je t'aime ★ je t'aime



je t'aime ★ je t'aime

退屈な恋なんてしたくないわ
あっ、というまに溺れてく

“今がすべて”



二学期が始まったが、暑さはまだ引かなかった。ひまわり模様の小さな日傘をさして、リナはゼロスと並んで下校していた。街角に、映画のポスターが並んでいる。リナは、眺めるともなく眺めていたが、一枚のポスターの前で足を止める。
「『薔薇の名前』、再演してるんだ」
「観たいんですか？」
「うーん、原作を読んですごく面白かったから、観てはみたいのよね。この監督の作品も好きだし」
「一緒に行きますか？」
「だめ。あたし、映画館って苦手なの。暗い中で、何時間もじっと座ってるなんて、性に合わないわ。いったん始まっちゃうと、食べ物も飲み物も買いにいけないしね」
「じゃあ、うちのホームシアターにご招待します」
「へ？ホームシアター？」
「母が映画好きで、地下室を改造してちょっとした試写会場なみのスクリーンを造ってるんですよ。ソファでゆっくり観られますし、食べ物だって持ち込み放題です」
「『薔薇の名前』は？」
「ありますよ、家に。ＬＤですけど」
「じゃ、お呼ばれしちゃおうかな」
「とりあえず、今週はテストですから、テスト開けの土曜日なんていかがです？」
「うん、約束ね」
「嬉しいですね、リナさんと約束できるなんて」

週末を楽しみに、二人はテストに熱中した。数学、歴史、ラテン語、神学、論理学……それから魔法学。
「ブラスト・ボム！」
リナは絶好調だった。焼け残った三本の棒の切れ端を片づけようと助手が結界内に入る前に、
「ファイアー・ボール！」
三本の棒は、完全に消し炭になって消滅した。
「こっちの方が、手間が省けるでしょ？」
教師は、唖然としながら、リナの成績表にトリプルＡを付けた。
「ディム・ウィン！」
ゼロスも、珍しく普通の魔法を使っていた。腕は確かだ。教師たちは、同じ学年のこの二人を受け持てることを、心から誇りに思っているようだった。
「エルメキア・フレイム！」
もちろんアメリアも。
「ラティルトッ！！」
ゼルガディスのことも。

