宮廷画家…４

宮廷画家［４］

「リナ……美しい。まことにそなたは、あの絵姿のままに、果実のような吸い込まれそうな深紅の瞳をしておるのだな。お前を手に入れられて、私は実に満足しておるぞ」
「絵姿……？」
「なんだ、自分で見たことはないのか？そうか、お前を謁見の間に連れていったことはなかったからな。市場で働いているお前の絵姿だ。あの絵姿を見て、私はお前を手に入れることに決めたのだ」
「……それを描いたのは……」
「ゼロス……メタリオム、とかいったな。現在の宮廷画家じゃ」
「ゼロス……！」
「そうか、市場にいたお前を絵の題材に選んだのはゼロスじゃったな。しかし、今はゼロスのことなど忘れて、私のことを考えておくれ」
国王は、あらためてリナの薄い胸に顔を埋める。リナの身体が震える。ゼロスは、あの時リナにキスしたのだ。
『もっと側で、貴女を見たい───』
その時の言葉まで、蘇った。
リナは、国王に抱かれながら、何度も涙を流した。その涙は、初々しさを好む国王を喜ばせたが、なぜリナが泣いているのかは、国王の知るところではなかった。

「と言うことは、リナさん、そのゼロスって人があなたを描いたから、リナさんは陛下の愛妾にさせられたんですね」
「そういうとゼロスのせいみたいじゃない。ゼロスはただ絵を描いただけよ。あたしを愛妾に選んだのは陛下よ。でも、ゼロスに会いたい。この王宮内のどこかにいるのよね？今まで、そんなこと全然考えたこと無かったわ」
「ゼロスとやらの居場所は知っている」
「えっ？ゼルガディス、ほんと？」
「母上の肖像画を描いている」
「会いに行ける？」
「落ち着け。お前が母上の部屋に行けるわけがないだろう」
「晩餐では会えないの？」
「宮廷画家は、使用人と一緒に夕食を取る。時間的に無理だな」
「でも、移動の時とかに会えそうなもんだがなあ」
ガウリイが、あごに手を当てて言う。
「無理に会ったとして、どうする？父上の一番のお気に入りのお前だ。会っているところを下手に見られると、ゼロスは職を失うことにもなりかねない。ましてや、お前たちは恋人同士だったのだろう？」
「ま、まあね」
「ならば、仲を引き裂かれたくなければ、今は会わない方がいいだろう」
「冷たいのね、ゼルガディス」
「俺は、ただ現実的なだけだ」
「会おうと思えば、あの時に会えますよ」
アメリアがぽんと手を叩く。
「来月の、仮面舞踏会。あれには、宮廷画家も招かれるでしょう？」
「なるほどな。リナ、待てるか」
「いまさらよ。いくらだって待てるわ」
コンコン。ローラの事務的な声。
「さてと、今夜もおつとめか」
「リナさん」
アメリアが辛そうな瞳を見せる。
「心配しないで。何ていうか……そう、慣れちゃった。慣れてしまえば、なんてことないのよ。何も特別な事じゃない。そう、何も……」
リナが出ていくと、再びアメリアはゼルガディスの胸にとりすがって泣いた。
「リナさんには、恋人がいたのに……ゼルガディス様、リナさんを守ることはできないんですか」
「父上に…言うだけ、言ってみるか」

「父上、お話があります」
「おお、ゼルガディス、珍しいな。お前が私に話とは。で、何だ、その用件は」
「リナ嬢の事です」
「お前は、リナとは特に親しくしておるらしいな。アメリアも一緒に。王宮内では若い者は少ないからな。いい友達が出来たじゃろう」
「そうです。リナ嬢は、私たちの大切な友達です。その上で、お願いがあります」
「申して見よ」
「リナ嬢を……夜伽の仕事に就かせるのは止めていただけませんか。リナ嬢は１４になったばかりです。私より、３つも年下なのですよ。まだ、その……幼すぎます、今の立場に立たせるには」
「ゼルガディス」
国王は、髭をしごいた。
「リナの美しさは、お前もよく知っておろう。あれの美しさは、特別なものだ。誰もが惹かれ、惑う。そして、その美しさを手に入れられるものは、特別な力を持ったものだけだ」
「それが即ち国王の力……父上の力というわけですか」
「そういうことじゃ。お前は聡い子だからわかるじゃろう。リナは私が手に入れた花だ。宝玉だ。それを愛でることが出来るのは、手に入れたもののみじゃ」
「父上には失望しました」
「お前にはわからんのだ。何の苦もなく美しいアメリアを婚約者としているお前にはな。欲しいものは惜しみなく奪うものだ。覚えておくがよい」
ゼルガディスは、父の言葉を背に、部屋を出た。リナの全てを諦めたような笑顔が胸に浮かんだ。ゼルガディスは、黙って堅い壁を殴りつけた。

