恋スル気持チ［２］


「リナさん、宿題は終わりましたか？」
「うん。なあに、分からないことでもあるの？」
「そんなの、あるわけ無いじゃないですか」
リナが六年生。ゼロスは五年生。それぞれ、成績は学年のトップだ。ゼロスは五年生にして、児童会長を務めている。
「宿題が終わったのなら、僕と遊んで下さい」
「また、くすぐりっこ？」
「そうです」
互いの身体をくすぐり合うのは、二人の秘密の遊びだった。先に「参った」といった方の負け。リナは負けが込んでいた。ゼロスは、リナのくすぐったいポイントをすっかり知り尽くしているのだ。長く、細い指で脇腹や膝の裏をくすぐられ、耳に息を吹きかけられると、リナは息苦しくなるほど笑ってしまうのだった。
「嫌ですか？」
「ううん、いいわよ。今度こそ、あたしが勝つんだから」
二人は、机を離れて二人掛けのソファに座る。
「じゃあ、せーので……」
「始め！」
互いの身体を押さえ込み、くすぐったい場所を探す。既にリナより遙かに背の高いゼロスは、器用にリナの手足を押さえつける。そして、脇腹から胸に手を滑らせる。
「痛……っ」
ゼロスの手が胸に触れた瞬間、リナが苦痛のうめき声を上げた。ゼロスは慌ててリナから離れ、互いに向かい合う。
「リナさん、僕、痛いことしましたか？」
「ううん……ただ、胸のところが何かにぶつけたように痛かったの」
「見せて下さい」
「やだ……はずかしいよ」
「ケガか、病気かも知れないでしょう？僕は弟だから、恥ずかしいことなんてありません。見せて下さい」
リナは、ワンピースの前ボタンをおずおずと外した。肩から胸をむき出しにする。
「どこが痛かったんですか？」
「ここ。胸のてっぺん」
ゼロスは、そっとそこに触れる。
「あ、痛い」
「何か、しこりのようなものがありますね。もう片方の胸はどうなんですか」
リナは、自分で確かめるように自分の胸に触れる。
「こっちも痛い。こりこりしたものがある」
「やっぱり、何か病気でしょうか？母さんに話した方がいいですね」
二人は連れだって離れをでた。
「あら、二人揃って深刻な顔してどうしたの？晩ご飯ならまだよ」
「母さん、リナさんが病気かも知れないんです」
「何ですって！？リナ、どこか痛いの？」
「うん、胸が、両方とも」
「リナさんの胸に、しこりがあるんです。触ると、痛いんです。母さん、リナさんは何か病気なんでしょうか？」
「なんだ」
ゼラスはほっとした顔を見せる。
「リナ。それは、あなたの胸が大きくなり始める前兆よ。誰でも、このくらいの歳にはそうなるの。痛いかも知れないけど、すぐに良くなるわ。大丈夫よ」
「ほんと？母さん」
「ほんとに大丈夫。ところでゼロス、リナの胸に触ったの？」
「えっ、あっ、それは」
「あたしたち、くすぐりっこしてたの。で、ゼロスの手が偶然あたしの胸に当たったの」
「そう……ゼロス、リナはこれから女の子のからだになるのよ。もう、そのくすぐりっこは止めた方がいいわね。女の子のからだは壊れやすいんだから」
「はい、分かりました」
「つまんないの」
「リナ、あなたの問題でしょ？自分のからだは、しっかり自分で大事にしなさい」
「はーい」
「じゃ、晩ご飯まで、勉強でもしてきなさい」
「うん。いこ、ゼロス」
「はい、リナさん」
連れ立っていく二人の背中を見送って、ゼラスは複雑な表情を見せた。

「痛い……」
「リナさん、眠れないんですか？」
「寝返りをうつと、胸が、痛いの」
「隣に行ってもいいですか？」
「いいわよ」
ゼロスは、リナのベッドに滑り込む。
「僕が、痛くなくなるおまじないをしてあげます。パジャマの前のボタンを外して下さい」
「ん……何、するの？」
リナは、素直にパジャマのボタンを外す。ゼロスは、露わになったリナの胸の果実を口に含んだ。そっと舌を滑らせる。リナの身体が、ぴくんと跳ねる。
「ゼ…ゼロス」
リナの声がうわずる。
「静かにしていて下さい。じゃあ、もう片方も」
熱く柔らかな唇と舌にはさまれて、淡いピンクの突起はリナに不思議な感覚を伝えてくる。
「ゼ、ゼロス、もういいよ」
「痛み、少しは治まりましたか？」
「たぶん。それよりも、なんかへんな、ふわふわした気分」
「僕のせいですか？」
「分かんない。あ、ボタン、自分で止めるよ」
「いいんです。僕にさせて下さい」
「今日は、このまま、二人で寝ようか」
「リナさん、嬉しいです」
二人は、毛布の下でぎゅっと手を握り合った。そして、そのまま眠りに落ちていった。やがて、ゼラスが二人の部屋のドアを静かに開けた。顔を寄せ合って眠っている二人を見て、彼女は深いため息をついた。


