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テストが終わると、夏が来た。水泳の授業が始まった。リナは運動神経も悪くはなく、特に水泳は好きだった。三つ編みの髪をアップにしてピンで留め、華奢な身体を水に躍らせた。四階建て講堂の最上階にあるプール。透明な樹脂張りの天井から、夏の太陽が見えた。

リナがゼロスを振った、という噂が広まると、リナの下駄箱には、毎日一通ずつラブレターが届くようになった。
（うわ、恋愛まんがみたいなこと、ほんとにあるんだ）
リナはそう思いながら、綺麗な封筒を取り出す。封筒は薄さの割に重い。
「でも、なーんでいつも一通ずつしか入ってないんだろ？たまには一日に三通くらい来てもおかしくないのに」
「あ、それは簡単ですよ、リナさん」
アメリアは、自分の下駄箱からラブレターを取り出しながら平然と言う。
「後に入れに来た人が、先に入ってたラブレターを取っていっちゃうからですね。……って、リナさん！？」
「いっつー……」
リナの指がざっくりと切れている。さっきの手紙の封を切ろうとしたら、中にカミソリが仕込まれていたのだ。赤い血がぽたりと指先から落ちる。
「リカバリー」
アメリアは、近寄ってきて、すぐに呪文をかけてくれた。指先の傷は、みるみる回復する。痛みもなくなり、血の痕だけが残った。アメリアは、リナが取り落とした手紙を、陽に透かしてみる。
「うわ、これ、封筒の周りに沿ってぐるり、とカミソリの刃が貼ってありますよ。悪質な嫌がらせですね」
「うーん、未だにそういうことやってくる子もいるのね」
「犯人を割り出して、正義の鉄槌を食らわせてやりましょう！この世に悪をのさばらせて置いてはいけません！」
（この子、見た目はすごく可愛いけど正義オタクなのよね）
リナはため息をつきながら言う。
「どうやって犯人を割り出すわけ？指紋でもとる？」
「あ……、そうですよね。だいたい誰がやってるか検討はつきますが、決め付けで犯人扱いするのはやっぱり悪ですし……」
「ほっとけば、その内なくなるわよ、こんなことも。リカバリーありがとね」
「いいえ、リナさん、大したケガじゃなくて良かったです」


ある日の放課後。バタン、と教室のドアを開ける音がする。ほとんどの生徒が帰る準備をしている。入ってきたのは、生徒会副会長のゼルガディス＝グレイワーズだった。女子の声のトーンが一段上がる。
「ゼルガディス様だわ」
「ゼル、いつ見てもかっこいいわよねえ」
ゼルガディスはそんな言葉を聞いているのかいないのか、全く無視して用件だけを告げた。
「リナ＝インバース、アメリア＝ウィル＝テスラ＝セイルーン、ちょっと生徒会室まで来てくれ」
リナとアメリアは顔を見合わせる。
「何かしたっけ、あたし達」
「早くしてくれ」
「あ、はい、はい……」
二人は怪訝そうな顔をしてゼルガディスの後をついていった。
「何でまたあの二人なのよ！」
教室では、女子が不満を爆発させていた。

生徒会室は立派な部屋だった。教室と同じく、クーラーが効いていて涼しい。ゼルガディスは、コーヒーメーカーから二杯のコーヒーを注ぎ、リナ達の前に出した。シャツの胸に、銀色の十字架が縫い込まれている。
（あ、この人も魔法科なんだ）
「今回、来てもらったのは、別にお前達に問題があるわけじゃない。ただ、知らせておいたほうがいいと思うことがあってな」
ゼルガディスはそう言って、テーブルの上に、一束の写真を広げる。リナとアメリアの、教室で授業を受けている姿の写真だった。ご丁寧に、ラミネート加工されている。
「昨日の持ち物検査で、男子生徒から取り上げたものだ」
リナとアメリアは、呆然として自分たちの写真カードを見ている。
「生徒手帳にはさんでいる奴が多かったな。それから、こういうのもある」
すこし顔を赤らめて、ゼルガディスは別の束をひろげる。
「な、なによこれ〜」
それは、二人の水着姿の写真だった。リナのものは、水から上がったばかりらしく、濡れた水着が肌にぴったりと張りつき、光沢を見せている。アップにした髪から雫が散っているのを、ぴたりととらえている。
「リナ＝インバース、お前が眼鏡をかけていない写真は『レア』なんだそうだ」
リナは中指で眼鏡のはしを触る。
「これはお前達に責任があることじゃない。最近ではデジカメを使うから、シャッターの音もないしな。犯人は、だいたい察しはついている。生徒会の方でもこういうことが無いように注意はするが、お前達も出来るだけ自衛の手段を取ってくれ」
「自衛……？」
「たとえば、水泳で水から上がったら、すぐにウィンドブレーカーかタオルをはおるとか、だ。まあ、お前達は被害者な訳だから、こうして呼び出したりして悪かった」
「ううん、こうして言われなければ、あたしたち、ずっと気づかないままだったと思う。副会長さん、ありがとう」
リナはコーヒーの最後の一口を飲み干した。
「で、あたしたちは、もう行ってもいいのかしら？」
「ああ。ご苦労だったな」
リナが先に部屋を出る。アメリアは扉を出かかって、そして振り返ってゼルガディスを見た。
「ゼルガディスさん……」
「まったく、心配かけさせるな」
ゼルガディスは、顔を赤らめてぶっきらぼうに言った。アメリアも、顔を赤らめ、
「すみません」
とつぶやいた。