仮面舞踏会の夜が近づくと、リナは、ダンスのレッスンにことのほか熱心になった。リナがステップを踏む度に、くるくると巻かれた紅茶色の髪が揺れる。上気した頬の美しさに、ダンスの教師は見蕩れ、またすぐに自分の立場を思い出して姿勢を正した。
「リナ様、これ以上は、お教えすることはございません。リナ様は何処の舞踏会に行ってもその華麗な舞いで人々の注目を集めることでしょう」
「あら、すべて先生のおかげですわ」
リナはそう言って、にっこりと微笑んだ。ダンスの教師は顔を赤くした。リナは、自分の微笑みにある種の力があることを既に学んでいた。彼女は、もはやサンノール市場のリナではなかった。この国の王の、もっとも寵愛を受ける美姫。耳と、首筋に光る百合の花がその証。毎夜リナが晩餐に現れるたびに、集まった貴婦人たちは、リナの美しさに声をなくしていた。

国王は、すっかりリナに心を奪われていた。その歳からくるあどけなさとは裏腹に、大人びて憂いを含んだその深紅の瞳。国王は、惜しげもなくその財産を使い、リナにドレスや宝石を贈った。リナは、良くできた着せ替え人形のように、それらを着こなし、いっそうの美しさを誇った。ローラは、仮面舞踏会の前にリナの髪を整えながら言った。
「わたくしは、今まで何人もの方の面倒を見てきましたが、こんなに美しい方のお世話をするのは、リナ様、あなたが初めてです」
「お世辞はいいって前にも言ったでしょう」
「いえ、これはお世辞などではありません……」

仮面舞踏会は一年に一度、季候の良い時期に開かれる。リナは柄付きの仮面を顔に当て、華やかな会場を見回していた。今日は、リナは百合の花のアクセサリーを身につけていない。しかし、会場の誰よりもあでやかなドレスを身につけていた。数人の男たちがリナのもとを訪れ、ダンスを申し込んだ。リナは、優雅な仕草でそれを断った。金髪の男が慣れない手つきでリナをダンスに誘った。リナは断ろうとして気づいた。
「ガウリイ……！」
「おっと、ここでは名前は無しだ。俺なんかが混ざっていい場所じゃないんだがな。お前をゼロスの所へ連れていってやろうと思って」
ガウリイはダンスに慣れていなかった。リナは彼をリードするように会場を渡っていった。会場の熱気を逃すため、バルコニーへと続く扉は開いている。そのうちの一つに、ガウリイはリナをいざなった。
「さ、ここだ。おれは見張りに立っている。くれぐれも陛下に怪しまれんようにな」
リナは、バルコニーへ出た。仮面を付けた、肩で切りそろえられた艶やかな黒い髪が振り返る。
「ゼロス！」
「リナさん！」
二人は、固く抱き合った。仮面が外れる。
「リナさん、何もかも僕の責任です。僕はあなたからどんなに恨まれても、憎まれても仕方のないことをしたんです」
「ゼロス。あんたのせいじゃない、あんたが悪いんじゃないわ。でも、あたしは変わってしまった。もう、あんたに愛される資格をなくしてしまったのよ」
「資格なんて……！あなたは変わっていない。いつまでも僕のリナさんです。ここからあなたをさらっていけたらどんなに素敵でしょう」
「でも、それは出来ない。百合の紋章が、あたしを縛っている」
「今日は、百合のアクセサリーをしていないのですね」
「そう。今日のあたしは誰でもないから。サンノール市場のリナにだってなれるわ」
「では、そうなってください。僕は一介の画学生で。踊りましょう」
室内楽団が甘い恋のメロディを奏でだした。二人は、広いバルコニーの中で、柔らかなステップを踏んだ。メロディは高鳴り、二人は何もかも忘れて、相手の腕の中に溺れた。やがて、曲が終わる。二人は、息をついた。永遠にこうしていたかった。曲と曲の合間に、新たなパートナーを見つけようと、人々がざわめき、動く。
「おい、そろそろ行ったほうがいい」
ガウリイが部屋の中から声をかけた。リナは、仮面を付けなおしたゼロスの唇に、素早く自分の花びらのような唇を重ねた。
「また、逢える日を待ってるわ」
リナは会場へ戻っていった。ゼロスは、さっきまで腕の中にいた恋人の残り香をいとおしむように、自分の身体を抱きしめた。
「おい」
ガウリイがゼロスに声をかける。
「これからも、俺の力の及ぶ限りなんとか会えるように取りはからってやるから、元気出せよな」
「なぜあなたはそこまで僕たちのことを？」
「そりゃ、俺もリナ嬢のファンだからな。男なら誰でもそうなるが」

