生きとした深紅の瞳が光った。
「ガウリイも掴まりなさいよ。涼しいわよ」
ガウリイと呼ばれた金髪の男の子も、鉄の遊具に掴まる。しばらく、二人の髪がびゅんびゅんと揺れる。やがて、遊具が勢いを失って止まると、二人は海の見える白いベンチに腰掛けた。海からの風は、相変わらず涼しい。
「ね、わざわざバスに乗ってきて良かったでしょ？」
「ああ。こんな綺麗な公園があったなんてな」
二人は親しげに微笑みあった。ゼロスは、少し二人を羨ましく思った。そして、思い直す。僕には、やるべき事がある。
「もうしばらく、遊んでいこっか」
「当然だ。バス代は取り返すぜ」
二人は、ジャングルジムの方へ歩いてきた。ゼロスは、何となく二人を避けて公園を出た。休憩時間も、ちょうど終わりに近づいていた。ゼロスは、家の方へ足を向けた。

次の日、休憩時間にゼロスがベンチでサンドイッチの昼食を取っていると、またあの二人組がやってきた。リナの方は、高い鉄棒に飛びついて、くるくると回る。小さな身体が、宙に舞って、リナは砂場に着地した。
「相変わらず、運動神経いいな、お前」
「ガウリイだって出来るでしょ」
「女であんな事が出来るのはお前くらいだよ。しかもスカートで」
「……！み、見た？」
「見た」
すぱこーん。ガウリイは靴で殴られる。
「いてーな。不可抗力だろ」
「うるさい。このスケベ男」
リナはブランコにのった。
「あー、風が気持ちいい」
「俺も、一緒にのっていいか？」
「どうぞ」
リナの腰のわきに、ガウリイが足を滑り込ませる。二人は、二人分の体重の勢いで勢い良く揺れた。二人の手が重なっているのを、ゼロスは見た。そして、なんとなく面白くない気持ちになった。二人は、しばらくそうしていた。やがて、リナが下の地面に靴をこすりつけて、ブランコを止めた。
「しばらく休もっか」
「うん……あれ、だれかベンチにいるぜ」
ゼロスは慌てて立ち上がった。そして、ベンチから離れた。
「……空いたみたい」
「悪い事したかな。まあいっか。座ろうぜ」
そして二人は海を眺めた。金髪と、紅茶色の髪を、潮風がふわふわと吹き散らした。ゼロスは、遠くからそれを見ていた。そして、手に握ったサンドイッチの残りを口に押し込み、公園から姿を消した。


「ゼロス。何か気になることでもあるのかしら？」
彼のピアノ教師で、彼の母でもあるゼラス＝メタリオムがゼロスの顔を覗き込んだ。
「いえ、何も。なぜそう思ったんですか？」
「演奏に出てるわよ。あたくしには全てお見通し」
「かないませんね、母様には」
「レッスン中には先生とおっしゃい。誰かと喧嘩した……？といっても、今は夏休みよね……」
「本当になんでもないんです。気にしないで下さい、先生」
「ピアノは、メンタルな部分がとても出る楽器だから……何かあったら、すぐにあたくしに相談してね。それじゃ、しばらく今の部分をさらっていてちょうだい。他の子の様子を見てくるわ」
ゼラスは金髪をなびかせて小さな練習室を出ていった。ゼロスは、集中してメロディに取り組もうとした。目の奥に、紅茶色の髪が揺れた。ゼロスは鍵盤の上に手を止めて、目を押さえた。幻は、なかなか消えなかった。ゼロスはそれをかき消すように強引に演奏を始めた。すぐにつっかえた。

