je t'aime ★ je t'aime

「リーナさんっ！あしたのリヨン遠征のために、お菓子買いに行きましょ！」
「アメリア、あんた、この暑いのに元気ねえ……」
「そういうリナさんは、ここんとこさっぱり元気ないですねえ…部活に顔を出してくれたのも、明日が魔法学コンクールって言う、ぎりぎりじゃないですか」
「ちょっと、用事があったのよ」
ゼロスと顔を合わせたくなかった。今日も、アメリアに、ゼロスが来ていないことを確認してから、やっと足を運んだのだ。
「お菓子ねえ……」
「私、おいしいお店、いっぱい知ってますよ。腹が減っては戦は出来ぬ、です。科学的にも、甘いものは魔力の増加に効力がある、とされているんです」
「ふうん……魔法に科学、ってのも変なもんね」
二人は、街へ繰り出した。アメリアは、うきうきといくつかの店をまわる。
「あんた、遠足かなんかと思って楽しんでるでしょ」
「ええ。私は見てるだけですから。リナさん、優勝できるといいですね」
「さあ。この国にはもっと強い魔力をもった学生もたくさんいるんじゃない？」
アメリアは、繁華街の入り口にあるキャンディショップに入っていった。
「あ、この店……」
「リナさん、どうかしましたか？」
「ううん、何でもないの」
小さなカゴを持って、足は自然と、レモンキャンディの筒に向いていた。カゴをセットし、取っ手をひねる。自然と、ゼロスの顔が思い浮かぶ。
「……ナさん、リナさん！」
ふと気づくと、レモンキャンディはカゴを溢れ、床にまで次々に転がっていた。リナはあわてて取っ手を逆にひねる。床にこぼれたキャンディを拾おうとかがむと、綺麗な女性の店員が、それをとめた。可愛い箒とちりとりのセットで、床を片づけていく。
「あの…すみません。代金は、こぼした分、全部払います」
「あら、いいんですよ。こういうお客様はたまにいらっしゃいますから」
「でも……」
「恋をしていらっしゃるのね、きっと」
リナは耳まで赤くなり、落ちかかった眼鏡を中指でずり上げた。

お菓子を山のように下げ袋に入れて、リナとアメリアは街を歩く。
（あ、こないだゼロスと来たＣＤショップだ）
自然とリナの足が止まる。
「リナさん！リーナさんってば！」
「あ、ごめんごめん、ぼーっとしてた」
「そんなにマイケル・ジャクソンが好きなんですか？」
気づくと、リナはマイケル・ジャクソンの等身大ポップをじーっと見つめていた。
「あはは、そういうわけじゃないのよ。ちょっとね、この前ここに来たことを思い出してて」
「ゼロスさんとですか？」
「うん、まあ、そう」
「リナさん、なんか元気ないです。何かあったんなら、相談に乗りますよ」
「ありがと。なんでもないの」


次の日、リナたち魔法学ソサエティは長距離バスに乗った。リナは、出来るだけゼロスと離れた席をとった。リナの隣には、アメリアが座った。
「わくわくしますね！」
「あたしは何だか緊張して来ちゃったわ」
数時間で、今回の魔法学コンクールの行われるリヨンに着いた。長距離バスが体育館の広い駐車場に次々にはいってくる。リナは、更衣室に連れて行かれた。魔法力を抑える銀のペンダントを外し、黒いローブを身に纏う。黒魔術の会場には、百本の、先端に丸い円盤のついた棒が立っていた。説明係が、マイクを握っている。
「この棒を、相手側に倒して下さい。倒した数が、得点になります。魔法は、百本全てが倒れるまで、何度かけてもかまいません……」
リナは、ちらっとゼロスの方を見た。ゼロスは、リナを見ていた。その真剣な、闇紫の瞳で。リナはあわてて目をそらす。
「エトワール学院、リナ＝インバース選手、用意して下さい…」
会場のアナウンスに、リナは立ち上がった。
「リナさん、がんばって！」
アメリアの声援を後に、リナは会場に降りていった。

一回戦の相手は、ひょろりと背の高い、男子生徒だった。
「始め！」
「エルメキア・ランス！」
相手が先に仕掛ける。１５本ほどの棒が、頼りなくぱたぱた、とリナの側に倒れた。リナは、ふっと笑みを浮かべる。
「ブラスト・ボム」
轟音と炎が巻き起こり、会場を覆った結界がきしむ。もちろん、残りの棒は全て相手の方に倒れた。
「リナ＝インバース選手の勝利です」
呆気にとられた審査員や来賓席を後に、リナは再びロッカールームに帰った。

二回戦からは、リナはもはや容赦しなかった。ペンダント無しのドラグ・スレイブをぶちかましまくったのだ。四回戦の時には、ついに結界が破れ、暴風が来賓席を薙ぎ払った。
「あのう、インバース選手、もう少し魔法の威力を弱めていただけないでしょうか？」
係員が、申し訳なさそうに言った。
「すみません。あたし、最近嫌なことがあったもので、この大会で発散してるんです」
係員は、呆れ顔で去っていった。
一方、ゼロスの方も順調に勝ち進んでいた。高速呪文を口の中で唱えると、あっという間に風が巻き起こり、棒が相手側に倒れる。リナのように無駄な力は、一切使わず、必要なだけの魔力を消費しているように見えた。そんなゼロスを、リナは結界の外のドアにもたれて、いらいらしながら眺めていた。
（あいつ、全然本気出してない）