晩餐の途中で、リナが急に苦しみだした。顔色は紙のように白くなり、脂汗をかいている。
「リナ、どうしたのじゃ」
国王が声をかけるが、返事はない。テーブルクロスを握りしめたまま、椅子の下へ倒れた。食器の砕け散る音。貴婦人たちが悲鳴を上げる。
「医者を呼べ！リナ様を部屋へ！」
リナは兵士たちの手によって、部屋へ運ばれた。すぐに宮廷医が駆けつけ、素早く診察する。国王は、リナの手をしっかりと握ったまま、宮廷医にいう。
「何としても助けるのじゃ。リナにもしものことがあったら、お前の首、ないものと思え」
「陛下、畏れながら、手をお離しください。食べ物を吐かせる必要があります」
リナは服をゆるめられた。カラシ水を飲まされ、何度も吐かされた。それでも、顔色は蒼白いままだった。何種類かの薬を飲まされた。国王は、リナの冷たく小さな手を握り続けた。
「リナ……リナや。こんなことで私を悲しませないでおくれ。どんな手を尽くしても、助けて見せるぞ」
その時、リナの唇が動いた。国王は息を呑んだ。
「ゼ…ロ……ス」
苦しい息の下から、リナは確かにそう言った。
「ゼロス」
再び、今度は、はっきりと、リナは言った。国王は、困惑した表情で、黙っていた。

宮廷医は、額の汗を拭いた。
「あとは、三日ほど安静にしておけば、良くなられるでしょう」
「まことか」
「出来る限りのことはさせていただきました。それに、お若くていらっしゃるのが幸いしました。体力もありますし」
「おお、リナ！よかった、本当に……」
「ところで、申し上げたいことがあります」
「なんじゃ」
「このたびのリナ様のご病気、誰かに毒を盛られたとしか思えません」
「な……間違いないのか」
「おそらくは。犯人は、まだ残りの毒を持っている可能性が高いかと」
国王の名の下に、犯人探しが始まった。貴婦人たちは、自分の部屋に兵士が踏み込むのを拒んだが、犯人扱いされるのを怖れ、部屋を明け渡した。捜査が始まって一週間、毒は意外なところから発見された。
「わたくしが犯人ですって！？よくもそんなことが言えたものですわね」
「しかしエリザベート様、あなたの香水瓶から毒が発見されたのです。そして、その香水瓶は枕の中に隠されていた。そんなところに瓶を隠せるのは畏れながら貴女以外にいらっしゃいません」
「エ…エリザベート」
「陛下！これは、誰かの罠です。わたくしには、そのような恐ろしいことはできません」
「エリザベート、私も信じたい、信じたいのじゃが……」
「陛下！」
「エリザベート様を地下牢へ！」
「陛下、信じて下さい、わたくしは決して……！」
リナが意識を取り戻し、ようやく何かが食べられるようになったころ、牢獄の中でエリザベートが自害したという知らせが入った。このことによって捜査は終了し、実際に誰が犯人だったのかは分からないままになった。

