je t'aime ★ je t'aime

午後には一科目のテストがあった。リナは、全く困ることなくすべての問題を解いた。ゆっくりと見直しをしても、まだ時間が余った。あくびしながら周りを見ると、同じく退屈そうなアメリアと目があった。二人は、軽く照れ笑いをした。

その日の全てのテストが終わり、ホームルームも済んだ。リナは、荷物をまとめて手に提げ、昇降口に向かっていた。その時、何か言い争う声が聞こえた。一方の声はアメリアだ。リナはまっすぐそちらに向かった。
「……あんたのせいで、計画が台無しじゃない」
「……計画って、そんなの悪です!間違ってます!」
「あんた、年下のくせに。リナ=インバースは当分無視するって、女子全員で決めたでしょうが」
「あなた達には、エトワール学院生の誇りがないんですか!?リナさんの十字架のペンダントを隠したのもあなた達ですね!」
「だったらどうだっていうのよ」
アメリアが、数人の女子に囲まれている。リナは、黙ってアメリアと女生徒達との間に割って入った。
「リ…リナ=インバース!」
「あんた達が用事があるのはあたしの方じゃないの。アメリアは関係ないでしょ」
女生徒達は少しひるんだが、リーダー格の赤い髪の少女は長身からリナの瞳をまっすぐに睨み付けた。
「転校生、あんた、ゼロスに優しくされて、つけあがってんじゃない?勘違いしないことね、ゼロスは誰にでも優しいんだから」
「別に問題ないじゃない。あたし、ゼロスになんか、これっぽっちも興味ないんだから」
「『ゼロスになんか』ですって!?」
別の女生徒が声を荒げる。
「昨日、屋上でゼロス様と話、してたでしょ?聞いてた人がちゃんといるんだから」
「じゃあ、あたしがゼロスとのつきあいを断ったのも聞いてたんでしょ?やっぱり問題ないじゃない」
「あんたがゼロス様を振るなんて、生意気なのよ!」
「『はい』って言ってつきあってれば、気が済んだわけ?第一、同級生に『様』付けするなんて、馬鹿みたい」
「なんですってぇ!」
女子の一人が手をあげる。リナは目をつぶった。しかし、平手打ちは来なかった。
「ゼロス様!」
「やだなあ、『様』付けはやめてくださいよ」
ゼロスが、振り上げられた女子の手の平を掴んでいた。そのまま、そっとその手を下ろさせる。女の子の目に、みるみる涙がたまっていく。
「僕からのお願いです。リナさんに意地悪をするのは止めてくれませんか」
「ゼ、ゼロス……」
「ね、マゼンダさん」
ゼロスは、リーダー格の少女に、深い紫の瞳を向けた。
「だ、だって……リナ=インバースは調子に乗って……あなたにお昼を奢らせたり……家まで送らせたり……」
「それは、全部僕が望んでやったことです」
「おまけに、あなたのことを振ったりして……」
「そうです。僕が、振られたんです。あなた達には何の関係もないでしょう?」
ゼロスは、マゼンダを見据え、笑みを深くした。思わずマゼンダは後ずさる。
「これ以上リナさんを苛めるというのなら、あなたたちは僕の『敵』ということになりますね」
「……くっ!」
少女たちは、ばらばらとその場を去っていった。マゼンダは、去り際にリナに強くささやいた。
「ゼロスには、『本命』がいるんだから。あんたなんか問題にならないくらいのね」
アメリアは、すっかりおろおろしていた。
「すみません、リナさん、私のことかばってくれて……」
「ううん、あんたこそ、あたしをかばってくれてたじゃない。嬉しかったわよ」
そして、眼鏡越しの紅い瞳を上げる。
「ゼロス『様』、あんたのおかげでとんだ目にあったわ」
「すみません、僕のせいですね」
「で?さっき、マゼンダとかいう子が言ってたけど、あんたには、『本命』の恋人がいるわけ?」
ゼロスはリナとアメリアの顔を交互に見た。そして、唇に人差し指をあてて言った。
「それは、秘密です」
「ふざけんなぁ!」
リナの重たい鞄が、ゼロスの後頭部を直撃した。


テストが終わって一日。授業棟の入り口の電光掲示板に、各学年の上位百人の名前が発表される。リナは、掲示板の前の人混みに身体を滑り込ませた。そっと掲示板を見上げる。三年生の一位は二人いた。リナと、ゼロスだ。二人とも、500点満点の497点。
(あちゃー、どっかでイージーミスしちゃったかな)
周りからささやく声が聞こえる。
「どれよ、リナ=インバースって」
「あれ。あの掲示板の前のチビ」
「たしかに顔はちょっと可愛いかも知れないけどさあ……」
「眼鏡だし、さえないよね」
「ゼロス様と同点で、いい気になってんじゃないの」
「あははは、聞こえちゃうよぉ」
(聞こえてるっつーの)
リナは、拳を握りしめて、人混みを後にした。


