恋スル気持チ[1]



君のそばにいるだけで 自分の心が
嘘のように素直になれるよ


幼稚園の放課後。男の子が女の子に駆けよる。
「リナさん、いっしょに遊びませんか?」
「嫌よ、ゼロス。あたしは女の子と遊ぶの。だいいち、あんたは年少組でしょう?年中組のあたしとは、遊べないわよ」
「リナさんがおとな、だから?」
「そう。あたしはゼロスよりおとななの。それと、あたしのことはリナ姉さんって呼べって言ってるでしょ」
「姉さんはルナ姉さんがいるじゃないですか。リナさんは、リナさんです」
「なまいき言うんじゃないわよ!こどものくせに」
ゼロスは、その紫の瞳に涙をためた。
「ぼくはいつまでもこどもじゃありません!すぐにリナさんと同じ年中組になります」
「そしたら、あたしは年長組ね」
「うう……」
「わかった?わかったら、おとなしく年少組の子と遊んでなさい!」
ゼロスは、涙をぽろぽろ零しながら、走り去っていった。
「リナ、あそこまで言わなくてもよかったんじゃ……」
「甘いわ。ああでもいわないと、ゼロス、年少組で友達できないじゃない。今でさえ、あの言葉づかいで浮いてるのに」
「なるほど……アイのムチなのね」
「いつまでも、あたしとばっかり遊びたがって、あたしもこまってるんだから」
「でも、まだこっち見てるよ、ゼロスくん」
ゼロスは、リナの方をじっと見つめながら、涙を流していた。出てくる鼻水を、袖で拭う。
「あーもー、しょうがないなー。ゼロース!あんた、ハンカチ持ってるでしょう!ほら、出して!」
ゼロスに鼻をかませてやるリナを見ながら、少女はつぶやいた。
「けっきょく、リナも甘いのよね……」

「リナさん、今日はなにしてあそびますか?ぶらんこ?シーソー?」
「リナ姉さんって呼べっていってるでしょ。そうね、シーソーしようか。あいてるし」
シーソーの端と端に座る。ぎっこんばったんと漕ぎ始める。ゼロスは、足をふんばって、リナを宙に持ち上げたままにした。
「あはは、ゼロスったらムリしちゃって。そんなのつづくわけないじゃない。あたしとあんたの重さはぜんぜん変わらないんだから」
リナは勢いをつけてシーソーを下ろす。ゼロスが宙に跳ね上がる。リナは、そっと後ろに下がった。こうすると、相手を簡単に持ち上げることが出来るとリナは知っていた。宙に浮いたゼロスが、また泣きそうな顔になる。
「ほーら、あたしの方が背だって高いんだから。ゼロスは、あたしよりひとつ年下なんだから、こうなることは分かっていたでしょ?」
「リナさん……」
ゼロスはため息をつくように言った。
「ぼくは、すぐにあなたより大きくなります。たったひとつしか違わないんだから。すぐにでも……」
「あら、おチビさんたち、今日はシーソーしてるの?」
「姉ちゃん!」
「ルナ姉さん!」
リナたちの家は母子家庭だ。母親のゼラスが働いているので、幼稚園児たちを迎えにくるのは、小学生の姉、ルナの仕事である。
「さ、帰るわよ。今日はシチューよ。二人とも好きでしょ?」
「はい!」
「わーい!シチュー大好き!」
「リナ、またゼロスの分まで食べちゃダメよ。ゼロスが大きくなれないでしょ」
「ゼロスは、ずーっとおおきくならなくていいのよ。あたしの弟なんだから」
「リナさんが食べたいなら、ぼくの分半分くらいあげてもかまいませんよ」
「もう、まったくあんたたちっていったら」
ルナは苦笑して、二人の頭を撫でた。