同じ頃。写真部の部室にゼロスが現れていた。
「い、今、なんて……？」
「リナ＝インバースのプリントアウトされた写真を、相場の三倍で買う、と言ったんです。その代わり、今後リナさんの写真を撮ったり、売ったりすることは禁止します」
ゼロスは、何枚かの高額紙幣を差し出した。
「これで充分でしょう？」
「あ、ああ」
写真部の部員は、一山はあろうかという写真の束を差し出す。
「今後、リナ＝インバースの写真が出回るようなことがあれば、この部から、僕の写真を全部ひきあげます」
部員は息を飲む。ゼロスの写真は、女生徒に絶大な人気があるのだ。
「ああ、それから」
ゼロスはすっと部室の奥にはいる。一台のパソコンが稼働している。ゼロスはその前にすわって、マウスを動かし、何度かクリックした。
「リナさんの画像のデータも消させてもらいますよ」
『Lina』と名付けられたファイルを開こうとすると、パスワードを入力するウィンドウが現れる。写真部員はにやりと笑った。しかし、ゼロスは笑顔を崩さないまま、素早くキーボードの上に指を走らせた。チャイム音がして、ファイルが開く。
「なっ……」
「こちらのコンピューターにハッキングをさせてもらいました。そのままデータを消してしまっても良かったんですが、あなた達の前でパスワードを解いて差し上げた方が礼にかなってるかな、と思いましてね」
ゼロスは、ファイルの中にあった百近い画像データを、一つを残して全部消去し、ゴミ箱を空にした。
「これで、僕の用事はあらかた済みました。これ以上、僕の言うことが聞けないと言うのなら、写真部の荒稼ぎのことを生徒会で取り上げて、活動停止にさせることも出来るんですよ。あ、それから……」
ゼロスは、にっこりと微笑む。
「この、残して置いた水着のリナさんの写真、ポスターサイズにプリントアウトしてくれませんか？」
写真部員は冷や汗をかきながら、そのリクエストに応じた。もちろん、ポスターができあがると、その元となった画像ファイルも、きっちり削除された。ポスターを小脇に抱え、ずっしりと重いリナの写真の山を紙袋につめこんで、ゼロスは鼻歌気分で写真部を後にした。
「生徒会長って、ああいうキャラクターだったか？」
「さあ……」


「リナさん、何か部活にはいる予定はありますか？」
アメリアが、瞳をきらきらさせて聞いてきた。
「ううん、今のところ、予定はないけど……」
「じゃあ、魔法研究ソサエティに入りませんか？はっきりいって、うちの授業でやる魔法とは比べ者になりませんよ。部員も、みんな魔法に関してはレベル高いです。それに、図書館にはない禁帯出の蔵書も結構ありますし……」
「禁帯出の蔵書！？」
リナの目の色が変わる。
「アメリア、そこの部員なわけ？」
「ええ、そうですけど」
「案内して！見てみたいわ」
アメリアはうなずいた。
「じゃ、今から行きましょう。お昼休み、まだ結構残ってますよね」

大抵、リセの部室棟なんてものは古くて汚いものと相場が決まっているが、エトワール学院のそれは違った。授業棟とおなじ、白い煉瓦を積み上げた、瀟洒な造りになっている。文化系の部室は二階だ。その中でも、一番奥の、一番大きな部屋が魔法研究ソサエティの部室だった。
「うちは毎年魔法学コンクールで優秀な成績を上げていますからね。学校からも特別待遇を受けているんです。あ、そこの奥が小さな図書室になってます」
リナは、図書室に入り、書架にかけられている絹のカーテンをそっと引く。古い羊皮紙の匂いがする。
「こ、これはっ！伝説の書物と言われてきた『魔法学問答』！いくらインターネットで検索しても引っかかりもしなかった『東洋の古代魔法生物』！すごい、この本、留め金の変わりに宝石をつかって装丁されてる。あ、これは……『魔族の魔法について』！どうしても手に入らなかったのよね」
リナは、その本を書架から引き抜く。震える手でページをめくろうとする。その瞬間、ひょい、と手の中から本が取り上げられた。
「おっと、これ以上は、部員だけの、ヒミツ、です」
「その声は〜、ゼロスッ！」
「おや、声で覚えてもらえるとは嬉しいですね」
ゼロスは、リナが夢にまでみた書物を手の中でくるくる回しながら、椅子に腰掛ける。
「このソサエティの部長は僕ですよ。アメリアさんから聞いてなかったんですか？」
「……アメリア〜」
「あ、あはは、それを先に言っちゃうと、リナさんが来てくれないんじゃないかと思って、つい黙ってました。すみません」
「冗談じゃないわ。今の状態でも、あんたと親しすぎるって、いろいろ嫌がらせされてんのよ。このうえ、同じ部活に入ったとまで知られたら───」
「でも、読みたいでしょう？こ・の・ほ・ん」
ゼロスはリナに見せつけるかのように、ぱらぱらとさっきの本のページを繰って見せる。
「───くっ」
リナは、陥落した。
「毒を食らわば皿まで、よ。わかったわ。入部する。これでいいんでしょ」
「いやー、リナさんは物わかりがよくて助かります」
ゼロスは、ニコニコ笑いながら、入部届け用紙を持ってくる。リナは、黙ってそれにサインした。そしてそのまま、午後の授業には出ずに、そこでひたすら伝説の魔法書の数々を読みふけったのだった。