クリスマス休暇に、ルナが帰ってきた。リナもゼロスも、より大人っぽくなった姉を喜んで迎えた。
「姉ちゃん、学校はどう？勉強、大変？」
「一応、大変よ。でも、エスカレーター式で短大には進めるから大丈夫」
「じゃあ、大学も同じ所に行くんだ」
「そうするつもりよ。校風もとてもいいし、山の中だから静かで落ち着くし。寮のご飯もとても美味しいのよ」
「そうだ、リナ。あなたもルナと同じ学校に行きなさいな。きっと、今よりもっと学力もつくわよ」
「え……っ」
リナは目を見開く。
「あ、あたしは地元の中学校でいいわよ。勉強なら、ちゃんとするから」
「さっき、寮のご飯が美味しいってルナが言ったときには目を輝かせていたくせに。それに、あなたは」
ゼラスはにっこりと微笑んで続けた。
「いつまでもゼロスにべったりじゃおかしいわ」

「リナさん、起きてますか」
「ゼロス……」
「リナさん、泣いてるんですか！？」
「ゼロス、そっちのベッドに行ってもいい？」
「もちろんですよ。ティッシュペーパー取りましょうか？」
「ありがとう」
リナは涙を拭いて、鼻をかんだ。
「あたし、姉ちゃんの行ってる学校になんて行きたくない」
「リナさん……それは、どうしてですか」
「ゼロス、いつかの答え、今、言うわ。あたし、あんたのことが好き。姉弟だからおかしいとは思うんだけど、どうしようもないくらい、あんたのことが好きなの」
闇の中で、リナは深紅の瞳から涙を再び零した。
「あたしが、六年も遠くの学校に行ってたら、あんたにはきっと好きな女の子ができるわ。そして、あたしに対する想いなんて忘れてしまうのよ」
「リナさん、そんなことは、絶対にあり得ません。僕は、貴女のことだけを想い続けます」
「ねえゼロス、あたしたち、まだ、小学生なのよ。あんたは、年の割にませてるけど、児童会長なんてやってるけど、小学五年生なのよ。あたしも、母さんや姉ちゃんの反対を押し切って地元の中学校に行くことは、きっと出来ないわ。今のこの気持ちも、子供っぽい恋愛ごっこなのかもしれない。いつか忘れてしまうのかも知れない、この気持ち───」
ゼロスは「大人のキス」でリナの口をふさいだ。リナの小さく、華奢な身体を抱きしめる。柔らかく長い、紅茶色の髪を撫でる。
「僕は決して貴女への想いを忘れません。信じられないかも知れませんけど、僕は物心ついたときから───幼稚園のころから、貴女だけを追いかけてきました。早く大きくなりたくて、大人になりたくて。貴女にふさわしい男になりたくて。ほんの六年離れたくらいで、貴女への気持ちをあきらめたりしません」
「信じて、いいの？」
「信じて下さい。僕は、その六年で、より貴女にふさわしい人間に成長します」
「ふさわしい人間？」
「とびっきりかっこよくて、頭も良くて、優しくて、背の高い人、じゃないと結婚しないんでしょう？」
「あんた、そんな幼稚園くらいのこと、良く覚えてるわね」
「リナさんの言葉は、いつだって僕にとってはバイブルみたいなものです」
「神様に許されない恋をしているのにバイブル、なんて変ね」
「僕は、リナさんが僕の思いに応えてくれただけで充分です。神様のご加護なんてもういりません」
「ゼロス……怖いの、あたし」
「僕のことだけを考えて下さい。僕が貴女のことを護ります」


