je t'aime ★ je t'aime

リナの携帯の着信音が鳴る。明日の授業のための軽い予習をしていたリナは、携帯の画面を見る。ゼロスの番号だ。着信ボタンを押す。
「リナさん、今、おじゃまですか？」
「ううん、別に。何か用？」
「いえ、一日の終わりにリナさんの声が聞けたら贅沢だな、と思って……」
「馬鹿ね」
「こんな電話は迷惑ですか？」
リナはしばらく考えた。
「迷惑じゃ、ないわ。今日だって、ずっと待っててくれたし、傘に入れてもくれたしね。本当に今日はありがとう」
「また、リナさんからありがとう、を聞くことができましたね。ところでリナさん、窓から僕の家は見えますか？」
リナはカーテンを開く。ちょうどリナの部屋の窓はゼロスの家に面している。
「見えるわよ」
角の部屋の灯りが、一瞬消えて、また点く。
「今、光が点滅したのが僕の部屋です」
「うん……わかった」
リナも、自分の光を点滅させる。
「そこが、リナさんの部屋なんですね」
「そうよ」
「じゃあ、僕は毎晩、貴女の部屋の光を眺めることにします」
「デイジーの岬の緑の光を見つめ続けたギャッツビーのように？」
「僕は、ギャッツビーにはなりませんよ。デイジーを、見事手に入れて見せます。ハッピーエンドです」
「ふふ、どうかしら」
「それから、僕のファンの女の子が、リナさんに嫌がらせしているようですね」
「誰から聞いたの？」
「アメリアさんと、ゼルガディスさんからです」
「気にしないで。あたしもいちいち相手にはしてないから」
「僕がリナさんを守ります」
「は？」
「誰にもリナさんを傷つけられないようにします。だから、僕を避けないで下さい」
「……うん、わかったわ」
「じゃあ、おやすみなさい、リナさん」
「ええ、おやすみ、ゼロス」

学校帰り、ゼロスが話しかけてきた。もういつものことなので、リナも自然に答える。
「キャンディショップに行きませんか？」
「あんたがそんな乙女チックなところにいくわけ？」
ゼロスに腕を引かれて、街に出る。繁華街の入り口に、何本もの透明な筒にぎっしりとキャンディを詰めた、可愛らしいお店があった。客の何人かは、エトワール学院の生徒だ。二人を見て、ひそひそと何か囁き交わしている。ゼロスは、何食わぬ顔で店に入ると、黄色いドロップがいっぱいに入った筒の下の取っ手をひねった。たちまち、小さなカゴに甘い香りのレモンキャンディが溢れる。
「リナさんはどれがいいですか？」
「あんたのそれ、美味しいの？」
「ええ」
「じゃ、同じ物を」
リナとゼロスは一袋ずつレモンキャンディを買うと、早速それを口に入れて歩き出した。
「すっぱ！でも、自然な味がして美味しいわ」
「良かった。僕は、これは切らさないようにしてるんです」
「いったいどういうきっかけであんな可愛いお店に通うようになったわけ？」
「煙草を、止めるためです」
「はあ？」
「コレージュの頃、大人のまねごとで煙草を吸っていたらすっかりはまってしまって。体にも良くない、ということで禁煙したんです。口寂しさを紛らすためにキャンディか何かをくわえていればいいんじゃないかと思って」
「あんたも、優等生に見えて色々やってんのね」
「まあ、そういうことです」
「さっきの店にもうちのリセの生徒がいたけど、気にならないの？」
「───少し前の僕なら気にしていたでしょうね……」
「え、何て言ったの？」
「聞こえなかったんなら、いいんです。次は、ＣＤショップに行きましょうか」
「あたし、最近のポップスなんて興味ないわよ」
「知ってます」
細いビルが丸ごとレコードショップになっている。ゼロスはエレベーターに乗り、迷うことなく六階のボタンを押した。
「わあ……この階、まるごとクラシックになっているのね」
リナは、バロック音楽の棚に歩み寄る。
「すごい……マタイ受難曲だけでも６つの録音がある」
「リナさんは、誰のマタイ受難曲が好きですか？」
「リヒターよ」
「でも、こっちのも悪くないですよ」
「買っちゃおうかな。それにしても、どうしてあたしがクラシックが好きだって分かったの？」
「リナさんがＭＤプレイヤーの入れ替えをしているときに、『Bach』とか『Mozart』のラベルが見えましたからね」
「よく見てるわね、そんなとこ」
「いつもリナさんを見ていますから」
リナは、眼鏡をちょっと触って、「馬鹿」とつぶやいた。