土曜日は順位に関係のない保健体育のみのテストだったので、午後には電光掲示板に今回の順位が並んだ。リナが小さくガッツポーズをする。今度はリナが単独でトップだ。その後に、ゼロス、ゼルガディス、アメリアと続いている。
喜びをかみしめながら、昇降口でゼロスを待っていると、一人の人影が近づいてきた。マゼンダだ。
「……何よ」
「今までのお詫びを言っとこうかと思って」
マゼンダはそれでも、長身からリナを見下ろした。豊かな胸がちょうどリナの顔に向けられる。はっきりいって、大変に羨ましい。
「あんたのこと、無視したり、ペンダント隠したりしたのは、正直、子供じみてて、すまなかったわ。あたしたちの仲間がカミソリ入りの手紙をあんたに出したり、不良に襲わせたりしたらしいけど、そのこともごめんなさい。いまさら仲良くしてくれとはとても言えないけど、反省してることは分かって置いて」
そして、マゼンダは微笑んだ。
「今回のテスト、一位おめでとう。あんたは、ゼロスにふさわしい、最高の『本命』みたいね。でも、ゼロスのこと、大切に扱ってね。彼は、あんたが来るまで、この学院全体の王子様だったんだから」
それだけ言うと、マゼンダは軽く手をふって、スカートを翻して去っていった。入れ替わるように、ゼロスがリナの前に姿を現した。
「い、今のはマゼンダさん？リナさん、何か苛められたりしませんでしたか？」
「杞憂よ。マゼンダも、何かすっかり変わったみたい」
「そうですか……それならいいんですけど」
今日も、リナは小さな日傘をさしている。
「リナさん、似合いますね、その傘」
「そお？」
「リナさんは、何だかひまわり、って感じがします」
「またそういうクサいことを平然と言う」
リナは、顔を赤くして眼鏡に触る。
「癖なんですね」
「何が？」
「動揺すると、眼鏡に触るのが、です」
「ああ、これね。ついやっちゃうのよね」
「でも、その仕草も、とても可愛いですよ。コンタクトにはなさらないんですか？」
「二、三度チャレンジしてみたんだけど、目が痛くて入れられなかったの。それに、この眼鏡はもう顔の一部みたいなもんだから」
「僕としても、リナさんがコンタクトにしなくて良かった、と思いますよ。リナさんに眼鏡、すごく似合ってますから」
リナはまた、眼鏡をちょっと触った。
「さてと、映画を見ながら、食べたいお菓子は何ですか？何でも奢りますよ」
「じゃあ、ケーキ丸ごと！少しずつ切って食べるの。生クリームのがいいなあ。それから、飲み物はジンジャーエール」
ゼロスは、ケーキの大きな箱と、ジンジャーエールの大瓶四本を持たされた。その前を、お下げを揺らしながら、日傘をさしたリナが歩いていく。
「ゼロス、大丈夫？重くない？」
「いえ、これくらい、なんてことありませんよ、あはは」
ゼロスは、大荷物を抱えたまま、自分の家へ入っていった。リナは、いったん自分の家に戻って、私服に着替えた。ピンクのＴシャツとプリーツのミニスカート。髪をほどくと、きつい三つ編みのせいで出来たウェーブが、いい感じだった。早速ゼロスの家に向かう。
「リ、リナさん、可愛いです」
「なーにしゃちほこばってるかなあ？あたしなんて、毎日見飽きるほど見てるでしょ」
「髪を下ろしたリナさんを見るのは、保健室以来です」
「あれ？そーだっけ？そうね、イヤリングを頂いたときにはアップにしてたしね。それにしても、髪を下ろすと、そんなに変わって見える？」
「ええ。服も合わせて、『女の子』してる感じです」
「それは、普段のあたしが女の子らしくないって言ってるのかな？」
「い、いえ、とんでもないです。制服のリナさんも、ローブ姿のリナさんも、ドレスアップしたリナさんも、僕は全部好きですよ」
「それから水着のあたしも、よね」
「勘弁して下さいよ〜反省してますから」
ゼロスの方も、黒い上質そうなシャツにチノパンツ、といった、くだけた格好だった。
ゼロスは、地下のミニシアターにリナを案内した。空調が効いていて、心地よい。
「うわ、ほんとにすごい。スクリーン大きい。ソファの後ろにもスピーカーがある」
「音響の専門家の方に設計を依頼した物です。地下だから外からの雑音も入りませんし。迫力あるサウンドが楽しめますよ」
「ふうん……さすが、ゼラスおばさまね。そう言えば、今日はご挨拶してないわ」
階段を上がりかけたリナを、ゼロスが引き留める。
「今日は母は出かけてて、いません」
（ということは、この家でゼロスと二人きり……？）
リナは自然と眼鏡に触れた。
「ああ、僕はこれでも紳士ですから。変なことなんて一切しませんよ」
「いちいち言い訳するところが怪しい」
「大丈夫ですってば。じゃあ、映画を始める前に、ケーキを切っておきましょうか」
ゼロスは、器用にケーキを８等分する。ジンジャーエールの栓を開け、グラスに金色の液体を注ぐ。そして、リナをソファに座らせ、部屋を暗くした。ＬＤをセットする。優雅な手つき。
『学院全体の王子様だったんだから』
（すこし、分かる気がする……）
やがて、映画会社のマークがスクリーンに現れ、きらびやかな音が部屋に満ちた。