幼稚園の放課後。ゼロスは、年中組の女の子たちに囲まれていた。
「ゼロスくん、きれい。女の子みたい。かみのけも黒くてさらさらで」
「ほんと。ゼロスくん、かわいいよね」
「ゼロスくん、髪の毛さわらせて」
「あっ、ずるい、わたしもー」
「ねえゼロスくん、しょうらいあたし、ゼロスくんのおよめさんになってもいい?」
「それは、だめです」
「えー、なんで?」
「ぼくのおよめさんは、リナさんって決めてるんです」
「えーっ、そんなのヘンだよ」
「うん、ぜったいヘン」
「なぜですか?」
「きょうだいはケッコンしちゃいけないんだよ」
「どうしてですか?」
「ホーリツできまってるんだよ。えらい人が決めたんだよ」
「じゃ、ぼくは法律を破ります。リナさんのために」
「やぶっちゃいけないからホーリツっていうんだよ」
「そんなの関係ないです。この国がだめっていうのなら、よその国に行ってでもリナさんをおよめさんにします」
「どこの国も、きょうだいでケッコンさせてはくれないよ」
その時、リナが不意に会話に入ってきた。
「そうよね。姉弟で結婚なんか、おかしいわよね。ゼロスも、変なこと言って。あたしが恥ずかしいじゃない」
「リナさん……」
ゼロスは、すみれ色の瞳をうるませる。
「泣いてもだーめ。あたしは、とびっきりかっこよくて、頭も良くて、優しくて、背の高い人と結婚するんだから。ゼロスなんて、ぜんぜんもんだいにならないじゃない」
ゼロスは、うるんだ瞳でリナをキッと睨んだ。そして、迎えに来ているルナの方へ真っ直ぐ走り出した。
「あ、姉ちゃんが来てる。じゃ、みんな、ばいばい」
リナも、ルナの方へ走っていった。
「ゼロスくん、いっつもリナちゃんばかり追いかけて、ヘンだよね」
「せっかくかわいいのに、あたしたちとは遊んでくれない」
「きっと、ゼロスくんはホーリツをやぶるよ」
「それ、どういう意味?」
「リナちゃんを、およめさんにしちゃうんだ。だってリナちゃんかわいいもの」
「そうかもしれないね」
園児たちは、深くうなずき合った。

リナに、ランドセルが届いた。赤で、型押しのようにチェックが入った、可愛らしいものだ。リナは、まだ空っぽのそれを背負ってみせる。
「えへへ、あたしに似合う?」
「すごく似合いますよ、リナさん」
ゼロスは誇らしげに言った。リナは、肩までの栗色の癖っ毛をゆらして、鏡の前でくるりと一回転した。
「また、あたし一つ大人になるのよ。この髪が伸びれば、あたしもっと大人っぽくなるわ」
「ぼくとお揃いの髪型、やめるんですか?」
「だって、あんたみたいに真っ直ぐでさらさらじゃないんだもん、あたしの髪は。長く伸ばせば、きっとあたしにもっと似合うわ」
「リナさん、どんどん変わっていっちゃうんですね」
「そうよ。あたしはいつまでも、あんたより大人なんだから」
「リナさん、もし……ぼくがあなたの身長においついたら、お願いを一つ聞いてくれますか?」
「ふふん、いまでも5センチもあたしの方がおおきいのに?いいわよ。なんでもお願い聞いてあげる」
「ほんとうですか、約束ですよ」
「じゃあ、指切りね」
二人は小さな小指を絡め合って、指切りをした。
(どうせ、ゼロスがあたしの身長を追い越すころになったら、この指切りのことも忘れてるんでしょうね)
リナは心の中で笑った。

その春、ルナが小学校を卒業した。ルナは、遠くにある全寮制のミッションスクールに進学が決まった。大人っぽい制服に身を包んだルナに、リナもゼロスも見とれた。
「リナ、ゼロス、喧嘩しないで仲良くやるのよ。もっとも、あんたたちが喧嘩してるのなんて見たことないけど。リナ、ゼロスをいじめちゃだめよ」
「わかってるってば」
「それから、ルナの勉強部屋に使ってた離れ、あそこは今年からリナとゼロス、二人で使いなさい」
母親のゼラスが言う。
「えー、二人で一部屋?やだなあ。姉ちゃんは一人で使ってたっていうのに。ゼロスはまだ幼稚園なんだし、勉強部屋なんていらないでしょう?」
「ゼロスは、もう小学一年生くらいの問題なら解けるわよね?やっぱり勉強部屋は必要よ。大丈夫、あそこは広いから、二人分の机を置いてもゆとりがあるわ」
「はーい……ゼロス、あたしの勉強の邪魔なんかしたら、ぶつからね」
「リナさん……」
「ほらリナ、ゼロスのこといじめてる!」
「い、今のはいじめのうちに入んないよお」
「リナ、ゼロスにはもっと優しくしてあげて。繊細な子なんだから」
ゼラスも言う。
「それって、あたしはセンサイじゃないってこと?」
リナはふくれて、そっぽを向いた。