決勝は、アメリアが言ったとおり、リナ対ゼロスになった。広い体育館の向こうに、ニコニコと笑顔を張りつかせたゼロスがいる。
（その笑顔、吹っ飛ばしてやるわ）
リナは、詠唱を始めていた。
「始め！」
「ドラグ・スレイブ！！」
リナの側の棒が、あっけなく倒れていく。しかし、体育館の向こう半分、ゼロスの側は、一切棒が倒れていなかった。
（風の結界を張ってる！）
ゼロスが、呪文を解き放った。ゼロス側の棒が、ばたばたとリナの方へ倒れる。一本を残して、ゼロスの陣地の棒は折れた。５０対４９。
（わざと、一本残したんだ！あたしを誘い出すために）
リナは、新たな呪文の詠唱を始めた。客席で見ているアメリアは震える。
「まさか？あの一本のために？」

───天空のいましめ解き放たれし
　　　凍れる黒き虚無の刃よ───

来賓席から感嘆の声が上がった。
「ほう。あれを使える生徒がいるとは」
「しかし、残り一本のためとは、すこし大げさですが」
詠唱が終わる。リナは、残る一本の棒に駆け寄る。
「ラグナ・ブレード！！」
ゼロスの方も、黒い錐をいくつか棒に向けてはなっていた。しかしそれらは、ラグナ・ブレードの魔力によって軌道を反らされた。リナは棒に斬りつけた。根本だけになった棒は、ことん、とゼロス側に倒れた。
「終了！リナ＝インバース選手の優勝！」
わぁっ、と会場が盛り上がる。アメリアは目を潤ませている。ゼロスは、笑みを浮かべて、リナに近づいてきた。
「流石ですね、リナさん。参りました」
リナに手を差し出す。リナはその手を無視した。
「それでは、３位までの選手は表彰台に上がって下さい」
ゼロスはにっこりと笑い、リナは眼鏡の奥の視線をそらして不機嫌そうな、そんな記念写真ができあがったのだった。



夏休みもさなかのある日、ルナが二階のリナを呼んだ。
「ほら、これ見て」
そこには、豪華な二対の、花をかたどったイヤリングがあった。アメジストで飾られたすみれの花と、ルビーをあしらった薔薇の花と。
「そっちの薔薇の方があんたのよ」
「あたしのって……どうしたの、これ」
「お隣のゼラスさんが持っていらしたのよ。その代わり、今日の午後のお茶につきあって欲しいって」
「……あたし、いらない」
「何馬鹿なこといってんのよ。わざわざ持って来て下さったのよ」
「じゃあ、もらうけど、お茶にはいかない」
「そう言うわけにもいかないでしょ。こんな豪華な物を頂いたんだから」
「行かないったら行かない！」
「ふーん、あたしのお仕置きが怖くないとみえるわね」
「……それは、怖い」
「じゃ、準備しなさい。そろそろ三時になるわ」
リナは、渋々自分の持っている中で、一番上等のワンピースに着替えた。それぐらいしか、あのイヤリングにふさわしい服が無かったからだ。
「ほら、髪をアップにしてあげるから、鏡の前に座って」
「ねえ、姉ちゃん。ゼロス…くんもいるのかな」
「そりゃ、いるんじゃない。夏休みだもの」
「あたし、やっぱり行かない。姉ちゃん一人で行って来て」
「いまさら、何馬鹿なこと言ってんのよ。ほら、動くと髪が乱れるじゃない」
「嫌だったら───」
ピンポーン。
玄関のベルが鳴った。
「あたし、出る」
「あ、待ちなさいリナ、まだ髪が……」
ドアを開けて、最初に目に飛び込んできたのは、豪奢なストロベリー・ブロンド。
「あら、準備中だったかしら、ごめんなさい。三時を十五分過ぎてもお見えにならないから、何かあったのかと思って、お伺いしたんですけど……」
「ゼラスさん、その髪……」
「ああ、これ？あたくし、元が白髪みたいなプラチナブロンドでしょ。つまらなくって。それで、たまに色を染め変えてみてるんだけど……やっぱり、若者ぶりすぎて、似合わないかしら？」
「いえ、似合います、すごく……」
リナの深紅の瞳から、涙がポロポロあふれ出した。
「あら、リナちゃん、あたくし何か悪いこと、言っちゃったかしら？どうしましょう」
「ゼラスさんのせいじゃ……ないです……」
リナは一通り涙を流すと、眼鏡をとって、涙を拭った。そして、恥ずかしそうに言った。
「髪を、結ってきます。しばらく待っていて下さい」