夏だというのに、昼から冷たい小雨が降った。リナは、傘を持ってきていなかった。放課後になっても、小雨は止まなかった。アメリアが言った。
「リナさん、うち、車で迎えに来させてるんで、送りますよ」
「いーのいーの、気にしないで。こんな小雨だし、その内止むでしょ」
アメリアはリナに軽く会釈をして、帰っていった。門の所には、どーんと大きな鋼の体を誇っている、艶やかな黒のリムジン。
（おじょーさまなんだなあ。その上、可愛くて、成績優秀で、飛び級までして、魔法の腕もなかなか。そしてムネが大きい！神様も不公平なことをなさるわね）
リナは、ぼんやりと雨の景色に意識を彷徨わせた。部室の方に行こうかとも思ったが、今日はそんな気になれない。読みかけの本を眺めながら、一人の教室で雨が止むのを待っていた。
しかし、夏の長い日が暮れて、あたりが暗くなった頃、雨足は一層強くなり、土砂降りと言ってもいいほどになった。
（まいったな。ねーちゃんに電話して迎えに来てもらおうかな）
リナは携帯を取り出す。そしてまたしまう。
（そんなことさせたら、後が怖いもんね）
しばらく待ってみたが、土砂降りはとどまるところを知らなかった。そして、守衛さんが教室に訪れる。
「おや、まだ残ってたのかい。そろそろ校舎を閉めるぞ」
「はい、すみません。すぐ出ます」
鞄を頭の上に載せて駅まで走る覚悟で、リナは昇降口へ降りた。

靴箱のまわりは、すでに電気は消えていて、闇が降りている。リナが靴を履き替えると、その闇の中から溶け出すように、すっと一つの人影が現れた。
「お待ちしてましたよ、リナさん」
「……ゼロス」
ゼロスは、大きな黒い傘を広げる。
「さ、帰りましょう」
「あ、あんた、ずっとあたしのことを待ってたの？」
こっくり。ゼロスが、微笑んでうなずく。
「靴箱をみれば、帰っていないことは分かってましたから。今朝、リナさん、傘をもっていませんでしたしね」
「何時間、待ってたのよ。あんた、馬鹿じゃないの？」
「リナさんのためなら、僕はいくらでも馬鹿になれます」
「それに、教室に迎えに来ればよかったじゃない」
「他の人に、僕と一緒にいるところを見られたくないんでしょう？」
リナは黙る。ゼロスが、リナの腕を掴む。
「行きましょう」

暗い雨の中を、二人で歩く。傘の端からこぼれる水滴が、リナの左肩を濡らす。
「そっち、濡れるでしょう？もっと、くっついて下さい」
肩を大きな手で抱き寄せられる。
「何するのよ。こんなとこ、あんたのファンの女の子達に見られたら……」
「もう、この辺には誰もいませんよ」
しっかりと肩を抱かれる。その手の平が冷たい。雨音が鳴り響く昇降口で、彼は何時間待っていたのだろうか。リナは、そっとその手に、自分の手を重ねた。
駅に着く。電車が入ってくるまでの間、不思議な沈黙がある。リナは、眼鏡に付いた水滴を拭く。ゼロスは、小さなメモ用紙を取り出し、何かを書き付けた。そして破り取る。
「僕の携帯の番号です。今日みたいに、何か困ったことがあったら、いつでもかけてきて下さい。僕は、どこにでも飛んでいきます」
リナは、黙ってそれをうけとった。
「そのメモ用紙とペン、貸して」
リナもさらさら、と数字を書き付ける。そして、それをゼロスに返す。
「言っとくけど、この番号を知ってるのは、家族以外ではアメリアだけよ。誰にでも教えるってものじゃないんだから」
「ありがとうございます」
ゼロスは、本当に嬉しそうに微笑んだ。それは、いつも彼の浮かべている淡い微笑みとは、明らかに違うものだった。
リナの家の前まで、ゼロスはリナを送っていった。その間、ゼロスはリナの小さな肩を離さなかった。


クレープに描く　愛の傘の下で
止まぬ雨の音

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ようやくこの小説も折り返し地点に入りました。作中でリナちゃんが言っているように、ベタベタの恋愛漫画のお約束のオンパレードで、書いてる自分も砂をはきそうです。でも妙に楽しいのはなぜ？ともかく、今回の話でリナちゃんは少しゼロスに心を開くわけですが……あと二転、三転はします。読んでいただけると幸いです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。夜の駅のシーンが、お気に入りです。


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