ゼロスは、毎日、リナと家まで一緒に帰る。もっとも、マゼンダ達の事件の後は、リナはゼロスに並んで歩くことを許さなかった。ゼロスは、のほほんとした顔つきで、再びリナの五メートル後ろをゆっくりと歩くのだった。
リナがゼロスを振った、ということも、リナとゼロスの家が隣同士であることも、いつの間にか周知の事実となっていた。
ある日の放課後、リナが鞄に教科書をしまっていると、校内放送が流れた。
「生徒会総会を行います。生徒会のメンバーは、すみやかに生徒会会議室まで集まって下さい」
リナはほっとした。今日は、ゼロスについてこられることなく帰れそうだ。
(せっかくだから、街の方まで寄り道しちゃおっかな)
リナは、開放感を味わいながら、靴を履き替えた。

校門をでて、街の方へ向かう。小さな路地を通り過ぎると、いきなり腕を掴まれて、小道に引きずり込まれた。十人ばかりの、いかにも不良ですよ、といった顔の連中がたむろしている。
「あんた、リナ=インバースだろ」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
リナは、深紅の瞳で男達を鋭く睨み付ける。
「へへ、気が強いな」
「あんたの顔に、ちょっと傷、つけてくれって頼まれたんでね。悪く思うなよ」
「誰に頼まれたか、大体想像つくわね」
「おとなしくしてりゃ、そう酷いケガはさせねえよ」
リナは、少し身体を引くと、口の中で呪文を唱え始めた。

  黄昏よりも昏きもの
  血の流れよりも赤きもの───

もちろん、フルパワーでこれを街なかで発動させたら大惨事になってしまう。しかし、今は魔法の力を抑えるペンダントがある。ちょうど、この路地にたむろした連中を吹き飛ばすぐらいのパワーになるだろう、とリナは計算した。