約束の日は、リナが小学三年生の春にやってきた。新学期が始まってすぐの、身長・体重測定。その結果が印刷された紙を持って、リナはいつものように、家ではなく離れに直接帰った。小学二年のゼロスが待っていた。
「リナさん、今日、身長測定があったでしょう?結果を見せて下さい」
「そ、そんなの捨てちゃったわよ。なんでそんなこと気にするの?」
「幼稚園のころの約束……覚えてますよね?」
「さあ、何だったかしら」
「僕は、覚えてますよ。あなたの身長を僕が抜いたら、なんでも願いを聞いてくれるって」
「ゼロス……って、あんた、いつの間に!」
ゼロスの手には、リナの身長を記したプリントが握られていた。ゼロスは、自分のプリントとリナのプリントをつきあわせる。2センチ、ゼロスの方が数字が大きかった。
「これで、僕の勝ちですね。さあ、僕のお願いを聞いてくれますね?」
「しかたないわね。で、何なのよ、あんたのお願いっていうのは」
「キス、させてください」
「キス?いつも、おやすみのキスやおはようのキスしてるじゃない」
「そんなキスじゃありません。大人の、キスです」
リナは、少し震えた。
「ゼロス、なんだか、あんた、怖い」
「リナさんは僕より大人なんでしょう?」
「そうよ。あんたより一つ大人よ」
「じゃあ、大人のキスをしても怖くなんかありませんよね」
「え、ええ。怖くなんてないわ」
「じゃあ、目を閉じて下さい」
リナは、ぎゅっと目をつぶる。ゼロスの手が肩にかかる。そして、そっと唇が重なる。その時、やわらかな舌がリナの口の中に入ってきた。
「んっ───」
リナは逃れようとするが、ゼロスの手がそれを許さない。ゼロスの舌は、リナの舌を絡め取り、優しく愛撫した。リナは、頭の奥が痺れていくのを感じていた。
やがて、唇が離れる。細い銀の唾液の糸が二人の唇を結び、切れた。
「な、何するのよ。し、舌なんて入れるなんて」
「これが大人のキスです。知りませんでしたか?」
「……知ってたわよ。ただ、ちょっとびっくりしただけ」
「リナさん、顔真っ赤ですよ」
「───もう、知らない!」
リナは、自分の机に向かい、離れの部屋を二つに分けているカーテンを引いた。カーテンの向こうから、声が聞こえてくる。
「リナさん、とっても美味しかったですよ」
「このー、ヘンタイッ!」
リナは、カーテンを開けて、シャープペンをゼロスに投げつけた。ゼロスはこともなげにそれを空中でキャッチした。

友達に混じって はしゃいでいる君を
いつも遠くから 愛しい目で見つめていたよ
君は気付かない

小学生も、高学年になると皆、色気づいてくる。誰が誰を好きか。かっこいいのは、可愛いのは誰か。そんな話題が、休み時間の度に交わされる。
「三年生の、ゼロス=メタリオムくん、いいよね!」
「うん。顔も綺麗だし、優しいし、頭もいいし。クラス委員もしてるし。他の男の子とは全然違うって感じ」
「あんなのの、どこがそんなにいいわけ?」
リナは冷たい瞳で言う。
「あんなのって……リナちゃんは、ゼロスくんのお姉さんだから分からないんだよ」
「そうよ。ゼロスくんってば、こないだ、指先を切っちゃった女の子の指を、口に含んで治してあげたんだって」
「やだー、なんかその子がうらやましい」
リナはバン、と机を叩く。
「やめてよ!ゼロスの話は。本当に、あんなの、大したこと無いんだから」
「リナちゃん、もしかして、ヤキモチ妬いてるの?」
リナの顔が真っ赤に染まる。
「ど、どうして弟に対してヤキモチなんか妬かなきゃいけない訳?誰とでもつきあえばいいのよ、あんな奴」
「ムキになるところが怪しい。でも、リナちゃんにはガウリイくんっていう彼氏がいるもんね」
「それも違ーうっ!なんであたしがあんなクラゲ頭とつきあわなきゃいけないのよ」
「でも、こないだガウリイくんに『女子の中で誰が一番好き?』って聞いたら『リナ=メタリオムかなあ』って言ってたよ。じゃあガウリイくんの片想いって訳か。いいなあ、リナちゃんあんなかっこいい人に好かれて」
「あいつのことだから、なーんにも考えずに言ったのよ。ガウリイとはいつも給食の奪い合いしてるし、印象に残ってたんじゃないの?第一、あいつ、かっこいい?」
「かっこいい」
その場の女子全員に即答されて、リナは黙った。
「で、ゼロスくんに話は戻るけど、こないだ五年生の女子がゼロスくんにラブレター渡そうとしたんだって」
「えーっ、五年生が三年生に?で、で、どうなったの?」
「ゼロスくん、『これはラブレターですか?だったら受け取るわけにはいきません。僕にはたった一人の好きな人がいますから』っていって断ったんだって」
「それ、本当?」
思わずリナは聞く。
「リナちゃん、お姉さんなのに、その人が誰なのか知らないの?リナちゃんとゼロスくんって、姉弟仲いい方だと思ってたのになあ」
「でも、たった一人の好きな人、か。ロマンチックだよね」
「三年生なのに、もう、心に決めた人がいるんだ」
「誰なんだろうね。やっぱり三年生かなあ」
「やめて!」
リナは叫んだ。
「ゼロスの話なら、あたしのいないところでやって。気分、悪いわ」
さすがに女子たちもムッとくる。
「じゃあリナちゃんがあっちに行けば?あたしたち、ただゼロスくんの話したいだけなんだから」
リナは、がたんと大きな音を立てて立ち上がると、教室を出ていった。
「きっと、弟を誰かに取られるのが嫌なんだよ」
「独占欲っていうのかなあ」
「ちょっと、みっともないよね」
女子のグループは、リナの姿が消えると口々に勝手なことをしゃべった。