さらりと流れる黒髪に、すみれのイヤリング。アップにされた栗色の髪に、薔薇のイヤリング。
「やっぱり、思った通り。すごく似合うわ、二人とも。美人に宝石を送るのって、あたくしの何よりの楽しみなの」
「お茶、入りましたよ」
ゼロスが、四人分のお茶と、ホールケーキを持ってくる。
「リナちゃん、すごくたくさんご飯を食べるんですって？ゼロスから聞きましたの。今日も、遠慮せずに、どんどん切って食べてくださいね」
「あ……あの……」
リナがおずおずと聞く。
「ゼラスさんは…その、ゼロス…くんと、一緒にお食事食べに行ったり、なさるんですか」
「あら、見られていたのかしら？」
リナはこくんとうなずく。
「あたくし、実業家をしてるんですの。それで、独り身なものですから、時々口説いてくるお客様もいらっしゃるのね。そう言うとき、ボディーガード代わりにゼロスを連れていくこともあるんですの」
「母様は僕のことを体のいいアクセサリーくらいにしか思ってませんからね」
「あら、ひどい。これでも頼りにしてるのよ、ゼロス。でも、ゼロスも変わりましたわ。前は、学校のことなんかちっともあたくしに話さなかったのに、最近はリナちゃんリナちゃんって」
「か…母様」
ゼロスは珍しく赤面し、慌てた様子になる。
「この子ったら、ルナさんとリナちゃんが隣に越してきた日に、もうリナちゃんに目を付けていたんですのよ。栗色の髪で眼鏡の、すごく可愛い子が、魔力を使って荷物を運んでいたって。魔法を使えるのなら、同じリセだったらいいなって、大した騒ぎようで」
「母様！僕は騒いでなんか……」
「あはは、焦ってるゼロス…くんって、何か可愛い」
「リナさんまで、何を言うんですか！」
ルナも顔をおさえてくすくす笑っていた。
「ま、ゼロスは放って置くとして、リナちゃん、ケーキもう一切れいかが？」
「はい、いただきます」
結局、ケーキの三分の二はリナがたいらげた。
「ゼロスから聞いていたとおり、すごい食欲ね。でも、とってもスレンダーなのが不思議だわ。そうだ、アップルパイが半分、冷蔵庫にあったでしょう。ゼロス、あれとってきてちょうだいな」
「あ、いえ、おかまいなく……」
「遠慮なさること、ないのよ。リナちゃんの食べっぷりってとっても爽快だし。さ、ゼロス、行きなさい」
ゼロスが台所に消えると、ゼラスはリナの手首を掴んで立ち上がった。
「今のうち。ゼロスの部屋、見せてあげる」
「えっ？ゼロス…くんに悪くないですか」
「うふふ、いいのよ。さ、早く早く、こっちへ」
玄関の吹き抜けから、大きな階段を上る。いつもリナが窓から見ていたゼロスの部屋のドアが、目の前にある。
「開けてみて」
リナはそっと扉を開く。
（あ……ゼロスの匂いだ）
男の子にしては、きちんと片づけられた部屋。シンプルな家具。作りつけの本棚には、リナの部屋と似たような、魔法書の数々。
「あの…いいお部屋ですね」
「見て欲しいのはそんなところじゃないのよ。あ・れ」
ゼラスが、綺麗にマニキュアを塗られた細い指先で、ベッドの横の壁を指す。
「───ななな、なにこれー！！」
そこに貼ってあったのは、水着姿のリナの、小さめのポスターだった。
「ね、我が息子ながらストーカーでしょ？もうゼロスったら、リナちゃんが好きで好きでしょうがないのよ。あのポスターだけじゃなくて、リナちゃんの写真、あの子山ほど持ってるのよね。何処にしまってるかしら……」
ゼラスがゼロスの机の引き出しを開けかけたところで、後ろから声がかかった。
「何してるんですか、母様」
ゼロスが、頬をぴくぴく引きつらせて立っていた。
「あら、ゼロス。今、あなたがどんなにリナちゃんマニアか、リナちゃん本人に説明してあげているのよ。で、あの山のような写真は何処に仕舞ってるのかしら？」
「母様！」
ゼロスは、強引に母親の腕を掴むと、自分の部屋から引っぱり出した。
「やあねえ、らしくもなく、照れちゃって」
「それ以上、リナさんに変なことしゃべると、グレますよ」
「何言ってるの。あなた、コレージュの頃、とっくにグレてたじゃないの。煙草吸ったりして。それが今ではすっかり純真なリナちゃんま・に・あ」
「ゼロスくん」
リナはにっこり微笑んで言った。
「何でしょう」
「あのポスター、どこで手に入れたの」
「あ、あれは、写真部で、ちょっと」
「すぐ剥がして」
「は、はい」
剥がされたポスターは、リナの手によってずたずたに破られた。
「二度とあんなポスター貼らないでよね」
「はい……」
「ほほほ、残念だったわねぇ、ゼロス」
階下では、ルナが、静かに紅茶とアップルパイを味わっていた。



このゼラスお母様はけっこうお気に入りのキャラです。ゼロスも、こんなお母様だと苦労が絶えませんね。あと、何事にも動じないルナさんも、お気に入りです。魔法学コンクールは何かヘボいですが、見逃して下さい（汗）
それでは、次が最終章です。最後まで読んでいただけると幸いです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。


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