  時の流れに埋もれし───

いきなり男達の一人が、リナの後ろに回り込み、口にガムテープを貼った。
(しまった!)
「あんたは魔法が相当使えるって聞いてたからな。こっちも用心しといたわけよ」
細い腕が捻り上げられる。リナは痛みに顔をしかめる。ぎらりと光るナイフが、顔に近づけられる。
いきなり飛び込んできた影が、そのナイフを手ではたき落とした。
(ゼロス!?)
リナはその男を見上げる。ゼロスではない。長い金髪を、後ろで一つに括っている。
「な、なんだ、てめえは?」
不良達が声を上げる。
「うーん、こいつの『保護者』ってとこかな」
「ふざけてんのか!」
一人が鉄パイプをもちだし、金髪の男に襲いかかる。が、金髪の男は、殴りかかってくる力をうまく受け流して、鉄パイプを奪った。それからの話は速かった。金髪の男は鉄パイプで、次々に襲いかかってくる相手の胴をなぎはらい、ばたばたと倒していった。
リナの腕を捻り上げていた男が、落としたナイフを拾い上げる。
「おい、それ以上暴れて見ろ、こいつがどうなっても……」
悪役の台詞はそこまでだった。金髪の男の鉄パイプが、激しく男の喉を突く。男は咳き込んで、地面に倒れる。
「逃げるぞ」
金髪の男はリナの腕を掴み、走り出した。男達は全員地面に倒れていて、追いかけてくる者はいなかった。二人はしばらく走り、別の路地裏に入る。
「ひでえことされたな。可哀想に。ちまちま剥がすとかえって痛いからな。一気に剥がすぞ」
リナはうなずいた。ひりっとする感触と共に、ガムテープが剥がされる。
「あ、ありがとう、助けてくれて。えーっと……」
「ガウリイ=ガブリエフ。四年だ」
「ガブリエフさん、ありがとう」
「ガウリイでいいぜ。俺ぁ堅苦しいのは苦手なんだ」
「どうしてあたしを助けてくれたの?」
「正義の味方だから……といいたいとこだけど、ゼロスに頼まれてたんだ。今日はおまえさんについていってやれないから、かわりに守ってやってくれ、ってな」
「ガウリイ、凄く強いのね」
「俺はこれでもフェンシング部の部長をやってるんでね。でも、本格的にやってるのは剣道だ」
「ケンドー…?あの東洋の…」
「おっ、知ってるんだ。嬉しいね」
ガウリイの瞳は、澄んだ明るいブルー。リナは少し赤くなり、眼鏡を触った。
「…お礼、したいな」
「じゃあ、飯。何か奢ってくれ」
「でも、こういうこというと凄く生意気に聞こえるかも知れないけど……あたし、今ゼロスと何かと噂になっちゃって、困ってるんだ。あなたは、とてもかっこいいし、もてるでしょ?これ以上、変な噂、作りたくないの」
「ははは、俺なんて、ゼロスに比べたら、ぜんぜんもてる内に入んねーよ。でも、おまえさんも苦労してるんだな。美少女には美少女の悩みがあるってか」
リナはもっと赤くなる。
「でも、おまえムネちっちゃいな。背も低いし。そのくせ、めちゃくちゃ大食いなんだろ」
「喧嘩、売ってる?」
「冗談だよ。で、奢ってくれるっていうんなら、俺は良い店を知ってる。うちの学校の連中は、まず近寄らないところだ」
そういってガウリイは細い道をさらに奥に歩き始めた。リナは、後ろをとことこついていく。野良猫が何匹も道をよぎる。ほとんど廃屋としか思えない、古いビルの前で、ガウリイは立ち止まった。
「ここの二階だ」
鉄で出来た階段を上り、ドアを開けると、香ばしい匂いが立ちこめた。カウンターだけの小さな店だ。
「おや、ガウリイ。ひさしぶりだね。彼女連れてきたのかい」
「残念、おばさん。こいつは、俺の彼女じゃないんだ。ゼロスのだよ」
「ああ、ゼロスくんもしばらく来てないねえ」
「ちょ、ちょっと。あたし、ゼロスの彼女なんかじゃないってば」
「あはは、照れてる。初々しいねえ。あたしにもそんな頃があったよ」
店のおばさんは、リナに優しく微笑みかけた。
「じゃ、鰻丼、特盛り二つね」
「あんたはともかく……その子は特盛り、食べきれるかねえ」
「心配ないよ。早く頼むぜ」
「はいはい。特盛り二丁!」
おばさんは、厨房の方へ声を上げた。
「ウナ…ドン?」
「さすがに優等生のおまえでもこれは知らないか。米の飯に、鰻の焼いたのを乗せて食うんだ。旨いぞ。やみつきになる。そうそう、おまえさん、箸はつかえるか?」
「前にマナー教室でちょっとやったことあるけど……」
「動かして見ろよ。あー、上手い上手い。充分食えるな」
やがて二人の前に、どん、と大盛りの鰻丼が運ばれてきた。リナは、慣れない箸使いで鰻をむしり、口に入れる。
「おいっしい!」
「だろー?さ、今日はお前さんの奢りだからな。俺もたっぷり食うか」
結局、リナとガウリイは、特盛りを二杯ずつおかわりした。おばさんは感嘆の目でリナの食べっぷりを見ていた。食後の緑茶をすすりながら、リナはガウリイにそっと尋ねた。
「ゼロスとは、親しいの?」
「ああ。コレージュのころから一緒だったからな。今も、フェンシング部のことで、いろいろ優遇計ってくれてる。帰宅時間とかな」
「……ゼロスには、『本命』の恋人がいるの?」
「はあ、本命ねえ。ゼロスの本命はお前だと思うぜ」
「そうなの?」
「あいつ、女になら誰でも優しいけどな、本気になって追いかけてるのを見たのは、お前が初めてだ。あいつの気持ちが分かったからこそ、俺も、今日おまえを守ってやることを請け負った訳だしな」
「ふうん……」
「あ、今、ちょっと喜んでるだろ」
リナは、無言でガウリイの頭をはたいた。


二人は、また裏道を通って、駅の側で別れた。
「リナ、色々大変だとは思うが、あいつの気持ちに応えてやれよ。あいつ、結構いい奴だぜ」
「まあね、考えとくわ」
暖かい気持ちで電車に乗った。家路につく。あたりはもう暗い。ゼロスの家の前を通ると、二階の角の部屋に灯りが点っていた。
(あそこがあいつの部屋かしら)
リナは、その光に目を向けて、少し微笑んだ。




マゼンダさんは、意地悪そうな女の子、と言うことでご登場いただきました。ガウリイも出てきて、いよいよこの小説も中盤戦です。どうも私は、ゼロス×リナ←ガウリイというのが好きみたいです。もっとも、この小説のガウリイくんは、ゼロスくんとの友情を優先しているようですが。まだまだ、しばらくおつきあいいただきます。よろしくお願いしますm(_ _)m

ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。この優しくてかっこいいガウリイは、未だに気に入っています。


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