その日も、ゼラスの作ってくれたサンドイッチをバスケットに入れて、ゼロスはいつもの公園に向かった。あの二人が来ているかもしれないと思うと、少し気が重かった。なら行かなければいいのだが、そうすることも彼には出来なかった。不思議な気持ちだった。目の奥に紅茶色の髪の幻を見ながら、ゆっくりと海の見える公園への道を歩いた。
「…………」
誰も来ていなかった。ほっとしたような、寂しいような気持ちに包まれて、ゼロスはベンチに座ってバスケットを開けた。
「美味しそう」
甘い声がかかった。ゼロスは、慌てて振り向いた。『リナ』だった。彼女が、こぼれ落ちそうな大きな深紅の瞳を見開いて、ゼロスのバスケットの中を見ていた。
「少し、もらっていい？」
リナは、くるりとベンチの周りを回ると、ゼロスの隣に腰掛ける。
「どれがいいんですか？」
ゼロスは、バスケットをリナの方へ差し出す。
「どれも美味しそうなんだけど……このローストビーフの！」
リナは、ひょい、とサンドイッチを取り出すと、かぶりついた。
「うん！美味しい！お腹空いてたのよね〜」
「もしかして、もう一つ、食べますか？リナさん」
「え！いいの？……って、どうしてあたしの名前知ってるの？」
「昨日とおととい、男の子と来てたでしょう。ガウリイさんって名前の」
「ああ、それで……で、もう一つもらっていいってのは本当？」
「ええ。僕は、そんなにお腹空いていないんです」
「じゃあ、このハムとチーズの、もらうわね」
細い指が、サンドイッチを取り出す。
「うん、美味しい！これ、あんたのお母さんが作ったの？」
「ええ。母様が作ってくれました」
「すごく美味しいわ。味に品があるって言うか……」
リナは、あっという間にそれも食べてしまった。
「もう一つ、食べますか？リナさん」
「うーん、ほんとにいいの？それじゃあねえ……これ！」
チキンとレタスのサンドイッチを取り出すと、リナはそれを本当に美味しそうに食べた。ゼロスは思った。見てるだけで幸せになる食べ方ってあるんだなあ、と。
「あとは、あんたが食べなさい。あたしを調子に乗せると、どんどん食べちゃうから」
「じゃあ、いただきます」
ゼロスは、手袋を外した。そして、重ねてベンチの上に置くと、残りのサンドイッチを片づけた。
「ほんとに三つももらっちゃって良かったの？」
「いいんですよ。あんなに美味しそうに食べてもらったら、サンドイッチも幸せでしょう……ところで、今日はガウリイさんとは来ていないんですか？」
「ん？今日はあたし一人よ。あいつは野球に行っちゃった。ねえ、一緒に遊ばない？ジャングルジムに登ろうよ」
「残念ながら、おつきあいするわけには行かないんです」
「えー、なんでよ。高いところから海を見たら、きっと綺麗よ。涼しいわよ」
「分かってます。でも、僕はこの公園の遊具で遊ぶわけには行かないんです」
ゼロスは、黒い手袋をはめた。
「夏なのに、どうしてそんな手袋はめてるの？」
「僕は、ピアノを弾いてるんです。手を汚したり、怪我したりするわけには行かないんです」
「ジャングルジムに上れないのもそれで？」
「ええ」
「ふうん……つまんなくない？」
「つまらなくないといえば嘘になりますが……」
ゼロスは空を見た。眩しく、晴れている。
「ピアノを弾くのは、とても素晴らしいことですから。そのためなら、他のことで多少不自由したってかまわないんです」
「あんた、ピアノ、上手いの？」
「上手いかどうかは分かりませんが、３歳のときからやってます。先生は母です」
「筋金いり、ってわけか。ピアノ、楽しいんだ」
「ええ、楽しいですね。自分が拡がっていく、感じがします」
「ふむふむ」
リナは、興味深げにうなずいた。
「ねえ、あたし、聴きに行っちゃだめかな？」
「えっ？」
「あたし、あんたの弾くピアノが聴きたい。そんな、手袋までして守ってる手で弾くピアノがどんな音なのか知りたいの」
「いいですよ」
「ほんとにいいの？」
「僕についてきて下さい。家まで案内します」
ゼロスは、手袋をした手で、リナの小さな手を掴んだ。どきどきした。
「うわ、大きな家……！」
「この家は、ピアノ教室も兼ねてますから。たくさんの、小さな練習室があるんです」
「でも、静かだよ」
「各部屋は、完全に防音されてますから。上がって下さい」
「うわ、迷路みたい……」
ゼロスは、リナの手を引いたまま、一つの小さな部屋に案内した。中にはグランドピアノが一つ。
「リナさんの椅子がありませんね。他の部屋から取ってきます」
リナは、興味深げに小さな穴のいっぱい空いた柔らかな壁や、黒くてつやつやのグランドピアノを見た。
「リナさん、椅子を持ってきました。座って下さい」
壁沿いに置かれる椅子。リナは、それにちょこんと座る。
「それじゃ、僕は練習を始めます。退屈だったら、眠ってもいいですよ」
「そんなことしないわ」
ゼロスは、簡単な指慣らしからはじめた。そして、いま次のコンクールのために練習しているピアノソナタを弾いた。自分でも驚くほど、上手く弾けた。演奏が終わると、リナがぱちぱちと拍手をしてくれた。
「すごく上手いのね、ゼロス。びっくりしたわ。まるで大人みたい」
「今のは、僕も自分で驚くほど上手くいったんです。きっと、貴女が聴いていてくれたおかげです」
「そんなことないよ。ゼロスの実力よ。ねえ、もう一度弾いて」
「はい」
ゼロスは、もう一度同じ曲を弾いた。今度は、さっきよりも上手く行った。ゼロスは今まで曲に感情を込めるのが苦手だったが、自然な感情が演奏に乗った。ゼロスは、生まれて初めて自分の演奏に酔った。指はなめらかに動き、メロディが完璧な形で流れていった。
「ゼロス、すごい。ゼロスがこんなに上手だなんて、思わなかった。いつも手袋、してるだけはあるのね」
「いいえ、本当に、貴女が聴いてくれるおかげです。いつもは、こんなに上手くはいかない。貴女が何か魔法でもかけてくれてるんじゃないですか？」
「あはは、やあね、ゼロス」
その時、ドアがかちゃりと開いた。
「あら、ゼロス。お客様？」
「あ、お邪魔してます……」
「まあ、可愛らしいお客様だこと。お名前は？」
「リナ＝インバースと言います。今日は、突然お邪魔してしまって……」
「ゼロス、学校のお友達？」
「いえ。あの、海の見える公園で会ったんです」
「それで、ゼロスの演奏を聴きに？」
「はい。駄目だったでしょうか？」
「いいえ。こんな可愛い観客がいてくれたら、ゼロスも演奏に熱が入るわ。それで、どうなのゼロス。調子はいい？」
「ええ。今のところ、すごくいいです」
「じゃあ、聴かせてもらいましょうか。最初から、お願いね」
「はい」
ゼロスは、弾き始めた。リナが、今までよりいっそう身を入れて聴いているのが分かった。ゼロスはリナの視線を感じながら、自分の演奏に引き込まれていった。
「すごいじゃない、ゼロス。あたくしの言ったこと、やっと分かってくれたみたいね」
「言ったこと？」
「あなたの演奏には感情がなかったのよ。いくらテクニックが上達してもそれだけでは駄目よってずっと言ってきたけど、今日の演奏には感情があったわ。これからあなたはいっそう上手くなるでしょうね。リナちゃんのおかげかしら？」
「か、母様……」
「先生と呼べって言ってるでしょう。そうね。リナちゃんが聴いていてくれたから、あなたも素直に感情が出せたのかも知れないわね。ところでもう遅いわ。リナちゃんを送っていってあげなさい」
「はい」
「あの……お邪魔しました」
「いえいえ、大歓迎よ。これからもこの子の演奏を聴きに来てあげてちょうだい。ゼロスもいいお友達ができて良かったわね」
「……はい」
「じゃあ、あたくしはこれで。ゼロス、ちゃんとお送りするのよ」
「分かってます」
ゼラスは出ていった。ゼロスは、リナの手を取った。
「リナさん、ありがとうございます。こんなに上手く弾けたのはリナさんのおかげです」
「ほんとに？あたしの？」
「リナさんがいてくれると思うと、自然と演奏に力がこもりました。こんな風に弾けたのは初めてなんです。これからも、僕の演奏を聴きに来て下さい」
「あたし、ただぼーっとあんたの演奏を聴いていただけよ。そんなに喜んでもらえることじゃないわ」
「僕は嬉しいですよ。あの公園で、貴女に会えてよかった」
「それに、聴いていてあげられるなら、あたしじゃなくて誰でも良かったんじゃない？」
「そんなことありません。貴女が、いいんです」
「どうして？」
「それは……分かりませんけど」
「まあいいわ。あたしが聴いてることであんたが調子よく弾けるっていうんなら、これからも聴きに来てあげる。だって、あんたの演奏すごく素敵だもの」
「本当ですか」
「本当よ。あたし、ピアノのことはよく分からないけど、あんたの演奏ってすっごく華やかで力強い……と思う」
「最高の誉め言葉ですね」
ゼロスは、リナの手を引いて、家を出た。
「お家は、どちらですか？」
「あたし、海の見える公園までバスに乗ってきてるから……バス停まででいいわ」
「家まで送りますよ」
「いいの。バス代がもったいないでしょ」
二人は公園までの道をゆっくり歩いた。バスが来るまでに時間があればいいとゼロスは思ったが、バスはすぐにやってきた。
「明日も、来てくれますか？」
「うん。あんたが来て欲しいというのなら、来るわ」
「バス代は、僕が出しますよ」
「いいのよ、細かいことは気にしなくて」
リナはバスに乗り込んだ。そして、窓から小さく手を振った。バスのドアは閉まり、排気ガスを吐き出して、去っていった。

