恋スル気持チ[3]


リナからは、毎週のように絵はがきが届いた。

 ゼロス、元気?ここは観光地なので、絵はがきには
 事欠きません。私は、勉強も、スポーツも、頑張っ
 ています。女子サッカーのチームにも入ったのよ。
 私は小さいから、あまり活躍はできないんだけど…
 ゼロスに会いたいです。とても寂しいです。
 それではまた、はがきを書きます……

ゼロスも、リナの住む女子寮当てにはがきを書いた。

 今年も、児童会長をすることになりました。去年僕
 をサポートしてくれたガウリイ先輩やゼルガディス
 先輩がいないのが、すこし心細いです。
 リナさんは小さいけど運動神経がいいから、きっと
 サッカーでも活躍できますよ、頑張って。
 僕も、リナさんに会えなくて寂しいです。クリスマ
 スが待ち遠しいです。それでは、また……

「ねえリナさん、それ何ですか?」
浴場の更衣室で、アメリアが尋ねた。
「あたしの大事なものよ」
「お守りですか?」
「そんなものね」
「お風呂にはいるとき以外は、ずーっと付けてますよね、それ。体育の時間も、眠るときも」
「そう約束したから」
「好きな人と、ですか?」
アメリアは瞳を煌めかせて尋ねる。
「そうよ」
リナは迷わず答えた。
「素敵ですね、それって」
アメリアは微笑んだ。


十二月になった。休暇を心待ちにしていたゼロスの元に、リナからクリスマスカードが届いた。サンタクロースがにっこりと微笑む、あまりに早いクリスマスカードを開くと、そこには短い言葉が綴られていた。

 ゼロスへ
 メリークリスマス!元気にしていますか。
 ところで、今度のクリスマス休暇は、アメリア(あ
 たしの一番の親友です)の実家で過ごすことにしま
 した。古いお城を買い取って造った、とても素敵な
 ところみたいです。また、手紙を書きます。暖かく
 して過ごして下さい
                   リナ

ゼロスは、しばらくカードを握りしめて震えていた。
「僕がここで小学生をしているあいだにも、リナさんには新しい友達や新しい出会いがたくさんあるんですね……また、僕を置いて大人になってしまうんですか?リナさん……」
一人になってしまった離れで、ゼロスは少しだけ涙をこぼした。そして、とても短い言葉のはがきを出した。

 リナさん、指輪はどうしていますか?

すぐに返事が届いた。

 肌身離さず身につけてるわよ。心配しないで。

ゼロスは、そのはがきに小さく口づけして、眠れぬ夜を過ごした。


半年が経った。一学年が終わり、休暇に入る暑い季節が目の前に来ていた。初夏にしては暑すぎる午後に、電車がホームに滑り込んできた。
「リナさん!」
「ゼロス!」
二人は、暑いのも構わずに抱き合った。ゼロスは、リナが小さくなってしまったような気がした。それだけ、自分の身長が伸びたのだとは気づけないまま。リナの、小さな柔らかい乳房を胸に感じて、ゼロスはあわててリナを放した。
「ゼロス、すっごく大きくなったね」
「リナさんも、大人っぽくなりました」
リナは、長い紅茶色の髪をポニーテールにして、白いリボンを結んでいた。ゼロスは、ふとそのリボンに目を留めた。
「リナさん、そのリボン……」
「ああ、これ。良く気づいたわね。あの指輪についてたリボンよ」
「リボンまで大事にしてくれてたんですね」
「だって、綺麗だったんだもの。あのビロードの箱だって、大事にとってあるわよ。ところで、クリスマスのことは、本当にごめんなさいね。あたし、アメリアのお城に行ってみたくって仕方なかったの」
「いいんですよ、今日、こうして帰ってきてくれたんだから」
「あのー」
こほん、とルナが咳をした。
「つもる話があるのも分かるけど、私だって帰ってきたのよ、ゼロス。そうリナばっかり歓迎するのはどうかとおもうわ」
「ルナ姉さん!もちろん、ルナ姉さんが帰ってきてくれて嬉しいですよ」
ゼロスはルナの頬に軽くキスをした。
「じゃ、いきましょうか」
ゼラスが車を回してきていた。三人は、冷房の効いた車内に滑り込み、一年間の想い出を色々と話した。
「夏休みは、貸別荘を借りて、家族水入らずで過ごさない?」
ゼラスの提案に、ゼロスは疑問を挟んだ。
「母さん、仕事の方はいいんですか?」
「大丈夫。三週間くらいの休暇は貯まってるわ。休暇は、効率的に使わないとね」
「どこへいくの?母さん」
「そうね。どこか涼しい高原がいいわね」

