雲路の果て［３］


治安維持隊の第二次隊員募集が行われた。それと同時に、隊内に小隊を結成することになった。各７〜８名の構成員で、それぞれ隊長を決めた。リナは一番隊、ゼルガディスは三番隊の隊長になった。

「剣が欲しいわ」
「剣、ですか……」
「今のあたしの剣は、他の隊員たちが持ってるのと同じ物。まさか、ガウリイのゴルン＝ノヴァとは言わないけれど、小さな隊とは言え隊長となった以上、それなりの剣が欲しいの」
「それで、その買い物を僕につきあえ、と……？」
「そうよ。悪い？」
「いえ。これは、デート、と受け取ってよろしいんですね？」
リナはかあっと赤くなる。
「勝手に思ってれば」
「リナさんとのお買い物、楽しみですよ」
買い物当日。リナは、深緑色のワンピースで現れた。胸には、銀の小さなペンダントが光っている。
「リナさん、よく似合います。可愛いですよ」
「たまにはね、こういうのもいいかと思ったの」
しかし、二人の行く先は殺伐とした店ばかりだった。古物商の店頭に足を止め、サーベルを抜き、指先でその切れ味を確かめる。一太刀の剣の由来を老人から長々と聞く。
「あんたが付けなさるのかね」
「いえ、こちらのお嬢さんのための剣ですよ」
老人は首を振った。
「あんたみたいな、若いお嬢さんが、剣の世界に足を踏み入れるもんじゃないよ」
「残念ね。あたしは、もう、首までどっぷり、剣の世界に使ってるの。ここを抜け出すときは、あたし、死体になってるわ」

結局、一日中歩き回った中で一番気に入った一振りの剣を買って、ゼロスとリナは帰途についた。途中、ゼロスはリナをホテルのレストランに誘った。
「あんたも堅物かと思ったら、以外といい店知ってるんじゃない」
「リナさん」
ゼロスは、ナイフとフォークを動かしながら、こともなげに言った。
「このホテルの出入り口、厨房の方向、全て今頭にたたき込んで下さい」
「仕事……絡み？」
「ええ。今までで一番の大仕事ですよ」
「やれやれ。せっかくの美味しいディナーだったのに、台無しだわ」
リナはそっと首を回して、ドアや窓の位置を記憶した。


「ホテル・リッツ」で国王派のパーティーが催されると言う情報が、隊士の中に上から順序よく伝わっていった。局長がガウリイ一人になって以来、命令系統がすっきりとし、規律もよく守られるようになっていた。
「ホテル・リッツ」の周りの茂みに、隊士たちは姿を隠し、夕刻を待った。
「リッツ」のメイン・ダイニングには、国王派の大立者が続々集結しつつあった。
「今日は……あれ、治安維持隊は出てくる心配はないのかね」
「ええ。使いをやりましたが、まったくのんびりしたもんでした。今日、ここで、我々が会合を持つことは連中は誰も知らないはずです」
「ここは料理もかなりの物だと言うではないか」
「間違いなくこの国一番でしょうね。貧乏な治安維持隊の連中には一生食えない食事です」
「はっはっは」
黒いドレスに白いエプロン姿のメイドが、テーブルを回る。
「当ホテルでは、お客様にくつろいでお食事を楽しんでいただくために、お腰の物をお預かりしております。ご協力を」
騎士たちは、腰のサーベルを外すと、メイドにそれを渡した。オードブルと白ワインが配られ、談笑が始まった。
いきなり窓が割られ、軍服姿の男たちが飛び込んできたのは、メインディッシュを楽しんでいる最中だった。国王派は、応戦しようとして、武器をメイドに預けたままにしていることを思い出した。
「おい！そこのメイド！私たちの剣を出せ！このままでは丸腰だ！」
剣を仕舞った厨房の前に立ちふさがるようにして、メイドは剣を抜いた。
「治安維持隊、一番隊隊長、リナ＝インバース参る！」
「な……なんだと」
リナは軽やかに跳躍し、テーブルの上から逃げまどう国王派の騎士をざくざくと斬り捨てていった。テーブルの間で、ゼロスが、ゼルガディスが、そしてガウリイ自らが剣を取って戦っている。丸腰の相手だ。何の苦戦もなく数十人が命を絶たれた。外へ助けを呼びに行こうとする者を、待ち伏せしていた治安維持隊の隊士が斬る。ひとときが過ぎて、ホテルの周辺は再び静まり返った。メインダイニングは血の海だった。
生きるものの誰もいなくなった部屋のテーブルの上で、リナはメイド服を血で汚して、メインディッシュだったステーキを、指でほおばっていた。
「美味しいわ」
「悪趣味だな、リナ。それは人の返り血をいっぱいに浴びているぞ」
ゼルガディスが呆れて言う。
「だから、よけいに美味しいのよ」
「怖い女だな」