「母様、明日のサンドイッチは二人分、作ってくれませんか？」
「あら、リナちゃんの分？」
「ええ、まあ、そうです」
「あなた、リナちゃんのことがよっぽど気に入ったのね。まあ、あんなに可愛い子、気に入らない男の子はいないだろうけど。今まで、あなたって女の子にはもてるけど自分からはちっとも好きになる事なんてなかったから、どんな子を最初に好きになるだろうと思っていたけど、あの子なら納得がいくわ」
「か、母様……ぼくはリナさんを好きとかそういうんじゃなく……」
「じゃあどういう気持ちなのかしら？」
「僕にもよく分からないんです。でも、何かあの子は特別な感じがして……」
「そう言うのを、世間一般では好きになったって言うのよ」
「そうなんでしょうか」
ゼロスは赤くなった。ゼラスはそんな息子を、楽しげに見ていた。
「とにかく、明日のサンドイッチは二人分、ね？」
「ええ。よろしくおねがいします」




本文の中で言っていないのでここに書きますが、彼らは小六です。（で、どこの国なんだ）ピアニストゼロスと、その演奏をひたすら聴くリナちゃん。これから、彼らはどのような運命をたどるのか……って、そんなにたいした障害を作る気もないわけですが。それでも、彼らにとっては過酷な日々が待っています。それでは、これからもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。他に先に書いた小説もあるのですがこれを載せてしまうのは、ずばりこの壁紙を早く使ってみたかったから！　ステンシル絵本さんの素材は、見ているだけで幸せになります。これを読んでいる皆さんも、サイト作りの際はぜひ……。


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