雲路の果て[2]
治安維持隊が発足してから、既に二週間が過ぎようとしていた。ガウリイ、ゼルガディス、ゼロス、ガーヴ、リナの実力は突出していた。ことにリナは、体格に恵まれていないぶん、その強さは際だっていた。ただ、リナに試合を申し込む隊士は後を絶たなかった。 「リナさん、俺と戦って下さい!」 「……で?もし勝ったら、あんたとつきあえ、と?」 「もちろんです!」 「まあ、べつにいいけど……」 リナは防具もつけずに、青年の相手をした。きん、きん、ぎいん。サーベルが涼やかな音を鳴らす。 「そこまで!」 審判をしていたガウリイが叫ぶ。リナの剣は、青年隊士の喉元に突きつけられていた。 「くっそー、負けちまった。これで3回目だぜ、俺」 「あきらめが悪いなあ、お前。実力の差は歴然としてるだろ」 「うるせー。いつか手に入れてみせるぜ、愛しのリナちゃん〜」 「ゼルガディス!俺と勝負しろ。勝ったら、アメリアちゃんは俺の物だ」 「あのなあ。リナと違って、俺たちはそういうサービスはしていないんだが」 「臆したか?ゼルガディス」 「わかったわかった。相手はするがな、アメリアを賭けてってのは無しにしてくれ」 ぎいん、きん、きん。 「ま、参った」 「まだアメリアに手を出す気か?」 「い、いや、もうそんなことは言わねーよ」 「分かればいいんだ。普通の試合なら、いくらでも受けるぜ」 ガウリイは、局長になったことで、あれこれ忙しく動き回っていた。華族のパーティに顔を出し、剣の道場主の集まりに顔を出す。国が大きく動き出そうとしている今、どこに行っても話題は政局のことで持ちきりだった。 そんなある日、ガウリイがゼロスを詰所の裏に呼び出した。 「なあゼロス、局長には、お前がなった方が良かったんじゃねえのか?」 「泣き言でしたら、僕は聞きませんよ。いつか、サンドイッチ半分分けて上げたでしょう」 「おまえ、今それを持ち出すか。泣き言も言いたくなるよ。国王派、政府派、開国派、鎖国派。入り乱れてやがるんだ。どっちについて行ったらいいのか、検討もつかねえ」 「僕たちは、政府を護り、政府に仇なすものを斬る、治安維持隊です。考えることはない。斬るのは僕たちの敵、それだけです」 「その敵が何者なのか、はっきりしねえから困ってるんじゃねえか」 「難しく考えることはないんです」 ゼロスは、その闇紫の瞳を上げた。 「斬りかかってくるのが敵ですよ」 ゼロスは、リナを連れて夜道を歩いていた。ガウリイが、今日は都市のはずれの屋敷でパーティに出ている。帰り道が不用心になるので、パーティの終わる時間を見計らって、二人で迎えに行っていたのだ。 「そう言えば、貴女とこんな風に二人きりになるのは初めてですね」 「そうね。あんたは、あたしと試合、やらないの?」 「勝てば貴女とつきあえる、というあれですか?」 「そう。あたしは隊の9割方の男と戦ったわよ。あとの一割は妻子持ちかゼルみたいに婚約者持ち」 「お強いんですね」 「さあ、どうかしら」 リナは、今日も深緑の軍服で男装している。さえざえと光る月が、リナのまだあどけない横顔を照らし出している。 「あんたの強さって……なんか、得体が知れないのよね。魔法を使うってわけでもないんだけど、ガウリイみたいに剣技にのみ頼っている風にも見えないし。一度、あんたとお手合わせしてみたいんだけど」 「それは、僕が勝ったら、貴女とおつきあいできるってことですか?」 「……まあ、それでもいいわよ」 「それは楽しみですね。僕も本気を出しましょう。……ところで、気づいていますか?」 「ええ」 「心強いですね」 ゼロスとリナは、背中合わせになり、剣を抜く。 「どこの誰だか知らないけれど、命が惜しくなかったらかかっていらっしゃい」 しん……とした広い道。月明かりだけが、彼らを見つめている。 「どおりゃあああっ!」 体格のいい男が二人に斬りかかってくる。その男は、ゼロスがさばいた。剣戟を受け止め、跳ね上げる。隙の出来た胴をサーベルで強く打つ。 「はあああっ」 もう一人。さらに一人が飛び出してくる。リナは、二人の相手を余儀なくされた。 「リナさんっ」 「心配いらないわ……火炎球(ファイアー・ボール)ッ!」 突然現れた火炎に男たちが目を眩ませている間に、リナのサーベルが男たちを切り裂く。 「まだいるようね。これ以上、やる?」 その時、ざわざわと人影が近づいてきた。パーティが終わったらしい。客を見送る兵士たちの腰にもサーベルが下がっている。 「くっ……引け、引け!」 リナたちを取り巻いた殺気は遠ざかっていった。 「これでいい気になるな、治安維持隊!」 リナに一太刀浴びせられた男が、足を引きずりながら逃げていった。 「あいつを捕まえて、誰の指示だったのか聞き出すべきだったかしら?」 「まあ、二人で5〜6人を追い払えたので良しとしましょう」 手に土産物の箱を提げたガウリイが、赤い顔で引き上げてくる。 「おー、ゼロスにリナじゃねえか。こんな時間にデートか?」 「ガウリイさんは呑気でいいですねえ」 「呑気たあなんだ。俺は国政を論じなくちゃいけなくて、大変なんだぞ。変わってみるか?」 ゼロスとリナは、くすくす、と忍び笑いをかわした。 ちぎれた空の波間から