「おい、支配人」
ガウリイが近づくと、支配人は腰が抜けているらしく、手だけで後ずさった。
「お前らには何もしねーよ。食堂を血塗れにしてしまって、すまなかったな」
ぽん、と札束を投げつける。
「それを掃除代にしてくれ」
「一番隊隊長、リナ＝インバース戻りました。敵の生存者ありません。隊士は、怪我を負った者はいますが、すべて無事です」
「三番隊隊長、ゼルガディス＝グレイワーズだ。当隊も全員無事」
「よーし、皆引き上げるぞ！けが人も心配いらねえ。隊の詰所にもどればアメリアがいる」
彼らは、意気揚々と詰所へ帰っていった。本格的な勝ち戦は、これが初めてだった。
「あ、ゼロス、血が出てる」
「ああ、ここですね……」
ゼロスは自分の頬を押さえる。
「ちょっと油断してしまいました」
「リカバリィ」
リナは治癒の呪文を唱えて、それを治した。
「リナさんも、リカバリィが使えるんですね」
「アメリアに比べたらささやかなものだけどね。でも、好きな人の傷は、あたしが治したいから」
赤くなった頬を、月の光が染めている。ゼロスは囁いた。
「今夜、僕の部屋に来て下さい」
「いいわよ」
「分かってますよね？」
「あたし、子供じゃないわ」
「あー、ゼロスさん、俺たちの隊長を独り占めにして何やってるんですかあ」
ゼロスは苦笑して、リナを一番隊の隊士たちに渡した。
「リナ隊長、今日、俺、５人は斬りましたよ」
「ちっくしょー、俺の見回っていたところには一人も逃げてこなかった」
「リナ隊長、俺、今度こそ隊長に勝って見せますよ。そしたら隊長は俺のもの〜♪」
「ばーか、隊長がお前なんかの物になるかよ。俺の方が可能性高いぜ」
「はいはい、あんたたちはさっさと宿舎に帰って寝る」
「俺、今夜は興奮して寝付けそうにねーよ」
「いつ出動がかかるのか分からないのが、あたしたち治安維持隊よ。休みを取れるときに取っておかないのは、隊員失格よ」
「はい、すみません、隊長……」


夜半を過ぎた。ゼロスは眠っていなかった。満月は中空にさしかかり、部屋の中をさえざえと照らしていた。こんこん、と小さなノックが響いた。
「リナよ」
「どうぞ。鍵は開いてます」
「不用心ね」
リナは後ろ手に鍵を閉めると、ゼロスのベッドに近づいてきた。いつか、剣を買いに行った時と同じ、深緑色のワンピース。胸元には、銀のペンダント。
「いつもしているのですね、そのペンダントは」
「姉ちゃんからもらった物なの。お守り」
「お姉さんは？」
「国王派の兵士として働いているわ」
「……！」
「安心して。あたしは国王派の間者なんかじゃないわ。あたしたちは、姉妹で剣の腕を磨き合った。ただ、進む道がいつのまにか違っていた。それだけ」
「お姉さんが恋しくはないですか？」
「恋しいわ。でも、今の私には、治安維持隊がある。仲間がいる。そして、ゼロス、あんたがいる」
「いつか、お姉さんと戦わなくてはいけなくなるかも知れませんね」
「覚悟の上よ。でも、勝てる自信、全くない」
「その時は、僕が貴女を護りますよ」
ゼロスはリナの華奢な身体を抱きしめた。紅茶色の長い髪を撫でた。そして、ワンピースのボタンを、一つ一つ外していった。壊れ物を扱うかのように。