リナの中学受験は成功した。六年前にルナが着てみせた制服を、今度はリナが着ることになった。その制服は、リナにもよく似合った。
ゼロスは、銀行へ行って、今までためた小遣いをおろした。ゼロスは、親戚などからもらう小遣いを、使わずに貯めておく方だった。数枚の高額紙幣を握って、ゼロスは一人でデパートの宝石売場へ向かった。
「あっらー、可愛いお客様ね」
「ねえ、来てみてよ。ちょっとした美少年よ」
暇そうにしていた女性店員たちがゼロスの周りに集まった。ゼロスは、気後れすることなく言った。
「ルビーの指輪を見せて下さい」
「ご予算は？」
「これだけ」
ガラスのショーケースの上に紙幣を置く。背の高い、派手な女性店員は、少し困った顔をした。
「どうしてもルビーじゃなきゃ駄目なの？」
「ええ。本物のルビーが欲しいんです」
「この予算で本物のルビーっていうと、これくらいの大きさになっちゃうんだけど」
そういって、ショーケースの中から、米粒ほどのルビーのついた指輪を取り出す。
「もし、模造ルビーでもいいのなら、こういうのがあるわよ」
今度は、本物よりもしっかりとした大きさの紅い石の指輪を並べてみせる。
「小さくてもいいです。本物を下さい」
「サイズはどうする？」
「ちょっと貸して下さい」
ゼロスは、自分の薬指に指輪をはめてみる。指輪はゆるゆるで、指から滑り落ちる。
「うーん……大きすぎますね。リナさんの指は、僕よりもっと細いんです」
「ねえ、坊や」
派手な女性店員は、ゼロスに顔を近づけて言った。
「それを贈る相手の女の子は、あなたの大事な人なの？」
「そうです」
「あなたと歳は同じくらい？」
「一つ年上です」
「その子とあなたは、すぐに別れてしまうと思う？」
「いいえ！絶対にそんなことはありません」
「じゃあ、その子が大人になってもつけていられる指輪がいいわよね」
「あ…っ、そう、ですね」
「その子が、この指輪をつけられるくらいに大きくなるまで、鎖を通してペンダントにすればいいわ。坊やは可愛いから、銀の鎖、サービスで付けておくわね」
「ありがとうございます」
「まあ、お客様が私たちにありがとうございます、なんて。こちらこそ、ルビーの指輪、一点、お買いあげありがとうございます」
指輪は、青いビロードのケースに収められ、リボンをかけられた。
「これを贈られる女の子がうらやましいわ。それでは、ありがとうございました、お気をつけて」
ゼロスは、その場にいた店員全員に見送られて、宝石売場を後にした。


リナが、全寮制のミッションスクールに旅立つ朝が来た。駅まで、ゼラスとゼロスが見送りに来た。ルナも、同じ電車で短大に戻る。発車まで十分。ゼロスはリナの袖を引いて、ホームの端へ連れていった。
「なあに、あれ」
ルナが言う。
「何でも、二人だけの話があるんですって。ゼロスとリナは特別に仲が良かったから、言いたいこともあるんでしょうね」
ゼラスは少し遠い目をした。

「リナさん、この箱を受け取って下さい」
「リボンがついてる。可愛い。開けてもいい？」
「ええ、開けて下さい」
白いリボンがほどかれる。包み紙を取ると、青いビロードのケースが現れる。リナは箱を開けた。小さな小さなルビーのついた、指輪が入っていた。
「わあ……」
リナは、指輪をそっとケースから抜き取った。左手の薬指に、迷わずはめる。
「素敵だけど、あたしには大きすぎるわ、これ」
「ケースの底を見て下さい」
「ん……何か…鎖？」
「リナさんの手が、この指輪にぴったりになるほど大きくなるまでは、この鎖を通してペンダントにして下さい。これを僕だ、と思って、ずっと身に付けていて下さい」
「ねえゼロス、これってルビー？」
「そうですよ、リナさんの瞳の色です」
「高かったんじゃないの？」
「リナさんが気にすることじゃありませんよ」
リナは、指輪に銀の鎖を通すと、すぐにそれを首に掛け、服の中にたくしこんだ。
「これが、僕たちの、今の、エンゲージリングです」
「今の？」
「僕がお金を稼げるようになったら、もっと大きなルビーをプレゼントします」
「ゼロス……」
リナは、涙を拭った。
「いいのよ。あたしには、この指輪、どんなすごいダイヤモンドのリングより、輝いて見えるわ」
「リナさん……」
ゼロスは、ルナとゼラスがこちらを見ていないのを横目で確認し、素早くリナに口づけた。
「クリスマス休暇には帰ってきますよね」
「うん。今が九月だから、あと三ヶ月の辛抱ね」
三ヶ月。二人は、物心ついたときから、そんなに離れていることはなかった。
「じゃ、そろそろ行くわ。指輪、本当にありがとう。大事にするわ」
「身体に気を付けて下さいね、リナさん」
遠くでルナが呼んでいる。
「リナーッ、電車出ちゃうわよ」
「はーい、姉ちゃん、今行くねーっ」
リナは、重い荷物を抱えて走っていった。電車に飛び乗る。ゼロスは、窓を覗き込んだ。リナとルナは、並んで椅子に座っている。
「あ・い・し・て・る」
リナは、口の形だけでそう言った。ゼロスはにっこり微笑んで、それに応えた。



というわけで、二人の蜜月も一旦途切れます。でもこの二人はそれぐらいでめげたりしません（特にゼロスは）。ところで、参考にしようと思って吉野朔実の『ジュリエットの卵』と北川みゆきの『罪に濡れたふたり』を一気読みしました。『罪に…』のほうはＣＤブックまで買っちゃいました。だって、ヒロインの声が林原めぐみさんだったから…作品の方にはできるだけ影響は受けないようにしようとは思ってるんですけど。それでは、今後ともよろしくお願いします。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。『ジュリエットの卵』は、もともととても好きだった作品です。『罪に濡れたふたり』は……なんというか、エキセントリックな話ですね。ついつい月刊誌まで追いかけるようになってしまいました。


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