学校は夏休みに入った。リナは、熱心に部活に通っていた。部室にある小さな図書室で、床に座り込んで、古代の魔道書を読んだ。時々、低い声で呪文を唱え、その結果を確かめるように手の平に小さな灯を点した。後輩から魔法学について質問を受けると、親切な態度で応えた。申し分のない、ソサエティの一員。いつの間にか、暗黙の了解ができあがりつつあった。
「今夏の魔法学コンクールの我が校の代表はゼロスさんとリナさんで決まりですよねっ！」
明るくアメリアに断言され、リナはとまどう。
「あたしみたいな、昨日今日で入ったようなのが、代表になっていいの？」
「実力からすれば当然です。昨日、リナさん、ラグナ・ブレードの練習してたでしょ？」
「う、うん。でもあれはなんとか制御できるって段階で……」
「それでもすご過ぎますよ。いままで、呪文は知られていても、唱えている途中で魔法力が切れてしまう先輩ばっかりだったんですから。それと、リナさん、あのドラグ・スレイブが使えるってホントですか？」
「ええ、本当よ。もっとも、ペンダント無しのフルパワーで使ったことは無いんだけど」
「すっごーい！尊敬しちゃうなあ、リナさん」
「でもアメリアもかなり魔法の才能あるじゃない。代表になりたくないの？」
「強い人が、代表になる。それは、当たり前のことです。正義です！」
「ゼロスは？魔法を使ってるとこ、定期テストでしか見たこと無いんだけど。やっぱり魔力、強いの？」
「うーん、あの人の魔力は不思議なんです。一般的な呪文をあんまり使わないし。でも、的はきっちり倒すんですよね。ここだけの話ですけど、あの人は古代に存在したと言われる魔族の呪文を使っている、と言う噂もあります」
「『魔族の魔法について』か……あたしも読んで試してみたんだけど、どうしても魔法が発動しないのよ。あれを扱えるとなれば、あいつ、かなりの使い手だわ」
「美人さんたちに噂されるのは嬉しいものですね」
「どぅわわっ！」
いつの間にかゼロスが後ろに立っていた。
「そんなに驚かなくても。僕はここの部長ですよ。いたっておかしくはないでしょう」
「気配消していきなり現れるからよっ！」
そこで、シリアスな表情になってリナは聞く。
「あんた、魔族の魔法が使えるの？」
「読んだんですね、あの本。確かに、僕はある程度、古代『魔族』と呼ばれたものの力を使うことが出来るようです」
「ね、教えて！あたしもその力、使ってみたい」
「リナさんは、今でも充分に強いじゃないですか」
「まあね。これはあたしの純粋な好奇心よ。魔族の魔法、手に入れたいわ」
「こればっかりは、リナさんの頼みでもどうしようもありませんね。体質的なこともあるみたいだし……」
「……体質？」
「どうも、僕の家の人間は、古来から魔族の血を引いている、と言われているんです。この２１世紀に持ち出すのもおかしな話ですけどね」
「はあ、『血』ねえ……」
「それより、夏の魔法学コンクール、代表は僕とリナさんで出してきましたから。よろしくお願いしますね」
「あんた、ディフェンディング・チャンピオンじゃないの」
「そうです。大会の形式は、一対一のトーナメントです。トーナメント表ももらってきました」
ゼロスは一枚のプリントをリナに手渡す。アメリアはそれを覗き込む。
「ふーん……もし順調にいけば、リナさんとゼロスさんは決勝戦で当たることになりますね」
「そうですね。僕としては、リナさんとは戦いたくないんですが」
「戦うって、魔力を使って？本気で？」
「ああ、リナさんは知らないんですね。黒魔術部門は、ここの魔法学と同じように、人に見立てた棒を使うんですよ。百本の棒、向こう側になぎ倒せた数だけが、こっちの得点になります」
「なるほど……」
リナは、中指で眼鏡を押し上げて、きりっとゼロスを見る。
「たとえ相手があんただとしても、容赦しないから」
ゼロスは、リナの真剣な深紅の瞳に酔いながら、答えた。
「もちろん、僕だって手加減はしませんよ。たとえ戦いたくなくても、これは真剣勝負ですからね」