リナは、ケーキをもぐもぐ食べながら、中世の修道院で起きる連続殺人を観ていた。本を読んでいたから、筋は知っている。ただ、それを映像化するとこうなるんだ、と確かめるように観ていった。謎のギリシャ語写本、図書館の迷宮、第三の殺人……第四の殺人。そして燃え上がる図書館と修道院。最後に、主人公が思いを寄せていた娘が森の中から姿を現したとき、リナは涙を流した。そして、隣にいるゼロスの袖を引いた。
「この娘、原作では殺されちゃうでしょ」
「そうでしたね」
「助かってる。よかった、本当に良かった……」
リナは眼鏡の上から目を押さえた。そして、眼鏡を外して指で涙を拭った。
『過ぎにし薔薇は散り去る。ただその名前を残すのみ』
そして、スタッフロールが静かに流れ出す。荘厳な音楽。
「リナさん、口元にクリームついてますよ」
「え、どこどこ」
「ここです」
ゼロスは、リナに顔を近づけて、舌でクリームを舐め取った。
「ちょ、ゼロ……」
「リナさん」
そして唇が重なる。スタッフロールの淡い光の中で、二人はいつまでも唇を寄せあっていた。
やがて、ぷつんと音が切れ、画面はホワイト・ノイズに変わる。ゼロスは、何事もなかったかのように立ち上がり、ＬＤを取り出し、ケースにしまい、戸棚に収めた。
「ゼロス」
「何ですか？」
「さっきのはちょっと反則だと思うんだけどなあ」
「頂いちゃいました。眼鏡って、以外とキスするとき、邪魔にならないんですね」
「あのねぇ……」
「ちょっと冷えましたね。温かいカフェオレでも入れてきます」
ゼロスは空調を少し切り替えると、階上に上がっていった。リナは、眼鏡をさわる余裕もない。真っ赤になって、ただ、唇を押さえていた。やがて湯気の立つカフェオレボウルを二つ、トレイに乗せたゼロスが降りてくる。
「ずっとね、聞きたいことがあったの」
「なんでしょう」
「あたしとアメリアが、あんたには『本命』がいるのって聞いたとき、あんたは『それは秘密です』って言ったでしょ。あれはどうして？」
「それは……あの場にアメリアさんがいたからです。僕は、女の子とおつきあいすることを、ずっと避けてきていました。コレージュで荒れていたときから、リセで優等生を演じるまで、ずっと。僕にとって、言い寄ってくる女の子はただ煩わしい物でしかなかったんです。傲慢に聞こえるかも知れませんが」
「まあ、分からなくもないけど。それで？」
「母が僕をあちこちに連れ回すのを幸いに、僕には『本命』の彼女がいるっていう噂を流したんです。母と僕は結構見かけられていましたし、母はあの通り若作りですから。それで、僕のファンクラブの様な物は出来ましたが、一人一人の女の子が僕に交際を求めてくることは無くなりました」
「なるほどね」
「分かっていただけましたか？」
「もう一つ、分からないことがあるわ。そんなに女の子を遠ざけてたあんたが、どうしてあたしなんかを選んだの？」
「理由が、必要ですか？」
「できれば」
「母の言ったとおりですよ。隣の家で、重い荷物を見事なレビテーションで部屋へ運び込む、貴女を見たときに、僕はもう、貴女を好きになっていたんだと思います。それから、駅で違う電車に駆け込もうとしていた貴女を止めたとき、その腕の細さに」
「あ、あれやっぱりゼロスだったんだ。遅刻しそうな時間だったのに、あたしを待っていてくれたの？」
「もちろんです。そして、魔法学満点で編入してきた生徒が貴女だと聞いたとき。朝礼で倒れた貴女の可愛い寝顔を見たとき。僕は初めて、女の子と真剣につきあいたいと思ったんです。そのあとの、カフェテリアでの豪快な食べっぷりも魅力でしたね」
「それは、どうも」
「だから、あの日屋上で振られたときは、ショックでしたよ。こう見えても僕はわりともてるので」
「知ってるわよ」
「断られるとは、思ってなかったんです。しかも、その後リナさんは女子から孤立しちゃうし、本当に迷惑をかけてすみませんでした」
「あんたのせいじゃないわよ。でも、あんたがストロベリー・ブロンドの女の人と一緒にレストランに入っていくのを見たときは、ほんと、目の前が暗くなったわ」
「母だって分からなかったんですね」
「それはそーよ。髪の色も全然違うし」
「だから、あのころ僕を避けていたんですね」
「そう。あたしに告白しておきながら、他の女の人とデートするなんて、信じられなかったから」
「あの時は、ガウリイさんに大変怒られてしまいましたよ。誤解が解けて、良かったです」
「魔法学コンクールは？あれ、わざと負けたでしょ」
「少しでも、リナさんに近づきたかったんです。そして、リナさんに優勝して欲しかった。『血』のことを別にすれば、トップは間違いなくリナさんでしたから」
「ふうん……」
ゼロスは、リナに向き直った。深い紫の瞳で、リナの紅い瞳をじっと見つめる。
「改めて言います。僕と、つきあってくれますか？」
リナは、答えなかった。代わりに、ゼロスの頬に触れると、そっと、唇に長いキスをした。薄暗い部屋の中で動く物は、カフェオレボウルから上がる湯気だけだった。



カフェオレが冷めてしまうその前に
も一度キスして

je t'aime ★ je t'aime.




〜fin〜




『薔薇の名前』は、私の好きな本で映画なので、使ってしまいました。ちょっとネタバレ気味ではあるのですが、本質的なネタバレはしていないので勘弁して下さい（汗）これで、えんえん続いてきた少女漫画チックなストーリーも終わりです。どうぞ、最後までお楽しみ下さい。（楽しめるのかっ？！）
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。こんな長い小説は書いたことがなかったので、いい勉強になりました。ストーリーの方も、私には珍しくハッピーエンドです。『je t'aime ★ je t'aime』がフランス語をフィーチャーした歌だったので、この小説の舞台もフランスを意識しました。


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