新しい恋の始まりとは 知らずに二人は
見えない恋のストーリーが始まる

「ゼロス!」
「何ですか、リナさん」
離れには冷暖房もついている。今は冷房が効いていて涼しい。二人は、相変わらず、離れに直接帰る生活を続けている。
「ゼロス、五年生の女の子を振ったんだってね」
「ええ。そんなこともありましたね」
ゼロスはにっこりと微笑んだ。
「それで、その時、自分にはたった一人好きな女の子がいるって言ったんでしょ」
「言いましたよ」
「誰なの、それ」
「いくらリナさんでも、タダで教えるわけにはいきませんね」
「何なのよそれ。教えなさいよ。ぶつわよ」
「リナさんにぶたれたって大して痛くありませんよ」
三年生になったゼロスは、身長が更に伸びていた。対してリナは、クラスでも一番小さい。確かに、今のリナがゼロスを殴っても、大したダメージは与えられないだろう。
「いいから、教えてっ!」
「タダでは教えない、と言ったんです」
「何よ、お金取る気?」
「いいえ、それ以外のもので支払ってもらいます」
「な、何よ」
「大人のキス、です」
「……わかったわ」
リナは、身体の力を抜いて目をつぶる。ゼロスは子供にしては指の長い手でリナの肩を掴み、ゆっくりと唇を重ねてきた。舌が優しく歯列を割り、舌に絡まってくる。今度の大人のキスは、前のキスよりもずいぶんと時間が長かった。口の中のあらゆる所を舌で愛撫され、リナは目眩によく似た感触を覚えた。ようやく唇が解放される。リナは荒い息をついた。ゼロスは顔色一つ変えていない。
「約束よ。あんたの好きな女の子を教えなさい」
「分かりませんか?」
ゼロスは苦笑する。
「それじゃ、今からその女の子に印を付けます。これで分かると思うんですが」
「印?写真にでも───」
ゼロスが、リナの首筋に唇をつけた。強く吸われる。
「痛い、ゼロス……」
「ほら、印がつきましたよ」
ゼロスは、リナに手鏡を差し出す。リナは、吸われたところをみた。赤い、小さな花びらのような痕がついていた。
「ゼロス……!」
「世界でたった一人の、僕の好きな女の子です。誰にも渡したくない、大切な女の子です」
「本気なの」
「さっきのキスで本気にとってもらえないなら、悲しいですね」
「あたしたちは姉弟よ。結婚できないのよ」
「分かってます」
「あんたのことを好きって言ってる女の子、たくさんいるのよ」
「知ってます」
「どうして、あたしなんかを……」
ゼロスはリナを抱きしめた。
「『あたしなんか』なんて言わないで下さい。リナさんは、この世で一番、魅力的な女の子です」
「ゼロス、あたしは───」
言いかけて、ゼロスの指で唇を押さえられる。
「今はリナさんの気持ちは聞きません」
「ゼロス」
「僕の気持ちは伝えました。時間はたっぷりあります。ゆっくり考えて、そしていつか返事をして下さい」
「あんたの望む答えを返せないかもしれないわ」
「それはそれでいいんです。僕は、今この瞬間、満足ですよ」

「あらリナ、どうしたの、首のところ。赤くなってるわよ」
「あ、ああこれ?虫に刺されちゃったみたい。ちょっと痒いの」
「お薬つけなくていい?」
「うん、平気。すぐに消えるわ」
肌についた印が消えても、心についた想いの印は消えない───。





以前からやりたかった姉弟ものです。兄妹ものにしても良かったんですが、ゼロスがませてる方が可愛いかなと思ってこうしました。この先二人に降りかかる運命は?って、そんなに大した障害を作ろうとも思わないんですけどね。
それでは、この先もよろしくお願いします。

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ゼロス、いくら何でもませ過ぎだろう、という気もしますが……。これからも、リナちゃん、振り回されます。


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