その日の帰り、部活動の時間が終わって、アメリアが豪華リムジンに乗って帰ってしまってからも、ゼロスは来なかった。最近は、夏休みに入っていたこともあって、ゼロスは、毎日のようにリナと一緒に帰っていた。リナは、ゼロスファンの女の子の目を次第に気にしなくなっていた。
『僕が、リナさんを守ります』
あの夜の電話で、ゼロスはそう言ってくれたのだ。リナは、もう卑屈になることも、ゼロスを突き放すこともしなくなっていた。でも今日は、しばらく門で待っていても、ゼロスは来なかった。
（今日は来てないのかな、それとも電話かけてみようかな）
ぽん、と大きな手が肩を叩いた。
「よ」
「あ、ガウリイ」
「ゼロスの奴、今日はちょっと用事があって学校に来てないらしいぜ。で、また俺に保護者のお鉢が回ってきたってわけだ」
「ゼロス、何の用事なの？」
「そこまでは聞いてない。まあ、お墓参り、とかその辺じゃないのか。ところで、俺とお前が揃えば、あの店だよな。腹、減ってるか？」
「すごーく、減ってる」
「じゃあ決まりだ。鰻丼食べに行こうぜ」
前と同じように裏道を何本もくぐり抜ける。今日は店のドアは開いていて、細い通りいっぱいに鰻の匂いが満ちていた。
「あっつー。この店、クーラーもないのかよ」
「生憎壊れちまってねえ。久しぶり、ガウリイ、ゼロスの彼女さん」
「だーかーら、あたしはゼロスの彼女じゃないってば。リナです。リナ＝インバース」
「あっはっは、そりゃ悪かったねえ、リナちゃん。今日も特盛り食べていくかい？」
「もっちろんよ」
生ぬるい空気を扇風機がかき回す中、リナとガウリイは汗だくになって、特盛りを三杯おかわりした。食後には、冷蔵庫で冷やした、冷たい緑茶が出た。
「こうも豪快に食べて貰えると、作る側としても嬉しいねえ。今日は二人とも半額でいいよ」
「えっ！マジ！ラッキー」
今日の勘定はガウリイが支払った。リナは遠慮したが、
「こないだは奢ってもらったからな。それにこれでも俺は年上だ。顔を立ててくれよ」
そう言われて、素直に奢ってもらうことにした。
裏道を右に左に曲がって、やっと賑わう通りにでる。その時、
「隠れろ」
そういって、ガウリイはリナの頭を押さえつけた。
「な、何すんのよ」
「ゼロスの奴だ。女と一緒だ」
リナは、そっと首を伸ばす。ゼロスは、髪を後ろで一つにくくり、シックなスーツ姿だ。女性の方はよく見えないが、腰までの見事なストロベリー・ブロンドの豊かな髪を揺らしている。
「『本命』って、ゼロスが女を寄せ付けない方便だと思っていたけど……ほんとにいたんだな」
ゼロスは、くつろいだ表情で女性の腰に手を回す。そして二人は、高級なレストランが数多く入っているビルの、地下に降りていった。
「どういうことなの……ゼロスの奴」
リナはビルに向かうが、地下への入り口の豪奢な造りに圧倒される。小さなメニューが出されている。値段は書いていないが、リナのような学生が入れる店ではなさそうだ。
何よりリナを傷つけたのは、女性の腰に手を回したときの、あのリラックスした表情だった。その表情は、いつか屋上で景色を見せてくれたとき、あの暗い雨の夜、傘に入れてくれたとき、レモンキャンディを買いに行ったときと同じだった。リナは、気づく。自分だけが、あのゼロスの表情を独り占めできると、思い上がっていたことに。
『リナさん、僕とつきあってくれませんか？』
『僕が、リナさんを守ります』
『いつもリナさんを見ていますから』
ゼロスの優しい言葉がフラッシュバックする。
（あの言葉も、表情も───あたしだけに向けられたものじゃ無かったんだ）
自然に目が潤む。ガウリイは心配そうにリナを見つめる。リナは、気丈にガウリイに笑顔を向けた。
「ここで、さよならしましょ。あとはあたし、普通に帰れるわ」
「ゼロスからは家まで送れ、って言われてるんだけどなあ」
「平気。じゃ、きょうはごちそうさま」
リナはうつむいて走り出した。その深紅の瞳から、何粒かの涙が雫れおちた。


その夜。眠りにつこうかとしたときに、携帯が鳴り出した。番号を見る。ゼロスからだ。リナは、黙って着信ボタンを押し、すかさず切る。程なく、携帯は再び鳴り出した。リナは、着信ボタンを押す。
「リナさん、酷いじゃないですか。何でいきなり切るんですか」
「別に……で、何の用」
「今日は、ガウリイさんにリナさんのボディーガードを頼みましたよね。で、あしたもちょっとした用事が出来てしまったので、ガウリイさんに……」
「どうして？あんたはあたしを好きだったんじゃないの？」
「もちろん、大好きですよ。でも、明日の用事ははずせないんです。すみません」
リナは受話器の向こうにため息を返した。
「どうせ、あの『本命』さんとどっか行くんでしょ」
「違います、そのことでしたら、リナさ……」
そこでリナは電話を切った。すぐに着信メロディが鳴り出したが、リナは本体の電源を切った。ふと、見られているかも知れないと思い、部屋の電気も消して、ベッドサイドランプだけを点して、ベッドに潜り込んだ。
（いまのあたし、きっとすごく醜い顔をしている）
リナはなかなか寝付けなかった。瞳の奥で、ストロベリー・ブロンドが揺れていた。


───物語に鍵をかけて
De jour en jour
あなたのことばかりを夢見ている───



さあっ！ゼロスの『本命』はいったい？って、ばればれのような気もしますが。自覚のないヤキモチリナちゃんが書きたかったので、こういうストーリーになりました。まだまだおつきあいいただけると嬉しいです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。


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