なんでもなかった 朝の散歩道で
君と出会った いつもと変わらない朝のはずが
ドキドキしてる

ゼロスは、貸別荘に着いてから、毎朝五時には起きていた。高原には冷たい霧がかかり、山の上から雲海が見下ろせる。草花は、しっとりと露を含み、木苺やグミの実が唇に甘酸っぱさを伝えてくる。朝の高原が、ゼロスは大好きだった。

ある朝、ゼロスがいつものように別荘を抜け出して、一人草花を見ていると、不意に後ろに人影を感じた。振り向きもせずに、ゼロスは言った。
「リナさん、今日は早起きですね」
「ゼロスこそ。毎日こんな時間に起きてるの?」
「僕は朝のここが好きなんです」
「あたしも、今日初めて早起きしたけど、ほんとに素敵ね。ミルク色の霧に包まれて、ほら、もう別荘も見えない」
「リナさん、ちょっとしたプレゼントです、瞳を閉じて下さい」
リナは素直に目を閉じる。ゼロスは、ラズベリーを唇にはさんで、リナの唇にそれを送り込んだ。
「わ、すっぱ……」
そのまま、リナはゼロスの唇を受け止める。ゼロスの舌にまとわりついたラズベリーの果汁が、口の中に拡がる。そのまま、ゼロスは丁寧にリナの舌を絡め取り、弄んだ。唇を離す。
「ラズベリーの花言葉は、『愛情』です」
リナは、不安げに周りを見回す。
「こんな所、もし姉ちゃんや母さんに見られたら……」
「この霧が、僕たちを隠してくれます」
確かに、数メートル先も見えない厚い霧にリナたちは覆われている。何も見えない乳白色の中で、二人はしっかりと抱き合った。冷たい霧の粒子が、二人を濡らしていく。
「ずっとこうしていたい……」
そう囁いたのはどちらだったか。互いの身体はいくら抱き合っても冷たく、彼らはわずかなぬくもりを共有するように腕の力をこめた。
朝日がのぼり、霧が晴れた。さっきまでの神秘的な空間も、人なつっこい初夏の風景に様変わりしていた。
「あらリナ、唇に紅いものがついてるわよ。木苺でも食べたの?」
「う、うん。ちょっと食べてたの」
「口紅みたいで、大人っぽいですよ」
ゼロスは、表情を変えずにしれっとそんなことを言った。

それから毎朝、秘密のデートはつづいた。濃くて冷たい、優しい霧の中で、二人は木苺を摘み、唇を交わした。曙光が雲海を飾る瞬間を、何度も見た。
「こういう光景を見てると、ああ、神様っていらっしゃるんだな、って思うの」
「じゃあ、今僕たちがこうしていることを、神様はご覧になっているのでしょうか?」
「きっと見ていらっしゃるわ。天罰が下ってもおかしくないわね」
「怖いんですか?リナさん」
「怖いわ。だって、この夏のあんたって……すごく背が伸びてて、すごく大人っぽくなって……何だか改めて好きになってしまいそうなんだもの」
「僕、大人っぽくなりましたか?」
「な、なによ、自覚がないの?とても、一年前のあんたからは考えられないくらい、大人っぽくなったわ」
「じゃあ、僕の努力も、まんざら無駄では無かったんですね」
「努力?」
「僕は、勉強も、スポーツも、他の人に負けないように頑張っています。それだけじゃなく、仕草や姿勢も、できるだけ大人っぽくできるように気をつかっています」
「疲れない?そんな生活」
「リナさんに追いつくためですから。苦にもなりません」
「ねえゼロス、あたし、あんたに完璧なんて求めない。ゼロスが、ゼロスでいてくれるだけで好きよ」
「嬉しいですね。でも、僕が頑張っているのにはもう一つの理由もあります」
「理由?」
「近い将来、僕たちは人から誹られたり、嘲られたりすることもあるかもしれません。その時に、出来るだけ言い訳をしたくないんです。ここが駄目だから姉弟で愛し合った……なんて、言われたくないじゃないですか」
「そうね……」
「僕も、九月からは中学生です。地元の教育大附属に行きます。もちろん、トップ入学するつもりですよ」
「ゼロス、何だかどんどん遠くへ行っちゃうみたい」
「違います。だんだん、貴女に近づいてるんですよ、リナさん」