「リナさん……」
リナの部屋にやってきたのはアメリア一人だった。砂糖菓子を持ってきていた。
「大丈夫ですか、リナさん。金平糖持ってきたんですけど、これは食べられますか？」
「食べられるわ。大丈夫よ。ありがとう、アメリア。ゼルは……」
「部屋にこもったきり、私にも会ってくれないんです。お母様がああいうことになったから……リナさん、どうぞ、エリザベート様を許してあげて下さい。こんなこと、私が言えた事じゃないんですけど……」
「あたしは、誰も疑っていないし、誰も恨んでいないわ。いってみれば、あたしの立場がこの事件を引き起こしたのよ」
「リナさん……泣いてるんですか？」
「帰りたい…市場に。青空の下の、あの市場に。そこであたしは野菜や果物、パンの売り子をして……優しいおじさんやおばさんたちに囲まれて……時々、ゼロスが果物を買いに来て。日が暮れるまで働いて、夜は姉ちゃんの作った美味しいあったかい料理食べて…。だれも、誰かを傷つけたり、妬んだりしない、あの市場に帰りたい……」
「リナさん、きっといつか、帰れますよ。ゼロスさんと一緒に、その市場に……私、きっとお買い物に行きます」
「お姫様が来るような市場じゃないのよ」
「それでも、行きます」
アメリアは、横になったリナをいたわるように、にっこりと微笑んだ。その微笑みは、花のようだった。
（アメリアが羨ましい……）
リナは初めてそう思った。ゼルガディスに守られ、いつまでも花でいられる。ゼルガディスは、たぶん一生、アメリアを裏切らないだろう。
「アメリア、ゼルに伝えて。あたしは、こんな事になってしまっても、あなたの友達だって。また、顔が見たいって。ゼルはもうあたしになんか会いたくないかも知れないけど」
「そんなことありません！ゼルガディス様は、どんなことがあっても、リナさんの友達です。私が保証します！」
「ありがと、アメリア」
「リナさん、まだ顔色が悪いですね。私、そろそろ帰ります。ゆっくり休んで下さい」
アメリアが出ていくと、入れ替わるようにガウリイが入ってきた。
「リナ、とんだ目にあったな」
「ガウリイ……」
「実は、少々まずいことになった」
「え…？」
「お前が意識を失って、生死の境を彷徨ってる間、お前はずっとゼロスの名前を呼んでいたらしい」
「……！」
「当然、お前につきっきりだった陛下もそれを聞いた。陛下がどうなさるつもりか分からないが、気を付けてくれ。陛下に何か聞かれても、とぼけるんだぞ」
「ありがとう、ガウリイ。あたしったら……どうしよう」
「まあ、充分に陛下のご機嫌を取って差し上げろ。エリザベート様がいなくなった今、百合の紋章を着けているお前が、いわば王妃のようなものだ。これから、お前は色々大変だろう。俺も、出来る限りのことはするが、所詮しがない兵士の部隊長だからな。本当は、この部屋にいることをしられたら首が飛ぶだろう」
「じゃ、早く行って。あたしのせいで、ガウリイに迷惑かけられない」
「俺は、お前にならいくら迷惑をかけられてもいいんだがな」
「ガウリイ……」
「お前は、陛下の一番の寵妃だ。そして、ゼロスという恋人がいることも知ってる。でも、俺はお前が好きだ。愛している。ここだけの秘密だぞ」
「ガウリイ、ありがとう。ごめんね」
「これが言いたかったんだ。言っちまったらすっきりした。じゃ、ばれないうちに退散するか」
「ガウリイ……」
「何だ？」
「これからも、あたしを守ってね」
「まかせとけ」
ガウリイはそっと部屋を出ていった。リナは、動悸をおさめるのに苦労した。そして、ゼロスに会いたいと思った。強く強く、そう思った。

リナちゃんとゼロス、ようやく会えました。しかしリナちゃんを過酷な目にばかり合わせてしまって、本当にすみません。ほんとは、リナちゃん苛めるのが好きなのか？私。では、今後ともよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。私の小説では、「リナちゃんは美少女である」というのは大前提なのですが、その中でもこの「宮廷画家」のリナちゃんは絶世の美少女ですね。あと、ゼルが父王に抗議に行くシーンが個人的にはお気に入りです。あと、ガウリイの告白も。

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