雲路の果て［１］


３００年の鎖国を続けてきた政府も、いよいよ開国を迫られていた。この国を護ってきた騎士たちは、開国して異文化を取り入れるか、あくまで鎖国を続け、自分たちの文化を護るかで天下を二分していた。過激な者の中には、今ある政府を倒し、長年飾りとしてだけあった国王を押し立てようとする者もいた。
政府は、その動きを憂え、自らを護る軍隊を組織しようとしていた。国中の剣の達人とその弟子たちに、回状がまわった。それは、ガウリイ＝ガブリエフが主催する小さな道場にまで及んだ。
「あーあ、俺たちが行ったところで、せいぜい下っ端としてこき使われて、ボロ屑のように捨てられるのがいいとこだな」
壁に沿わせた椅子に腰掛けながら、ガウリイはぼやいて、長い金髪をかき上げた。
「いえ、これはまたとないチャンスかも知れませんよ」
こちらは、肩まできっちりと切りそろえた黒髪の男。
「もともと、うちの流派はマイナーですが、ガウリイさん、あなたの剣の腕は、どんな大きい道場の主にも引けを取りません。ゼルガディスさんだってそうです。もちろん……」
唇を指で押さえる。
「僕もね」
「そうかあ？」
ガウリイは不思議そうな顔をする。
「道場主が、自分の流派の強さを知らないんじゃお話になりませんよ。このガブリエフ流は平和をむさぼってきたこの３００年間には役立たずだったかもしれませんが……」
黒髪の男──ゼロスは、自分の腰のサーベルにかちゃりと手を置いた。
「あなたの光の剣、ゼルガディスさんの魔皇霊斬（アストラル・ヴァイン）、そして僕の術……決して、政府軍の使いっ走りで終わるとは思えないんですが」
ガウリイは、真剣な瞳でゼロスを見た。
「本気か」
「ええ。僕はこの道場に入ったとき、心身を鍛えるためだ、決して実戦のためではないと思っていました。でも……」
政府からの回状をひらひらと動かす。
「面白そうじゃないですか。田舎剣士がどれほどの者か、見せつけてやるいい機会です」
「乗るか」
「乗りましょう。政府治安維持隊に志願する者は、明朝、政府のお膝元、ゼフィーリアへ集まるように、とあります。今夜は、早めに休んだ方がいいでしょう」
「ゼロス。相変わらずお前は固えな。明日が出陣式になるんなら、今夜は大いに飲もうじゃないか」
「ガウリイ」
ゼルガディスが、厳しく口を挟む。
「俺も、ゼロスの言ったとおり、早く休むのが得策だと思う。飲むなら、旦那一人で飲んでくれ」
「おーおー、ゼルも冷たいな。なあみんな、飲みに行くよな？」
稽古場で稽古を付けてもらっていた１５人ほどの門下生の内、半分ほどが歓声を上げる。
「もちろん、ガウリイ師範の奢りですよね？」
「……うっ、いや、こういうのは勢いだ。よし、俺が奢る。みんなついてこい！」
結局、門下生は全員ついていった。ゼルガディスは、
「やれやれ」
といいながらも、目付役だと言って一緒に行った。ゼロスは、道場に残り、皆の後かたづけをして、窓から月を見ていた。シャムシールのような、細い月が出ている。
「さて、明日から、僕たちの運命はどう変わりますかね……」
ゼロスは、月に向かってにっこりと微笑んだ。やがて、表に騒がしい気配がたった。飲みに行ったガウリイたちが帰ってきたのだ。それぞれの家に帰宅することもせず、酒臭い息をまき散らしながら、道場に簡易ベッドを引っぱり出して、寝入ってしまった。