こぼれさす光りの道しるべ
近づいていく静寂に
やわらいだ縁どりが燃えてる
昔見た 聖書のページを
想い出すと あなたが笑った
それから数日後。誰もいない、曇りの真昼の海岸。雲の隙間から幾筋かの光が海に降りていて美しい。軍服姿のゼロスとリナが向かい合っていた。 「言っておくけど、本気で行くわよ」 「もちろん、僕も本気ですよ」 「あんたが勝ったら……」 「貴女は僕のもの、です。リナさん」 リナはサーベルを抜く。 「そのニコニコ顔、打ち砕いてやるわ」 「いいですね、その睨む瞳。魅力的です」 「馬鹿なことを……行くわよ!」 リナがサーベルを滑らすように突き出してくる。ゼロスは、最小限の動きでその打ち込みをかわした。サーベルをしゃくり上げる。リナの、柔らかな紅茶色の髪の先が、わずかに切れて、ぱらぱらと宙に舞い上がる。 「はっ!」 リナはいったんしゃがみ、鋭い切っ先の照準ををゼロスの喉に合わせる。バネのように立ち上がって真っ直ぐゼロスに突っ込んでくる。ゼロスは、その切っ先を自分の剣の柄で受け流すと、リナの頬に自分の剣の切っ先をぴたりと当てた。 「まだ、やりますか?」 「……充分よ」 ゼロスは剣を引き、さやに収めた。 「さあ、これで貴女は僕のものですよ」 「ああっ。最初は恋人募集中、なんて言ってたはずが、なんでこんなことになっちゃったんだろう」 リナは、自分の前髪に手を入れて、くしゃくしゃとかき回す。 「それとも、僕では貴女の恋人にはふさわしくないですか?」 「……ううん、あんたは強いわ」 「じゃあ、僕の恋人になってくれますね」 「……うん。でも、一つ条件があるわ」 「なんでもどうぞ」 「しばらく、みんなの前で、このことは言わないで」 「それは、どうして?」 「今の若い隊士はね、あたしに勝つことを目標にきりきり修行してるみたいなのよ。その熱意を、そぎたくないの」 「じゃあ、こんな風に二人きりの時は?」 「……あんたの恋人に、なるわ」 二人は、そっと唇を重ねた。潮風が、二人を包み込んだ。 「ゼロス、何書いてるの?綺麗な字ね」 「ええ、ありがとうございます。治安維持隊の規則を作ろうと思って」 「局長のガウリイやガーヴをすっとばして、あんたが作るの?」 「局長たちはパーティーや意見交換会で忙しいですから。それに、有事に隊を直接指揮するのは僕になると思いますから」 「ふうん……どういうの?」 「第一条──騎士道に背くまじきこと」 「第二条──隊を脱することを許さず」 「第三条──金策すべからず」 「第四条──私闘を許さず」 「ふむふむ」 リナは大きな瞳を見開いて、隊則を読んでゆく。 「で、罰則は?」 「全て死罪、です」 「はあ?」 リナは呆れ顔をした。 「じゃ、あたしが、いま、治安維持隊止めたいって言ったら?」 「僕が斬って捨てます」 「あたしがちょっぴりよそからお金を借りてきたら?」 「やっぱり、斬って捨てます」 リナは、ぐっとゼロスに顔を近づける。そして、そっと囁く。 「恋人のあたしでも?」 「恋人の貴女でも」 ゼロスはにっこり微笑んだ。 「そうでないと、この規則は功を奏しません」 「厳しいわね」 「こういう時代ですから。それに、貴女とアメリアさんを除けば男所帯ですし」 局中法度は、その日の夕方には詰所に張り出された。若い隊士たちは、罰則を読み、ため息をついた。 「ガウリイさん、最近元気ないですね」 「なあゼロス、俺は前よりずっと混乱しているよ」 「ガウリイさん……」 「俺たちは政府を護るために組織された。しかし、最近ではその政府が、国王に政治の実権を握らせるように動いているというじゃねえか。そうなったら、俺たちは何を護ればいい?俺たちは解散するしか無くなるんじゃねえか?」 「心配性ですね、ガウリイさんは」 ゼロスは笑顔を崩さない。 「前にも言ったじゃないですか。僕たちに斬りかかってくるもの、それが敵です」 「俺は、政府からいいご身分を頂いたよ。