この目さえ　光を知らなければ
見なくていいものがあったよ

からだが　あなたを知らなければ
引きずる思い出もなかった


「ゼロス、あたしよ」
逢瀬は、週に２、３度の割合で続いた。はじめは堅いつぼみのようだったリナの身体も、ゼロスの身体にしっとりと馴染むようになっていった。
「ゼロス……ッ」
「リナさん、可愛いですよ」
今日は二度も抱かれていた。疲れた深紅の瞳。裸のリナを、ゼロスは自分の身体の上に乗せた。
「もっと、貴女の綺麗な身体を見せて下さい……」
「や、あたし胸小さいし、恥ずかしいよ……」
「その小さな胸、僕は好きですよ。貴女は、開きかけの薔薇の蕾のように美しい……」
リナは胸を隠していた手をそっと降ろす。ゼロスが、リナの胸をすくい上げるように触れる。
「これで少しは大きくならないですかね？」
「馬鹿……」
「おい、ゼロス！」
その時、ばんと扉が開いた。ガウリイが入ってこようとして、凍り付いた。もちろん、リナもゼロスも凍り付いている。我に返ったのが早かったのはリナだった。
「きゃあああ！スケベ、痴漢、ヘンタイ、デバガメ局長！でていけー！」
「こ、これはお楽しみのところを……」
「いいから出てけー！」
リナはベッドから降りる。シーツを身体に巻き付ける。さっきのリナの悲鳴を耳ざとく聞きつけた隊士たちが何人か、剣を腰に駆け付けてきていた。ガウリイが、必死で説明している。
「大丈夫だ、大丈夫。俺が、リナの着替えを偶然覗いちまったんだ」
「リナさんのお部屋は、ここからだいぶ離れていますよ」
「そ……それはだなあ……とにかくリナは無事だ。お前らは帰って寝てくれ！」
「まあ、局長がそう言うんなら帰りますけど……」
「まさか、局長、リナ隊長とできてるんじゃないでしょうね？」
「違う、違う。いいから寝ろ！」
ようやく隊士を追い払い、ガウリイは改めてゼロスの部屋に入ってきた。リナは白いシーツを即席のドレスにして、ゼロスの横に座っている。
「さっきは、すまなかったな。それにしても、お前ら出来てたのか」
「入るときにはノックくらいするものですよ」
「お前らこそ、あーゆーことをする時には鍵をかけるもんだ」
「それはそうですね。油断していました。ところで、こんな夜中に、ノックもせずに、何の用です？」
「ちょっとまった。その話、あたしも聞いてていいわけ？」
「ああ。一番隊隊長がいてくれれば、説明の手間も省けるってもんだ。新しい隊士を入れたいんだが」
「また、ガウリイさんのお知り合いですか？」
「そういうわけじゃない。向こうから、ぜひ入りたいと申し出があったんだ。名前はフィ……フィ……」
「フィブリゾ？」
「おう、それだそれだ。ゼロス、何で知ってたんだ？」
「フィブリゾと言えば、その年に似合わない論客として有名な人ですよ。そうですか、彼が治安維持隊に……心強くもありますが、不安もありますね」
「何が不満なんだ」
「彼は、国王派の連中ともずいぶん親しくしていましたからね、今になって、政府派の治安維持隊に入りたいとなると、考えを変えたのでしょうか？それとも……」
「こっちの腹に探りをいれるってか」
「その可能性もあります」
「だが、フィブリゾも貴族の血を引いている。ガーヴを始末してしまってからこっち、貴族の金の後ろ盾が無くなっていたからな。これはチャンスかもしれん。治安維持隊も、いい加減剣と短銃だけではなく、大砲の一つや二つ、欲しいところだからな」
「……いいでしょう。ただ、あくまで油断はしないように」
「位はどうする。小隊の隊長くらいでは、満足しないだろう」
「総長、というのはどうでしょう」
「総長ー？そりゃ、どんな役職だ。副長のお前より偉いのか？」
「立場的には。でも、隊士たちに直接命令を下すのは僕です。フィブリゾさんにはガウリイさんの相談役、ということになってもらいます」
「なるほどな」
「まあ、あたしたちには関係のない話ね。あたしたちは」
リナは、ガウリイの目の前に、ひゅっと指を通過させた。
「斬るだけよ」



と、言うわけで、「雲路の果て」風「池田屋事件」です。戦うメイド服リナちゃんが書きたかったので、満足です。あと今回、リナちゃんの服を深緑に統一していますが、これは今までの私の小説で着せたことのない色だったからです。たぶん、似合うでしょう。ああ、絵が描けたら！イラスト描ける人、尊敬してしまいます。それでは、続きもよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。二人の情事に踏み込むガウリイもお気に入りです。リナちゃんにメイド服。ああ、なんて似合うんでしょう！！（←馬鹿）


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