召集されたガウリイたちがまずさせられたことは、正規の政府軍との手合わせだった。防具を身につけさせられ、サーベルで一本取るまで戦わされた。ガウリイも、ゼロスも、ゼルガディスも、ほとんど相手に何もさせないままに一本取った。門下生たちも、全員が政府軍の兵たちに一本も取らせなかった。政府軍と言っても、３００年間平和を享受してきたのだから、練習もおざなりになっている。引き替えて、ガウリイたちは型こそ我流の喧嘩殺法であったが、実戦での強さは折り紙付きだ。
「次！」
「アストラル・ヴァイン！」
淡い血の色を帯びた魔法剣が、正規の政府軍の兵士の剣を跳ね上げる。面を着けた顔の前に切っ先を突き出され、兵士は降参のポーズを取った。

全国から集まってきた剣士に、政府から昼食が配られる。といっても、ミネラルウォーターとサンドイッチ程度だったが。ガウリイが自分の分をあっという間に平らげてしまったので、ゼロスは自分の分の半分をガウリイに差し出した。
「いいのか？ゼロス」
「いいんです。そのかわり、お返しは高く付きますよ」
「なんだ。怖いな」
「大丈夫です。僕はガウリイさんに出来ることしか頼みません」
「とか言って、とんでもないことを言い出すんだよな、こいつは、いつも」
ゼロスは苦笑して、自分のサーベルを取った。
「手入れか？」
「ええ。午後も試合させられるようですからね。それにしても、政府軍も、全国から集まった騎士にも、ろくなのがいませんねえ。これじゃあ、僕たちに治安維持隊のいいポストが回ってこないとも限りませんよ」
「おい、期待させるなよ」
「僕は、冷静に状況を判断して言ってるんです。うちの道場は、確かに正式な剣の道からは少し外れていますが、強さでは外のどこにも引けを取りません。道場で練習していた頃からそれは考えていたのですが、今日の模擬戦で確信しました」
「確かに」
ゼルガディスが、ミネラルウォーターの瓶を地面に置く。
「正直、うちの流派がこんなに全国レベルで通用するとは思わなかったな。それもこれも、俺たちに稽古をつけてくれた、ガウリイの旦那、あんたのおかげだ」
「よせよ」
ガウリイは赤くなる。
「それは、３日後に、治安維持隊の正式メンバーが発表されてから言ってくれ」

模擬戦は２日続いた。ガウリイたちの快進撃は続いた。そもそも、この３００年という時間の流れの中で、ほとんどの魔法は失われ、それを使いこなせるゼルガディスとゼロスは無敵状態と言って良かった。ガウリイは、魔法は使えないが光の剣がある。ガウリイの門下生たちも、３人ほどではないにしろ、実践的な剣技を見せつけた。３日目の朝に、議事堂前の広場に治安維持隊のメンバーが張り出された。１００人程度の組織。そして、それを仕切るのは───

「局長　ガウリイ＝ガブリエフ」
「局長　ガーヴ＝カオスドラゴン」
「副長 ゼロス＝メタリオム」

「何だ、俺の外にもう一人局長がいるじゃねえか」
「ガーヴさんは貴族の出身ですからね」
掲示板を見上げながらゼロスが言う。
「じゃあ何か？剣の腕ではトップでも、田舎の傭兵に過ぎなかった俺には組織は任せられねえってことか？」
「ま、平たく言えばそうなりますが」
「面白くねえな」
ガウリイがむくれていると、向こうから黄色のコートを羽織った、赤い髪の背の高い男が近づいてきた。
「よお。一緒に、局長やることになったな」
「あんたがガーヴさんか」
「ガウリイってのはどれだ？金髪か？黒髪か？銀髪か？」
「俺だ」
ガウリイは一歩踏みだし、右手を差し出した。ガーヴはその手をごつごつした手でがっちりと握った。
「ガーヴ＝カオスドラゴンだ。これから、まあ、よろしく頼む。で、副長ってのはどいつだ？」
「僕です。ゼロス＝メタリオム。お世話になります」
「ははっ、そうすっと、そこの銀髪の兄ちゃんだけがひら隊員ってことか。悪いな。差をつけちまって」
「いや……実力の差だろう。それに、俺もひら隊員に甘んじているつもりはない。その内、それなりの隊職を勝ち取ってみせるさ」
「威勢がいいな。本来、騎士ってのは、こういう連中じゃなきゃいけねえ」
ガーヴは、雲一つない空を見上げた。
「この何百年か、この国は平和だったが、そのせいで騎士はすっかり腑抜けちまった。おととい、昨日の模擬戦がいい例だ。ろくに使いもしねえキラキラ宝石ばっかりつけた剣を持ち歩いて、何が正規軍だ。これから、俺たち治安維持隊が見せてやろうぜ、本物の騎士って奴を……」
「それは心強いお言葉ですね」
ゼロスも空を眺めて、そう言った。