九月になった。ゼロスは、彼が言ったとおり、名門校へトップ入学を果たした。リナは、お祝いに腕時計を贈った。
「これをリナさんだと思って、いつも身につけますよ」
「これみたいに?」
リナは、自分の首筋から細い銀の鎖を引っぱり出した。
「そうです」
そして、リナとルナは新しい学年を迎えるために、遠くの学校へ帰っていった。ゼロスは、電車がカーブの向こうに消えて見えなくなるまで、ホームで見送った。そして、空っぽな気持ちになった。胸をかき抱いても、この夏の恋人のことが思い出されて、切なかった。


クリスマス休暇のかなり前に、リナからグリーティングカードが届いたとき、ゼロスは胸ふたがれる思いでそれを開けた。内容は、想像していたとおりのものだった。

 ゼロスへ

 今年のクリスマスも、アメリアの所にお世話になる
 ことにします。ごめんね。メリークリスマス。ゼロス、
 大好きよ。
                     リナ

「あら、今年のクリスマスも、リナはアメリアさんのうちで過ごすの?もしかして、向こうでボーイフレンドでも出来たんじゃないかしら」
「そう……ですね」
気づかれてはいけない。動揺してはいけない。
「リナさんにも、いいボーイフレンドが出来るといいですね」
「そうね」
ゼラスの美しい微笑みに、安堵の表情が混ざっていることを、ゼロスは敏感に気づいていた。
「でも、なんであなたばかりにカードを送ってくるのかしら、リナは?母親として少し寂しいわ」
「それは、僕とリナさんが昔、とても仲良しだった名残のようなものですよ。深い意味なんて無いんじゃないですか」
「まあ、そうかもしれないわね。昔のあなた達の仲の良かったことといったら……」
ゼラスの想い出話の一つ、一つに覚えがある。リナとの幼い頃の想い出は、ゼロスにとっては至高の宝物だ。
「ゼロス、ずいぶん細かいことまで覚えているのねえ」
「僕は記憶力がいいんです」
「さすが、期末テストでも満点を取っただけはあるわね」
「どうして、リナさんは僕の中学に入ってはいけなかったんですか?」
「ん?そうねえ、リナにも女らしさを身につけて欲しかったし、寮生活で協調性を養えると思ったのよ。それと、あなた」
ゼラスはゼロスの紫の瞳を見つめる。
「あなたとリナがあんまり仲がいいから、心配になったのよ。お互い以外の友達を作った方がいいと思ったの。現に、リナにはアメリアさんっていう親友が出来たでしょ?」
「そうですね。リナさんがいなくなってから、僕にも親しい友達が何人か出来ましたし」
「そう……良かった、私のしたことは間違って無かった様ね」
「ええ、間違ってないですよ」
やがて、ルナ一人が重い鞄を提げて、実家に帰ってきた。三人は、ささやかにクリスマスを祝った。そして、遠い空の下のリナの幸せを祈った。




私は高原が好きなので、この辺のエピソードは楽しく書きました。二人はよりいっそう仲良くなる一方で、ほんとに禁断の愛を描いているのか?と我ながら疑問が湧いてきます。読者の方も幸せ一辺倒じゃつまらないですよね?何とか二人に恋の障害を…とは思うのですが。それでは、続きもまたよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。高原のモデルはあたくしの別荘がある軽井沢……なーんてことはもちろんなくて、小さい頃よく旅行に行った九州・阿蘇高原です。雲海に浮かぶ山々は素晴らしい景色でした。


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