ガーヴもな。だが、国王軍の軍備は、はっきり言ってこの治安維持隊の遙かに上をいっている。全面戦争になったら今のところ勝ち目がねえ」 「軍備……ですか。僕も、今のところ動いてはいますが……もう少し待って下さい。国王軍に負けない軍備をそろえて見せます。それより、最近心配なのは、ガーヴさんのことです」 「ガーヴが?」 「夜遊びが激しいんです。女を買うこともしょっちゅう。娼館に泊まって、隊に戻ってこないこともあります」 「そうか……俺は政治家の間を走り回っていて、そんなことに気づきもしなかった」 「どうも、ガーヴさんは自分の報酬以上のお金を使っているように見受けられますね」 「……!第三条──金策すべからず、か……」 「決め付けで死罪にするわけには行きませんからね。リナさんに調査を依頼しています」 「おい、俺はあいつの保護者だぞ。なんであいつに行かせた」 「小柄ですばしこくて、いざ決闘となったら腕も立つ。彼女以上の人材はいないと思いますが」 その時、局長室「1」のドアがコンコン、とノックされた。 「リナ=インバースです」 「おう、どうぞ」 「あ、ゼロス副長、いらしてたんですね」 クールな態度。人前では、彼女の素顔は決して見せない。涙もろいところも、甘えん坊なところも。今日も深緑に銀の縫い取りのある軍服に身を包んでいる。 「ガーヴ局長の行動を調べました」 「どうだった」 「市中の金融会社から、金策をしているようです。担保に、ここの稽古場の権利書を入れて」 「な……っ!」 「そんなことだろうと思っていました」 「冷静だな、ゼロス。それで?やっこさんの処分はどうする」 「当然、死罪、です」 「……局長だぞ」 「分かっています。リナさん、ゼルガディスさんを呼んできて下さい。3人で片づけましょう」 「おい、どこへ行く」 「あの……すこしのどが渇きました。厨房へ行って、水を取って参ります」 「すぐ戻れよ。俺はもう一度お前と楽しみたい」 「はい……」 娼婦が、部屋から出てくる。ゼロスは、薄布に身を包んだ娼婦に、札束を渡す。娼婦が遠くに去っていくと、ゼロスは目の前の扉を開けた。 「早かったな」 「残念ですね。僕はマルグリットさんじゃありませんよ」 「誰だ……ゼロスか。無粋だな。こんなところに何の用だ」 「マルグリットさんを買うためのお金を、どこで手に入れましたか」 「つまらんことを聞くな。俺の給料からに決まっているだろう」 「僕たちの給料で、毎夜に近く高級娼婦を買うことは不可能です」 「……何が言いたい」 「あなたが、市中の金融会社からお金を借りているところを隊士が目撃しました」 「……で?」 「局中法度、読んでいらっしゃらないのですか?」 「ああ、あのくだらん、何でも死罪の規則か。あれは副長のお前が作った物だ。局長の俺は縛られん」 「確かにあの法度を作ったのは僕ですが……その効力は局長にも発揮されますよ」 ガーヴは起きあがり、枕元の剣を掴んだ。 「じゃあなにか、ここで俺とやるってのか」 「ええ」 「お前が死ぬことになるぞ」 「それはどうですかね」 その時、ぱたん、と窓が開いた。軍服姿のリナとゼルガディスが入ってきた。 「……貴様ら!謀ったな、ゼロス……!」 「正直、最初は貴族の血を引いたあなたの存在が必要でしたが」 ゼロスも腰の剣を抜く。 「もう、治安維持隊はあなたを必要としていない。むしろ、邪魔な存在です。治安維持隊に局長は一人でいい」 ゼルガディスとリナは、無言でガーヴに剣を突きつける。ガーヴは、突然高笑いを始めた。 「ははははは、俺はいいように利用されて捨てられるわけか。だが、お前らの手にかかって死ぬのはまっぴら御免だ」 ガーヴは、自分のサーベルを逆手に持つと、自分の胸に突き立てた。 「貴様らの手は借りねえよ」 温かい血がほとばしる。リナもゼルガディスも血塗れになる。表情は変えない。ガーヴの顔はみるみる蒼白くなり、息絶えた。 「自決、ですか……」 次の日、局長の一人ガーヴ=カオスドラゴンの死が発表された。死因は病死、となっていた。それを信じる隊士は誰もいなかった。 と、いうわけで、ガーヴさん退場です。ファンの方すみません。ゼロスとリナちゃんは正式な恋人同士になりましたが、まだまだ彼らの行く先には波乱が満ちています。それでは、続きもよろしくお願いします。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。真剣な新選組ファンの方には怒られてしまいそうですが、ネタ元にしたのは司馬遼太郎の「燃えよ剣」のみです(汗)。 |