治安維持隊のメンバーは、政府が用意した、古い寺院を改装した詰所に寝泊まりする事になった。朝から晩まで、むくつけき男の匂いが漂っている。食事は、一日三回、たっぷりと出た。男たちは、威勢良くそれを平らげた。
そんなある日、ガウリイが一人の騎士を連れて詰所に戻ってきた。
「局長、何ですか、そいつぁ？」
「旅の途中で知り合った騎士でな。ぜひ治安維持隊に加えたいと思って連れてきた」
ゼロスは、ガウリイの隣にたたずんでいる彼を見た。長い紅茶色の髪。背は、とても低い。華奢な体つき。深緑色の軍服に、身を包んでいる。伏し目がちな深紅の瞳に、長い睫毛が影を落としている。ぞっとするほどの美少年だ。
「はっはっは、こりゃいいや。ガウリイ局長は俺たちに夜のお楽しみを作って下さるってわけだ」
深紅の瞳がちら、と動いた。軽口をたたいた隊士は気圧されて黙った。
「俺は彼の入隊は認められんな」
ガーヴが渋い顔でいった。
「ここにいる者たちは、すべてこの間の模擬戦で腕を認められた者ばかりだ。局長の知り合いだからって、ほいほい入隊させてたんじゃ、きりがないぜ」
「なら、試してみればいいじゃないか、こいつの腕を」
ガウリイは、自分より遙かに背の低い騎士の紅茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「誰が相手をする」
「あんたでいいぜ。ガーヴ＝カオスドラゴン」
「な……っ！」
ガーヴは顔色を変えた。
「舐められたもんだな。おい、剣を取れ。防具は必要ない」
「ガーヴ局長、しかし……」
「いいから剣を取れ。そこのお前、まさか尻尾巻いて逃げたりはしねえだろうな？」
背の低い騎士は、黙って自分のサーベルを抜いた。詰所の中央に歩み出る。自然と皆は壁に寄り添った。即席の試合場に、ガーヴも歩み出る。
「後悔させてやるぜ、小僧」
小さな騎士は、黙って剣を構えた。
「はじめ！」
ガウリイの号令と共に、二人は走り寄り、剣を合わせた。ギリ…ギリとサーベルのきしむ音がする。力では、圧倒的にガーヴの方が勝っている。一歩…また一歩と小さな騎士は後退する。
「決まりだな」
ガーヴは、力任せに剣越しに小さな騎士を押し出すと、とどめの構えを取ろうとした。しかしその時速くうごいたのは小さな騎士の方だった。一瞬のガーヴの力のゆるみを見過ごすことなく、ガーヴの首の付け根に冷たい刃を押し当てた。
「そこまで」
ガウリイの声が響く。
「おい！俺はまだやれたぜ。こいつの勝ちか？冗談じゃねえ」
「いやあ、今回はガーヴさんの負けですよ。完全に動きを読み切られていましたからねえ。ガウリイさん、そろそろ僕らに、新入隊の隊士の名前を教えてくれてもいいんじゃありませんか」
「あれ？俺、言ってなかったっけ」
「言ってませんよ」
「ああ、すまん。ぼけてたな。こいつは、リナ＝インバース。１６歳。剣の腕もたつが、魔法の腕もかなりのものだ。充分戦力として期待できると思うぜ」
ざわざわと隊士たちが囁き合う。ゼロスも、呆気にとられて言う。
「女の方……だったんですか」
「男だなんて、言った覚えはないわよ」
よく通る、甘い声で、リナは言った。
「それで、胸の方は、何か布でも巻いておられるので……」
どがっ。
ゼロスは軍靴で殴られる。
「い、いたひ〜ひどいじゃないですかリナさん」
「この胸はもとからよ！まったく、乙女に失礼なこと言うもんじゃないわよ」
「す、すみません」
ガウリイが、またリナの前髪をかき回す。
「と言うわけで、男所帯も少しは華やかになるだろう。みんな、リナのこと、よろしく頼むぜ」
「おう！」
若者たちから声が上がった。ガーヴだけが、苦々しげにそれを見ていた。
「ついでと言っては何だが、俺にも紹介しておきたい仲間がいる」
ゼルガディスが立ち上がり、詰所の入り口から一人の白い服を身につけた少女を呼んだ。
「こいつは、アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーン。今は亡きセイルーン王朝の末裔だ。魔法で戦うこともできるが、専門は白魔術だ。多少の怪我なら、こいつがばっちり治してくれる。リカバリィだけじゃなくて、ディクリアリィ、リザレクションも使えるから、大怪我のときも気休めにはなるだろう。これから俺たちは、傷ついたからと言ってそこいらの病院にすっと入ってはいけない戦いをすることになるかも知れない。そんなとき、こいつがお前らの総合病院になってくれる。アメリア、挨拶を」
「アメリアです。皆さんどうぞよろしく」
「アメリアちゃん、ひゅーひゅー！」
「それから、これは一応言っておくが……」
ゼルガディスはこほん、と咳をする。
「アメリアは俺の婚約者だ。手を出す者がいれば容赦なく相手するので、そのつもりで。まあ、アメリアも多少だが攻撃魔法が使えるから、心配ないとは思うが」
「ちえっ、お手つきかよ。リナちゃんの方はどうなんだ」
「あ、あたし？うーん、今んとこつきあってる人はいないわ。恋人募集中」
おー、と隊内から歓声が上がる。
「ただし、あたし、あたしより強い人じゃないとつきあわないわよ。あたしとつきあいたければ、試合を申し込んでちょうだい」
先ほどのガーヴとの一戦を観ていた隊士たちは黙る。ゼロスだけが、ニコニコしてリナを見守る。
「ま、リナに決まった相手が出来るまでは、俺がこいつの保護者だ。そう言うことでよろしくたのむぜ」
三たびリナの頭をかき回しながら、ガウリイが言った。
「それじゃ、夕飯まで、トレーニング開始！各自相手を変えながら模擬戦をやってくれ。防具はしっかりつけるんだぞ」
「おい、ガウリイ」
ガーヴが近寄ってくる。
「ずいぶんと偉そうじゃねえか。局長は、俺とお前の二人だろ？」
「ああ、そうだったな。気を悪くしたならすまなかった。晩飯の準備が出来たって報せはガーヴがやってくれても構わないぜ」
ガーヴは憮然とした表情をした。ゼロスは、顔を押さえてくすくすと笑った。





分かる人には分かってしまうと思いますが、「新選組」ものです。といっても、日本史０点を連発する私が書くので、かなり細部はいい加減です。とにかく、男キャラが少なくて困った…！それでは今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。えー、キャストを発表します。リナちゃん＝沖田総司、ゼロス＝土方歳三、ガウリイ＝近藤勇、ゼル＝斉藤一、アメリア＝特にモデル無し、ガーヴ＝芹沢鴨、です。後一人モデル有りキャラが出てきますが、それは登場してからにします。


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